第5話 マッチングゥ! 2人目
通学路の桜並木は、青々とした新緑の葉に衣替えをしていて、陽の光を煌びやかに照り返している。とても清々しい5月の朝の風景と言えるのだろう。だが今の俺は、
ほんと酷い目にあった……!!
早歩きしながら、めっちゃげんなりしていた。だってそうだろ!? なんで朝から、お母さんと仲良く会話せにゃならんのだ!! しかも、親のラブコメまで聞かされてしまって、も、もうなんかむずがゆい!!
「だあーーー!! 全部、あのくそアプリ、マッチングゥ! のせいだ……!! もうこのアプリを無視……、出来たらなぁ……」
どんだけ良いことか。だってさ、すげぇ気になるんだよ!! 俺の個人情報を勝手に握られ、さらにはお母さんの情報も握られ……、てかどうやって母さんの恋愛歴も調べたんだよ。2人、って妙に引っかかる数字だしやがって!!それに、今日母さんとしゃべったことが、新たな情報としてアプリ内に反映されてるし!!
「なんなのこれ!? 俺のスマホは盗聴器みたいになってんの!? てか暑い!!」
まだ5月なのに、晴天の日差しが俺に容赦なく降りそそぐ。
「あ〜っ、もう何もかもムカつく……! ほんとに、ほんとにッ……!! 今日はさッーーー」
最悪だ!! と、声を張り上げようとしたときだった。
「おはよう」「おはよう」「今日暑いね」「そうだよね」
ハッとした。耳に入ってくる声。
周囲を慌てて見渡すと、ちらほら同じ制服を着た生徒がいた。
あ……、いつのまにか、結構歩いてたんだ。
同じ高校へ行くもの同士。顔は知らない。たぶん違うクラスとかだろう。
チラ、チラ。
うっ!?!? お、俺、なんか見られてる!?
普段は感じない、ちょっと不審がるような視線に、俺はたじろぐ。
ま、まずい!! お、俺、気づくまで、独り言を言ってたし、ま、周りに見られてた!? さ、最悪だ! 恥ずい……。
「うぅ……」
顔が熱い。俺、めっちゃ赤くなってるかもしれん。
この場からいなくなりたかった。そしたら、
あっ。
ふと、通学路のわきにある小道が目に付いた。今まで歩いたことが無い道。
……、い、行こう!
いつもの通学路からそそくさと外れた。知らない小道に入ってく。
気持ちを整理したかった。落ち着かせたかった。
「早めに家を出たし、多少時間がかかっても遅刻はしないだろ。それに学校の方角に大きくそれるような小道では無さそうだし」
俺は学生達から離れ、見知らぬ人気のない小道に歩みを進めていった。
✳︎
物静かな小道だった。道幅は2人並んで通れるくらいの狭さで、両サイドは背の高い木製の塀がずっと続いている。右側の塀の方だけ、民家の屋根が顔をのぞかせていて、その分だけ日陰が出来ていた。
暑さをしのげるのはありがたい。
陽に照らされている左側の道は避けて、俺は陰のある右側へ。塀に寄り添うような形で、ゆっくりと歩いていく。
知らない道を進むのは緊張したが、ときおり緩やかな曲がり道があるくらいの一本道って感じだった。これなら迷うこともないし、遅刻もしないだろう。
ひんやりとした空気が、火照った体に心地良い。しんとした静けさに、自分の足音がよく響く。テンパっていた気持ちも落ち着いてきて良い感じだ。こっちに来て正解だったな。
人の視線、特に同じ学生の目線を気にせず歩けるのが今はありがたい。
「はあ……、もうなんか学校に行きたくねぇなぁ。……、ん?」
ふと、何かの気配を感じ、目線を上へ。塀のてっぺんに、
「あっ、ネコ」
毛並みの良いミケ猫が、とととっ、と細い塀の上を歩いていた。
「あははっ、器用なこった。てか、カワイイ」
めっちゃ癒されるんだけど。
俺は視線を上げたまま、先を少し歩いていくネコについていく。道は一本道だから、迷うことないし平気だろ。はあ〜、ネコの歩く後ろ姿に、こんな癒しを感じるのは生まれて初めてかもしれんな。
ピコン!
「わわっ!?」
な、なんだ!? 俺のスマホが勝手に鳴って!?
慌てて制服のポケットから取り出した。画面には、
『マッチングゥ! からメッセージ』
「なっ! ななっ……!」
驚く俺をよそに、画面のメッセージが変わる。
『マッチングゥしました!』
「いいっ……!?!?」
だ、誰と!?
こんな人気のない小道で、誰と!? ね、ネコしか会ってないんだけど!? ま、まさか、あのミケ猫は雌!? だったら、納得、できるかッ……! バカか俺は……!!
「にゃあ〜♪」
びくっ!?!?
猫ではない、鳴き声だった。上の塀を歩いているミケ猫はただ黙々と歩き、俺から離れいく。
「にゃあ〜♪」
また聞こえた、可愛い声音。俺は慌てて視線を上から、正面に戻した。そこには、
「あ〜ぁ、つれないにゃぁ。ちょっとくらい振り向いてよねっ〜、ふふっ、にゃん♪」
制服を着た彼女は、頬を少し膨らましながら、でも楽しげにしゃべっていた。
淡い栗色のキレイな艶髪がイタズラに揺れる。三毛猫の毛並みに似ていると思った俺は、彼女を猫っぽいと感じた。それくらい、可愛いらしい、彼女。いつもクラスで見かける、強気な姿からは想像しにくい。
「んっ? えっ……!?」
彼女がこっちに気づいた。目を丸くし、驚いているのがわかった。そりゃ、そうだろ。こんなとこで、誰かと会うなんて思わなかっただろうし。しかもよりによって、同じクラスの、
普段接することのない、地味なキモ男子なんかとさ。
「なっ……!? なんで、いんのっ……!?」
さっきまでの可愛らしい、優しい声音は引っ込み、かわりに、語気の強い、体育会系なものに変わった。やべぇ、女子って怖い……! って、そんなこと考えている場合ではない!!
「あっ、いや、あの!?」
ピコン!
だあーーー!! 取り込み中にスマホ鳴るなっての!! ん? あっ、ま、まさか!?
慌ててスマホの画面を見て、驚愕した。
『マッチングゥのお相手
名前=
性別=女性
年齢=17歳
身分=高校生。バレー部副将
身長=168センチ
体型=スリム
好きなもの=ネコ』
な、ななななっ、まじかよ!?!?
俺は、目の前にいる、錦戸を見る。
シャアァァァァァァーー!!
獲物を狙う猫のように、鋭い眼光で、俺を睨みつけていた。
マッチングゥ! の相手間違ってないか!?!? 無理ゲー過ぎるだろー!?!?
経験のないピンチに、俺は頭が真っ白だった。
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