第4話

「秀秋殿! 失礼なことを言うでない!」

突如、厳しい声で叱責が入る。

輝元の声ではないし、平蔵は驚いて振り向く。


そこにいたのは、若い武者。

「これこれ、落ち着け」

「落ち着いてなどおれませんぞ、義父上!」

「秀元様……、落ち着かれては……」

「では、秀秋殿の杯はこれより没収といたそう」

「そ、それは勘弁を……」

「近侍として、その兵を置いているのであろう? だが、心なく傷つけてしまうのは目にも余る」

彼の言葉に、平蔵はハッとする。

そして、容姿をよく見て確信を得た。


彼は毛利秀元……。

現在の毛利家の軍事を主に取り仕切っているのは、秀元及び、吉川広家の二名であり、秀元は次期毛利家当主とされていた。

もっとも、彼は養子であり、輝元には男の子が生まれた為、次期当主の座から自ら降りている。


「お、恐れ多いです、秀元様……」

「よいよい、お主も不快な思いをしたろう? 大将と言えど、酔っ払いにはきつく言って構わぬ。酒に呑まれるような醜態は、晒してはならぬのだからな」

秀元は笑顔で言う。

秀秋はバツの悪い顔をする。


「ところで秀元、お主は伏見に向かうのじゃろう?」

「はい、義父上」

「……固いのう、お主は」

「父の言いつけでございまするから……」

秀元はそう言って呆れたような顔をしている。


そもそも、秀元は隆景のすぐ下の弟、つまりは四男の子どもである。

穂井田元清、彼は毛利元就の四男であるが、正室の子ではなかった。

つまり、継室の子どもである。

毛利元就は正室が早逝したために他に側室や継室を持ったが、正室の子は優遇したものの、側室や継室の子は明確に区別し、元就の配慮が読み取れる書状が残されていた。


元清を始めとする側室の子達は、元就より「虫けらなるような子どもたち」と表現されている。

しかし粗略に扱われたわけではなく、「もしこのなかでかしこく成人するものがあったならば、隆元・元春・隆景は哀れんで、いずれの遠境などにでもおいてほしい」とも依頼しており、元清は中でも特に賢く成人しており、隆景に非常に可愛がられていた。

元清は親しい弟たちには、必ずと言って良いほど言い含めていた事柄があった。

「困ったことは景様(小早川隆景)に相談なさい」と。


秀元が秀秋に対して怒るのは当然のことだった。

隆景の跡を継いだ秀秋が、酒に呑まれ醜態をさらしているからこそ厳しく叱るのである。


「智の小早川はどこへやら……」

秀元は秀秋に対して冷たく言う。

「お主は相変わらずお堅いのう」

「一時とはいえ、毛利宗家の当主を任される重荷を感じたことのない貴方では、私の心など知りますまい」

秀元はそう言って立ち去った。


「ワシは秀元の気持ちも、秀秋の気持ちも何となくじゃが理解はできる……。当主を担うというのは、簡単なことではない。しかし、不安のあまり羽目を外したい、そう言った気持ちが湧き出るのも致し方あるまい」

輝元はそう言って杯の酒を飲んだ。


「輝元様……、お気を遣わせかたじけない」

「義理とはいえ従兄弟じゃ」

輝元はそう言って笑っていた。


「少し酒が回ったようなので、外の空気に当たって参りまする……」

「おう、気を付けてのう」

平蔵は何となしの理由でその場を後にした。


そして、湖畔で輝く蛍の背を、何となしに眺めていた。

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