第1話
「殿―!」
大きな声で兵が彼を呼ぶ。
「何事じゃ?」
彼は不機嫌そうな顔で言う。
兵は一瞬怯えたような顔をした物の、すぐに懐へ手を入れる。
「こちらを」
彼は手紙を見て、目の色を変えた。
毛利家の家紋。
彼の家は、毛利家の譜代でもある。
もっとも、彼は直系の子孫ではなく、義理の父から継承した身であるのだが。
「まさか、輝元殿から……!」
「はい」
兵は頷く。
毛利輝元……!
彼は現毛利家の当主である。
先代は毛利元就、彼の祖父。
というのも、輝元の父、隆元は早逝し、その息子である輝元が当主となったのは元服前だったから、後継人として元就がずっと後継人として付いていたのである。
「ふむ……」
さすがに輝元からの手紙となれば無視することはできない。
彼は杯を盆の上に置いた。
「さて……」
宗永は固唾を飲み、平蔵は戸惑いを隠せない表情でどうするのか見守る。
ゆっくりと彼は立ち上がる。
「平蔵、お主も戦場には向かうのだろう?」
「はい、兵の仕事は全線で働くことにございますから」
平蔵は笑って言う。
「だが、お主には一つ約束をしてもらわねばのう?」
彼は困ったように言う。
「はい、なんでございましょう?」
「必ず、生きて戻るのだ。武士としては恥やもしれぬが」
平蔵は思わず面食らう。
まさか、大将である彼から言われると思っていなかった言葉だったからだ。
「それは……」
「お主はワシの友であろう?」
平蔵はその言葉に気付いた。
彼の心の声に。
「はい、殿! 必ず戻りますゆえに、しばしお待ちを」
「何を言う、ワシも後方とは同じ場に行く。輝元殿からの命令とあらば、ワシとて逆らえないからのう」
「では、殿に恥じぬ武働きをせねばなりますまい」
平蔵は笑って言った。
「殿、平蔵は宗永がお預かりいたす」
「うむ、頼んだぞ」
間もなく、彼の国には出陣の命令が正式に発表された。
「また戦か……」
「今回はどこか……」
「ウワサじゃ、伏見の方に戦をしに行くとか」
「伏見、とはのう……」
出陣の時。
「では、行って参ります、母上、お夏」
「気を付けていってらっしゃい」
「兄様、必ずお帰りになってね」
「ああ、必ず帰ろう」
平蔵は笑って二人に声をかけた。
「いざ、出陣じゃ!」
彼の言葉が大きく響く。
平蔵は槍を掲げ、前線の足軽の一人として出発していた。
母親と妹のお夏は、その姿を見えなくなるまで見送った。
他の民たちも、子どもが、夫が、兄が、弟が、父が、と見えなくなるまで見送る。
伏見の地まで、遠い旅が始まった。
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