後編

 明け方前に目が覚めてしまった。

夜の闇は不安を増大させる、と言う。


隣で寝るウォルノを尻目に、ヒヅルは一人考え込みはじめた。

未だ家族やアキヒロを失った悲しみや、復讐の思いがどうしても離れることはない。

その思いが重圧となり、胸を押し潰す。


一方で、隣にいる彼の言葉もまだ心に響く。

僕の行動理念は、どうやったら。

迷ったまま、彼らと戦いぬけるのだろうか。

雑多な感情と、自己嫌悪が深い痛みを残す。


 そういえば艦長から渡されたSDには何が入っているのだろう。

いそいそとデータを移して開封する。


「……?メール?」

たった一通の音声メールだけが入っていた。

興味と不安が入り混じる中、震える指でタッチする。


「このメールを読んでいる、ということは君も無事なのだろう。

最初に明かそう。君の機体に積んでいる太極図システムは、僕が開発したものなんだ」

あの日基地で別れた親友の声が耳に流れてきた。


「偶発的とはいえ、あの日約束した『君が最大限に活きる』を達成したと思うと僕も感慨深い。

『何故そうなったのか』は、まだ研究途中だけれどね」

無事にシキが生きている、それが分かっただけでヒヅルはとても気力が湧いてきた。


「僕は引き続き某所で厳重な警護のもと、機体開発を続けている。

安心して欲しい。


とは言え、ここも100%安全とは言えない。

絶対安全、とは戦争が無くなったその時だけだ。


天照大神アマテラスオオミカミという女神を君は知ってるかな?

……いや、前に僕が話したかも。

とにかく、その女神は太陽神なんだけどね。

姿を隠せば世に災いが蔓延り、現れれば遍く世界を照らす希望となるそうだ。


君と君の機体が太陽神のように、世界を照らす希望になってくれることを僕は切に願う。


また元気で会おう」


天照、太陽……か。

そういえば、僕がはじめて敵を倒した時も、太陽が味方だったっけ。

窓の外では、世界を照らす女神が、徐々に山の端から顔を出し始めていた。


朝の始まりと共に、キュウシュウ・クマモト地区に新たな一日の光が差し込む。


「ヒヅル、ウォルノ!入るぞ」

その時、ミランダ艦長とジェイ副長が2人の部屋を訪れた。

「早速だが、着替えて朝食を済ませてくれ。

1時間後、私達の仲間が大方揃うぞ」


「ふぁぁ……了解しました、艦長どの」

ウォルノがあくびをしながら、ボケた顔をしながら着替えている。

「それと、ヒヅル。少しいいかね」

ウォルノが着替えている最中、ミランダとジェイに部屋の外へ呼び出される。

「ヒヅル、私たちは仲間だ。

君が抱える悲しみや不安、友への想い。

これからも理解していこうと務める。

一人で抱え込まず、共に戦い、支え合ってくれると嬉しい」

ミランダが腕組みをしたまま柔らかく言葉をかけてくれる横で、ジェイがクックッと笑っている。

「艦長はな、君を気に入っているということらしい」

「ひ、一言余計だ!」

恥ずかしそうにミランダは怒った。


そうか、艦長はメール内容や僕の経歴を考えて、励ましてくれているんだ。

「ありがとうございます」

彼らが自分を理解してくれ、支えてくれることに感謝の気持ちが湧いてきた。


午前9時。遠くの空から音が聞こえて来る。

その音はひとつ・ふたつと増えていき、多くの輸送機の姿が現れた。

ミランダはじめ先の5人は降り立つ機体から、降りてくるカンナギ隊のメンバーを敬礼で出迎えた。


ヒヅル達を合わせて56名。

優秀な九重のゆう達が揃ったのだ。

「残り4名、遅れているが始めるとする。

私が今後、お前達を指揮するカンナギ隊 艦長のミランダだ!

我々の任務は、特別拠点の防衛・強力な障害の排除や敵の主力級の撃破支援など複雑にして難易度の高い任務となる!


生半可な連携や判断は命取りだ。

どんな時も互いを信頼し、支えること。

大一大万大吉だいいちだいまんだいきち!一人は皆のため、皆は一人のために尽くせば艱難辛苦を乗り越えられるだろう!」

各所から拍手があがる。

キビキビと語る様子を見て、改めてこの人は有能な艦長だと感じる。


「次に」

ミランダ艦長がカンナギ隊の目標や任務について概要説明を開始した。

「我らの最初の任務は、とうとう突破されたモンゴル地区国境線の奪還である。

そのため我々は、新造の戦艦で空へ発たねばならぬ。

ついてこい!」


そうか艦があるから艦長か、とヒヅルは失念していた。

現状空を飛べる戦艦はあるが、制空権を得るほどではない。

と、なると新造された艦はそれほどの力があるのだろうか。


山岳内部を削り作られた格納庫への暗い通路を、皆で一糸乱れず歩む。

その奥にある厳重なセキュリティドアをミランダが解除する。

鍵がひとつひとつと開くごとに、ヒヅルは興奮が高まるのを感じた。


「これが」

光り輝く群青のボディ

「我々、特別任務執行部隊『カンナギ隊』の旗艦」

眩しいほどの白銀色の差し色

「ニギハヤヒ級 壱番艦」

空を切り裂く剣のようなシルエット

「カンナギ、だ」


隊員達から感嘆のため息が各所から漏れる。

それはカンナギが美しい造詣だからだけではない。

まさに地上に降臨した神のごとく、崇高な力強さと荘厳さであったからだろう。


「今より1時間、館内見学を兼ねた自由行動の時間とする。

追加兵装や必要物資の積み込み完了次第、我々は出発となる。

では1時間後、ここに再集合!」


とはいえ、どこに行こう。

とりあえずお世話になる艦内を見よう。

30分ほどでメンバーズルームや食堂・ミーティングルームなどを経由して、メインブリッジに着いた。


ブリッジは非常に美しかった。

ガラス張りの見晴らし良いであろう

広い窓。

きっと飛行時は広大な空が見えるのだろう、そう考えるとヒヅルは胸の高ぶりが止まらない。


「でっけぇ艦だ……。少年、そう思わんか?」

モニターや機器類配置を確認していると突然、声をかけられた。


筋肉質のガタイのいい体。

ハチマキに黒髪に顎髭のワイルドな風貌、鼻に頬の一文字傷がいかにも漢、といった趣の男がそこには立っていた。

「操舵手、ヨシヒロ・ムラカミ(村上 吉広)。おめぇさんは?」

「ひ、ヒヅル・オオミカです。年齢は16歳、KN-630101Aのパイロットカンナギ隊に配属になりました」

「16?わしの10コ下か」

多くを語らない漢はベテラン漁師のようだ。


「まったく、もっとフレンドリーにはなれんかねぇ。

高圧的ーって感じ」

ヨシヒロを嗜めるけだるげそうな声が2人の耳へ届いた。

「なんだァ てめェ……」

「すまんすまん、申し遅れた。ぼかぁクニトモ・シライシ(白石 国倫)。整備士長でさ」

痩せ型中背の男が名乗った。目の隈から健康そうな様子ではない。

ゆるい天パのボサ髪に、眼鏡をかけた姿は如何にもマッド……いや案外常識的な人かもしれない。


「ホォ、少年が例の機体のパイロットかぁー!

きみィあの子の扱い荒いなぁ?ウィング基部のパーツ摩耗してんよ」

「えっ、僕の機体を調べたんですか!?」

「見たらわかるって。あの機体自体が特別なことも、ね。

そうだ、ちょいっと解体(バラ)して調べても?」

「ダメですよ!」

前言撤回、見た目通りの人だな、こりゃ……。


「ははは!冗談だーってば。

ま、2人ともよろしくなぁヒヅル少年、ヨッシー」

「愚弄するのか?姫若子ひめわこ

「うぇぇ、姫若子はヒドイナー!確かにヨッシーみたいに筋繊維の塊じゃあないけどねー」

クニトモがヨシヒロを煽ること煽ること。体育会系と理系の極致のような彼らは互いに気が合いそうにないな……。


2人が喧嘩するのを見ていても埒が明かない。

ちょっかいを出すクニトモと、それをハエのようにウザがっているヨシヒロを放置してそっと操舵室を抜け出した。



ドックにたどり着くと、そこにはヒヅル達の乗機が既に運び込まれていた。

……僕の機体整備をクニトモさんに預けるのか。

それが頭によぎった瞬間、ちょっと不安になる。


それにしても見たことのない最新機体が積まれている。

特別任務部隊ということで予算が割かれているのが、それだけでありありと分かる。


愛機を見つめて今までを思い返す。

果たして僕はこれからの激戦の中で、戦う"本当の"意味が見つかるのだろうか。

『世界を照らす希望になってくれ』

突然にシキの言葉を思い出す。

もしかしたら『希望』になるのが僕の戦う目標なのかもしれない。

そのシキの言葉を今は信じてみよう、友の作った機体を見つめてヒヅルはそう思った。


ふと乗機の奥に、特別色の違う機体を見つけた。

橙色をしたやけに目立つ機体に近づくと、その足元に人影が見えた。

「あの、すいません。その機体はあなたのものでしょうか?

僕はヒヅルって言います、コードネーム"サナギ"のパイロットで……ッ!」


その人影が振り向いた時、ヒヅルは息を呑むほど驚いてしまった。

無理もない、イヌやキツネのような仮面を付けた妖しい雰囲気を放っていたのだ。

「……フィリス」

輝くオレンジ色の長髪の少女は、そう一言呟いた。

冷たくも淑やかな女性の声だ。

「え……?」

「私の名前よ。新型機『キャーシャ』カスタム機、マドゥ=クシャのパイロット兼軍医補佐」

やりにくい、というのがヒヅルの最初の感想であった。

見た目から近寄りがたい雰囲気に、ぶっきらぼうなやり取り。

円滑なコミュニケーションを取るというのが難しい。


「選ばれた、ということは貴方も『そう』、ということね」

「そ、そうなのかな。偶々戦果を上げちゃったから」

「ん?まぁいいわ。

で、貴方はなんのために戦いに参加するのかしら」

今、明確な答えが出せない問いを、フィリスはまるで見透かすかのようだ。

復讐のため、希望のため……どう答えるのが正解か分からず、ヒヅルは押し黙る。


「即答できないのね、戦場では迷いと判断の遅れは死に直結する。

皆の足を引っ張らないことね」

冷たく言い放ち、ヒヅルに目もくれず立ち去ろうとした。


「あの。フィリスはなんのために戦ってるの?」

答えが欲しかった。彼女のことを知りたかった。

様々な想いを巡らせて、咄嗟にヒヅルは質問をしてしまっていた。


「……。たった一人の、誰よりも大事な人を守るためよ」

振り向きもせず、足を止めて一言答えるだけだった。

(大事な人を守るため、か)

何故だろう、暗闇に希望の光が一筋、差したのかもしれない。

そう漠然と思うのだった。


 そのやり取りを最後に再集合の時間となった。

再集合後は、全員で物資の積み込みの手伝いである。

食料や弾薬はもちろんだが、見たことも無い武器パーツやスーツも運び込まれている。

「ほォ、アンドロイド素体にM・A・Wミッション・アームズ・ウェポンと4m・8m級PSパワードスーツも提供されんのか。

俺ら、中々贅沢な部隊に配属になったようだぜ、ヒヅル」

突然横からウォルノが缶詰の箱を持って現れた。

「M・A・Wと、パワードスーツ?」

「なんだァ、知らねえのか。

オレらの機体にもウェポンラックあるだろ?

そこに装備したり、共通規格フレーム部に換装するンだよ。

長距離戦ならビームランチャー、接近戦にトンファー、とかすこーしその場対応できるってわけよ」

オガワ司令官、僕はそんなこと知らされてないぞ……。


「んで、パワードスーツはFSの前身だな。

生産コストが安く、小回りがきくってんでFS部隊の小隊員にも採用されてる優れモンだ」

こっちは戦争史の授業で聞いたことがある。

戦車・戦闘機に次ぐ兵器であることくらいの認識だったけど、今でも有用性があるのか。

「ま、期待されてるぶん働くだけさァ。

このあと、懇親会らしいぜ。それまでにさっさと仕事終わらせちまおう」



積み込みの後、本当にブリーフィングルームで懇親会となった。

ヨシヒロと艦長は打ち解けている様子を見れたり、チョウと話すフィリスがオシャレの話をしていたり意外なみんなの一面を見ることができた。

みんなの様子を伺いつつ談笑しているとウォルノに襟を掴まれた。

「オイ」

「な、なんだよウォルノ」

「あのフィリスって女なーんか怪しくねえか?

あんな仮面してよォ、身分隠したいってことだろ。

スパイとかじゃあねえのか」

ウォルノは女性乗組員たちと話すフィリスを睨み、マズルをひくひくさせた。

「あの子は、多分悪い人じゃないよ」

「ホゥ、どうしてそう言える?」

「彼女は僕に言ったんだ。『誰よりも大事な人を守るため戦う』って。」

「ハッ!女はどんな嘘付くかわかんねぇぜ。

あんな風体のガキ、信用できっか?」

ウォルノの言うことも一理ある。でも、あのときの彼女の言葉は嘘には思えない。


「ハァーイ!みんな注目ネ!

美味しい日本酒、もらったヨ!みんなでちょこっと飲むネ!」

底抜けに明るいチョウの声がルーム中に響く。

「チョウ。ワシは有事を考えて勧められんぞ」

「まぁ、副長。たまにはこういうのも良しとしましょう。少しなら、ね。

皆の衆!飲むならいつ死んでもいい、という自己責任でだぞ!」

艦長の一声に歓声が上がる。


「おや、艦長殿は飲まないのか?それとも飲めねえんですか」

「だからガキじゃないと言うておろうに」

ウォルノ……だから艦長を煽るのやめろってば。


結局半分ほどの隊員がお酒が入り、わいのわいのしているうちに宴もたけなわとなった。

「さぁ、我らは明日此処を発つ!

厳しい戦いへの船出だ、ゆっくり休め!

では明日、6時艦の前に集合!」


その瞬間の『はい!』と言う皆の声は、大きな爆音にかき消された。

何が起きたのか、誰も分からなかった。

突如鳴り響く警報に、張り詰めた空気が宴会の空気とコントラストを描いている。


「敵襲!敵襲!各員配置に付け!繰り返す!」

基地中に戦闘態勢を促すコールが広がる。

「仕方ない……全員今すぐ艦に乗り込め!」

ミランダが号令をかける!


「やっぱり、俺達は狙われていたってことじゃあねぇか!

いくぞ、ヒヅル!」

ウォルノが昨日漏らした不安は的中していた。

エリート部隊の集結は、バレていたらしい。


僕は、僕はまたキョウト基地の時のように失うのか。

同じ思いは、二度としたくない。

戦わなくちゃ。

その思いを胸に、ウォルノの後を追ってカンナギへと向かう。


「もう発進準備はOKさね、背部パーツ交換も済んでるよぉ。

M・A・Wはラックに背部ジェネレータ直結のビームランチャーと腕にはビームブーメラン付けといたよぉ」

「クニトモさん、ありがとう!」

変わらず緊迫感の無いクニトモさんに感謝しつつ、ヒヅルはコクピットに乗る。


『神経接続 完了』

『太極図システム 試作型起動』

『パイロット適合率 88%』

『KN-630101A 機動』


初めてこの機体に乗った時のことを思い出す。

太陽に助けられた時の、あの陽光を。

今度は、やらせない。

僕が、太陽のように世界を照らす希望になるんだ。

そう、アマテラスそのものに。


「アマテラス」

そうだ。

「君の名前だ!僕の愛機の名はアマテラス!

僕がッ!今!そう君に名付けたッ!!!!」


ヒヅルの両眼には、今までと違う戦う意志が、少しづつ少しづつ宿り始めているのであった。

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