第7話 Rally & Breaking down !!

前編

 ヒヅルが輸送機の窓から外を眺めると既に夕方に差し掛かっていた。

目的地であるキュウシュウ・クマモト地区へはもう1時間といったところである。


『別に命拾いしたやつのことをわざわざ殺す必要もまた無い』

『お前の行動理念は八つ当たりでしかねえぜ』

ヒヅルの胸中には、ウォルノの言葉がずしりとのしかかり続けていた。


僕の家族やアキヒロを殺した帝国兵士は、もしかしたら捕虜として共和国内のどこかで安穏としているのかもしれない。

ウォルノは、僕に大事なものを奪った奴が生きることを許容しろ、と言うのだろうか。

それは今の僕には、到底不可能だ。


逆にもし、その帝国兵士が既に亡くなっていたら?

直接の仇は既にこの世にいない、とも言える。

けれど、その命令を下した上官・ひいては皇帝は生きている。

彼らを討てば……討てばどうなる?

確かに僕の復讐の旅は終わる。

けれどその先に何があるのだろうか。


世界はひとつになる?

戦争のない世が来るのか?

誰も傷つかない?


世界も政治も簡単ではない。

そんなことはガキの僕にも分かる。

そして敵の兵士を殺すということは、僕も誰かの大切な人を奪うことに他ならない。


ウォルノにさっき説かれるまで、帝国軍を犬畜生の様にしか思っていなかった僕には『敵も一人ひとりが誰かにとって大切な人』であることがすっぽりと抜けていたように思える。

いや、気付かないふりをしていたのかもしれない。


復讐のために、闇雲に人を殺すことは……果たして正しいのだろうか?

それに気づいた今、僕に人にその銃口をむけられるのだろうか?


僕には……何も分からない。

なんのために……。



 「おい、起きろ。コノヤロウ」

ウォルノの声が不意にヒヅルの意識を揺り動かした。

どうやらいつの間にかまどろんでしまっていたらしい。

既に輸送機はキュウシュウ地区某所の基地に着陸している。


「お二人共、長旅お疲れ様でした!

トラブルはあったものの、無事ここまで送り届けられました」

オダさんは満面の笑みで二人に呼びかけ、出入り口の扉を開ける。

そうだ、なんのために戦うのかも、銃を向けられるかも、すぐ答えは出てこない。

もしかしたらこの扉の先に、その答えが待っているのかもしれない。


ヒヅルはウォルノと共にドアの前に立ち、緊張と興奮が入り混じった表情を浮かべていた。

ウォルノをちらりと見上げる。余裕ある横顔だが、彼も緊張を抱えている様子がなんとなく分かる気がした。


 ドアの向こうには、遠くに青々とした草原が広がっているのが見えた。

さわやかな風が吹き、落ちかけた陽光が眩しく輝いている。

ヒヅルは一度深呼吸をした。

彼らは、新たな戦いの舞台への一歩を足を踏み出したのだ。


「お待ちしておりました。

特別任務執行部隊『カンナギ隊』ヒヅル・オオミカ曹長、並びにウォルノ・マイシー曹長。

キュウシュウ地区、司令官のムネトラ・タチバナです」

碧眼に茶交じりの髪、風が吹くような爽やかな30代の好青年、といった印象の男が部下とともに出迎えた。


「出迎えのほど、誠にありがとうございます。

ウォルノ・マイシー曹長、カンナギ隊着任のため参じました。

……ホラ、お前も」

肘でコツコツと小突かれ、ヒヅルも敬礼をする。


「カンナギ隊に抜擢された60名のうち、あなた方を含めまだ5名しか到着はしていません。

何しろ、共和国中から集めておりますため。

そのため、一度お二人を仮の宿舎にご案内します。

ギン、お二人の荷物を運んであげなさい」

ギンと呼ばれた気の強そうな女性が、無表情のまま二人のキャリーケースを手に取った。


 仮宿舎に案内されるまま入ると、簡素ながらベッドや机が整然と配置された、清潔な部屋が待っていた。

壁には地図やメモが掲示されており、直近まで使っていた様子がうかがえる。


 「都合、2人で一室ですが最低限利用できるかと。

主要施設は秘書のギンが案内してくれます。私は業務もあるのでこれで」

ウォルノは立ち去るタチバナに敬礼した。

そのまま窓の近くに立ち、部屋の中を見渡しながら少々警戒している。

彼の鋭い瞳は何を見ているのだろうか。


「なあギン女史。タチバナ司令官っていくつなんだ?

とても司令官って年齢に見えない若さだが」

「齢46になります。あの方は亜人のクォーターですので少々若く見えるだけです」

2人は声も出せないまま、目を丸くした。



 ヒヅルは疲れた身体をベッドに沈め、一息ついた。

しかし、ウォルノは休む素振りもない。

「なァ、何故俺たち途中で襲撃にあったよな」

寝転ぶヒヅルのベッドのへりに座り、静かにウォルノが語りかける。


「共和国中のエリート、ここに集めてるんだろ?

ってこたァ、帝国が不意を突いたら一網打尽じゃあねェか。

その上俺たちの移動はバレてた……それってつまり……マズイいんじゃねえの?」


心配そうな横顔がちらりと目に入る。

「ありがとう、基地のみんなや共和国のことを案じてくれてるんだね」

「ヘッ、それだけじゃねェよ。相棒が死んだら、困らァ」

ベッドに仰向けになるヒヅルの頭を、ウォルノの太い腕がわしゃわしゃと撫でた。


ヒヅルはウォルノの姿を見つめながら、感謝の気持ちを仄かに抱いた。

彼は確かに心強い味方であり、少しだけ兄のような存在に感じた。


 30分後、ギン女史に会議室棟へと案内された。

「艦長、並びに副艦長。先にお二人をお連れしました」

「失礼します。ヒヅル・オオミカ曹長です」

「同じくウォルノ・マイシー曹長です」


「来た、か」

最奥の椅子がくるりとこちらを向く。そこには……

「カンナギ隊艦長、ミランダ。

キャプテン・ミランダ・クックだ」

どう見ても小中学生にしか見えない女子だ。

腰まである銀髪、赤い瞳。大きな瞳は猫のようにつり上がっている。


「艦長って、ガ、ガキじゃあねえか……」

ウォルノは胸中の言葉をつい漏らす。

「ガキとはなんだ!即刻除隊するぞ!」

「艦長、ステイです。マイシー曹長も謝りたまえ。」

突如深く響く重低音の声が、2人を制する。

ミランダの側にいた鷹のような亜人が話しだした。

「特別任務執行部隊『カンナギ隊』副艦長のジェイ・ホークだ。

中東地区出身、50歳だ。

鷹に類するタイプの純亜人だ、よろしく頼む」

顎髭のように羽毛をもふもふとさせた、厳しい鋭い目つきをした人だ。

ヒヅルが最初に感じた感想だ。


「は、ハッ。失礼しました、艦長殿、副艦長殿」

ウォルノも緊迫した真面目な顔で失礼を謝る。

「そう硬く並んでよろしい。

ミランダ艦長は幼形成熟ネオテニー型亜人のハーフでな、仕方ないのだよ」

「そういうことだ。

説明をせず、感情的になった私にも落ち度はある。すまない」

意外と冷静かつ理知的な女性だ。


 「最後にもう一人、皆さんに紹介するメンバーがいます。

どうぞ、お入りください」

軽く咳払いをした後、ギン女史が話を切り出した。

扉が開くと、そこにはツヤのある黒髪を三編みポニーテールをした、溢れんばかりのニコニコ笑顔の女性が立っていた。


「ニーハオ!張 雨桐チョウ・ユートン伍長デス!

艦のオペレーター!よろしくお願いしマス!」

左右均整の取れた美しい美貌、豊満な胸に軍服からでも分かる細い腰。

まるでスーパーモデルだ。


「彼女は、台湾連邦地区の出身で、同時並列情報処理能力を買われて抜擢された人材です」

「デモ旧ブラダガム領、中華地区出身ネー。だからブラダガムのハーフ…ふぇっ!?」

「初めまして、チョウ伍長。俺はウォルノ。

貴女のような才色兼備の女性がサポートしてくれるなら、俺達パイロットはまさに百選無敗。

生まれも血筋も関係ない、末永くよろしく頼むぜェ」

チョウの腰に手を回しながら、ウォルノが一気に詰め寄る。

ハァ……意外と手が早いんだなぁ…。


「エ、エット。これからよろしくお願いしマス……可愛い狼サン」

「か、可愛い……ッ!?お、狼さん……そうかそうか……シュン」

よく分からないが、ウォルノはしょげてしまった。尻尾も耳も垂れきっている。

確かにそういうところは可愛い人だな、とヒヅルはニヤニヤしてしまう。


 「ウオッホン!さて、ワシが皆を呼んだのは理由がある。」

咳払いに全員がビシッとし、ジェイが仕切り直す。

一体何を言うつもりなのか。

「……どうだ、この際夕飯を皆で囲まないかね?」

食堂の片隅で開かれた、簡素な食事会は鶴ならぬ鷹の一声で始まることとなった。



 皆で手を合わせて『頂きます』と同時に、ヒヅルがジェイに話しかけられる。

「ワシが聞くところによると、オリジナルの太極図システムは君しか扱えんとか。

経験を積めばもっと強くなれるだろう、今後が楽しみだ」

「言わずと知れた前大戦末期、中華地区奪還作戦で手腕を振るった猛将、ジェイ・ホーク少佐からお言葉を頂けて恐悦至極に存じます。

その経験を是非伺って、今後に役立てたいと考えております」

「ヒヅル曹長、嬉しいことを言ってくれる。

そのうちワシとシーシャを吸いながら、ゆっくりと語らおう」

お、意外と得意げそうだ。

厳しいだけの人じゃないようだ。


 「そういえばジェイサン!何故アナタが艦長じゃナイナイ?」

キラキラした目でチョウが尋ねると、一息ついてジェイが答えた。

「実は当初ワシが艦長候補だったがな、ミランダ中佐を推薦状で艦長に任命したのだよ」

「ほォ、じゃあ艦長はその猛将のお眼鏡に叶う実力、ってェ訳だ」

ウォルノ、お前艦長ちょっとバカにしてるだろ。


「彼女はニュージーアイランズ地区出身でな、士官学校を首席で卒業しとる。

案外と冷静沈着なのだ」

「推薦状の件、感謝しております。ジェイ副長。

ですが私が凄い訳ではありません。

偶然私の努力量が周囲を上回っただけです」

丁寧なナイフ捌きで肉を切りながらミランダが答える。


「ウォルノ曹長も、異常な戦闘センスと反射神経。

その武働きに期待していますよ」

「あいあいさァ。俺とヤクシャに任せてくださいよ」

ふ、2人とも笑みが怖い……この2人の仲は大丈夫かなあ。

あぁ、先が思いやられるぞ。

ヒヅルはちょっとばかし頭を抱えた。


 その後の食事会は、楽しくも賑やかなものであった。

ジェイは聞いてもいないのにシーシャの魅力を語り、ウォルノは隙あらばチョウを口説こうとし、ミランダは皿を片付ける際に、ひっくり返してうるうるし出す始末だった。



 「さて、皆の衆解散。

明日9時にはカンナギ隊のメンバーが全員到着予定だ。

就寝!」

片付けが終わった頃、ミランダの一声に各々が部屋に戻る。


「ヒヅル曹長」

ミランダはヒヅルに声をかけた。

「あなたに渡すデータがあります。私からアナタに渡してあげるように、とのことです。

戦時下のため検閲は必須でしたが、中身は私しか知りません。安心してください」

そう言われ、一枚のSDカードを手渡された。

「あなたは最も特別な機体のパイロットです。

今後は私の命の下、十分に頑張ってください。

今日は長旅で疲れたでしょう。すぐに寝なさいね」

「待ってください、艦長」

ヒヅルがミランダを今度は呼び止めた。


「僕は艦長の下で良かった、と思っております。

理知的で大人の判断が行える、冷徹に見えて人に温かく寄り添える優しさ。

素晴らしい人柄だと感じました。

これからもよろしくお願いいたします」

「ばっ、バカなことを言うでない!子供は早く寝る!」

少し照れ臭そうに、腕を組んでその小さな背を向ける様子を、ヒヅルはつい微笑んで見てしまう。


「それでは失礼します」

ヒヅルは食堂を出て自室へと向かうことにした。

まだ戦う理由は見つからない、でも頑張ろうと思える1日だった。


 「理知的で大人……か」

食堂には、桜色に染めた頬を両手で抑える、一人の少女が残されていた。


「今日のシーシャは格段と美味い」

「ンフフフ!これからがカオスで楽しくなりそうネー!」

「大人……大人って認められた!」


 各々がそれぞれの部屋で物思いにふける中、ウォルノはヒヅルに語り掛ける。

「なぁ、ヒヅル。ジェイのオッサンってさ」

「どうした、ウォルノ」

ジェイ中佐に、なにか警戒するポイントでもあったのだろうか!?

それとも早速嫌悪感を感じたのだろうか。


「鷹なのに、一人称ワシなんだな」

「……」


こうして集結の第一夜は過ぎていくのだった。

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