第6話 最初のふたり
「修理完了です!突然の戦闘でしたが、お二方お疲れ様でした!」
「お、オダさん!いいってことよ!
敵の奇襲のうち、
コレはこちらの駐屯基地に捕虜引き渡しでいいかい?
OKなら一旦現場責任ってことでサインお願いするぜ」
「大丈夫ですよ、ハンコしますね」
ウォルノが渡した数枚の紙に、オダは判が曲がらぬよう丁寧に押印をする。
ウォルノは小さく礼をして、駐屯兵に書類を手渡して割印の押された紙を折りたたんでファイルに収めた。
「引き渡し完了!破損箇所、オールオーケー!
補給物資リスト、全て積み込み完了!
これでよし、と!ではお二人共搭乗ください!
離陸します!」
ヒヅルとウォルノを乗せた輸送機が、ゴウゴウと音を立てて空へと離陸する。
しかし、ヒヅルの心持ちはこの雲一つない空のように澄んではいなかった。
彼には不思議でならなかったのだ。
ブラダガムの兵士は、敵だ。
ヒヅルの眼から見たら、彼らは九重共和国国民の命を奪ったり、国土を荒らしてきた騎兵でしかない。
奴らがいるから僕は家族を奪われた。
そうであるにも関わらず、彼らを生かしておくのは理不尽だ。
そしてふと疑問に思ったことが口から出てきた。
「なぜ生存していた敵兵を捕虜にする必要があるんだ」
頭部から生えた耳にイヤホンを入れる手を止めて彼は答えた。
「ん?お?そりゃあ当然だろ。
人材は貴重な資源だからな。
エネルギー資源こそ、全固体電池や水素エンジンをはじめヘブンズ・ギフトの恩恵でそれなりにマシにはなってきたが…人材って資源はそうはいかねえ」
椅子に深く座り直し、右手の指を振りながらウォルノは淡々と説明する。
「ヒト・亜人で差はあれど、まともに戦場に出られるくれぇになるには最低15〜18年はかかる。
クローン技術やアンドロイドを利用すれば2、3年で済むがコストが馬鹿にならねェ。
だから、即人材として起用できる敵軍の捕虜に雑用だったりをやらすのよ。
ま、結果敵国に愛着が湧いちまうヤツもいたりするらしいけどな。
俺がいた基地にも、捕まった捕虜が情にほだされてきって正規兵とか農地開拓やってたぜ」
……。僕には納得がいかない。
捕虜上がりの帝国民が反撃したり、機密情報を持って逃げるかも知れないし、人を殺さないとも限らない。
あまりにも許容しすぎじゃあないか?
そんな奴らを生かしてたばかりに、残してきた友人がまた死ぬのなんかは僕は嫌だ。
当たり前に返答された言葉に、ヒヅルは心が曇っていく。
「ン?その顔は納得行かねえって顔だな。
彼らは帰化は出来ねえ、参政権も絶対に付与されない、法を犯せば一発アウトで絞首台行きだ。
それでも、確かに全く奴らが殺人をしないって保証は無い。
だがな、別に命拾いしたやつのことをわざわざ殺す必要もまた無いと思うわけよ。
命はなんにでも一個しかねェんだ」
「ウォルノは甘いよ。
それで大事な人が奪われたらそれは…」
咄嗟に人差し指をヒヅルの口元にかざし、ウォルノが言葉を遮る。
「おっと、そこまでだ。
お前の行動理念は八つ当たりでしかねえぜ。
だから周りは何考えてるか分からねぇし、お前も理解が得にくい。
ま、若いなら何してえのか意味不明でも仕方ねえか。
カンナギ隊でもっと広い世界や考え方を学べばいいさ」
それだけ言うと、ウォルノはシートを倒し、頭の後ろで両手を組んだ。
…確かに今僕の行動を決めているのは、家族の復讐のため・数少ない理解者であるシキや高校の友人を失わないようにするためだ。
そのために一人でも多く敵を討つことが僕に今できる数少ないアクションだと思って兵に志願した。
でも、それは果たして狭い世界の話でしか無いのだろうか。
今の僕には自分の考えが間違っているとは思えない。
だが、ウォルノの言っていることも不思議と間違ってはいない気もしてしまった。
「ま、勿論お前の喪ったものへの気持ちの大きさも分かるぜ?
俺も似たような経験はあった、とだけ付け加えておくぜ」
そう語るウォルノの顔はどこか遠い目をしており、悲しげな表情であった。
ふたりの顔に、雲の切れ間から陽の光が差し込む。
「それに、帝国もやるこたぁ同じよ。
こっちの兵士や拉致った人員をフツーに使ったりしてるわけだしな。
俺らが倒したFSに九重出身のやつがいなかったとも限らねえ」
「じゃあ、共和国の人が普通に帝国領土内に?」
「あぁ、中には安穏と暮らしてたりする人もいるだろうぜ。
ちゅーか、お前さんの家族って存在のこと聞いてすらいなかったな。
どんなご家族さんだったんだ?」
「あ、あぁ。まず、僕には妹がいたんだ。
黒い髪に、毛先が赤っぽくてさ、僕とお揃いでこの筒を下げてたんだよ。
それでね……」
ヒヅルが首から下げていた筒をウォルノに差し出す。
少年はその中から角が焼けた写真を取り出し、家族の一人一人を説明している。
ふたりを載せた輸送機の頭上には、輝かんばかりの太陽が差し込んでいる。
目下には穏やかな日差しに照らされ、アヤメの花が咲き始める田園風景が広がり続けていた。
モンゴル地区最西端、帝国・共和国境界付近。
この地区は険しい山間部を挟んで国境線が続いている。
急峻かつ悪路の上、強風が吹き荒れるために戦車や航空機の進軍が難しく、加えて息も凍る低気温が猛威をふるう地帯である。
「あーあ、なんでこんな生きにくい環境でずっと駐留しなきゃならねえんだか」
「仕方ないだろう、国境線だぞ。
不可侵条約もない以上、いつ共和国が敵対行動をとってくるか分からないんだぜ。
山のてっぺん超えて、麓の村だけでも占領できりゃあなー」
「そしたら敵の女も村娘もみーんな捕まえてみんなで手籠めにするか、アッハッハ!」
厳しい自然環境、山の端に日が落ちる頃。
山岳地帯に駐留する帝国君兵士は、テントの中でレーション缶底に溜まった脂肪の塊をかき集めながら笑い合っている。
精神が摩耗する中で娯楽もない兵士たちにとって、穢れた妄想をするのが唯一の楽しみでしかないのだ。
「女に無理矢理をする体力があるなら、お前らは十二分に山を越えられそうだな。ん?」
テントの入り口を払いのけるようにエルムが兵士たちを侮蔑の目で皮肉った。
「エ、エムル殿!帰還されていましたか。
い、いかがでしたか。九重の新型は」
エムル「機体は素晴らしい出来だ。十分我らの脅威足り得る。
だが、パイロットは大したことはない。
皇帝に送った報告書を後で共有する。目を通せ」
立ち上がり、エムルに敬礼をしながら兵士が口々に返答をする。
フン。返答の統率も取れていない軍、か。
こんな美しさに欠ける軍を任されるとは、”父さん”は僕を試しているのだろうか。
それとも僕をまったく認めていない、ということか。
こいつらを調教した上使い倒して、侵攻を成功させれば多少は俺を見てくれるのだろうか。
偉大な父を持つことは、光栄ながらも大きなハンディでもあるのだな。
30分後に本国より増援が到着する。
それまでに部隊全員を招集しろ」
「ハッ!と、ということは遂に…」
「あぁ、そうだ。そういうことだ」
少々のにやつきをしながら、エムルは短く返した。
程無くして帝国軍輸送機が森林を切り分けて雑に整地したヘリポートに着陸した。
「輸送完了です。
まず、イゾルディア1、ゴブ=マーグ11機の計12機です。
こちらにサインを」
エムル「12機?いやに少ない戦力だな」
サインをサラサラと書きながらエムルは顔をしかめた。
「問題ありません。どれも新開発の機体です。
特にイゾルディアは『メアリー・ブルーオード』様の特注機でして……」
「む、誰だと?
我らブラダガム軍において、そんな名のエースは聞いたことがない」
聞き慣れない名前にエムルが顔を上げ反応する。
「じ、実は我々もよく知らないのです。
バイネジアム研究所で、特殊な処置と訓練を受けた訓練兵ということ以外出自不明でな上……」
「なんだ、言ってみろ」
「その戦闘の様子は……」
風が吹きすさぶ中、恐れおののきながらも兵士は語るのであった。
「ほう、面白いじゃないか。輸送と報告、ご苦労」
「エムル様、お待ちください。もう1機、エムル様の専用機もお持ちいたしました」
仏頂面だったエムルが、途端にニヤリとする。
「ほう、来たか」
「はい、こちらです。
これが。エムル様の機体”メドラード”でございます」
ワインレッドの影を見上げた後、笑みを浮かべたエムルは踵を返し号令をかける。
「駐留兵士団!全員外に5分以内に整列!」
山脈に吹き付ける風が強く西から東に吹きすさぶ中、兵舎やテントでは黒い影たちがぞろぞろと蠢く。
5分もせずに、兵士たちは整列を完了した。
兵士団の前に立つエムルは、神妙な面持ちで兵士たちを睨んでいる。
「これより、国境を超えた山岳攻略侵攻作戦を開始する」
一挙に兵士たちがざわつく。
「で、ですが長年攻めあぐねていた地域です、そんな急に」
「ようやくやるのですね!名誉と女が待ってらぁ!」
ある者は怖気好き、ある者は血気盛んにはやる気持ちを抑えずにいる。
「静まれ!
確かに不安を覚えるものもいるだろう。
…………だが、此度。我々は万全の準備が整った」
エムルの演説は、雑兵の注目を集めるほどに魅惑的な雰囲気があるようだ。
先ほどまでどよめいた兵達が一糸乱れずエムルに向き直っている。
「新たに本国から引き渡された13機のFS。
メドラード、イゾルディア、そして11機のゴブ=マーグ。
この13機のFS小隊で仕掛ける。時間は明朝、日の出とともに作戦を開始する!
質問がある者はいるか!」
呼応するかのように、はい!とひとりの兵士が手を挙げる。
「なんだ!言ってみろ!」
「ハッ!私はエール・ジャージン二等兵と申します!
敵も山岳警備隊として多数のFSを配備していると思われますが、たった13機で、しかも操縦経験のない軍備で攻略可能なのでありますでしょうか!」
金髪をスポーツ刈りにしている、鼻の高い兵が威勢よくエムルに尋ねる。
「いい質問だ!結論から言うと問題はない。
ひとつ、エース級が"ふたり"いることだ。
ふたつ、九重側の機体からある”操縦システム”を解析し、組み込んである。
貴様らもまるで手足のように、あの巨人たちを動かせるぞ」
「ふ、2人のエースとは?」
その言葉を受けてエムルは淡々とジャージン二等兵に語り始めた。
「イゾルディアのパイロット、メアリー・ブルーオード少尉は1人で1小隊丸々壊滅させている手練れだ。問題はあるまい。
そして、もう1人は」
そこで言葉を止め、エムルは余裕ある笑みを浮かべた。
「この俺、エムル・V・ブラダガムだ」
エムルがこの言葉を発してから7時間後、山脈の向こう側には共和国民の亡骸が死屍累々と積み上がっていた。
「あーあ、市民まで1人残らず……これじゃあ酒池肉林は無理じゃあねぇか」
「惨い、惨すぎる……」
その有り様は人の所業とは思えぬ程で、非戦闘民や兵士に関わらず皆細切れまで切り刻まれていた。
その様子を俯瞰し、エムルは輸送兵の言葉を思い出す。
『その戦闘の様子は、あまりにも人の所業と思えぬものでした。
1人残らず、バラバラになるまで執拗に細切れにされており……その姿は返り血に濡れていたのです。
その姿からついた二つ名は……』
『ブラッディ・メアリー』
「なるほど、その名に恥じぬ働きじゃあないか」
そう呟くエムルの目線の先には、真っ赤なまでのマシンオイルと血脂に濡れたイゾルディアの姿があった。
そのコックピットには、血に濡れたように真紅の色をした髪の幼い少女がいた。
そしてその首からは、ヒヅルと同じあの筒を下げていたのであった。
「俺にとっては、初めてのパートナーになりそうじゃあないか」
「今後も、期待しているよ。
ブラッディ・メアリーさん」
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