Chapter2 カンナギ飛翔 〜diviners High〜

第5話 Black Or White

「玄蜂Mk-2!左舷より新型空戦機3、旋回してビームマシンガン準備!」

「ヒヅル機!海中の敵機3機が海上に見えたら即座に狙撃しろ!」


隊長の言葉を受け、ヒヅルが呟く。

「隊長、お言葉ですが……」


丘の上に待機したヒヅルが海洋上のブラダガムの新型空戦FSを一機スナイパーライフルで撃ち抜く。

撃墜音と同時に、海中の敵機が二機顔を出し迎撃体制に入る。

「こっちがベターな策ですよ、っと!

今です!海上に出た機体群の真上から攻撃を!」


玄蜂Mk-2がビームマシンガンを撃ち込み海上に顔を出した敵を迎撃する。


「……!!

この隙にカーハック部隊接近せよ!」

半壊した敵に九重共和国の海中戦FS、KKN-430424O カーハックが対水中ミサイルで牽制しつつ、ビームチャクラムで3方向から襲いかかる。


空と陸から囲まれた敵機は逃げ場なくチャクラムで胴体を一刀両断されて撃墜された。


「あとは消化試合!」

残りの敵空戦機はいとも容易くヒヅルのビームスナイパーライフルで胴体を打ち抜かれ沈んだ。

赤熱した銃身は、冷えて黒く鈍くなる。


「敵空母艦、撤退。

我々の勝利だ!敵の残骸回収!」


______。

ヒヅルが、意識を取り戻して1ヶ月。

骨のヒビを治療する期間と、兵備拡充までの間の護衛として、ヒヅルは愛機と共に幾度も襲撃を除ける戦果を上げた。


その間、敵も新型として空戦・海戦用FSを、新たに開発して臨んできた。


しかし妙だ。

せっかく空母も用意しているのに、日の本地区全体は、低頻度でしか襲われていない。

帝国には、戦略的に攻めにくい土地なのだろうか。


元より亜人の駆逐を名目に戦争を仕掛けた割に、その動きも不審だ。

亜人優遇の経済特区である、日の本北東部、インディア地区、台湾連邦西地区など攻める方が、彼らの大義名分を遂行できる。


とくに台湾連邦西地区は、共和国⇆帝国国境のため、攻めやすいはずだ。


ところがブラダガムが攻めるのは海に囲まれた東南アジア地区や、氷の大地で攻めにくい北方地区に攻撃が集中する。

何か政治的意図があるのだろうか。

単に考えすぎだろうか。


「ヒヅル、オガワ司令官がお呼びだぞ」

短く端的に、部隊長が言葉をかけてきた。

今度はなにを言われるのか?

ヒヅルは気掛かりであった。


「司令官、失礼します」

「おお、来たか。かけたまえ」

柏の木でできた椅子から立ち上がるオガワに言われるがまま、応接用の椅子に座る。

即座に用意された茶を頂くと、芳醇で柔らかな匂いが、鼻をくすぐった。


「結論から話そう。君の配属が決まった。

新たに作られたエリート部隊『カンナギ隊』のメンバーに、君が抜擢された。

激戦区や、特別任務に当たることになるだろう。


併せて、正式にパイロット登録されたため、階級も曹長となる。

君も、優秀な人間として認められたというわけだな…無論、私も鼻が高い」

湯飲みに口をつけながら、まっすぐヒヅルを見つめる。


「3日後に輸送機が到着する。

その輸送機で、台湾連邦沿岸地区に君は行くことになる。

今度こそ、しばしの別れだな」


「この1ヶ月ちょっと、ありがとうございます。

ですが、この基地は……」

「心配するな。

十分に戦力拡充も行ったし、統率の仕上がりも上々だ。

そう簡単に死にはせんよ。


話は以上だ。

これからも、この国の人々のために頑張りたまえ」


「そう言って頂けるなら、幸いです。

私の活動が、司令官の耳にも届くよう精進します。

それでは、失礼します」

ヒヅルは一礼をし、パタンと扉を閉めた。


……。

「寂しく……なるな。

白木の箱に砂と石。

そんな姿で帰ってくるなよ」

室内に、山の端から差し込む茜色の空が、静かに差し込んだ。


 とうとう、馴染みの深い土地を離れる時が来た。

あの日以来、ヒビの入った壁からすきま風がヒヅルに冷たく吹き付ける。

キョウトという土地で経験した、数々の出来事を思い返す。


友達との、学校での悪ふざけ。

父母と囲んだ食卓。

妹との些細なことでの諍い。


アキヒロやカイと、嘘ついて学校休んでバレて大目玉喰らった。

正直、母さんより父さんのご飯の方が美味しかった。

セイラのテスト勉強を、ゲームで邪魔して起きた喧嘩。


あの頃は負けたけど、今ならセイラにも負けないだろう。


そんなことを考えながら、首から大切にさげた筒に目をやる。

「父さん、母さん、セイラ。

仇をとってくるよ」


既に5月も半ばを過ぎた頃。

基地の外では、ホオズキの花が咲き始めていた。



3日後、ヒヅルを迎えにくる輸送機が到着した。

「では、行って参ります」

「また会う日まで、さらばだ」

たった一言同士。

だが、彼らにはそれで十分であった。

その言葉を交わし、機体と共にヒヅルは乗り込む。

閉まる扉の向こうに、少しづつオガワのがっしりとした体躯が消えていく。


「ヒヅル曹長。

今回護衛任務を任された、オダと申します。よろしくお願いします。」


「ヒヅル・オオミカです。

よろしくお願いします」

ハの字眉毛をした、気の弱そうな青年が挨拶をしてきたため、ヒヅルも礼をする。


「もう一名、カンナギ部隊員が搭乗していますため、ご紹介いたします。

こちらです」

オダが座席シートにヒヅルを通す。

するとそこには


「こちら、カンナギ部隊所属予定の『ウォルノ・マイシー曹長』です。

陸上戦において、新型機を駆り、3分でゴブを10機撃破しております」


そこには、白と黒の体毛に覆われた、狼のような獣人がいた。

獣人とは言え、手や足の構造は人に近いようだ。


(亜人だッ!)


少し鳥の羽が生えている近隣住民や、耳が特徴的に尖っている同僚、猫のような耳と尻尾を持つ女生徒は確かにいた。

だが、ここまで人とかけ離れた亜人を実際に見るのは、初めてであった。


ウォルノは立ち上がり、ヒヅルに手を差し出す。

「ウォルノだ。コードネーム”ウルフマン”……いや”ヤクシャ”のパイロットだ。

年齢は20、見ての通り亜人と呼ばれる種だ。

おいおい、そんなにビビるなよ。

人狼(ワーウルフ)じゃねェンだ、噛んだりしないからよ」


冗談めかしているが、金色のキリッとした目の奥は至って冷静だ。


「ヒヅルです。

KN-630101Aのパイロットを務めており」


「武装を持たぬまま、機転のみでゴブ2機をたった1発の銃弾で撃破。

太極図システムのオリジナルに唯一高レベルで適合した17歳の神童。

だろ?」

ウォルノは口の端をニヤッとさせて返した。


「神童かは分かりかねますが」

ウォルノが後を続けたため、ヒヅルは少し驚いた。

知っていたのか。


「オイオイオイ、そんな謙遜するなよ。

おっと、敬語もナシだ。

俺たちはこれから一緒に戦うチームメイト、階級も一緒。だろ?


フン、しかし自分のFSに名前もつけてねぇのか?

自分の分身だろ?

名前くらいつけてやらなきゃあな」


確かに、ヒヅルは今まで自分の機体を、コードネームの"サナギ"か、型番でしか呼んでこなかった。


「確かにウォルノさん……いや、ウォルノの言う通りだ。

次までに考えておくよ」


「そろそろ離陸します。

お二人とも座ってください、行きますよォ!」


エンジンが動く音が響き、離陸する。

船出を祝福するかのような快晴が窓の外に広がる。


「なぁ、ヒヅル。俺はお前に興味がある。

それはなにか?

お前が戦う理由だ」

クールで寡黙そうな見た目に反し、意外とよく話す男だ。


「僕の戦う理由ですか?

いや……理由?それは」

「おう、それは?何だ、言ってみ」

口元にニヤリと笑みを浮かべつつ、ウォルノが促す。


「それは復讐です。

あの日殺された、家族や友達。

その無念の気持ちを晴らすために、僕はこうして今ここにいます」


目線を少し下げ、胸から下げた筒を握りしめる。

彼にも戦う理由を聞いてみようか。


「逆に、ウォルノが戦う理由は……」

そこまで言いかけて言葉が止まる。

顔を上げると、先ほどと違う、まるで軽蔑したような目でこちらを睨むウォルノの顔があった。


「はァ〜〜期待はずれだ。

下らネェ理由を答えやがって」


え、今、コイツはなんと言った?

"下らない"だって?

世界が急に色を失い、黒白になったようだ。

脳が投げかけられた言葉を拒絶している。


「下らないだと!?

大事な人を失って、仇を取ることの何が悪い!」

いきなり大声で吠え、噛み付くヒヅルに、ウォルノは全く動じずに淡々と答える。


「勿論、仇討ちの全部が全部下らんとは言ってねーよ。

けどな、それだけに固執して人殺しにいくってのは、欺瞞だ。

テメーはテメーに嘘をついている。

だから下らねぇって言ったんだ」


目も合わせず、あくまで理知的な語りをするウォルノ。

だが、その様子が余計にヒヅルを逆上させる。


「ッッッ!お前に」


ヒヅルの中の瞬間的な感情が、堰を切ったように沸き出す。

「お前に何がわかる!」

あんたは、今会ったばかりの僕のことをなんも知らない人だ!」


ヒヅルはウォルノの胸ぐらに掴みかかり、続ける。

「まるで僕の全てを判ってるかのように……」


言葉を遮るように、ウォルノは冷静にヒヅルの眼前で指をピンと立て、シーッのハンドサインをしてきた。


「キャンキャンと騒ぐな、次は俺に八つ当たりか?

弱い犬ほどよく吠えらぁ。

とにかくアンタが戦う理由はクロだ。まだシロくねぇ。


俺の戦う理由も教えてやろうと思ったが、お前がお前でちったぁ成長した時に、教えてやるよ。

いいな?答えは『はい』か『YES』だ」


コイツ……ッ!

怒りで頭は真っ白だったが、有無を言わさぬ鋭い目に、少しづつ冷静さを取り戻す。


ウォルノは、ヒヅルの黒い感情に染まった瞳に、徐々に精彩が戻るのを確認すると、雑誌をヒヅルに手渡す。


「落ち着いたところで、これでも読めよ。

こんなカストリ雑誌みてぇな怪しいモンでもヒマは潰れるだろ」


手渡された雑誌には、デカデカと

『政府に隠された超古代文明! 核戦争の真実』

と書かれていた。

こんなものの何が面白いのだろうか……。



30分もすると、ヒヅルは雑誌一本丸々読み終えてしまった。

古代に何度か超文明が各地で滅びたとか、宇宙人が実は政府に暗躍しているとか。

荒唐無稽なコジツケ論でも、興奮してつい夢中になってしまう。

ヒヅルもやはり男の子なのだ。


「どうだ、案外面白いだろ?

俺、こういうの好きなんだよな。

浪漫ッ!って感じでな、俺たちの機体もなァ、もしかしたら大層な秘密が」


ウォルノが話す途中で、大きな衝撃が走った。

機内が激しく揺れ、飲み物や雑誌が其処彼処に放り出される。


「なんだなんだァ!?

男の浪漫を中断するのは大罪だぜ?」

緊急と思しき事態に、ウォルノがシートベルトを外して、操舵室に向かう。


「敵襲です!

レーダー反応、地上・空中共に5機!」


「地上は……ハァーン。狙撃機だな。

低空飛行して、やられたように見せながら、地上に俺を降ろせ!

最短で降りられるとこも探しとけよ!」


ウォルノが、手早く指示を出すなり

戻ってきた。

「ヒヅル、出るぞ!

俺の戦闘見ながら、戦う理由でも考え直しな!」

急いで2人はFSに乗り込み、出撃準備を行う。


「ここから50キロ地点に駐屯基地がありました!」

オダの声から焦りを感じる。


「じゃあ3分も耐えりゃあ上出来か。

頼むぜェ、オダさん」


「了解!降下準備!同時に両機、出撃可能!

ハッチ、開けます!発進どうぞ!」


「ヒヅル!空は頼んだぜ」

「あぁ!」

ヒヅルとウォルノの二人が迎撃へと出る。


ウォルノの脳裏にさっきのヒヅルの言葉がよぎる。

【僕のことをなんも知らない人だろ!】


「……『人』か。

太極図システム TYPE-Mオーケー、システムオールグリーン!

ウォルノ・マイシー、『ヤクシャ』、出るぜ!」


「太極図システム稼働、システムオールグリーン!

ヒヅル・オオミカ、KN-630101A!行きます!」


輸送機のハッチから2機が発進する。



ヒヅルはそのままブースターをふかし、空へ翔ける。

ウォルノは目前に迫った大地へと力強く立つ。


その瞬間、地面は土煙をあげて舞い上がる。

狼のような顔。

両手に爪がついた大きな手甲。

胸の装甲は、どことなく牙のついた肉食獣に見える。

足は獣型の関節構造に、特徴的に大きく力強い膝部。


空中で、攻撃を掻い潜りつつ、ウォルノの方を見たヒヅルは声を漏らした。

「なんだ……まるで、狼男じゃあないかッ!」


ウォルノが、敵を見つめつぶやく。

「決めようぜ。

俺とあんたら、どっちが黒か白か」


同時に5機のゴブMK-2がヤクシャに襲いかかる。

全機がビームスナイプによる一斉射撃を行う。


「ぬるいねェ」

ヤクシャは一瞬身を屈め、空を大きく跳ぶ。

「と、飛んだ!これじゃあ格好の的だ!」

目下で大きく跳ぶヤクシャの姿に、ヒヅルは驚嘆する。


だがヤクシャは左手の平からワイヤークローを射出、敵後方の地面に突き刺す!

そのまま、右側のブースターのみ蒸して、左へと大きく弧を描くように軌道する。


「まず1匹」

即座に、膝側面のセイバーを右手で抜き、水平に伸ばす。

地面にスライディングするように着地すると同時に、辻斬りを敵2体に決めていた。


「おっと、2匹落ちたな」

胴から真っ二つになったゴブMK-2をちらっと見る。

「は、早い!

ワイヤーで円状に移動しながら、その勢いで着地!

まるで、振り子の鉄球だッ!」


ヤクシャが即座に左腕を後方へ振りかぶる。

「次はそっちのお三方!

バスタークロー、飛んできな!」


左手の手甲が敵めがけ真っ直ぐに向かう。

迎撃のビームライフルを弾き、そのまま頭を吹っ飛ばす!


「体も貰おうかッッ!」

吹っ飛ばすと同時に、クロー部分で機体を引っ掛けそのまま手元へ回収する!

頭の無いゴブMK-2を盾にしつつ、残り2機へジグザグに滑空する!

眼前まで迫った時には勝負がついていた。


一瞬で2機の片方の右手クローで胴を貫き、残りを蹴り潰していた。


「悪いな。あんたらが黒だ」

そうウォルノは呟く。最後に掴んでいた敵に、そのままバスタークロー内部のビームガンを撃ち破壊した。


上空でゴブ フライトカスタム「バーロック」と戦うヒヅルは、そのあまりの決着の早さに声を失った。


ヒヅル(や、約1分半……ッ!

シールドクローで直線上の攻撃を防御しつつ、戦闘不能にまで!

更に、機動性で強引な曲折移動!

繊細さと豪快さを兼ね備えたその様はまさに、大自然そのものだッ!)



ヒヅルは、バーロックの脚部サーベルクローと、ショットガンのコンビネーションを掻い潜る。


5機のバーロックは、まるで死体に群がるカラスのようだ。

縦横無尽にヒヅルの周りを飛ぶ。


上空から3機連携のショットガンの雨が降り注ぐ!

「上かッ!」

前方へジグザグ状に回避・上昇する。

残り2機体が射撃をするも予測の難しい軌道ゆえ、1発も当たらない。


「見様見真似だけど、使えるじゃあないか!

そこだッ!」


前転をし天地逆転のまま、追撃に来た2体に、ビームカービンを撃ち込み撃墜する。


「残り3機!散開した!」

天地が逆のまま、地上へ推力を上げる。

落ちるヒヅルに3機が群がる。


「流石に、斜線が通るようには動かないよな……なら!」

地上スレスレまで落ちて、そのまま滑空する。

3機のうち1機が地上に激突・炎上する。

「残り2機!………ッ!?」


しかしモニターには残りがロストしていた。


振り返ると、ヤクシャの両手のバスタークローがバーロックを貫いていた。

そのまま空に、2つの花火が上がるかの如く爆発した。


「こちらァ戦闘終了!

オダさん、そっちは?」


「こちら、損傷軽微。駐屯基地に軟着陸成功!

戻ってください!」


ウォルノがヒヅルに向かって振り返る。

「おいおい、『空は頼んだぜ』って言ったじゃねェか」

「ありがとう……助かった」


モニター上で、ウォルノの顔が二カッと余裕の笑みを見せる。

「ヘッ、いいってことよ。さ、戻りますかァ」


ヒヅルが『あぁ』と短く返答して、飛んでいく姿を見つめながら、ウォルノがぽつりと言った。

「『ありがとう』か。こっちの台詞だっての」


黒白の機体は爆炎の中、空を見上げるのだった。

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