第4話 Two Days After Tomorrow

「日の本ではオーマガトキには一人で出歩かない、って聞いたが。

フン、あんたは日の本のヒト族ではないのか?

あぁ悪い。ただの怖いもの知らずか」

夕闇の中でも輝く銀髪を揺らしながら、男はゆっくりと歩きながら近づいてくる。

ヒヅルは直感的に感じた。この男はやばい、何かやばい。

「あんたは、何者だ」


???「人に聞く前に自分が名乗ったらどうだ、と言いたいが。

強いて言うなら」

一呼吸おいて彼は言った。

「アンタの敵だ」

その言葉を放つと同時に男はヒヅルに向かって一直線に向かってきた。


やはり帝国兵士!

僕の倒すべき復讐の相手!!

ヒヅルは即座に左へと回避を行えるよう構える。

低い位置からアッパーが飛んでくる瞬間に想定通りに左回避を行う。

だが、避けたのもつかの間、左腕に衝撃を受けた。


「敵の死角に入りながら、反撃の一手を考えるその動きのクセ。

お前がさっきの赤白のフレームスーツのパイロットだな?」

挙動を完全に見切っていた銀髪の兵士は、左手に隠し持っていた伸縮性の鞭を振り、既にヒヅルの左腕に一撃を与えていたのだ。


「……ッッ!!」

痛みに歯を食いしばり必死に同時並行的に思考を巡らす。


なぜコイツは僕の動きを知っているんだ?

フレームスーツとはなんだ?

人型兵器のことを言っているのか?


「『なぜ動きが読まれたのか』を考えているな?

アッハハ、答えは至極当然。

さっきの戦闘を偵察させてもらっていたからさ。


実に素晴らしい戦いだったよ!!

姿勢制御を逆手に取った戦法、パイロットの思考のクセを即座に理解した撃墜方法」


銀髪の兵士は饒舌に語っている。

今しかない!

ヒヅルは鞭につかまれた左手を振りほどくために後ろにぐいっと思い切り手を引っ張りながら、敵に向かって突進した。


「うわッ!」

急に引っ張られたことで兵士は姿勢を崩す。

その間に顔に向けて拳を打ち込めば……!


「なぁーんて、ね」

しかしその動きも目の前の青年には読まれていた。

体制を崩したように見せたのも、ヒヅルが近づいてくることを誘う罠だった。

前のめりに見える姿勢から放たれた拳は、ヒヅルの腹を捉えていた。


「ガッ……グッッ……!」

腹に手を当て崩れ落ち、石畳の上に両膝をつくことが精一杯であった。


「同じ手が俺に通用すると思ったらぁ大間違いだ。

あんな雑兵と俺を同じにするなよ!

大体、お前の戦略の思考がワンパターン過ぎる。

本当に最新気鋭の機体を与えられたエースなのか?

弱い、弱過ぎる。戦略も! 戦術も!! 

そして戦闘技能も!!!」


そうヒヅルに言い放つなり、顔面を踏みつけてきた。

土と石の屈辱的な匂いが冷たくヒヅルの鼻腔へ入り込む。

「チックショウ……!」


青年は胸元から携行銃を取り出してヒヅルの頭に突きつけた。

「このままお前をここで始末することは戦略的には最適解だ。

基地をぶっ潰すのにも、戦力を削ぐにも正しい判断だ」


やられるッ!

咄嗟にヒヅルは目をつぶる。

…………。しかし引き金が引かれることがない。

一体どうしたのだろうか。


「だが。機体はともかくパイロットとしては無力な雑魚兵士を1人殺したところで、俺の力の証明にはならない……。

今のお前では俺の力を誇示するには値しない」

彼は銃をしまいながら立ち上がると、ヒヅルに蹴りを入れた。

激しい衝撃と痛みが腹部に打ちつけられる。


「さっき俺の名を知りたがっていたな。

教えてやろう、俺の名はエムル。新型のパイロット、貴様の名も教えてもらおうか。

あぁ、すまない。喋るのも精一杯か」

エムルの皮肉をこめた言葉とにやつきがヒヅルにかけられる。


「ヒヅル……だ……ガハッ!」

腹部を蹴られた影響で、呼吸をするたび激しく胴体が痛む。


「ヒヅル、か。

今回は命を預けておく、とするよ。

あの紅白のフレームスーツ。最新機に乗った九重のエースとしての君を完膚なきまでに討ち取ることで、俺の力と働きが証明される!


また戦場で会おう、ヒヅル。

もっと強くなった君をバラバラにできるのが楽しみだ」


エムルはそう言い残すのみであった。

(どんな奴がと思ったが……俺には遠く及ばないな。

だが、あの時の機体操作と戦術。

奴は必ずもっと強くなる。

あいつを倒せば……お父様も俺を見てくれるはずだ!)

神社の石段をコツコツと靴音を立てながらエムルは神社を後にするのだった。


足音が遠ざかっていく音がこだまする中、ヒヅルの意識が神社を覆う夕闇の中へ落ちていくのだった。




……。薬品の科学的な匂いがする。

ヒヅルが目を覚ますと白を基調とした部屋でベッドに横たわっていた。

確か僕は神社でエムルとかいう男に襲われ気絶していたはずでは……。

立ち上がろうとすると、体に違和感がある。

どうやら、胸にコルセットを巻かれているらしい。

ゆっくり立ち上がり窓の外を眺める。


ここは、基地の医務室か……。

前に訓練で大けがをして血が出た時、シキや同期が止血と包帯を巻いてくれたことを思い出した。


「目を覚ましたかね」

オガワが扉を開け入室してきた。

「君が基地をバイクで出ていくのを見た者がいてだね。

全く、緊急時とは言え然るべき人間に連絡してから外出したまえ」

小言まで言われてしまったが、司令官の言うことも最もだ。

「起きたところで早速済まない。愛宕神社でなにがあったのだ。

説明してくれ」

険しい顔でヒヅルをまっすぐに見つめながらオガワは問いかけた。


そうだ、報告すべきことはしなければならない。

「報告します……。

神社の境内で、帝国兵士と遭遇……交戦になりました。

名前は確か、『エムル』」

「エムルだと!」

オガワは何かを思い出したように声を荒上げた。


「知っているんですか、司令官!」

ところがオガワは何かバツの悪そうな顔をしている。

「い、いや……その名前は聞いた記憶はあるのだが、すまん……。

だが、名のあるエースであろうことは確かだ」

肝心なところでイマイチ役に立たないというか、抜けているというか。

そういうところが司令官らしい。

呆れる気持ちはヒヅルの顔につい出てしまっていた。


「はぁ……。あ、あとは”サナギ”のことを『フレームスーツ』と呼んでいました」

「あぁそれはだな。ブラダガム側が使い始めた人型兵器の呼称だ。

戦車、戦闘機に続く新しい兵器カテゴリと言う訳だな。

実際に人体を模した基礎フレームで作られた兵器だ、理にかなった名前ということで九重側も昨日より正式にそう呼称することになった」


今までヘビースーツやコンバットマシン、中にはギガントマンなど好き勝手呼ばれていたから通称として統一されたことを意味していた。

きっとエムルもヒヅルと同じフレームスーツのパイロットなのだろう。


「敵である以上、彼も僕が討たなければ……僕の家族や親友の無念は晴れません!」

「まあ待ちたまえよ、気持ちは十分にわかる。

いいか?君は生身での戦いとは言え一度負けている。

今の実力と経験ではエースには太刀打ちできんだろう。3日前のように一般兵には勝てても、だ」


「み、3日前ェ!?」

僕が基地を救ったのはついさっきだったはずではないのか。

目を丸くし驚嘆する表情を見せたまま立ち尽くした。

「君が寝ていたのは一晩とかではない。丸々3日間だ。

発見時点では中々ひどい怪我だった。

肋骨にヒビも入っておるしな」


軍が気絶した僕を発見して治療、そこから3日間経過していたということか。

自分の状況を改めて理解できた。


「その3日の間に、きちんとKN-630101Aの装備を拡充したぞ。

敵機の残骸からデータを解析した甲斐があった。

今からドックにて説明しよう、メモを取れる準備をしたまえ」


サイバーベルと筆記用具を持ってオガワについていくことにした。

ドックに入ってすぐヒヅルの眼に入ってきたのは、多くの整備員が新たな機体の搬入とKN-630101Aを含めた全フレームスーツを整備をしている様子だった。

一部の機体は増加装甲や兵装追加がされていたりしたし、中にはヒヅルが見たことのない機体もあった。


「さて、一つづつ説明しよう。

まずは敵の使用したビームセイバーを解析し開発・膝部に収納した。

元はコンバットナイフを収納するはずだったがな、より切断力と射程に優れるこちらを採用した」


これで近接戦は一応安泰ということか。

蹴りや下手な奇策だけで戦う必要もなくなることは頭に入れておこう。

オガワが説明を続ける。

「あとは遠距離武器だな。悔しいが前回の襲撃で現行の共和国製ピストルではろくなダメージを与えられんかった。

そこで隣国・台湾連邦との協力の下、セイバーの技術を応用しビーム式のカービンとスナイパーライフルを急遽作った。

急造品だ、念のため連射は両方とも控えたまえ」


「現状、戦えれば十分満足です。ありがとうございます。」

ヒヅルは深く一礼する。たった3日でここまで仕上げたことから察するに、エンジニアも寝ずに働いたのだろう。

加えてスナイパーライフルという選択もおそらくは僕の交戦記録を基に採択したものだ。

それを考えたら、多大なる感謝を禁じえない。

ヒヅルは深くそう思った。


「それはそうだ、私達の命がかかっているからな!

引き続き敵と武装のデータはオーガルドはじめ他機体にも利用する。

実際に共和国全体でビームガンへのアップデートも始まっておるぞ」

相当急務で兵力拡充が行われているのだろう、宣戦布告されたのだし無理も無いか。

兵士たちもフレームスーツに搭乗できるよう訓練が始まるのだろう。

ん?そういえば。


「あとビーム兵器でエネルギー消費量が上がったのでな……。

メインの水素エンジンと併せて補助の風力エンジンを積んでおいた。

飛行時のエネルギー消費を軽減する程度の効果はあるだろう。

それと……」


ヒヅルには途中からオガワの言葉が耳に入ってこなくなった。

一つ気がかりなことがあったからだ。

ヒヅルが搭乗した時に起動した『太極図システム』のことである。

あの時は気にも留めていなかったが今考えればあれは一体?

ヒヅル自身もロボット操縦の訓練は経験が乏しいだけでなく、実際の操縦もほぼ思考に則ったもので特殊なものだったことも奇妙だ。


「オガワ司令官」

「想定されるカービンの弾数は……ん?どうした。

なにか気に食わない強化でもあったのかね」

真剣で真っ直ぐな眼差しで、問い詰めるようにヒヅルは尋ねた。

「たしか司令官は『誰も新システムを十二分に活かせる成果は発揮させられなかった』と言いましたね?

あの『太極図』というシステムと関わりはあるんですか?」


オガワが顔色を変える。

聞かれたくないことを質問されたのであろうことは、焦りを浮かべたその顔から明白だ。

口をもごもごとさせながらオガワは話し出す。

「あのシステムは……だな。いわゆる補助AIによる技術サポートシステムの最新型だ」


補助AIシステムはヘブンズ・ギフトを元に60年前当時に秀才タクマ・キリムラが開発したシステムだ。

車や機械操縦の際に事故を防ぐための搭載が原点だ。

だが、それだけでは『思考を反映して動く』部分が説明がつかない。


「ですが、補助AIでは操作の簡易化は可能でも、思うがままに動かすことは不可能です。

何か更にひと仕掛けがあるんじゃないですか?」

「それを追及するとはな……。

いいだろう、知っている限り話そう。

補助AIシステムを発展させたのは、君の同期であるシキ・ヤサカなのだ」

「シ、シキが!?」

あのシステムの開発にシキが関わっていたなんて。

彼の頭脳が天才だったことは誰よりも僕が知っている。

それでもあまりに衝撃的な事実にヒヅルは驚きを隠せなかった。


「そうだ。彼はタクマの遺した構想を基盤に、神経系と機械を接続して思い通りにデバイスを動かすシステムを作り上げたのだ。

最初は負傷兵の義手・義足のためのプロジェクトだったのだ」

オガワは腕組をしたまま淡々と続ける。

どうやら彼は気を許してしまうとペラペラと喋ってしまう癖があるようだ。

ここは黙って聞いておこう。

情報をもっと聞き出せるかもしれない。


「しかし彼はそれに留まらなかった。

もし考え通りに兵器を動かすことができれば、練度の低い兵士でもパイロットが務まることや、部隊統率や生存率の向上に繋がると考えたのだ」

「そこで何か問題があったのではないですか?

実際にシステム活用に壁があったんですよね?」

「そうだ。

実は完全に人と機械を一体化することは叶わなかったのだ。

ほぼ開発は成功したのだが思考と機体に反応の誤差があったり、パイロット次第では思考を動きに反映することも難しかった」


今の話を聞いて漸く辻褄が合う。

起動時のパイロット適合率という言葉から推察すると、どうやら適合率が低いと思うどおり動かせないということだろう。

「ところが、僕はKN-630101Aとの適合率が高かったため、まるで手足のように動かすことができた……と?」

「そういうことだ。

勿論試作型ゆえ、照準や方向転換をはじめ細かい挙動は思考操作のみではまだ実現しとらんがな」


ところが、ヒヅルの頭には未だ疑問が残る。

「でも……何故僕はあのシステムに適合できたのでしょうか」

「それは正直私にもわからん。

シキと君は親友だったそうだから、お前向けに調整をこっそりやったんじゃないのかね?」

なんとなくの推測でオガワが語る。


急に投げやりすぎやしないかとも思ったが……シキが言ってた言葉を思い出してみる。

『君の力を最大限に引き出せる』

『君に向いた戦術兵器プランすら頭に入ってる』

その言葉を加味すると、オガワの推測も当たらずとも遠からずではないのかもしれない。

そうか……僕が最大限に活躍できる絵が既にシキの脳内に描かれていたのだろう。

そして僕が戦うための力を彼は僕に贈ってくれた。

……ありがとう。

ヒヅルは心中で親友への感謝の言葉を贈った。


「結論、あのシステムがあるお陰で思うがままに動かせる反面、搭載されているせいで機体は現状キミにしか扱えんということだ。


説明は以上だ。怪我をしてるにも関わらずすまんな。

病室に一度戻ってまたゆっくりしたまえ」



オガワは病室まで帰してくれた。

ご丁寧にも『早く戦線復帰しろ』との言葉まで餞別に、だが。

医務室の窓から日が暮れた外を眺める。

僕がベッドで眠りについていた3日間、遺体の処理や整地を終えて最低限機能するようにしたようだ。



(また戦場で会おう、ヒヅル。もっと強くなった君をバラバラにできるのが楽しみだ)

エムルの言葉が脳裏に浮かんだ。

いずれ彼とは刃を交えることになるはずだ。

彼と戦うことが家族と親友の魂を救う道にきっとなる、今はそう信じて前に進むんだ。


そのための力を、シキは僕にきっと授けてくれたのだろう。

確かに僕だけではエムルに勝てないかもしれない。

だけれど僕とシキ。二人の力を合わせればどんな強敵にもきっと勝てるはずだッ!

少し笑顔を浮かべながらヒヅルは、エムルを、帝国を打ち倒すことを誓い胸に握りこぶしを当てる。


見上げる夜空には、東に隣合わせの小さな2つの星が、西の大きな一等星に負けないくらい輝いていた。




______。

某所 九重評議会

「では……この場9人の意見は一致ということでよろしいでしょうか」

「無論」

「我らの自由のために」


暗がりの中、9人の大人達が話している。

年齢や国籍はバラバラのようだ。

円卓を囲み、スクリーンに何かを映し出し、決定を下しているようだ。

映し出されているのは……他でもないヒヅルであった。


飛び抜けて若い1人の男がつぶやいた。

「ヒヅル•オオミカ……彼はこの世界に変革と秩序をもたらすことでしょう。

フフフ……見ものですね」

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