第3話 草原の騎兵(ポーリュシュカ・ポーレ)

キョウト基地の壊滅を防いだ紅白色の巨人が、ゆっくりと降下して地へと片膝立ちをする。

胸部のコックピットが開くと、そこからはヒヅルが降りてきた。


戻ってきた陸地は、瓦礫と死体の山が広がるばかりであった。

基地周辺の均された草地は、ライフルの弾痕でクレーターへ変わり果てていた。

上官達救護班や遺体の処理に、阿鼻叫喚の一兵卒達が駆け巡っており、戦士の凱旋に喜びの声を上げる暇(いとま)も無い様子だ。

ところがその中から、見慣れた男の影がヒヅルの方に走り寄ってくる姿が、しっかりと見えた。


「よ、よくやった!!

あのシステムを起動させた上で、あの状況で本当にゴブ2機を撃破するとは!」

驚嘆の中に、オガワは興奮と高揚を隠せない弾むような声を上げている。

その様子を受けて、ヒヅルは少々引っかかるものを感じたが、皮肉たっぷりに言葉を口の端から発した。

「ありがとうございます。

さすがに、武器がまだ装備されていないと分かった時には……かなり焦りましたよ?」


当然と言えば当然である。

無防備で何もできないロボットで前に出るだけでは、戦闘機や武器を持つ他の配備済み量産機よりよっぽど格好の的に過ぎない。

勢いに任せて『行け!』などと言ったのかもしれないが、説明が足りなかったオガワも無責任と言えば無責任な話だ。


「それはだね……仕方のない話なのだよ。

機体自体は出来上がったものの、適正のある搭乗者がいないことや、ビーム兵器開発が難航したことでだな。

それに関しては……申し訳が立たなかった、と思っている。

し、暫くは先程の敵機体から得た情報ベースで、急務開発する武器を使いたまえ!

勿論、オーガルドの武装も使って構わないぞ!」


オーガルドは、今この基地で塵芥の如くもの言わぬまま地を転がっている『それ』である。


この名兵器は、前大戦末期のブラダガム帝国製 人型機動兵器「ゴブ」のデータをベースに、九重共和国が作り出した九重共和国の量産機だ。

餓鬼を彷彿とさせる細い手足に、機動性重視の無駄のない装甲、丸みを帯びた頭部が特徴のシルエットだ。

鋭く尖った長い爪は、当時一撃でゴブの体を突き刺したと言う。

下腹部には、パイロットブロックが装備されており、撃墜時にはパイロットの生還を前提に考えられた作りになっている。

そのため、当時戦闘人員が不足しがちだった九重にとっては、「ヒト」という資源をロスすることなく戦える画期的な機体だったのだ。


現に、今回の戦闘においても8割近くのパイロットは、怪我は負えども無事生還している。


「ありがとうございます。

自慢の爪はともかく、その実弾ライフルもあまり新型のゴブには通用した様子ではないですが、無いよりよっぽど助かります。

話は変わりますが、このキョウト基地が敵の標的になったことには、なにか理由があるのでしょうか。

やはりこの新機体……KN-630101A”サナギ”。これが狙いですか?

それとも、新兵教育を狙っての戦力縮減が目的、でしょうか」

ヒヅルには今回の襲撃に関しては疑問があった。

それは『攻撃理由』だ。

元・日の本であった地区は、九重共和国の中でも東の海に地続きで存在する半島国状態の地形だ。

東桜の春の際は、共和国・帝国側で海沿い地域一帯で紛争が勃発したことが、全ての契機であった。

つまり、口火が明確だった。


しかし、今回は前触れもなく、突然に基地が攻撃された。

それには明確な『攻撃理由』が必要なはずだ。

ブラダガム側が有利になるための目的、そして攻撃の理由になる政治的な名目。

双方での『攻撃理由』は、一体何なのだろうか。


加えて言うのであれば、海を超えるためにわざわざ戦闘機ではなく、飛行装備まで付けた人型兵器を用いた侵攻をしている。

何かしら、パフォーマンスの意図でもあるのだろうか。


「それに関しては……君が戦っている間に答えが示されていたよ。

見たまえ」

オガワは重々しい表情とともに、サイバーベルをポケットより取り出した。

スクリーンに、とある人物の映像が映し出された。

欧米人らしいくっきりとした目鼻立ち。

鷹のような眼光と、アイスブルーのその瞳。

中央分けの前髪から覗く突き出た眉間と、広い額には力強さが。

長髪からは権威を醸し出している。

召し物は、まるで宇宙に輝く星が散りばめられた、黒紫のファーがついた圧倒的な強者を誇示する、白と金の外套という出で立ちだ。


その人物こそ、ブラダガム帝国国家元首・モルト・フォン・ブラダガムだ。

荘厳な壇上に、悠然と立っている様子が映し出されている。


「……」

だがしかし、話し出す様子はない。

重苦しい沈黙が30秒ほど続いただろうか、その直後にモルトはゆっくりと話しだした。

「ひとつの。ひとつの悲劇があった」

深く、響くような声で続ける。

「愛する帝国国民の同志よ、覚えているだろうか。1ヶ月前の悲劇を。

我が国の未来のため、粉骨砕身の想いで尽くした若き同志が…この世を去った。

彼は、優秀な同志だった」


次の瞬間、両手の平を前に突き出すとともに、モルトの声量と速さに急に勢いがついた。

「しかし、彼はこの世にはいない!」

その声は、腹の底に響くような振動さえ感じた。

「道半ばで!九重の卑劣なる亜人の凶弾に倒れてしまったからだ。


この世界に蔓延る『亜人』

奴らは人に似て人に非ず、獣に似て獣に非ず。

奴らは我々同志の仲間だろうか?いや、違う!!

奴らは神に愛されなかった、劣等種に過ぎない。

所詮ヒトの姿を真似て、ヒトに近い悪知恵をつけた犬や猫、鳥やトカゲに過ぎない。



では、諸君に問おう。

何故若き同志はこの世を去らねばならなかったのか?

何故だ、何故だ、何故なのだ!!!

それは、至極単純な理由だ!


『亜人が存在するから』だ。


奴らは爪を持ち、そして牙を持つ。

人に成り変わるときを、虎視眈々と狙っている」


右拳を天に掲げ、力強く大声でモルトは肉食獣のように吠える。


「ケダモノの牙に脅えるか、それとも奴らを皆殺しか!

同志諸君の答えは既に出ているだろう!!

これは我々が、永久の安泰を手に入れるための正義の鉄槌!


そうでなければ!九重に殺された若い同志は報われぬ!!

彼に報いるためにも、この正義は執行されて然るべきなのだ」


左手を広げ、真っ直ぐに地平線にぴしっと伸ばす。

右拳と合わせて、力と威厳を感じるような身振り手振りだ。

「愚かにも、九重共和国は化け物共を人と同等とみなし共に生きている。

奴らを人と見做す、奴らもまた化け物と変わりはない!


ケダモノの牙に怯まぬ、我らの平和を願う騎兵たちよ!

進め!地を歩み、空を征け!

草原を駆ける騎兵となって、同志たちの安寧を取り戻すのだ!


この戦いは!平和と自由を得る為の戦いである!」


演説の終わりとともに、耳をつんざくばかりの雄叫びが上がる。

帝国の士気高揚が、声だけでビリビリと伝わってくる。


オガワは、ちらりとヒヅルの顔を見る。

まるで鷹のように鋭い目をしており、その瞳の奥には黒く濡れた感情すら見えた。


一方のオガワは、これだけの大衆煽動能力を持った敵と戦うことに、一抹の不安を持った。

モルトの演説は、心理効果的に気持ちを統一し、そして高める効果が非常に高い。

先ほどの勝鬨の声が、プレゼンとして適切かと言うことを証明しているからだ。

これだけ強力な相手に、立ち向かえるのだろうか。


「やつらはたったひとつの火種をこじつけて、奴らは宣戦布告を行ってきたのだ。

つまり東欧の春のように、紛争のひとつなどではない。

これは……百年戦争に続く、大きな、、実に大きな戦争の始まりを意味しているのだ。


その証拠に、攻撃を喰らったのはこの基地だけではない。

九重各地の兵士育成拠点や農地など……継戦能力を確実に断つための場所の多くが、同時攻撃されている」



「なるほど……。

ひとつは、帝国が有利になる目的として『共和国の弱体化』、政治的な攻撃理由は『報復』ということですね。

たった1ヶ月前の事件に対して、即座に準備→攻撃を遂行できることを考えると、元々の事件も仕組まれていた可能性も大アリでしょう」


画面を真っ直ぐに見つめたまま、納得をその口元に浮かべたあと、鋭い目のままヒヅルはぽつりとつぶやいた。

「これは……本当に好都合な理由ですね」



「だろう、本当にブラダガム側は好都合な理由を」

「いや、違いますよ」


話し出すオガワの言葉を遮り、ヒヅルは立ち上がる。

「僕がブラダガムをぶっ潰す。

その、その好都合な理由ができたということですよ。

奴らが草原の騎兵なら、いつか僕は空から草原ごと奴らを焼き尽くすだけです」


強力な意思のこもったその眼を見たオガワは、そう言い残し去ろうとするヒヅルの後ろ姿に声をかける。

「ま、待ちたまえ。どこへ行くつもりだ。

基地の多くが壊滅したとは言え、最低限は機能している。

勝手な行動は慎め。

まずは……そうだな、まずは自室か地下別館にある避難待機所に行きたまえ。

私は、ここの責任者だ。

今から全体への指示と指揮を取りに行く」


オガワはそう言うと、即座に割れたコンクリートに躓きながら、せかせかと硝子の割れた基地中枢へと走り去っていった。


周囲はまだ慌ただしい。

昨日まで一緒に訓練をしていた同期が、瓦礫の片付けをしていたり、担架にシートを掛けられ物言わぬ状態で運ばれたりしている。


ヒヅルは言われるがまま、今日限りで引き払うはずだった自室に戻ってみることにした。

ヒビや一部壁の崩れはあれども、全く過ごせない環境ではなかった。


隣のベッドに、目を遣る。

シキと笑い合っていた日々を、ぼんやりと思い出す。

どんな難問のクイズを出してもさらりと答え、指導要領外の複雑な数学でさえもすらすらと解いていた。

僕が怪我をしたら、血の滲んだ包帯を取り替えてくれたりもした。

その在りし日の姿が、空っぽの部屋に浮かぶばかりだ。


ヒヅルは思い至った。

早々に基地を立ち去ったシキは、果たして無事だったのだろうか。

そもそも、彼の配属は九重共和国でも日の本地区外、大陸は旧台湾連邦地区と聞いていた。

だからこそ、祝賀会に出席する暇もなくこの地を発ったらしい。

但し、それでも安泰無事とは思えない。

シキの身の安全が脳裏をよぎると、横になり無心になろうとも、只々不安が心に滲み侵食をしていく。


30分も経った頃合いだろうか。

「ダメだ、ダメすぎる」

元々、一度嵌まり込むとネガティヴな思考が続きがちになる。

その傾向をヒヅルは、自分で重々理解していた。


そのために、気分を転換するスイッチを入れるしか無いな。

とは言え死屍累々の状況では、晴れ晴れとした気持ちにもなれない。

どうしたものか、無事を神でも祈ろうか。

「……神頼みか」

ヒヅルは、川を市街地の反対まで上っていったところへ、愛宕神社という地があったことを思い出した。

そこは火の神様、カグツチが祀られているとのことで防火祈願で上官と行った覚えがある。

思えば今回の襲撃で、大きな火災が起きなかったのもその御利益だろうか。


などと余計なことをぶつくさと思考している間に、ヒヅルは既にバイクに乗って行動を起こしていた。

白のシャツに黒のアウター、ブラウンのスキニーパンツという軽装に着替えた少年は、颯爽と街を駆ける。

街を過ぎると、どこにでもありそうな田舎風景でしかない。

ヒヅルの騎乗している鉄の馬は、颯爽と畑や草地を駆けていく。

風を感じながら、自分自身の行動力の高さを自覚するばかりであった。


神社前に着くなり、バイクを降りて長く続く石段の前に立つ。

深く一礼。

手水場で人を殺めたその手を丹念に清めて、境内に入る。

僅かばかりの小銭を投げ込み、二拝二拍一拝。

(どうか、シキが無事でありますように)

そう心のなかで願うばかりであった。


己は人を殺めたくせに、自分自身は友の命を心配する。

そんな身勝手な思いを、カグツチ様は笑っていらっしゃるのだろうか。


拝殿に背を向けないように、夕闇に包まれ始める境内をゆっくり見回すと、木が幾数本と厳かに立っている。

(ハルニレには遠く北の地で発火剤として使われ、古くはその炎が激しい火の神を生んだと伝わっている。

草木も震える極寒地で、開墾する民達もその火にお世話になったんだろうね)

シキのことを考えていたからだろうか、過去に訪れた時の彼が語る雑学を、境内に植えられた春楡(ハルニレ)の木を眺めてつい思い出してしまう。


「日の本地区では古くから、ヨウカイに出会う時間があるんだってね。

『オーマガトキ』、だっけ?」

急に先程上がってきた石段の方から声がした。


青と紫を基調としたジャケットとパーカーの組み合わせ。

足の長さを強調する黒のスキニーズボン。

ウルフヘアの銀髪にアイスブルーの瞳。

左右対称の均整の取れた、怖いほどの美少年が真っ赤な鳥居脇、新録の草地に立っていた。


ヒヅルは拝殿に背を向けて、その銀髪の少年を見つめてしまうのだった。

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