第2話 ギフト

“KN-630101A”は、ヒヅルが両手のレバーを倒すとゆっくりと、その大きな体躯で大地を踏みしめるように立ち上がった。


ヒヅルは、ふと気づいた。

しかし、一体どうやってこの機体を制御すればいいんだ?

訓練で学んだ戦闘機のコックピットよりも、明らかにボタンやレバー類・制御機器類が簡素だ。

一方で、人型かつ兵器類が多く搭載できる機動兵器である以上、複雑な操作が必要なはずだ。


そう思うのも無理はない。

簡単に言うなら目で見て、体のバランスを一度崩し、無意識のうちにバランスをもう一度戻しながら人間は歩行している。


そもそもヒトの姿勢制御は、視覚・脳中枢神経と筋肉の微細な芸術だ。

例えば、脳卒中に罹患した人が、歩行や姿勢制御障害を起こす。

これは視覚野や中枢神経において、とても小さな不具合がたった一個でも生じた時に起こる現象なのだ。


だが無意識的に人間が行うこれらの動作を、意識的に手動操作で瞬時に全て行うのはとんでもなく高度な技術だ。

そのすべての操作に足るだけの操作系統が、機器類操作盤、ダッシュボードには存在しない。


一体どうすればいいのか。ヒヅルは額に手を当てる。すると。

機体の手が顔に向けて、ゆっくりとそして確実に動いた。

「!!……もしかすると。僕の思考に沿った動きを……?」

試してみよう。日常で歩くときの自分を、強く想像するんだ。

冷たい鋼の右踵が地面から離れる。膝が曲がる。

一瞬重心が崩れながら、まるで血が筋肉が通っているかのように、左膝が反射的に曲がりながら姿勢を保持したまま、右足が一歩前に出る。


成功だ!

もしかしたら、さっきのヘルメットと背中に接続されるケーブルが、脳と体の電気信号を機体にフィードバックしているのかもしれない。

そうでなければ、神経系に接続がなされる理由が不明だ。

とにかく。

自分の意思で初めて機体を動かせたこと、そして自分の辿り着くべき目的への手段を得たことに、ヒヅルは高揚感が少しばかりじわりと心に広がっていくのを感じた。


だが、その高揚感もほんの一瞬の出来事だった。

地下ドックにも伝わる大きな衝撃に、ヒヅルは体を揺さぶられた。

立ち上がる”KN-630101A”を見てヒヅルの足元で呆然としていたオガワも、とっさに我に返ったようだ。

急いでドックの操作盤に駆け寄り、天井操作と昇降機を起動したようだ。


操作盤横の通信機を握りしめて、オガワが大きく叫ぶ。

「聞こえるか。”サナギ”を起動できたなら、もう貴様がやるしかない。

地上を蹂躙する2匹の緑の悪魔を、倒してこい!

これは命令だ!」


「はい……!」

返答も聞かず昇降機が”KN-630101A”を地上へと押し上げた。

黒煙で澄み渡らない青空と、遮られた陽光がヒヅルを照らす。


嗚呼、本当に、、酷く醜く不愉快な緑の怪物じゃあないか。

目を上げると、背中に大きくバツを描いたようなバックパックをつけた、二匹の悪魔”BLGN14-0728 ゴブ”が、基地に配備された兵器やロボットを破壊し尽くした様が広がっていた。



長く伸びた耳部、細い胴と腰を繋ぐ何本もの動力パイプ、若干猫背の体制。

逆三角型のシールドの先には打突部がついている。

醜悪な子鬼を彷彿とさせるような体躯だ・・・


ゴブは百年戦争後期に、初めて世界で実戦投入されたブラダガム帝国軍所属の人型兵器。

今となっては、汎用的に車や電車に搭載されているヘブンズ・ギフトの一つ、『自動運転制御機構』を用いて機体制御や戦闘補助を行うことで、どれだけ未熟な兵士も歩く・撃つなど簡単な操作を可能にした、まさに「兵器の転換点」と言われる機体である。


ヒヅル自身もその目で転換点たる存在が、動いているのを見るのは初めてであった。


「敵機確認。形式:人型!データにない未確認の機体、新型のようです!」


「ラジャー、即排除行動に移れ。

どんな武装や行動をするかわからない、警戒しろ。」

眼の前の子鬼たちは、ゆっくりとこちらに銃を構えている。


「まずい、撃たれる!」

とっさに自分から向かって右へ、旋回する動きを強く想像する。

すると、敵の発射と同時に機体は右への緊急回避を行えた。


「イメージのまま完璧ではなかったけど……徐々にコツが掴めてきた。

こいつを動かすための方法が!」

一発づつ、計2発がヒヅルがいた場所をすり抜けていった。

”KN-630101A”の機動性は勿論だが、思考から機体への反応性はほぼラグがないようだ。


「こいつ、素早い!機動性が我々よりも上です!」


「やつはただ、我々の視界がさえぎられやすい方向へ回避したんだ。

おそらく……次も機動力で視界を揺さぶる動きか、死角に入り込んでくるはずだ!

冷静に眼で追え!」

ブラダガムの兵士たちはその機動性と判断力に若干の焦りを感じている。


「単発の武装で散弾でもない。おそらく徹甲弾の装備!

こっちは機動性の高さから考えうる装甲強度を想定すると……食らったらマズい!

何か武器は!武器はないのか!!」

ヒヅルが、左右へ視界を揺さぶるように回避行動を取りながら、冷静に正面のスクリーンから機体情報を確認する。


”単独飛行可能。

武器情報アリ、接続確認ナシ。”


ということは、

「コイツは”専用武器はあるが、データのみで装備されていない”!」

バルカン等の常設の武器にも、弾倉が込められてないということだ。

鍛えあげた警察官でも、ナイフを持った一般人には迂闊に太刀打ちができないように、軽量装甲のヒヅルには銃弾の中を近づけるはずもない。


「何が『倒してこい』だ!

とんだふざけたプレゼントじゃないか!」


「G-01、敵は迎撃行動に入ってきません。これは……ッ!」


「G-02!幸運なことに、奴はおそらく武器そのものを所持していない!

新型の首がこうも易々と獲れるとは、これは俺たちへの贈り物だなぁ!」



どうすればいいんだ!

これでは、このまま撃ち殺されるのを待つだけじゃないか!?

……!待てよ、撃たれる?逆に考えると、近づけば勝機はあるかもしれない。


じっと敵を観察する。

1つ、装甲に傷がある。

基地所属の兵器群が攻撃したものの、決定打になるダメージは与えられなかったようだ。

これでは、やられた味方の武器を拾っても全くの無意味だ。


2つ、まず敵は常に密着している。

おそらく、随伴行動により隊列を組んでいる。

後方の機体の乗組員は、経験が浅くとっさの判断は難しい可能性がある。

さっきも前方機体の攻撃を、確認後に発射した。

つまり、じゃあそれならば……!


突然、ヒヅルは座りだすと土を掴んだ。

そして、手前のゴブが照準を合わせたその時に……掴んだ土塊をアンダースローで思い切り投げた。


「そんな目くらまし!食らうかよ!這いつくばれ!

足をもがれて無力に悶える虫けらのようになあ!」

敵は目眩しにも怯むことなく銃を向け、真っ直ぐヒヅルを狙って一撃で仕留めに来る。


しかし次の瞬間。

G-01はヒヅルの突進により、地面に伏していた。

「な、何!!まさか、たった数秒の視界遮断を信じて突っ込んできたのか!」


「G-01!!!」


視界が遮られるということは、次の判断が遅れることを意味している。

当たったのかすら分からないのだから、相手は必ず確認行動をするはずだ。


ヒヅルは、その『判断の遅れ』を誘発した上で見逃さなかった。

射線軸から半身をずらしつつ、敵のいる位置へ突進すれば、確実に回避行動を行えない敵に激突する。


同時に装甲の軽いKN-630101Aの突進では、ダメージは少ない可能性もあった。

だが、ヒヅルは見逃さなかった。

猫背の姿勢、フライトユニット。

そこへ真正面からの強い衝撃。

そして、姿勢制御の3つの構成要素『視界、中枢神経、筋肉』。

このうちの一つでも不具合が生まれれば、複雑な直立姿勢の安定を即座に実行することは不可能である。


結果として、ヒヅルの想定通りに倒れ込むことになった。

「やはり思った通りだ!

歩行のキーのひとつ『視界』を遮られた上、重心バランスを崩されたら人間ですら反射的に姿勢を保持するのは……精一杯!

そしてもう一機は!」


「貴様!動くなあああ!」


「やはり!数瞬だけ遅れているッ!」


想像通り敵機の相方は、突然の出来事への対応が一歩遅い。

銃を構えて撃つ前に、ヒヅルの回し蹴りが腕に直撃した。

衝撃により未熟な小鬼は地面に倒れこみ、徹甲弾ライフルがヒヅルの足元に落ちる。


たった一瞬の判断の遅れを、眼で逃さず捉えたヒヅルの才覚が接近戦を制したのだ。


「大人しく俺たちの功績になりやがれ!」


「まだ動くかあああ!」


手慣れている方が地面に伏しつつも、徹甲弾ライフルをヒヅルに撃ち込もうとしていた。

が、その瞬間的な動きも捉えて銃を蹴る。

重心が曲がる鈍い音を立てながら、ライフルは湾に沈んだ。


「あとは、持つ!そして、撃つ!」

足元の銃を拾い撃ち込もうとする……が。

「なっ、残り一発……。敵にはまだ打突武器がある、確実に

”一発で2匹も処理しなければならない”のか!」

ここまでの作戦は、確かに完璧だった。

しかし、敵からの贈り物がこんな粗末なものでは戦いにならない!

その絶望がヒヅルのコックピットを、じわじわと侵食する。


「動きが止まったな!終わりにしてやる!」

G-02の機体が、肩からビームセイバーを抜き、KN-630101Aに振るった。


今度は、ヒヅルの判断が一歩遅れてしまっていた。

咄嗟に避けるものの左脛部にかする。

相手には近接武器もある以上、一方を仕留めても次に接近した時にやられるのは確実である。

同じ手が二度も通用する保証はない。


「どうすればいい、どうすれば!」

ヒヅルはハッとした。単独飛行可能……。

空を見上げ太陽の方角を確認すると、ヒヅルは一気に飛行した。


「G-02!敵が空へ逃亡したぞ!逃がすな、絶対に!」


「しかし新型は太陽の方角へ飛んでいます!」


「我々の目視を難しくしているのか!小賢しい!スクリーンの熱源反応で位置を補足するんだ!」


太陽に向かって一直線にヒヅルは飛ぶ。

地を踏みしめていたその体は、天を目指して空を駆けている。


「確かに、貴様の飛行能力は我々以上だ。

だが高度になればなるほど、重力から逃れるためのパワーが必要!

つまり、それだけの燃料がいるということ!

飛行能力は上回っていても、いずれは我々の射程圏内に追いつかれる!」


「距離が縮まっています!俺たちの勝ちだ!」


直下は既に海。

ビームセイバーの切っ先がヒヅルに近づく。

ヒヅルは急に太陽を背に受けて。

海面に向けて機体を反転させる。

そのままブースターを一瞬全力でふかした後に、今度は自由落下で海面へ急降下する。


「落ちていくぞ!追いかけろ!」

重力のなすがまま落ちるヒヅルを追い、2機のゴブが襲いかかる。


「やはり、僕を追っかけてきた。」

目に光が宿る。

彼の眼は、ある一瞬を捉えるために、鋭く視ている。


「”敵の狙いは最新機の可能性があった”

“2機のうち、片方はもう一方を追従する”」


「今度は俺たちが太陽を背にしている!

貴様の方が視界不良!立場逆転だな!」

落下するヒヅルにゴブ達が真っ直ぐと向かってくる。


「僕の真の狙いは、『こっち』だ!」

剣を振りかぶり、ヒヅルに襲いかかる二機の子鬼。

「これで」

徹甲弾ライフルを、ヒヅルはゆっくりと空に向けて構える。

「僕の」

2つの機影が重なった。

「勝ちだ!」

緑の機体を銃弾が撃ち貫く。徹甲弾はその貫通力で2機の装甲を穿った。

手前の機体は胸部に命中し、奥の追従した機体の腰部まで見事に捉えていた。


「僕を追いかけてくると必ず片方の機体はやや反応誤差を生みつつ追従する。

そうなれば必ず3次元的な動きを求められる空中でも、直線的な動きをする。


隊列の動きが、より単調になった瞬間であれば!

貫通弾がたとえ一発でも、まとめて撃ち落とせるスキが生じる!


空に追いかけてきた時点で、既に勝負は決まっていたんだ」


2つの機影が煙を上げ爆発する。

爆発の向こうには、太陽がヒヅルの初陣を祝福するかのように輝いていた。

もし今日という日が雨ならば、敵はヒヅルの狙いに気づいたかもしれない。

そもそも、ヒヅルはこの賭けに出る発想が生まれなかったかもしれない。

太陽が出ていたからこそ、辛くも勝利できたのだ。


「太陽……そうだ、聞いたことがある。『アマテラス』という太陽の女神の話を」

ヒヅルが太陽に手を伸ばす。

ありがとう、女神様。


再びブースターをふかし、海上へ軟着陸をする。

海へ着陸するその姿は、まるで天から地へ神が天降ったようであった。




______。

この一連の流れを遠くから見つめる人影があった。

「まだ試作段階の太極図システムであそこまで動けるとはね。

その機体、君の『眼』を活かす最高のギフトになりそうで僕は嬉しいよ。」

シキは、呟くとそっと微笑んだのであった。

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