逃避

「…」


俺は今びしょびしょのまま歩いていた。服は体に張り付き風が吹くと肌寒く感じる。靴の中は水が溜まっており歩く度に不快な感触がある。


俺の隣を歩く人達は俺の事をみてヒソヒソと何かを言っている。


島百合にはネットカフェにでも行くと言ったが泊まるには当然お金がいる。そして財布はあの家にしかないのだ。


憂鬱な気分になる。


『なら復讐しない?』


頭の中では島百合の声でそんな言葉が再生されている。


復讐。


確かに俺はあの人たちのことを憎いと思っている。だが仮にも俺を産んでくれた人達なのだ。その人達に復讐するのは違う。そもそもどうやって復讐すればいいかなんて分からないしな。


「…あ!お兄ちゃん!」


家に近づくと紗奈が俺に気づいて声を上げて近寄ってきた。


「真弥翔!」


父さんと母さんも俺の名前を呼びながら駆け寄ってきた。俺はそれに身構えてしまう。どうしてもあの光景や父さんの判断が受け入れられないんだ。


「みんな…」


あれ?さっきまでの重苦しい空気はどうしたんだ?なんでみんな優しい雰囲気になっているんだ?


「…父さん、母さん。離婚するの?」


だから俺はまどろっこしいことはせずに素直に聞いた。


「あぁ…それならお互いに過ちがあったからお互いを許しあったよ」


父さんがそう言った。俺はその言葉の意味が理解出来なかった。そして理解した瞬間言いようもない嫌悪感に襲われた。


母さんの方を見ると首を縦に振って肯定しており、紗奈の方を見ると納得したような表情をしていた。


俺が…俺がおかしいのか?みんなが合っていて俺がおかしいのか?ダメだ。正常な判断が出来そうにない。


「…そう、なんだ」


どう言ったら正解なのか分からない。だから苦し紛れにそう言う。


「あぁ。だからこれからはちゃんと『家族』として生きていこう」


ダメだ。それだけは受け入れられない。こんな嘘まみれの空間に身を置きたくない。嫌だ。逃げろ。頭がそう警告を出している。


「ちょっとごめん」


俺は急いで家の中に入り財布とカバンをとって飛び出した。


「ま、真弥翔?」


母さんが困惑したような表情をしている。だがそんなことを気にしていられなかった。早くここから離れたい。その一心だった。


だから俺は3人を素通りして走り出した。


「真弥翔!」

「お兄ちゃん!」


後ろで何か叫んでいる。だが立ち止まることは無かった。そして理解した。俺にはもう家族と呼べる人達はいなくなってしまったのだと。



【あとがき】


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