謝罪

いつも通り学校につくと、そこには見知った顔があった。


「…あ、せ、先輩」


後輩の宮川だった。


「ん?どうしたんだ?宮川」


俺は宮川にそう聞いた。


「えと、その…」


宮川はとても気まずかそうな表情をしている。


「用がないならもう行っていいか?」


正直、宮川とあまり話したくない。彼女とは冗談を言い合う気の知れた友人だが、昨日の出来事でそれは変わってしまった。今は知り合い程度にしか思っていない。いや、知り合い程度にしか思えないと言った方が正しいか。


「ま、待ってください!」


歩いて宮川の横を通り過ぎようとしたら呼び止められた。早くしてくれ。


「なんだ?」

「…昨日は本当にすみませんでした!」


宮川がそう言って俺に頭を下げる。それと同時に周りにいた人達が俺たちのことを見てヒソヒソと話している。


勘弁してくれよ。わざわざこんなところで話すことないだろ。変な噂がたったら面倒だ。ここはさっさと切り上げよう。


「あぁ、別にもうなんとも思ってないから気にしなくていいぞ」


本当になんとも思っていなかった。


「あ、先輩!本当にごめんなさい!」

「え、いや、だからもういいって」

「ごめんなさい!」


なんなんだこいつ。もういいって言ってるだろ。聞き分けのない宮川にイライラが募る。


「もういいって。じゃ、俺もう行くから」


これ以上面倒事を起こされるのはごめんだ。早く宮川から離れよう。


「…私、あの時言った言葉嘘じゃないですから」


宮川が俺の目を見据えてそう言った。


「あー、はいはい。ありがとよ」


また冗談だ。反省したんじゃないのかよ。まぁもうどうでもいいか。俺は宮川に背を向けて歩き出した。


「あ…」


背後から宮川のそんな声が聞こえて来たが俺が振り返ることは無かった。


朝から疲れる。俺は教室に入ると島百合に声をかけて。やはりこの瞬間だけは自分を酷く嫌悪してしまう。


「島百合、おはよう」

「あ、彩乃君…おはよう」


島百合は少し嬉しそうにはにかみながらそう挨拶を返してくれた。…今までそんな表情しなかっただろ。やめてくれよ。これ以上…自分を嫌いになんてなりたくないんだ。なんて自分勝手な考え。やはり自分が嫌になる。俺が今1番嫌いなのは美奈でも宮川でも母さんでも紗奈でもなくて自分だ。


「この本、返すよ」


俺はそう言って昨日島百合に貸してもらった本を机に置いた。


「え…もう読めたの?」


島百合は少し驚いたような表情をしながらそう言ってきた。なんだ、そんな顔も出来るのか。なんだか今は島百合のことをちゃんと見れているような気がする。どうしてだろう?自分が最底辺に堕ちてしまったからだろうか?自分が最低なヤツだと認識出来たおかげで視界がクリアになったのだろうか?分からない。


「いや…昨日は色々あって読めなかった」

「…ならどうして?」


次は不思議そうな顔。…今までも島百合は色んな表情をしていたのかもしれない。ただそれに俺が気づいていなかっただけなのだ。


「島百合は本が大切だろ?」

「うん」


即答。真剣な顔。


「だから何日も貸しておくのは嫌だろうと思ってな」


当然の結論だ。誰だって自分の大切なものを人に貸して何日も帰ってこなかったら嫌だろ?それと同じだ。


「…彩乃君。昨日…嫌なことでもあった?」


島百合は心配そうな顔で俺の事を見ていた。その目は俺の心を見透かしているかのような気がして目を逸らしてしまった。


「…別に何も無かったよ」

「嘘…だよね」


どうして。どうしてただの他人のお前が俺の心配なんてするんだよ。どうだっていいだろ?


…あぁ気持ちが悪い。島百合は俺なことを思って心配してくれてるんだ。それなのに俺は何を考えているだ?ただでさえ俺の自己満足で迷惑をかけているのに。本当に自分が気持ち悪い。


「ホントだよ。何も無かった」

「…そっか」


島百合は少し落ち込んだような表情になってしまった。こんな顔させたくなかったな。させた本人が何言ってんだよ。気持ち悪い。


「…」

「…」


俺たちの間に気まずい沈黙が流れる。俺はその沈黙に耐えきれなくなり声を上げる。


「心配してくれてありがとな。でもほんとに大丈夫だから。じゃ、俺は戻るよ」


できるだけ明るく、そして笑顔でそう言った。


「…うん」


相変わらず島百合は落ち込んだような表情をしていた。フレームの細い丸ぶち眼鏡の奥にある目が暗くなっている。


俺はそれに気付かないふりをして自分の席に戻った。


「彩乃君…」



【あとがき】


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