助けて
そっと扉を開けてリビングを覗く。そこには誰もいなかった。
「母さん?紗奈?」
声をかけるが返事は帰ってこない。玄関に2人の靴はあった。一体どこに居るんだ?
風呂場やトイレを見た。だが誰もいなかった。残るは俺たちの各部屋だけだ。まず自分の部屋を確認した。当然誰もいない。次に妹の紗奈の部屋を悪いとは思いつつも覗いた。そこには可愛らしい部屋が広がるだけで誰もいなかった。なら紗奈はどこに行ったんだ?そんなことを思いながら最後の部屋、父さんと母さんの部屋を覗いた。
あぁ、どうして俺はこんなにも愚かなのだろうか。美奈の件で学習しなかったのか?余計な詮索などしなければよかったのに。
父さんと母さんの部屋には母さんと紗奈、それと知らない男が3人でいた。何してるんだ?
俺のその疑問はすぐに解決された。母さんが知らない男と唇を合わせたのだ。
当然俺は驚愕した。どういうことだ?脳が理解するのを拒んでいる。見知らぬ男と母さんは唇を離した。
「静月しずきさん…私も…」
紗奈はその男のことを静月と呼び、何かをねだるような表情をしている。
「分かってるよ」
静月と呼ばれた男は下卑た笑みを浮かべながら紗奈の唇にも母さんとした時と同じように唇を重ねた。
どうなってるんだ?やはり脳が理解を拒んでいる。現実に起きている光景を理解したくない。理解してしまえばおかしくなってしまう。
きっと冷静であったなら次に起こることを予測出来ていただろう。そう冷静であったなら。今の俺は冷静とは程遠い。だから次に起こるであろう出来事を予測できていなかった。
母さんと紗奈、そして静月と呼ばれた男の服が擦れる音がする。ダメだ。見るな。見てしまったら本当におかしくなってしまう。だが体が言うことをきかない。体が硬直してその場から動けなくなってしまった。
部屋の中からは汗と色々なモノが混ざったむせ返るような臭いが漏れ出していた。その強烈な臭いが俺の鼻腔を刺激する。
その臭いで吐きそうになる。中からは母さんと紗奈の甘い声が聞こえてくる。ダメだ。気持ち悪い。母さんと紗奈のことが家族なんかではなく汚物に見えてしまう。そしてそんな自分に気分が悪くなる。大切な家族のはずなのにそんなことを思ってしまう自分に。
俺は何とか吐き気を抑えながらスマホを取り出した。そしてバレないようにカメラを向けた。俺のスマホには3人が絡んでいるさまが鮮明に映し出されている。本当ならこんな映像スマホに入れたくなんてないが、父さんに知らせなければならない。
映像を3分程撮り、俺はその場から静かに離れた。動画を撮っている最中、3人は全く撮られているということに気づく様子はなく、行為に熱中していた。そして音を立てずに玄関から家の外に出る。あの家の空気を吸っていたら本当に吐きそうになる。
外の空気を吸えば少しはマシになるかもしれない。だがそんな考えは甘かった。ふとした瞬間にあの光景が脳裏に広がる。
「う、おえぇぇ!」
俺は我慢できずに道の真ん中で吐いてしまった。通行人がギョッとした顔をして俺を避ける。だがまだ嘔吐は止まらない。俺の感情が全て口から出るように際限なく胃の中の内容物が溢れだしてくる。
「はぁ…はぁ…」
やっとの思いで嘔吐を止めた。きっと胃の中の内容物は全て外に出てしまった。だが絶え間なく気持ち悪さが襲いかかってくる。もう吐けない。そのせいで余計に気持ちが悪い。
「どこかに座りたい…」
俺はフラフラと歩いて家の近くにある公園に向かった。そしてその公園にあるベンチに腰をかける。
「…」
俺の中で様々な感情が渦巻いている。怒り、悲しみ、気持ち悪さ、嫌悪感…そんな感情がごちゃ混ぜになって俺の体を蹂躙する。
10分程何もせずにぼーっとしていた。
雨?何かが頬を濡らした。いや、俺はこれを知っている。分かってるんだ。俺は今泣いている。
「なんでだよ…何やってんだよ母さん…紗奈…」
俺が何か行動を起こせばこの結末は変わったのか?分からない。母さんは父さんのことが好きじゃないのか?紗奈はどうして母さんとあんなことをしていたんだ?静月って誰なんだ?疑問は尽きない。だがもう俺になどうすることも出来ない。あんなの俺の知ってる母さんと紗奈じゃない。…いや、違うな。俺が母さんと紗奈を知らなかっただけなのかもしれない。ほんと、嫌になる。
何が嫌になるのかなんて分からない。でも…嫌になるなぁ。
逃げてしまいたい。どこに?消えてしまいたい。どうやって?
結局俺は何も出来ない。逃げる場所なんてないし消えたくても怖くて実行に移すことなんて出来ない。
俺って何もしてないな。でも何かしたところで変わったのか?はぁ…
これは良心か分からないが俺は父さんに電話をかけた。
スマホからコール音が響いてくる。数コール音が聞こえてきた後に電話が繋がった。
「父さん…」
「真弥翔か?急にどうしたんだ?今仕事中なんだが…」
父さんがそう言ってきた。俺は無言でさっき撮った動画を送った。
「今動画を送ったからそれ…見て」
「…」
父さんは無言になった。きっと今動画を見ているんだろう。俺はまた涙が出てきた。自分の不甲斐なさと父さんにこんなものを見せなければいけない罪悪感で。
「大丈夫?父さん」
人のことを心配できるような心境では無いが一応そう言っておく。
「…あぁ、私は大丈夫だ」
「そっか」
やっぱり父さんは何を考えているのか分から
「それよりお前は大丈夫なのか?」
「…え?」
どういうことだ?
「お前は…真弥翔はそんなものを見てしまって大丈夫なのか?」
どうして…そんなに優しい言葉をかけてくれるんだ?父さんは俺たちに興味が無いんじゃなかったのか?
大丈夫だよ。俺はそう言っ
「…もう嫌だ。もうどうしたらいいか分からないんだよ…助けてよ父さん…」
なんで?なんで俺は父さんにそんなことを言ってしまっているんだ?
「待っていなさい。すぐに行く」
「え?」
「すぐに日本に帰るから少しだけ待っていなさい」
父さんは今上り調子だと母さんが嬉しそうに言っていた。そんな父さんを今連れ戻すなんて…昇進の機会を失ってしまうかもしれない。
「だ、大丈夫だよ父さん。俺は…大丈夫だから」
今度はちゃんと言えた。これで父さんを心配させることは無い。
「大丈夫なわけないだろ!」
俺は驚愕した。父さんの怒鳴り声なんて初めて聞いたから。
「そんな声で電話をかけてきて何が大丈夫だ!いいから待ってなさい!すぐに戻る」
そこで父さんとの電話は途切れた。
また涙が溢れ出てきた。たださっきと違うのはネガティブな涙ではないということ。
なんだかとても久しぶりに人の優しさに触れたような気がした。
【あとがき】
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