ホウカイ ココロ
「んん?お?彩乃先輩じゃないですか!」
あの後もベンチで座っていると聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「…宮川みやかわか」
宮川みやかわ 鈴里すずりとは俺の高校で仲のいい後輩だ。
「どうしたんですか?そんな死にそうな顔して」
宮川は軽口を叩きながら俺の隣に座ってきた。やめてくれ。今はお前と軽口を叩けるような気分じゃないんだ。…俺ずっとそんなこと言ってないか?きっと宮川なりに俺の事を心配して声をかけてくれたはずだ。それを無下にしだしたら俺はもうダメなやつになる。
「…あぁ、ちょっとな」
本当は誰とも話したくなんてない。でもこの胸の苦しみを解き放って欲しい。そんな相反する気持ちが俺の中で渦巻いている。なんて都合のいいやつなんだ俺は。
「…そうですか。聞きますよ?話」
…正直もう俺は裏切られたくない。だから話なんてしたくない。
「…俺、さ。好きな人に恋人ができたところを見たんだよ」
おい、なんで話してんだよ。
「それは…辛いですね」
宮川は苦虫を噛み潰したような顔をした。そりゃこんな話を聞かされても気まずいだけだよな。
「…悪い。こんな話して。もう帰るよ」
帰ると言ってもあの気分の悪くなる家にだが。
「…先輩。私じゃ、ダメですか?」
「…は?」
宮川は軽口を叩き合うような仲だ。当然そういうことも何度も言われている。だがいつももっとふざけた調子で言ってくる。だが今はそんなふざけた様子では無い。緊張のせいか潤んだ瞳に不安そうに曲がる眉。きっとこれは本気で言っている。
「私じゃ、ダメですか?」
宮川がもう一度聞いてくる。
「俺なんかで…いいのか?」
きっといつも通りの俺なら美奈のことが好きだからと断っていただろう。だが今は美奈に彼氏が出来、母親と妹に裏切られた状況だ。俺を想ってくれている後輩と付き合ったらちょっとでも幸せに…なれるんじゃないだろうか?
「…な、なーんてね!じょ、冗談ですよ」
…そうか。まぁそうだよな。うん。そうだ。いつもの俺なら少し照れながら「なんだよ!」的なことを言っていただろう。だが今はもうダメだった。
俺の中で何かが切れた。
「そうか」
「あ…」
もう俺は誰も信じない。信用しない。信じても裏切られるだけだ。
「話聞いてくれてありがとな。帰るよ」
「先輩!ま、待って!」
もういい。疲れた。何も考えたくない。そうだ。何も考えないようにしよう。そうすれば楽だ。楽になりたい。
「じゃあな」
「先輩!」
俺はそのまま家に帰った。そこにはいつもと変わらない様子の母さんと紗奈がいた。
「おかえり」
「おかえりー」
いつもと変わらぬ様子でそう言ってくる。俺はそれがたまらなく気持ち悪かった。さっきまであんなに乱れていた2人が温かい言葉をかけてくる。気持ち悪い。さっき吐いたはずなのにまた吐き気が襲いかかってくる。
「ただいま」
俺はそれだけを返すと自分の部屋に戻った。
「お兄ちゃん…まだ辛いんだね」
「そうね…早く立ち直ってくれればいいんだけど…」
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