星の子
「それでさそれでさ、その時なんとなーくチャレンジしたい気持ちになって初めてトッピングを追加してみたのよ!チョコソース追加と…あとなんだっけ、忘れたけどあとなんかもう色々!」
「そしたらマジで二○系ラーメンみたいな見た目になってさ〜w」
「映えのはの字もない見た目になっちゃった!w」
「ス○バのドリンクなのにラーメンに近づくってやばくない?基本何やってもオシャレに着地するようになってるのにこの出来栄えは私相当センスない!w」
「……」
哲基は早くもこの従姉妹に対して諦めの念が湧いてきていた。
話しかけても答えないと言ったのにも関わらずなんの躊躇いもなく一生話し続けている。
自分自身、無視を決め込むと誓って、実際にそうしているはずなのだ。
おかしい。無視されていることに気づいていないのか?
廻は確か俺と「お話ししたい!」と言っていたはずだ。その望みに応えるつもりは無かったとはいえ。
これはお話ではない。演説だ。駅前なんかに行くとたまに見かける興味のかけらもない政治家の演説を聞いている時と似た気持ちで彼女の話を聞いていた。
いや、この言い方にも語弊がある。聞いているのではなくて聴こえている。
とにかく彼女のお話は止まることを知らなかった。
「哲基くん聞いてる?」
「…この音量で話してて聞こえてないと思ってるのか?」
「私やっぱり声でかい?」
「うるさい」
「うはは!辛辣〜」
と、言いつつもニコニコしている。
普通俺と話すと大抵の人が眉間に皺を寄せたり、無表情になったり…まあとにかく笑顔になる人はほとんどいないのに。
「私ばっかり話しすぎちゃったね!」
「ようやく気づいた…?」
「ごめんごめん!だからダメなんだな〜私は…」
あはは…と困ったように笑っている。いや困っているのは俺の方なんだが。
「じゃあ今度は哲基くんのこと聞かせてよ!」
「話聞いてた?」
「俺はお前の話には答えないし、会話するつもりもないって言ったよね?」
「言ってた!」
おい待て聞いててしかもそれを覚えていて尚この態度なのかこいつ。
イライラを通り越して段々この子が怖くなってくる。
「はぁ…マジで早く出てってくれ…」
「ごめんまだ1日目」
この人間と本当に血縁なのかと心の底から疑わしく感じる。
「…あとさ」
「ん?なーに?」
「ここ、俺の部屋。出てけ。入っていいなんて一言も言ってない」
「え〜、いいじゃん同い年なんだし!」
「同い年関係ないだろ。うるさいからマジで出てって」
「え〜…」
少し勢いが落ちてきて、ようやく諦めたかと思ったものの。
「あ!じゃあ哲基くん勉強教えてくれない?」
「は?」
頭の中が?でいっぱいになる。急になんなんだ。話の流れが全く掴めない。
「ほら!勉強なら静かにできるかなーって!」
「断る」
「高1の夏くらいからあれ?ってなり始めたんだよね〜数学!」
「高2に入ってからマジで何言ってんのかわかんないの!」
「なんで俺がそんなことしないといけないの。勉強サボったお前が悪い」
「…まあそうなんだけど〜」
「授業聞いてなかったわけじゃないんだよ?ただわかんないな〜と思ってたらいつの間にか時が過ぎてたってだけで…」
「……」
我が親族ながら情けなくなってくる。俺は本当にこの子と血縁なのか?
俺が首を縦に振りそうもないことに気付いているのか、廻は何か策を考えているようだ。
「…あ!そうだ、じゃあこうしよ!」
何か思いついたのか。廻のことだしどうせ大した策ではないだろう。
「哲基くんが勉強とか教えてくれたりお話してくれたら、私がなんかお願いひとつ聞く!」
「必要ない。お前のできることは俺が自分で出来る」
「くっ…ダメか…」
「うーんじゃあ、なんかお菓子とか奢ったげる!」
「要らない」
「ジュースは?」
「要らない。そういう問題じゃない」
「ん〜えーっと…!」
「俺には何出したって無駄だよ。どうせ話したってお前のこと理解もしてやれないんだから」
「…ダメだよ!」
「は?」
急になんだ。めんどくさいな。そんなに話がしたいなら姉さんと話せばいいものを。
「ダメだよ哲基くん!どうせなんて…そんな最初から自分を諦めちゃダメ!」
「え」
「叔母さんとお姉さんから聞いたよ〜?哲基くんめちゃくちゃ頭いいの私知ってるんだからね!」
「だから、頭がいいからってお前に勉強を教える理由にはならな…」
「ちーがーうー!そうじゃなくて!」
不満げに話の腰を折ってくる。廻の相手は心底疲れる。
「…じゃあなに」
めんどくさくなって、廻がこっちに来てから初めて話を聞くことにした。
「哲基くん頭いいんだから、理解できないなんてこと絶対ないよってこと!」
「!」
「毎回学年1位の子がそんな簡単なこと理解できないわけないじゃん!」
怒ったような諭すような、そんな雰囲気で廻は言った。
「……」
廻は知らない。俺が本当に理解できないこと。
分かっている。自分が逸脱し過ぎていることくらい。それこそ、そんなことも理解できないほど頭が粗末なわけじゃない。
高校生になってしばらく経った頃、たまたま聞いた女子たちの会話を思い出す。
「…ねね、学年1位また神田くんだって!」
自分の話をしていることにはすぐ気付いた。特に興味もないのでそのまま右から左に流していた。
「すご!今回数学がちむずかったのに!?」
「最高点も神田くんだって!田中が悔しがってたw」
「田中くんねえ…あんだけ勉強頑張ってんのにいつも2番は流石に不憫だわ」
「しかもその超えられてる相手は
その時出てきたワードに思わず反応してしまった。
冷血き?鬼って漢字で合ってるのか…?
「神田くんまじ怖いもん…」
「わかる〜、血通ってんの?って感じ」
「人間かさえ怪しいよねもはや」
「だからこその『鬼』の異名だもん」
「ひどいあだ名だと思いつつ否定できないわ」
「それな〜」
「……」
冷血きのきの字が鬼で正解だったことを確信する。
知らなかった。俺は裏でクラスメイトたちに『鬼』って呼ばれてるのか。
少し衝撃を受けたものの、どうせこの子たちと関わることはほとんど無いだろうし、どうでもいいと思い直した。
あの頃はなんとも思わなかったそのあだ名が、今になって現実味を帯びてくる。
『鬼』
人は、人の心を持たない者をそう呼ぶことがある。
今、廻の目の前に座っている自分は、紛れもなくその鬼だ。
鬼は常に悪役で、理解することもされることもしない。正義に殺されて終わりだ。
「哲基くん聞いてる?」
廻の声で我に帰る。
「…わからないんだよ、本当に」
「え…」
「流石のお前でもわかるだろ?お前の言っているそれが理解できる人間なら、今頃お前に対してこんな態度は取っていないし、友達だって数人はできてるはずだ」
「……」
廻は黙って聞いている。なんだ、黙ることもできるんだな、なんて考えていると、廻がまた笑顔になった。
「…何」
「じゃあ、私が最初の友達になればいいよ!」
「あのな…」
そんなことで解決する話じゃ無いだろう。やっぱりこいつは絶望的に頭が悪い。
「俺に友達は必要ない。少なくとも、今までの人生で友達が欲しいと思ったことは一度もない」
「…そっか」
廻はその言葉を聞いた途端少し目に影を落とした、気がした。
「でも、いて損はないと思う!」
「今まさに不利益被ってるよ」
「これから哲基くんの利益になるよ〜」
「どうだか」
「じゃあひとまず…連絡先交換しよ!」
「要らないよ。どうせ連絡することなんて何もない」
「あはは!連絡なんてしなくていいんだよ!お話するだけで良いの!」
「それが嫌なんだよ理解しろ」
「えーっと…」
「……」
もう話を聞いていない。こいつには何言っても無駄だ。その点に関してはこいつも鬼みたいなところがある。
「はい!これ私の!」
「…これで合ってる?」
「うん!ありがと!」
「まさか1日目で連絡先ゲットできると思わなかった!ほんとありがとうね!」
「こうでもしないと出ていかないだろお前は…」
「まあそうとも言う!」
「…はい、連絡先渡したんだから、もう本当に出ていって」
「ん〜、ほんとはもっと話したいけど…」
「だいぶ頑張ってくれたから今日は身を引くね!」
「最初の方にその聞き分けの良さを発揮して欲しかった」
「ありがとう!また明日ね!」
「来なくていい」
バタン、とドアが閉じる。
ようやく訪れたいつもの静けさが、なんだか気味悪く感じる。1日どころか数時間でこれだ。廻と長時間いたら頭がおかしくなる。
そう思って、ふと、おかしいのは自分なのになと思った。
きっと世界から見たら廻が普通で、自分が異常なんだろう。
世界はいつだって自分を中心にしてはくれない。きっとこの先、そんな世界が訪れることはない。
鬼は人と交わることなく、人里離れた孤島でその命を誰にも知られないまま腐らせるのだ。
人と話したいとか、誰かにわかってほしいとか、友達になりたいとか、好きな食べ物とか、好きな科目とか、好きな人とか、嫌いなものとか。
そういうものが、俺には理解できない。
好きも嫌いも、悲しいも嬉しいも、俺の世界にはない。
あるのはすべきことだけで、それを邪魔されると、そのモノが邪魔に見えてくるのだ。
すべきことができなくなること、邪魔されることに怒りを感じてしまうのは、きっと好きも嫌いもないからだ。やりたい事も嬉しい事もないからだ。すべきことが無くなれば、生きる意味が無くなるから。
廻には、分かるんだろうか。
姉も、母も、父も、クラスメイトも、先生たちも、みんなそれらを分かって生きているのか。
だとしたら、分からない俺が鬼だというのは間違っていない。
俺が鬼なのだとしたら、俺が行き着く先はもう目に見えている。
なんだか寒気がして、それ以上考えるのはやめた。
今日もすべきことをしていれば良いのだから。
「哲基くんおっはよ〜!」
「……おはよう」
別段朝が苦手だとか得意だとかは無いけれど、朝っぱらから廻のテンションには付いて行きかねる。
昨日の疲れがぶり返してくるようだ。
朝の食卓にはもう母も父もいて、今日は珍しく姉もいた。
「廻ちゃんおはよう。よく眠れた?」
母は廻に笑いかけるとそう聞いた。
「おはようございます」
「はい!ありがとうございます!」
「そう、よかった」
「廻ちゃん、学校は冬休みの後からなのかい?」
今度は父が廻に語りかけた。廻は既に我が家の心を掴みつつあるらしい。
「そうですね…手続きとかの関係があるから冬休み明けと同時くらいに編入になると思います!」
「そっかそっか。じゃあ、こっちの生活に多少慣れてから学校に行けるんだね」
「困ったことあったらいつでも来てね!ご飯だけ食べにくるとかでもいいし」
姉も廻には親切にするつもりらしい。
というよりは、この家族で廻に対して好意的では無いのが自分だけなのだろう。
「そこまでお世話になっちゃ悪いです!自炊の練習もしなくちゃだし…」
廻のことだから素直に言葉に甘えるのかと思っていたが意外にも遠慮した様子を見せた。昨日の俺の苦心はなんだったんだ。
「…遠い血縁とは言え、家族なんだから、困っていてもいなくても頼って良いのよ」
母がそう言った。
母の声は柔らかい。しかしか細いわけではなく、基本的にはハキハキと話す人だ。
その柔らかな声が俺に向けられることはほとんどない。
「あ…ありがとうございます。じゃあ、また何かあったらよろしくお願いします」
「ええ、もちろん」
母はそう言ってまた笑った。
その日もまた同じ1日を繰り返す。来週から期末テストが始まる。
クラスメイトたちは、今日も勉強がやばいと言いながら勉強もせずにお互い話し込んでいる。
そんなにまずいなら喋ってないでやれば良いものを。
「はい、朝のHRはこの辺で終わりにするから、勉強の時間に当てて下さい」
担任のその言葉の直後、教室は歓喜で少しざわつく。
別にそのような気遣いは必要もないのだが、まあやる事もないので覚えた教科書の内容をまた暗唱する。
これだけ騒めいている教室で、40人近い生徒がいるのにも関わらず、誰も自分に話しかけてはこない。昨日の廻のこともあって、初めて教室に若干のありがたさを感じた。
テスト前の授業はほとんどが自習だ。大学受験が目前に迫る今の時期、教師陣も気を使うのだろう。実際、高3の先輩たちは教室移動なんか教室の前を通ると、いつも静かに机に向かっている。
その目はしっかりと未来を見据えていて、やるべきことがきちんとわかっている。中にはそうでない人もいるのかもしれないが。
自分は確かにすべきことは理解しているし、毎日それを淡々とこなしてはいる。ただ先輩たちの目には自分の見えていない何かが、「やるべきこと」として映っている。
それが何なのか、自分には未だにわからない。
「ただいま」
「あ!哲基くんおかえり〜!」
「お帰りなさい」
「……」
その日もやっぱり元気すぎる声が一番に聞こえてきてげんなりする。
「おかえり哲基くん!クッキー焼いたよ!」
「……」
「食べる?」
「要らない」
「そっか〜」
「まあでも念の為2枚くらい残しとくね!」
「要らないってば…」
「哲基」
その瞬間、母のピリッとした声がした。
「せっかく廻ちゃん作ってくれたのに、その言い草は何?」
「そんなこと言われたって…頼んでもないのに」
「哲基」
「あ…あぁ〜!!大丈夫ですよ!要らないなら要らないで!ね!」
「…ごめんね、本当に」
母は廻に気を使わせたと思ったのか、それ以上何も言わなかった。
「哲基くん!一応残しておくから食べたくなったら食べてね!」
「……」
「はい!」
半ば強引にクッキーが入った袋を渡された。何の変哲もない、普通のバタークッキーだ。
本当に要らない。お菓子なんて食べたって意味がないのに。
まあいい。それより今日は行くところがある。
部屋に上がって素早く用意していた勉強道具やら財布やらスマホの充電器やらを詰めた鞄を持つ。
「行ってきます」
「え?」
「哲基、どこに行くの?」
廻も母も驚いた表情をしている。
「ネットカフェ。廻うるさいから」
「ちょっと哲基…!!」
「あ〜そっかごめんね!昨日結構無理やり色々頑張らせちゃったもんね!」
「うん。日付変わるまでには帰ってくるよ」
「そういう問題じゃ…!」
「高校生でも親の許可があることにしちゃえばいくらでも何とでもなるよ。じゃあ行ってくるから」
「哲基…!!」
面倒なので母の声も廻のことも全て無視して家を出た。このくらいの強引さは許されるだろう。昨日の廻の行動と比べれば可愛いものだ。
ネットカフェに着いて、その日もすべきことを終わらせる。場所が変わっただけ。別にやることは一向に変化しない。
「ふう…」
全てやり終えてしまうと、日々の習慣がこびり付いているのか一気に眠気が襲ってくる。
眠くなるのはいつものことながら、今日は何だかいつもより眠気が強烈な気がする。昨日廻のお話に付き合わされていたせいで疲れているのかもしれない。
しかし廻が我が家に居座っているのも今日で終わりだ。
公園にいた。
いきなりのことで驚きつつも、哲基はすぐに夢であることを理解した。
さっきまでネットカフェで昼寝をしていたのだから、こんなところにいるということはすなわち夢だ。
「…どこだ?ここ…」
夢である事がわかったのは良いものの、突っ立っている公園に全く見覚えがない。近所の公園、こんな風貌だっただろうか。
「てつきくん!」
「え?」
急に幼い子供に名前を呼ばれて驚いて振り向く。
「…廻?」
「うん!わたしめぐる!」
「……」
ひと目でわかった。幼い頃の廻が、今夢の中で自分の目の前に立っている。
「てつきくん!おすなあそびしよ!」
「おい…」
グイグイと手を引っ張って砂場に連行する姿が、何だか廻の強引さを全身で物語っていて、何だかリアルな夢だなと思った。
「はい!みて!これおねえちゃんね!」
泥でできた雪だるまのようなものに何処かから積んできたであろうツツジの花が乗っている。
「てつきくんもひとりっ子だもんね!めぐるがおにいちゃんおねえちゃん作ってあげる!」
「…は?」
俺には姉がいるのだが。
小さい子はイマジナリーフレンドを作ってしまったりとか、相手を自分と同じだと思い込んだりとかしてしまうと家庭科の教科書に書いてあった。
まあそんなところなのだろう。
特に何も言わずに小さな廻の砂遊び…というかおままごとに付き合わされていた。
「パパがね〜」
急に廻が話し出した。
「てつきくんもめぐるとおんなじひとりっ子でね、おかあさんいなくてさみしいからね、なかよくしてねって言ってたの」
「え…?お前何言って…」
プルルルル、と無機質なアラームの音が鳴って一気に現実に引き戻された。
何だ今の夢は。廻が終始おかしなことを言っていた。
俺には姉も母もいるのだが…廻が勝手に言っていただけならまだしも、叔父さんが言っていたというのが何とも気になった。
「…アホか。ただの夢だろ」
そうだ、ただの夢なのに何をそんなに気にしている。
そう思うことで、なぜか早くなっている心臓の鼓動を抑えようとしていた。
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