第6話 異世界ギャル
――― 「凛子…大丈夫?ちょっと激しすぎた?」
私の面前10cmの所に、まるでBLコミックから飛び出てきたような超絶イケメン男子の顔が迫っている。
「え?」
「凛子、俺…さっきシたばかりなのにまたガマン出来なくなってきちゃったよ…」
イケメン男子はそう言うと、私の肩に腕を廻し、さらに顔を近づける。
「ね、いいだろ…」
イケメン男子の顔がだんだん私に迫る…ああっ。そ、そんな…ダメ、ダメだって…
切れ長の涼しげな眼に鳶色の瞳。ちょっと茶髪がかった柔らかそうな髪…
そんなに見つめないで…
恥ずかしいよ…ああっ…
イケメン男子の唇が私の唇に触れそうになった瞬間、イケメン男子の顔がいきなりドロ~ッと溶解し始めた。
皮膚はだらりと垂れ下がり、眼球がボタっと私の胸の上に落ちた。―――
「うわぁあぁぁ~っ、うえっ!んひゅぅぇ!」
目が醒めた。
いきなりビクッ!として目が醒めた。
シャツが汗でベトベトだ。
「ねぇ、ちょっと、凛子!」
「っんふ?えっ!?あ、ん?アタシ、寝てないよっ!」
「…アンタまた居眠りしてたでしょ!もう、毎日毎日…ヨダレ拭きなさいって、ほら」
隣の席に座っている京香が”またかよ”と言った表情で私を見ながらティッシュの箱を差し出す。
だって眠いんだもん。しょうがないじゃん。
昼めし食った後のデスクワークなんてさ、五時限目の水泳の後の歴史の授業くらい眠い。
「凛子さあ、なんで毎日毎日ランチの後居眠りするの?ゲームなんかやってないで早く寝なって言ってるじゃん!いい歳こいて…つーかさ、アンタ微妙に酒臭くない?非常階段でも行って目醒ましてくれば?」
また京香に怒られた。
まあね、アンタの言う通りだよ。いい歳こいて深夜までゲームに夢中になってる私が悪いんだけどさ…って、昨日はゲームしてねえぞ。
昨日は…あ、そうだ、あの『異世界』とやらの事を思い出してアレコレ考えてたら眠れなくなって、こんな時は「寝酒だ!」とか思って”安さの殿堂『酒大将』”で買った特売のバーボン飲んでたらついつい飲み過ぎて、気が付いたら朝4時だったんだな。あはは。
あ゛ー。
しゃあない、非常階段で外の空気でも吸って――――
いや待て。
非常階段に出たらまたあの『異世界』とかに行っちまうんじゃないか?
でも、昨日はちゃんと帰って来れたよね?でもって3分しか経ってなかったよね?
そうか、夢かぁ!
これは明晰夢ってヤツだな!
あんなのが現実なわけ無い。
てゆーかさ、夢と現実の区別がつかなくなってるって、私かなりヤバくね?終わってね?
よし!明日お医者さん行ってみよ~っと💛
「♪♪誰もが目を奪われてく~ 私は完璧で究極の貧乳っ♪♪ットクリャア~!」
超絶下らない替え歌を歌いながら給湯室へ行くと……今日は誰も居なかった。
「さ~てと、ビルの壁でも眺めながら気分転換して気合入れっか!」
非常階段の金属製の重いドアを開けると…
ドアの向こうには完璧な青空と綿菓子みたいな白い雲。
はるか遠くに見えるのは(以下略)
「あ、あははは…」
やっぱりか。
やっぱりこう来たか。また来やがったか!
おう、えーよえーよ!上等だ!
今日こそキッチリと白黒つけてやる。
私は非常階段を降り、石畳の通りへ出た。
相変わらず沢山の人々が行き交う通りは、昨日と同じように露店や屋台が出ていて活気がある。
通りを歩いているとすれ違う人の目がものすごく気になる。なぜかみんな私の胸の辺りをジロジロ見るのだ。
なんで私の胸ばかり…
あ!
すれ違う女性の胸を見て気が付いた。みんな揃いも揃って”巨乳”なのだ!
小さい子供は別として、若い女性からおばさん、お婆ちゃんに至るまで、全員”巨乳”なのだ。
(うわぁ~、なんだよ、ここ)
異世界とやらに来ても私はこの胸のせいで、こんな目で見られなきゃならないのか?
ひどい!ひどいよ神様。
そんなにおっぱいが重要か?おっぱいがインポータントか?
この世は、いや、この異世界もおっぱいか?
思い返せば二年前、彼氏と同棲してた頃…
私が部屋に居る時、彼氏が慌てた様子で電話をかけて来た。
「凛子、俺のパソコン立ち上げて”ペンディング”ってフォルダの中にある”8月企画書”ってファイルをメールで送ってくれ!」と。
私は彼のパソコンを立ち上げて”ペンディング”というフォルダを探し出した。よしよし、と思い、そのフォルダをクリックすると…
【パスワードを入力してください】
え~っ!パスワードロックしてあんのかよ!そんな事言ってなかったじゃん…
仕方ないのでその下にある【パスワードを忘れた時は】と書いてあるリンクをクリックすると【秘密の質問】の入力欄が出て来た。
こんなの分かるワケねぇだろ…だが、ひょとして…と思い、”貧乳”と入力すると…
通りやがった。
あの時の焦燥感は今でも忘れることは無い。
悪かったな、貧乳で。
悪かったな、Bカップで。
いや、一応Bと言い張っているが、実際はAなの。
寄せて上げて盛ってやっとBなの。
寄せて上げて盛ったところで手を離すと『現地解散』しちゃうの。
そんな事をグダグダ考えながら歩いていると、いつの間にか昨日『面接』を受けた会社の前に来ていた。
あの社長さんとやらが『明日から来てね~』とか言ってたが、そんなのムリムリ。
今日は改めて丁重にお断りしておこう。
と、その時、いきなり建物正面のドアが開いて、あの社長さんが出て来た。
「あ~っ、リンコさん、待ってたよぅ、遅かったじゃない、さあさあこっち来て!」
私の腕を掴んでグイグイ引っ張っていく社長さん。
そして建物一階の奥にある広い部屋に連れて行かれてしまった。
部屋の中では何人かの人達が何やら机に座って作業している。
社長さんは窓際に座っている女の子の前に私を引っ張って行くと、その女の子に私を紹介した。
「あのね、こちら、今日から働く事になったリンコさんね。外人さんでね、まだこの国に来たばかりだから分からない事がいっぱいあるからね、よーく教えてやってね。じゃね、よろしくね」
女の子は椅子の上にあぐらをかいて座っていて、机に肩ひじをつきながらもう片方の手でペンをくるくる回している。
「あー、今日から来たヒトー?って、外人さん?マジー?うっそー!ウケる~www」
こ、この子、ギャルかよ!?つーか、こっちにも居るのか?ギャル。
でも、よく見るとこの子、すっごい美少女だ。
髪はロングの金髪で透き通るように白い肌。青い瞳に長いまつ毛。
そして…シャツのボタンが今にもすっ飛んでいきそうな、ばいんばいんの巨乳。
「おねーさんさぁ、名前、なんつーの?」
「名前?えっと、凛子…だけど」
「リンコ?ふーん、変わった名前だねー。じゃあワタシ、おねーさんの事”りこぴー”って呼ぶから。いいっしょ?」
「え?りこぴー?いやぁ、りこぴーはちょっと…まあいいか、うん…えっと、あなたの名前は?」
「うちー?ウチは”シエラ”」
シエラ!?
うんこ?
うんこのシエラかっ!?
「えっ?なに?りこぴー、今うんこって言った?」
「う、ううん、何でもない。えーっと、で、私は何すればいいのかな」
「あー、とりまー、これ覚えとく?これ。これさー、だりぃけどさ、これ覚えとかねーと後々メンディーだから」
シエラはそう言うと一枚の紙を取り出して私の前に置いた。
でも文字が読めない私には何が書いてあるのかサッパリわからない。
「あれー、りこぴーどしたのー?テン下げー?」
「いや、あの、私、こっちの字って読めないんだよね」
「えーうそーマジー、ウケるー、字ィ読めないのに仕事すんのー?それってヤバくね?まあいいや、じゃあウチが読んでやっからさー、頑張って覚えてーみたいな」
「う、うん…ちなみにコレって何の書類なの?何を覚えるの?」
「あー、この国ってさー、王様アゲじゃん。王様マンセーじゃん。だから王様の事とか覚えとかないとサゲぽよっつーかぁ、きびついっしょ?まぁちょっちメンディーなんだけどー、ちゃんと覚えりゃマジ虹だからー」
最後の方、何言ってるのか良く分かんないが、この国の国民にとっては重要な事なんだろう。知らんけど。
「じゃあ読んでくからー。『3月7日 国王ご生誕記念日』。えっとぉ、これねー、覚えにくかったら語呂合わせで覚えちゃおっかー?」
「語呂合わせ?」
「みんな!(37)あげぽよ~☆王様ハピバ~」
「え?」
「りこぴー、ボーっとしてねぇでさ、ちゃんと復唱してっつーの!」
「み、みんな、あげぽよー、お、王様ハピバー…」
「うぃ~っす、じゃ次いくしー。『8月12日 国王即位記念日』 これも語呂合わせねー。『バイブス(812)爆アゲ即位でオシャンティー!』 はい、言ってー」
「バイブス爆アゲ即位でオシャンティー…」
「おっけー。じゃ次ねー。『7月14日 国王成人記念硬貨発行記念日』。これの覚え方ねー。『後悔(硬貨)なんてしてないよ(714)え?それってあなたの感想ですよね?』はい、言ってー」
「こ、後悔なんてしてないよ、え、それってあなたの感想ですよね…』
「おっけーでーす。次~。『3月2日 国王ご成婚記念日』。これはねー『王様マジ(0302)好きぴ!ズッ友のノリでガチヨロ~』 はい、言ってー」
「王様マジ好きぴ、ズッ友のノリでガチヨロ…」
どこから突っ込んでいいか分からないくらいひどい語呂合わせだが、こんな感じで王様関連の記念日を延々と覚えさせられた。つーか、普通に覚えた方が覚えやすくね?
それにしても、王様関係の記念日や祝日が多い。月に二~三日は必ず何かしらの王様関連行事の日がある。だが休日になるわけでも無く、その日は王様の肖像画を花と共に家や会社の玄関に飾っておかなければならないらしい。
この国、どんだけ王様マンセーなんだよ。
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