第4話 面接
彼は私の腕を引っ張って建物の中に入り、そのまま中央にある階段をズンズン昇って行く。
(ちょちょちょっと、何すんの!どこ行くの!)
二階に着くと彼は階段脇の部屋のドアを開け、私は無理やりその部屋の中に押し込まれた。
八畳ほどの広さの部屋の中央には大きなテーブルがあり、向こう側に初老の男性が座っている。
彼は私を見るとにこやかな表情でこう言った。
「あ、最後の方ですね。どうぞそこに座ってね。面接だけど緊張しなくてもいいですからね、うん」
(はあ?面接?誰が?何の?何で?どうして?)
「じゃあね、面接を始めますね。えー、お名前は?」
「え?名前?名前は坂口凛子って言いますけど…」
「ん?サカグ…リンコ…珍しい名前だねえ。で、どこから来たの?」
「あ、あの、どこから来たって?…えっと、い、今住んでるアパートは荻窪ですけど…」
「え?オギクボ?…オギ…クボ……あ!オギクーヴね!あなたオギクーヴの人なの?そらまた遠い国から来ましたねぇ、一人で来たの?ここまで」
「そりゃまあ、一人で来ましたけど…」
「へぇー、こんな若い女の子が一人でオギクーヴからねえ、すごいねえ!盗賊とかに遭わなかった?」
「盗賊?いや、盗賊はちょっと…痴漢ならタマに電車の中で遭いますけど」
「チカ?チカン…何かな?やっぱり他の国の人の言葉は良く分からないねえ。まあいいや、キミ、歳はいくつ?」
「27歳です…けど」
「え~っ!?27?またまたまたぁ、嘘でしょ?面接で嘘言っちゃダメだよぉ!ホントはいくつ?ハタチくらいかな?」
「いえ、本当に27です」
「ホントにぃ?え~っ!見えないなあ!オギクーヴ人の女の子は若く見えるねぇ!そうかそうか、27歳か。で、学校はどこ出たの?」
「学校?え?えーっと、東日本体育大学で…」
「ヒガシニホン?うーん、聞いた事無いなあ。あ、オギクーヴの学校ね、じゃあ僕は知らないなあ」
「はあ…」
「で、前の会社では何やってたの?」
「会社?え?あの、会社では営業をやってます、今の会社ですけど…」
「営業!そうかあ、営業かあ!いやあ、そりゃいいね!営業の経験者、欲しいと思ってたんだよね、そうかあ、営業かあ!」
「いえ、あ、あの、面接って、これって…」
「じゃあさ、これから筆記試験やるからね、ちょっと難しいかもしれないけど頑張ってね」
彼はそう言いながら紙と粗末なペンを私に差し出した。
紙には試験問題らしきモノが書かれているのだが、表の看板に書かれていたような妙な文字が並んでいてさっぱり読めない。
「あのぉ~、これ、読めないんですけど」
「え?字、読めないの?あーそっかー!オギクーヴの人だからこっちの字、読めないんだねぇ。じゃあさ、僕が読んであげるから」
「は、はぁ…」
「じゃ、まず一問目ね。行くよ!【シエラさんが45mの道路に、はしからはしまで3mおきにうんこを置いていくと、シエラさんは何回うんこをしなければならないですか。】」
「え?」
「45mの道路に、はしからはしまで3mおきにうんこを置いていくと、何回うんこをしなければならないですかっ!」
「う、うんこ、ですか?」
「うんこです」
何でうんこなんだよ…まあいいや、えーっと…
(45÷3=15だから、最後の地点にもう1個うんこを足して…)
「16回」
「正解っ!」
「・・・・・」
「それじゃ、二問目いくよ、ちょっと難しいよ!【肥溜めをいっぱいにするのに、シエラさんは10日、サイラス君は15日かかります。二人でうんこを溜めると、肥溜めは何日でいっぱいになりますか?】」
「え?」
「二人でうんこを溜めると、肥溜めは何日でいっぱいになりますかっ!」
「う、うんこですか?」
「うんこです」
またうんこかよ…えーっと…
(10日と15日だよね…10と15の最小公倍数は30だから、3/30と2/30を足して5/30か…で、約分して1/6と…)
「6日」
「正解っ!」
「・・・・・」
「それじゃ、三問目ね、これも難しいよ!【シエラさんがりんご1個とスイカ1個を食べると、うんこが3,800g出ました。スイカ1個とバナナ1房で5,100g、りんご1個とバナナ1房で4,300gのうんこが出ました。りんご1個を食べた時に出るうんこの重さを求めなさい。】」
「う、うんこ?」
「うんこです」
つーか、シエラ!うんこしすぎじゃねぇか?10日で肥溜めをいっぱいにしたのにも飽き足らず、今度は果物食ってうんこしまくりか!?お通じ良すぎじゃね?まあいいか…えーっと…
(全部足すと13,200gか…これだとりんごもスイカもバナナも2個ずつの合計だから…じゃあこれを2で割ると6,600gで…。そこからスイカ1個とバナナ1房の5,100gを引いて…)
「1,500g」
「正解っ!キミすごいね!」
「いやぁ、それほどでも…」
何照れてんだよ、私。
それにしても、シエラうんこでかくね?
りんご1個食って1.5キロのうんこ出すのか?マジか?これってもう何かの病気じゃねえか?
「リンコさん、本当に頭がいいんだねえ。びっくりしちゃったよ!オギクーヴの人はすごいなあ!」
いや、これって小学生の算数の問題だよね?
いくらアホOLの私でもこれくらい出来るよ。でもさ、さっきこのオッサン『面接』って言ってたよな?会社の面接試験の問題がコレか?それって、絶望的にヤバくないか?
「じゃ、次は四問目ね。【現国王の本名を言いなさい】」
はあ?こくおう?何それ?
ここって王様とかが居るんか?
王制国家なのか?
でもいきなりそんな事言われたって分かるワケねえじゃん。第一ここがどこかさえ知らないんだもん。
「あの~、すいません、分からないです」
「え?知らないの?王様の名前、知らんの?マジ?え~っ!それってヤバイよ!あっ、そうかあ、リンコさんはオギクーヴの人だもんなあ!知らなくて当然か。でもね、憲兵隊に意地の悪い奴がいてね、時々歩いてる人を捕まえて『王様の名前を言ってみろ!』っていきなり聞いて来るんですよ。だからリンコさんも覚えておいた方がいいよ、王様の名前。あ、じゃあ今私が教えてあげましょうか?」
「はぁ…」
「エバンゲール・イオン・カノッセウスドゴール・ビン・バリモントン・ビグスビールモーリゲート・ガードナムトーン・チョーヤベー・イケメン・アスティカーノ・バン・ゼルシアス・イグノシアス・ヨツヤン・ブーケガルニ。です」
おいちょっと待て!途中に『ちょーヤベー』とか『イケメン』とか入ってただろ!
それに最後の『ブーケガルニ』って何だよ。カレーか?煮込むか?
それにそんな長い名前覚えられるワケ無いじゃんか。
「あの、この王様の名前って、この国の人は全員言えるんですか?こんな長い名前なのに?」
「うん、言えるねー、たぶん。言えないと捕まっちゃうからねー」
「王様の名前を言えないだけで捕まっちゃうんですか?」
「う、うん…」
私が尋ねると男性の表情が一変した。私は何かマズイ事でも聞いてしまったのかと思い、一瞬ドキッとした。
男性はあたりをキョロキョロ見回し、私の方に身を乗り出して小声でこう言った。
「あのね、ここだけのハナシだけどね、王様の悪口とか噂話とか話しちゃダメだよ。信用できる人とならいいけどさ、どこに風紀警察のヤツらが隠れてるか分かんないからね。ったく…先代の王様の時はこんな事無かったんだけどねぇ」
何だかよく分かんないけど、大変そうだなあ。
まぁ、私にはカンケー無いッスけどねー。
「じゃあ第五問目ね。えーと、あ、これも王様関連の問題かあ…まあいいや、リンコさん合格!合格でいいや。ね、いいよね?リンコさんさあ、頭もいいし、その…び、美人だし、合格っ!」
「はい?合格って…」
「うん、合格っ!心配しなくていいから、ボク、この会社の社長だからね、ボクが合格って言ったら合格なの。とりあえず臨時採用って事で、仕事に慣れたら正社員になろうね!でさ、いつから来られるかな?明日?うん、明日から来られるよね!そうしよっか?明日から出社ね!」
「い、いや、合格とか臨時採用とか出社とか良く分かんないんですけど」
「大丈夫大丈夫!心配しなくてもいいから、お仕事はちゃーんと教えるからね。あ、お給料だけどね、ウチの会社、最初は日払いなんだよね。一時間55マサラ。いいよね?」
「は、はあ…」
「じゃあ明日からよろしくね!ご苦労様!」
不可解この上ない。
いったいここはどこなんだ?
どうしてこうなった?
私は建物を出ると元来た道を引き返した。
相変わらず外は賑やかで、通りには大勢の人々が行き交い、両脇にある屋台や露店からは物売りの大きな声が聞こえて来る。
大通りから路地へ入り、非常階段のある建物の下へ来た。が、
非常階段が無いっ!?
どこにも無い。
確かにこの場所にあったはずだ。
非常階段を下りた時、すぐ横に帽子を売っている露店があったのを憶えていたのだが、その帽子売りの露店の横にあったはずの非常階段が無くなっている。
うわぁぁぁ…どうしよう…帰れなくなっちゃったよ…
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