添い寝

「早くオレに抱かせっ」

「もう到着しましたので、下ろします」


 間宮君の言葉を遮り、保健室の前で「失礼します」とハリのある声で言った。私を抱いているせいで手がふさがっている影山君の代わりに、後ろからずっとニコニコして付いて来ていた海堂君が引き戸をガラッと開けた。その時、同じく後ろから追って来ていた野球部の駿河君が「俺が抱くはずだった」とボソリと言った。間宮君はその言葉が気に入らなかったのか「はぁ!?」と言いながら睨みを利かせ、因縁をつけていた。かなり憤慨しているようだった。怖い。3人とも非常に怖い。


 影山君は二人の様子を気にすることもなく、私をベッドの上にそっと置き、やっと熱を帯びた体から解放された。保健室には私達5人以外に誰もいないようだった。


「全く、あなたはどこまで迷惑をかけるつもりですか」

「そ、その、ごめっ……」


 私はベッドから上半身を起こし、頭を下げようとした、その時だった。

 

「いいから、脱いでください」


 すると影山君の白くて綺麗な手がすっと伸びて来て、私の制服のジャケットボタンをひとつ外した。それはあまりにも咄嗟な出来事で何が起こっているのかさえ分からなかった。だが、これだけは分かる。私の制服が剥ぎ取られる。そしてきっとあの時の彼のように焼かれる。彼の行動は素早かった。恨みをはらすために。その時、野球部の駿河君と小競り合っていた間宮君がなぜか頬を蒸気させて、飛ぶようにこちらへ走って来た。


「影山っ! てめぇ! はしたねぇにも程がっ」


「僕はただ、安眠させるために脱がせただけです」

 

 安眠、その言葉で全身に鳥肌が立った。影山君は私の制服を燃やす上に、私を天国、いや地獄へ送る気だ。彼の手には既に私のジャケットが綺麗に折り畳まれていた。持ち帰り、家の庭で業火の刑を執行するのだろう。そんなことを身震いしながら想像していると、突然布団の中に暖かなものが入り込んできた。


「ボクが安眠させてあげるね」


 にっこりと微笑んでいる帰国子女の海堂君がいた。仰天しすぎて思わず「ふぇ!」と変な声が出た。


「海堂っ! てめぇ!!」


 すぐ様、間宮君に首の根っこを掴まれた猫のように彼はベッドから剥がされた。


「あれ、ダメ? アメリカではこんなの日常だったから分かんなかった~。ボクはただ鈴音ちゃんが安心して眠れるようにしただけだよ~」


 私は確信した。間違いなくみんなからあの世へ葬り去られる。海堂君の猫なでの声がこの上なく恐ろしく聞こえ、私の心臓は鳴り響き、額からは油汗が流れ始めた。


「海堂、てめぇ、しらばっくれるのもいい加減にしろよ……。オレがヤルんだよ」


 バレー部で鍛えられた白い腕が、海堂くんの胸ぐらを掴んだ。小柄な海堂君の足が少し浮いた。間宮君のこめかみには青筋が見える。『オレがヤル』、私はその言葉から鋭い凶器を向けられていることを理解した。私が天へ召されるのも時間の問題だ。私は包囲されている。恨みを買っている4人の人間によって。全身に震えまでやってきた。


 「おい、やめろよ」と野球部の駿河君が仲裁に入った。ああ、彼は私を許してくれているのだろうか。そう思った矢先「オレが代わりにヤルから」と続けたので、思わずひゅっと息を止めた。その傍らで静かに直立しているクラス委員長の影山君がいた。喧嘩を止める様子もなく鋭い視線を投げかけ、静かにその様子を見守っている。まるで獲物を取り合う者達の隙を狙う、ハイエナに見えた。


 この状況は一向に変わる様子を見せることなく、空気がどんどんと淀んでいくのが分かった。皆の小競り合いは一段とヒートアップしている。もう私の命は助からないかもしれない。だけどこの喧嘩を止められるのは全員の恨みを買っている私だ。勇気を出せ、鈴音……!


「……本当にごめんなさい!! 私のせいで!」


 ありったけの勇気を振り絞り、叫ぶように言った。謝ったって解決する問題じゃないことぐらい分かっている。けれど謝る事しか私には出来なかった。男子4人はぴたりと体の動きを止め、私の顔を同時に見つめた。まるで時を止めたみたいだった。


「ああ、てめぇのせいだよ!」

「柊木、君のせいだ」

「はい、あなたのせいですね」

「鈴音ちゃん、わかってるじゃ~ん」


 4人がそれぞれに怒りをぶつけてきた。積んだ、と思った。だけど私はベッドの上で土下座するように、みんなへ背中を曲げた。また締め付けの刑とか羞恥の刑とか、色々精神ダメージを追うかもしれない。もしかしたら殴られるかもしれない。だけど、私が起こした騒動のせいでみんなが喧嘩するなんて、やっぱり避けたい……!


「私が迷惑をかけたのも、みんなの命を脅かしたのも、本当にごめんなさい! だからっ、あの、その、喧嘩はやめて! 償いはするから!」


 辺りはなぜか凍り付いたように一瞬だけ静まり返った。


「てめっ、それ、分かって言ってんだろうな……!」

 

 また切れだした間宮君。だけど少しだけなぜか赤くなっているようにも見えた。


「君の償いはいつでも受け止める。どんな魔球でも来い!」


 駿河君は野球部らしく力強くそう言ったが、日に焼けたこんがりとした肌は赤味を増していた。


「問題は誰に償いを行うか……、ですね」


 眼鏡を押し上げ、興味深そうに私を見つめる影山君の姿がそこにはあった。淡々と見せてはいるが、焦りが少し垣間見えた気がした。


「鈴音ちゃーん、その言葉を待ってたよ」


 ふんわりと言葉を並べる海堂君。だけどその優しい瞳の奥には燃え盛る炎のような熱を感じた。


「何をすればすればいいの……?」


 私は恐る恐る尋ねた。すると間宮君は少し顔を赤らめそっぽを向いた。駿河君は両腕を組みなぜか下を向いた。海堂君はベッドの上に両手で頬杖をつき、アメリカ人のように口笛をぴゅうっと一度だけ吹いた。そして委員長の影山君がはっきりとした口調で言い放った。


「もう決して裏切らない愛を誓ってもらいます」



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