突然の告白
「……え?」
これはもしや新手の拷問というものなのだろうか。私は口を半開きにしたまま、みんなの顔を見つめた。
「僕は本日の早朝6時12分、きっかり全てを思い出したのですよ。あなたが15歳になった瞬間に。記憶が放たれたのです」
私はぎょっとして影山君の顔を見た。なぜ私の誕生日、しかも生まれた時刻まできっかりとこの委員長は答えているのだろうか。誕生日はどうにか調べられることが出来たとしても誕生時刻までは果たして調べられるものだろうか。
「……何の?」
愛を誓うとか記憶が放たれたとか、どこから何を聞いていいのかさえ分からなかった。
「やっぱり覚えていないんだね~。ボクと一緒にアメリカで過ごした熱い夜のことー」
「この調子だと中国でのこともさっぱりでしょうね」
「てめぇが喋る南なまりのフランス語がオレは好きだったんだけどな……」
「俺は日本生まれだからな。そんなことは気にしていない。ただ君と一緒に床の中で寝られる日が俺にとって何よりも至福の時間だった」
俺はみんなとは違う、という素振りで駿河君は野球部で培われた、たくましい胸筋を突き出して力強く言った。みんなの反感を買ったらしく睨まれていた。
「私、生まれてからずっとアメリカも中国もフランスも行った記憶なんてないよ……? それに駿河君と一緒に日本で寝た記憶もない、はずなんだけど……」
あまりにもみんなの発言に身に覚えがなかった。だけど真剣過ぎる程の口ぶりに、自分の健康状態を疑ってしまう程だった。記憶障害でも患っているのだろうか。今まで私はこの日本から一歩も出たことがないはずだ。私の脳に問題がなければきっとそうだ。帰宅したら念のため母親に尋ねてみよう、そう思った。
「てめぇ、まだ分かってねぇのかよ! なんで俺達ばっか覚えてんだよ! くそっ!!」
「落ち着くんだ、間宮。仕方ない事だって分かっているだろ?」
「わーってるよ! けど、悔しいんだよ! お前達だってそうだろ!?」
間宮君の興奮をなだめる駿河君。海堂君も影山君も妙な顔付きで黙り込んでいる。私の記憶障害のせいか、4人が押し問答している。ここはちゃんと説明を聞くしかない。
「ねぇ、もし、ちゃんと説明してもらえるなら、そしたら私、何か思い出せるかもしれない……! あの、ほら、何か問題あるみたいだし。……迷惑かけないようにどうにかやるから!」
「……いいでしょう。あなたに全てをお伝えしましょう。僕達4人の人生を」
影山君が重々しく言った。私達はまだ中3のはずだ。みんな14歳か15歳なはずだった。なのに『人生』だなんて大げさすぎやしないだろうか。いや、ここで口を挟めば後の祭りだ。私は力強く頷き、次の言葉をひたすらに待った。
「オレからいいか」
待ちきれないのか、みんなの了承を得て、バレー部のエース、間宮君はなぜか懐かしむようにすらすらと話し始めた。
「俺の生まれはフランス北部生まれの貴族だった。そこで毎回開かれる夜会で南フランス出身だったお前と出会ったんだ。それまで南出身の者なんて田舎もんだと馬鹿にしていたオレだったが、お前を見た瞬間惚れちまったんだよ……。その立ち振る舞いに優雅な動き、ピンと伸びた背筋。何をとってもオレ好みな姿だった。お前もオレを気に入り、少しずつ距離を縮めていった。それから双方の家族間で縁談の話が持ち上がり」
「ちょ、ちょっ! ちょっと、ストップ!!!!」
両手を目前でぶんぶん振りながらの必死に伝えた。一体何の昔話をしているのだろうか。もしかしてどこかのおとぎ話を私の安眠材料にするために寝かしつけの母親の如く話始めたのだろうか。これも天国へ送る儀式だと言うのか。最初は我慢して真剣に聞いていたが、あまりにも熱っぽい話しぶりにこそばゆくなり、これ以上聞けなくなって、つい遮断してしまった。
「てめぇ! まだ終わってねぇぞ!」
今にも襲い掛かってきそうな勢いで、すかさず間宮君からの喝が入った。
「わ、分かってるんだけど、私が聞きたいのはおとぎ話じゃなくて、みんなの悩みというか、私が知るべき全貌というか……」
「だから! 事細かく話してんだろ!? こっちだって喋るの、はずけーんだよっ!」
そう言うなりみるみる顔を赤く染め上げていく間宮君。明らかに照れている。だけど、これが私の知るべき情報なわけない。言っていることは明らかにめちゃくちゃだ。頭を混乱させていると、駿河君の落ち着いた声が保健室へ響いた。
「では、次に俺が話してもいいか? 間宮はちょっと落ち着け」
促すように駿河君が言うと、間宮君は大きなため息を一つついて腕を組むと、後ろへ体ごと背け、顔を全く見せなくなった。ほとぼりを自ら冷ましているのかもしれない。
「俺だけは海外ではなくここ、日本生まれだ。今でいう水商売をやっていてな、当時はこの体身ひとつで頑張っていたんだ。いつものように客を待ちわびているとそこで君が現れた。俺を見て一言『美しい』と言い、買ってくれた。君はなかなかに色気を持っていて、そして手ほどきも優しかった。初夜の日は、俺を」
「ま、まま、待って……!?」
私は慌てて両手を目前にかざし、ここでもまたストップをかけてしまった。どこから尋ねていいかも分からないほどに脳内は沸騰中だ。駿河君は明らかに太い眉を寄せ、怪訝な顔つきをしている。いわゆる男娼というものだろうか。真意はともかく、どうやら駿河君以外の3人は外国人設定なのだろう。それだけは分かった。だけど彼の話をこれ以上聞いてはいけない気がする。他の3人も心なしか胸をなでおろしている気がした。
「ちょっと~、誠君~。今はみんな中3ってこと覚えてる? ちゃんと今の年齢も考えて喋らないとダメだよ~」
「すまない。つい、夢中になってしまった。あまりにも懐かしくてな。だけどつい最近の出来事のように感じるんだ」
ダメ出しが海堂君から入った。一番幼く見えて背も低いのに、一番大柄な駿河君を断舐める様にカワイイ説教を落としている。
「じゃ、代わりにボクが話してあげるね! ボクはね、アメリカで学生として過ごしていたんだ。そこで君と出会った。君はとってもcoolで、お互いすぐに打ち解けてね。話もすごく弾んだんだ。ボク達は学校の中で公認の恋人になり、将来まで誓い合った。君とボクは最後のプロムで最高な思い出を作ろうと話していたんだよ。それで君は」
「ご、ごめん! ……海堂君、誰のこと喋ってるの?」
「誰って、鈴音ちゃんしかいないよ?」
小首をかしげ、単純明快な言葉を言った。海堂君はいつものようににこやかだ。だけどなぜか周囲の空気が圧縮されたかのように重い。私の事なわけがない。そもそも私はアメリカ留学なんてしたことがない。海堂君と将来を誓い合った記憶もない。どう切り出そうか頭の中をぐるぐるさせていると、次に話始めたのは委員長の影山君だった。
「僕は春秋戦国時代が終焉してからの秦の生まれです。今で言う大道芸人のような仕事を行い、励んでいました。そこにやってきたのがあなたでした。僕に優しく笑いかけ、芸を褒めてくださいました。他の者達と違って、非常に優しかった。あなたは段々と僕の心を紐解くように、僕を暖かく受け入れてくれました。そして愛を誓い合い、あなたは」
「ねぇ! 待って! ほんとさっきから、みんな変だよ! 一体何を語っているの……?」
これ以上我慢出来ず、思わず大声を上げてしまった。最初はおとぎ話でもしているのではと本気で思っていた。だけど彼らのあまりにも真剣な様子と、鮮明に記憶してきたような口振りが4人も続くと、段々と私の感覚がおかしいのだと思えてきた。それぞれの話を聞いていると心中をナイフで抉られているような感覚になる。もう話さないでほしい。聞かせないでほしい。そう思った。途端に背筋が凍るような恐ろしさを感じ、息を飲んだ。体がまた震え出す。
無表情の影山君がゆっくりと近付いて来た。私の目前で足を止めると、ベッドの上で唖然とする私の前に屈んで、私の両手をその大きくてほっそりとした手で包んだ。少しだけ安心出来た気がした。すると彼は、眼鏡の奥にある切れ長の瞳で真っ直ぐに私を捕まえると、瞬きもせずに告げた。
「これは、僕達4人があなたと深く愛し合っていた、……はずだった記憶です」
「はず、だった……?」
私はなぜか、この言葉を聞いてはいけない気がした。
「柊木鈴音さん、あなたの4度の前世は、愛を誓った女性達全てを、捨てた男だったのです」
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