壁ドン

 命令口調に恐る恐る振り向くと、明らかに怒りを顔に滲ませている間宮亮君が一人で立っていた。こちらをきつく睨んでいる。


 中1の時、彼の足に包丁を突き刺してしまいそうになったこと、私は今でもはっきりと覚えている。きっと今でも私を恨んでいるに違いない。今では違うクラスだけど、中1で同じクラスだった時は、ムードメーカー的な存在で、友人も男女問わずかなり多かった。色素が薄いせいか色白だった。今でもワックスでカッコ良くセットされている髪は茶系に近い。バレー部へ所属しており、背も高く、ほっそりとした体形の中で程良い筋肉が彼のスタイルをまた映えさせている。そんな彼は喜怒哀楽が激しく、喜ぶのも笑うのも、すぐにカッとなるのも、誰かと問題を時折起していたのも知っている。その間宮君が私を呼び止めている。きつく強張った表情で。


「私、また何かした……?」


「またじゃねぇよ……。何度も何度も繰り返しやがって……!」


 間宮君はその長い足をドンドンとこちらへ寄せ、迫って来た。思わず後ずさりをした。危うくこけそうになってしまったが、どうにか持ちこたえながら向きを変え、彼とは反対方向へ駆け出した。


「や、やばい……!」


 故意ではなかったにしろ、彼の足を包丁で刺そうとした私は、いつ仕返しをされてもおかしくはなく、そんなターゲットにされても文句も言えない。パニックになりながら走り抜けた。後ろを振り向くと、必死に追いかけてくる間宮くんがいた。


「ひっ」


 全身がすくみ、裏返った声が出た。このままじゃ捕まる……! 廊下の角を曲がった途端、誰かとぶつかる――ことを日頃からかなり用心しているため、スピードを緩めた瞬間だった。すぐ側のドアから日に焼けたたくましい腕がにゅっと伸びてきて、私の左腕をがっしり掴んだ。そこは最悪な思い出が詰まった理科室だった。驚愕し、声も出せずにいると、壁に体をドンっと押し付けられた。


「柊木、なぜこう何度も失態を繰り返すんだ……。俺はもう容赦しないからな……」


 私が清水寺から突き落としかけた同じクラスの駿河誠君だった。悔しそうに唇を噛む辛辣な顔が目の前にはあった。怒りを通り越し、呆れ返ったかのような声色だ。なぜか憂いを帯びた瞳と目が合う。身動きが取れない。いわゆる壁ドン状態だ。彼もきっと私に殺されかけたことを根に持っている。駿河君は野球部の新部長だ。キャッチャーをしていて、身体はがっしりで高身長、髪は野球部らしく爽やかな短髪だった。お喋りを極端にするタイプではないが、発言に説得力があり、そのせいか突出したリーダー性があった。みんなから頼られる兄貴分だ。日に焼けた健康的な身体とたくましい首筋に思わずドキリとする。息使いまで感じる距離だ。こんなに近くにいると、どくどくと脈が沸き立つ血管まではっきりと見える。思わずゴクリと生唾を飲み込んだその時だった。


「こんなところにいたのかって、駿河! お前っ! 何やってんだよ!」

 

 この異様な空気を突き破るように、理科室に乱入してきたのは先刻の間宮君だった。

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