第二十五話 黄昏の誘惑
同日夕方。
帰りのHRが終了するや否や、部活が休みの放課後、彼は鞄を手に一人で教室を後にした。
廊下を進み、階段を降りる。生徒のたむろする下駄箱をくぐり抜け校庭へ出ると、夕暮れの朱が両目に染みた。
低い柵の校門を通り抜け、学生鞄を背負って歩道を進む。秋空の下を歩きながら、彼は一人思案を巡らせた。
学校の最寄り駅は他校の生徒も含め人が溢れ返っていた。
帰宅ラッシュに埋もれながら改札の手前まで来たところで、彼はふと背後からの呼び声に気がつき、後ろを振り返った。
「何か落としましたよ?」
振り返ると、声の主はにこりと微笑んで財布を差し出した。
その手元に目が行くより先に、その風貌に彼は思わず目を見開いた。
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第二十五話 黄昏の誘惑
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息を呑むほど美しいとはこのことだろう、と彼は思った。
白いワンピースの金髪美少女。
彼女がにこりと微笑んだ瞬間、時間が止まったかのような感覚に陥った。こちらに差し出された手は白く透き通っており、細くて長い指がしなやかに伸びている。彼女を一目見た瞬間、「天使」や「女神」といった単語が頭に浮かんだ。
(え、あ……俺)
何かの間違いではないかと思ったが、手に持っているのは紛れもなく彼の良く知る財布だった。一体いつ財布なんて落としたのだろうか――拓也は額に汗を浮かべながら、辛うじて「すみません」と苦笑いを浮かべた。
御辞儀をしてからくるりと背を向けた彼を、彼の財布の恩人が背後から呼び止めた。
その言葉に――彼は耳を疑った。
「そう……悩んでいるのですね。
ピタリと足を止める。
額に浮かんでいた汗がタラリ、とこめかみを流れた。
「……どうしてそれを」
「ふふっ。
周囲の人間が遠巻きに彼等を眺めては、何事も無かったかのように通り過ぎていく。
全ての音が遠ざかって、荒い呼吸だけが彼の耳元で響いていた。
どこか浮世離れした雰囲気を纏った美少女はクスリと微笑んでから、人通りの少ない脇へと彼を手招いた。
彼はゴクリ、と唾を呑み込み、占い師と名乗る彼女の元へ足を運ぶ。
彼が辿り着くと、ワンピースの君は胸元の内ポケットにスッと手を伸ばした。一瞬身構えた拓也だったが、差し出された白い紙きれを目に留めた瞬間、小さく安堵のため息を漏らした。彼女は緩やかに微笑んだ。謎の少女は見た目の年齢にそぐわず随分と大人びた雰囲気を纏っていた。
差し出された名刺を眺めながら、拓也は思わず眉を顰める。
(『何でも占い師・ヴィータ』……?)
真っ白なカードの中央に黒いインキで印字された文字を黙々と眺めながら、彼は「外国の人だろうか」と首を捻った。
すらりと整った鼻筋。細く柔らかな金の長髪。
背丈は彼より少し低いくらいで、細くて華奢な腕と足は陽射しに弱そうな薄い色をしていた。彼女が穏やかに微笑むと、淡い乳白色の睫毛が長い影を落とした。
突如として自分の前に現れた得体の知れない彼女に対し、彼は警戒体勢を整え、低い声で尋ねる。
「何でも分かるって、どうして」
「ふふ。そんなにお姉さんが心配ですか?」
「な……んで」
「お教えしますよ。お姉さんの
さあ、と手を差し伸べる占い師。
人混みの駅前を、暮れなずむ夕焼けの茜が染めていく。初秋の爽やかな風が吹けば、金の糸がなびき、白百合のように清廉な香りが彼を誘惑する。
「大丈夫。私はプロの占い師ですから」
「でも……」
「貴方の秘密は必ずお守りします」
白いワンピースが風になびき、彼女は屈託のない笑顔で微笑んだ。
金色の髪を耳にかけ、真っ直ぐに拓也を見つめる少女。その微笑みを両の瞳に映した彼は、瞬間、思わず息を止めた。
(あ…………)
ふわりと風が舞い、美しい白の花が咲く。
南国の海のように透き通った碧い瞳。煌めきを湛えたその瞳は、穏やかに彼を見つめていた。
綺麗に笑う女の子だ、と彼は心の中で零した。
彼は「占い師」と名乗った少女の手に引かれ、気がつけば、彼の足は駅とは反対方向へ進んでいた。
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