第九話 Share Happiness

 ミタと出会ってから、一週間が経った。

 季節は夏の終わり。

 私達は現在、満咲の誕生日前祝いと称して、四人で放課後のデザートを求めて足を延ばしている。


 電車を乗り継ぎ、繁華街へ。

 人混みを掻き分けて向かう先は、今口コミで話題のアイスクリーム店だ。


 すれ違う度に、街を行き交う人々の会話が通り抜けていく。

 慣れない人混みの中、私達は目的地へ向かって歩いていた。


 先陣を切るのは、人の隙間を縫いスタスタと慣れた足取りで突き進む永美。

 続いて、立ち並ぶ店舗の装飾を興味深そうに眺めながら進む花。

 その後ろに続くのは、本日の主役である満咲。

 最後に、何度もぶつかりそうになってはフェイントを掛け合い、中々先に進めない私、蒲田未玖。

 以上四名の並び順でお送りしています。


 友人達の背中に懸命に追い付こうとする私を横目で見ながら、隣で歩く死神が口を尖らせ尋ねた。


 「なあ、未玖。さっきからどこに向かってるんだ?」

 「…………」


 彼は「早く帰って見たいテレビがあるんだよなあ」とため息をつきながら頭の後ろに手を組んだ。

 私は苦笑を浮かべつつ、無言で先を急ぐ。


 周りに友人がいる状況下で、彼の問に答えることはできないのだ。

 申し訳ないが、このまま大人しくしていただきたい。


 「なーなー。答えてくれよー。じゃないかー」

 「…………」

 どんな仲だよ……。



 少しずつ日が暮れ、空が茜色に染まっていく。

 石畳の道路は街灯に照らされ、立ち並ぶ店舗の看板が一つ、また一つとライトアップされていく。


 私の隣で歩く死神は余程楽しみにしている番組があるのだろうか、帰宅後のイベントに想いを馳せている様子だった。


   ☆★☆


 彼と出会ってから一週間。

 意図せず手にしてしまった力で元恋人を殺めてしまい、罪悪感で押し潰されそうになっていた私に彼は告げた。


 《頼むから、俺の目の前で死なないでくれ》

 《生きてくれ。君が奪った、その力で》


 冷たい死神の温かい言葉に、私は救われた。

 こんな私でも生きる価値があるのだと思えた気がした。


 それから彼は、ずっと私の傍に憑いている。

 最近は「見たいテレビがある」と言いながら、いつも私の勉強用の椅子とテレビを占領している死神。そのせいで、私はリビングで勉強する羽目になっているのだが……。


 何はともあれ、最近では彼の人間らしい一面に頬が緩む場面が多々ある。

 それでも、こうして歩く度に周りの人間が彼をすり抜けているのを見ると、やはり彼が人間ではないという事実を改めて認識する。


 他の人間には見えず、触れることすらできない死神。

 そんな存在を何故私が認識することができるのか疑問に思い、先日彼本人に尋ねてみたことがあった。


 その時彼は、何やら手帳のようなものを横目でカンニングしながら、長々と説明してくれた。


 《何で未玖にだけ見えるかってこと? 死神はさ、普通は人間には見えないんだけど、’wink killer’の力を持った人間には見えるんだよ。だから死神が下界で実体化しているとき、’wink killer’の力を持っていれば、そいつは死神を見たり触れたりすることができるんだ。で、死神の身に着けている服とかは……えっとこれは次のページか……えっと、占有物については、それが天界に属する物であれば、’wink killer’を持っている人間にしか見ることはできない。ただ、下界に属する物を占有している場合は、その物体は下界の物だから下界の人間にも見える。だから、俺がこっちの世界の物を手に持ったりすれば、普通の人間には物が浮いて見えたりするってことだな》


 正直言って、説明の半分も理解出来なかった。

 長い説明を終えあからさまに誇らしげな顔を浮かべたミタは、次に「試してみようか?」と言って私のペンケースをもってリビングに降りようとしたので、慌てて止めた。



 目的地に到着した私を迎え入れたのは、先に辿り着いていた三人の友人だった。

 小ぢんまりとした店舗は、外から中までティファニーブルーとホワイトベースの色合いでまとめられ、可愛らしい装飾はまさに若い女子が好きそうなデザインだ。


 今話題の人気店だけあって、店の付近は人で溢れ返っていた。

 早速列に並んだ私達は、メニューを見ながら注文内容を決め、入店のタイミングを待った。


 そうして待つこと一時間。

 余談ではあるが、その間暇を持て余したミタは「早くテレビ(以下略)」と駄々をこねていたものの、私達の話題に上がる「アイスクリーム」が気になるのか、時折チラチラとメニューを覗き込んでいた。



 一番奥のソファ席を陣取ることに成功した私達は、各々注文したアイスが席に運ばれるや否や、早速手慣れた手つきでを開始した。


 それにしても、ここのアイスはなかなか特徴的だ。


 二段の雪だるまの上部分の方が大きいアイスは、ハートのついた串で中心を上から突き刺すことによってバランスを保っている。

 その斬新さと見た目の可愛らしさで口コミが口コミを呼び、今や若い女子の間で大人気となっているのだ。


 ソファの一番奥に主役の満咲が座り、その隣に私が座る。


 満咲と私のアイスは同じで、下の段がストロベリー、上の段がバニラ、トッピングにマシュマロと苺ソースという、この店一番人気の組み合わせである。

 ちなみに、本日誕生日の満咲は、永美の計らいによりトッピングの量が二倍になっていた。


 一方、手前側に座る永美と花のアイスはなかなか奇抜な色合いをしていた。

 斜め前の永美のアイスは、下の段が黒ゴマ、その上がオレンジ、トッピングに醤油という、訳の分からない組み合わせである。

 本人曰く、「何事も試してみないと分からないじゃない」だそうだ。確かに、バニラアイスに醤油をかけると美味しいと聞いたことがあるけれど、彼女の場合バニラですらない。

 彼女らしいチョイスと言えば彼女らしいんだろうけど……。果たしてそれが美味しいのかどうかはさておき。


 しかし一番ヤバいのは、永美の横に座る神崎花だ。

 近年、「あたおか」という言葉が流行っていると耳にしたことがあるが、まさにそれである。

 写真家のようなポーズで様々な角度から写真撮影をする傍ら、彼女は興奮した様相で言葉を並べた。


 「それにしても、この店のアイスは何とも芸術的な形だな! 棒で突き刺すところがなんとも」

 うん。でも君の場合、突っ込みどころはそこじゃないんだ。

 「花ちゃん、どうしてになっちゃったの? 身体に障るんじゃない……?」

 「チッチッチ。何も分かってないなあ、満咲は」


 花は人差し指を振りながらそう言うと、得意げに語り出した。


 「抹茶アイスを激辛ソースでトッピング。芸術家たるもの、既存の常識を打ち破り、常に周囲と差を付けなければいけないのだよ。そうは思わないかい?」

 「満咲。花に一般人の感性を求めるなんて無駄よ。諦めた方がいいわ」


 永美はそう言うと、呆れたようにハァ、とため息を零した。

 この時、私は「君も大概だよ」という言葉を辛うじて呑み込むことに成功した。


 あらかた写真撮影が終わったところで、私達は各々のアイスクリームに手を付けることにした。

 目の前のアイスを小さな銀のスプーンで掬い、真っ赤な苺ソースが掛かった白いアイスを口に運ぶ。

 その瞬間、口の中に濃厚な味わいと上品な風味がふんわりと広がり、私のアイスは何とも言えない幸せな時間を作り出してくれた。


 それぞれが自分のアイスを味わいながら感嘆の声を漏らす中※、私は横で同じアイスを食べ進める満咲に声を掛けた。

 (※:花が一瞬顔を歪めた瞬間を私は見逃さなかった)


 「改めて、満咲! 誕生日おめでとう」

 「あ、ありがとう。未玖」

 「私からもおめでとう、満咲。それはそうと、ダブルトッピングは気に入って貰えたかしら?」

 「永美ちゃん……」


 永美は「勿論、未玖の奢りよ」と付け加えてから、切り揃えられた前髪の下で茶色の瞳を輝かせた。

 え、私の奢りなの。


 「いいじゃない、未玖。せっかくの満咲の誕生日でしょう? パーッとお祝いしたいじゃない!」

 「私の奢りとは関係な……」

 「クスクス、冗談よ。私達三人で折半しましょう?」


 たんとお食べ、と言い放つ永美に対し、満咲は困ったように微笑を浮かべ謝意を告げた。


 「ありがとう。永美ちゃん」

 「気にすることないわ。友達として当然のことよ」

 「友達として……」


 満咲は俯いたまま「誕生日なんて、別にそんなに気を遣わなくていいのに」と零した。

 私はいつも一言余計なんだよなあ、と思いながら、照れ隠しが苦手な彼女を微笑ましい心持で眺めていた。


 なお、花は先程から黙って食べ進めていたが、私達が話しかけると、黙ったままサムズアップを繰り出すのみであった。

 引き攣った笑みを浮かべる彼女の額に薄っすらと汗が滲んでいるのを、私は見逃さなかった。



 私達が平和に満咲の誕生日を前祝いしている傍ら、一方私は、先程からこちらをチラチラと窺ってくる左隣からの視線に気がついた。


 ここに来るまで「早く帰りたい」とぼやいていた死神は、私の食べるアイスが気になっているのか、しきりにこちらに視線を向けてくる。

 気になった私がチラリとそちらに視線をやると咄嗟に視線を逸らすのだが、バレバレなんだよなあ。


 (やっぱ食べたいってことだよね、これ。いやでも、この状況じゃそれは無理じゃなかろうか)


 長い睫毛の下、黒い瞳をこちらに向けては明後日の方向にやり、を繰り返す死神。

 余程気になっているのだろうか、ゴクリ、と喉が鳴る音さえ聞こえてくる気がする。

 このまま放置するのは些か可哀想な気もするけれど、かといってこの状況で私に何を求めるというのだろう。


 しかし、半分ほど食べ進めたところで、人差し指を口元にあて瞳を潤ませる彼を目の当たりにしてしまえば、誰しも心が動いてしまうというものである。

 それにしても、年上の威厳や死神の尊厳とは一体……。


 (もう、しょうがないなあ)


 遂にいたたまれなくなった私は、他人の目を盗み、瞬速で彼の口にアイスを詰め込むことを決意した。

 しかし、私達四人で会話するこの空間で、残り三人の目を盗んでミタにアイスを分ける行動は、難易度にすればS――。なにせ蒲田未玖、生まれてこの方物事を器用にこなした数の方が少ない私が、いきなりハードモードのゲームに挑戦するようなものなのだ。


 狙うのは、私が会話から外れ空気と化した瞬間。

 私は巧妙に会話から離脱し、最大限の注意を払いながらというタイミングを探った。


 しばらくして、私が空気となる瞬間がやってきた――花と永美が「ゲイジュツセイ」について討論に熱中し出したのだ。


 ――今しかない。


 私は一瞬の隙を見計らい、アイスを自分の口へ運ぶ……と見せかけて、そのスプーンを後ろにいたミタの口めがけて突っ込んだ!


 蒲田未玖、タイミングを見計らうことに最大限の神経を注いだ結果、幸い、三人には怪しまれずに済んだ。

 しかし、今回の私の過ちは、ミタに前もって何の説明もしていなかったことだろうか。


 突然目の前にアイスの乗ったスプーンが自分に目掛けてやってくる恐怖を、誰が想像できただろう。

 彼の透き通った白い頬には、苺色の濃厚なアイスがべっとりとくっついていた。


 「ふぅん、下界ではこうやって人に食べ物をシェアするのか。ふぅん……」

 本当にごめんなさい。もうしません。


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第九話 Share Happiness

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 それからというもの、永美と花の二人は「抹茶アイス激辛ソース添え」についての討論を繰り広げ、主役である満咲は、そんな二人を見ながら呆れたように薄ら笑いを浮かべていた。


 隣の席に座っていた客が新しいグループと入れ替わり、外の景色も夕方から夜へと移り変わっていく。

 ミタは私を睨みつけながら頬に付いたアイスを手で取って舐めていたが、やがて何かが気になったのか、周囲を見渡していた。


 「どうしたの。そんなキョロキョロして」


 二人の議論が白熱し、満咲が二人をなだめている(ただし余計な一言により炎上させている)隙を見て私が小声で尋ねると、彼は「おかしいな」と首を捻った。


 「いや、さっきここに入ったときに、ような気がしたんだけど」

 「えっ。何かいる、って……」

 やめてよ。この作品、オカルトホラーじゃないんだから。

 「うーん。気のせいかな」


 彼は納得していないのかしばらく顔をしかめていたが、私達が店を出る頃にはそんなこともすっかり忘れていた様子だった。


 しかしそのとき私達の後ろを何かがついてくることに、私もミタも気がつかなかった。

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