第13回『ダンジョンに蠢く怪物・ロックスパイダー』
この世界にはさまざまな生き物――モンスターが存在しています。山と見紛うほどに巨大なドラゴンをはじめとして、陸海空を問わず人間よりもはるかに広大な範囲に生息するモンスター達。
しかしその生態を知っている人は、意外と多くありません。私たちにとって身近な存在でありながら最も遠い存在。
そんなモンスター達の生態に、我々と共に迫っていきましょう。
第13回では、陸海空といった自然の領域から視点を変え、ダンジョンに生息するモンスターを紹介します。
今回紹介するモンスターの名前はロックスパイダー……ダンジョンに生息するモンスターの中でも、表層から深層まで幅広く見かけることができるモンスターです。
自然界とはまた違った法則を持つダンジョンモンスターであるロックスパイダー。
ダンジョンという閉鎖空間に適した生態を持ち、探索者たちを震え上がらせるロックスパイダーたち。
自然界にいるモンスターとはどういった点が違うのが、似ている部分はどういったものがあるのか。その違いに、我々取材班と博士が迫っていこうと思います。
ダンジョンだけに生息するロックスパイダーというモンスター。
その生態、そして危険性とはどういったものなのか。そして我々一般人にとって、本当に危険がないのかどうか……。
世界モンスター紀行、はじまりです。
●世界モンスター紀行
第13回『ダンジョンに蠢く怪物・ロックスパイダー』
今回はロックスパイダーの生態について語る前に、ダンジョンについて少しだけ説明を挟んでおきましょう。
ダンジョンとは、基本的に元々坑道だった場所や天然の洞窟、そして結界の外にある廃ビルといった場所に、ドラゴンなどの多量のマナを有するモンスターが住み着くことで、その一帯のマナ濃度が濃くなり、独自の生態系が築かれた場所のことを指しています。
独自の生態系という通り、例えば平原に存在するダンジョンであっても、山岳地帯の山頂に生息しているようなモンスターが数多く存在しているということがよくあるのがダンジョンです。
ロックスパイダーもまた、そんな独特な生態系を持つダンジョンに生息しているモンスター。
危険性で言えば、以前紹介した吸血蝶よりも高くランク付けされています。
さて、今回はダンジョン内の撮影となるため、我々取材班が直接赴くのではなく以前にも使った魔力球カメラによる撮影となります。さすがにダンジョン内ともなると、探索者の護衛を雇ったとしても安全ではありませんからね。
ちなみにダンジョンに入ることができる探索者は、ほぼ上級探索者だけに限定されています。
そのくらい、ダンジョン内部に生息するモンスターは危険度が高い種類ばかりなのです。
ロックスパイダーは、主に廃坑など地面を掘った場所にできるダンジョンに生息しているモンスターです。
今回カメラを潜入させるのは、トーキョー近辺のダンジョンとしては最も有名な、イムナック炭鉱となります。ここはトーキョーから最も距離が近く、ロックスパイダーが多く生息していることでも知られています。
それでは早速、魔力球カメラをダンジョンの入り口から侵入させてみましょう。
当然ですが、洞窟が基になっているダンジョンですから通路内は暗く、幅・高さ共に5mほどの狭い道が続きます。
この魔力球カメラはそれ自体が光を放っているので、視界は確保されています。探索者の場合は、魔法が使えれば魔力球を使い、それ以外の場合は松明を灯りとしています。
「こういったダンジョンの見通しの悪さもまた、慣れた探索者たちしか入れない理由ですね。
駆け出しや下級の探索者が、好奇心から勝手に入る時もありますが……まあ、大体は想像するまでもないでしょう」
そもそもダンジョンには危険度の高いモンスターが多く生息しています。
それにこの狭さと見通しの悪さが加われば、経験を積んでいない探索者など赤子の手を捻るように容易く命を落としてしまうでしょう。
ちなみにロックスパイダーはダンジョン内のモンスターでは、危険度が最も低く設定されています。
そんなロックスパイダーでさえ、熟練の探索者でなければ討伐は難しいでしょう。
「そういえば皆さんは、ロックスパイダーはどうやって獲物を捕まえると思いますか?」
突然の博士の質問に、我々は何を当然のことを聞くのかと思ってしまいました。
スパイダーという名前がある通り、蜘蛛のように通路に巣を張って、通路を通る獲物を捕まえると考えるのが普通ではないでしょうか。
しかし、博士は苦笑しながら首を横に振ります。
「ロックスパイダーは確かに蜘蛛のように糸を使って獲物を捕らえます。
ですがそれは巣を張るのではなく……地面を見てください」
博士に言われてカメラを下へと向けます。すると、当然ながらそこには土がむき出しになっていますが、よく見ると3㎝ほどの太さをした白い線のようなものが一直線に引かれているではありませんか。
まさか、この白い線がロックスパイダーの糸なのでしょうか。
「その通り。彼らの厄介な点は、通路全体を塞ぐように巣を張るのではなく、こうして地面に糸を置いておくことです」
当たり前ですが、魔力球の光があったとしても洞窟内は非常に見通しが悪くなっています。
我々取材班が今カメラ越しに地面の糸を発見できたのも、博士に注目してみてと言われたからに他なりません。
であれば当然、普通にダンジョン内を移動している場合、発見はより困難なものとなるでしょう。
ですが糸は見つけることができたものの、肝心のロックスパイダーの姿は周囲に見当たりません。今回の主役であるロックスパイダーは、一体どこにいるのでしょう。
我々はロックスパイダーを見つけるために、地面に引かれている糸を辿ってみることにしました。
そうして糸を辿ること数十分……ついにロックスパイダーの姿を見つけることに成功しました。
洞窟の壁の下側、そこに空けられた50㎝ほどの不自然な穴の中。その中へとカメラを動かしていくと……いました。
長い手足を縮めて丸い岩のようになっている、ロックスパイダーです。地面に続いていた糸は、ロックスパイダーの口元へと繋がっています。
名前の通り蜘蛛のような見た目をしていますが、その全身は岩で構成されています。
ですから縮めている足も、一本一本綺麗に折りたたまれていて、一見するとそういった玩具のようにも見えます。
「スパイダーという名前から、彼らを生物だと思っている人も多くいます。
でも実は彼らは非生物……つまりゴーレムの仲間になるんです」
博士の言う通り、ロックスパイダーを岩を纏った蜘蛛のモンスターだと思っている人間は、探索者を含めても意外と多くいるのです。
しかし実際にはゴーレムと同じ、非生物型のモンスターなんですね。
そういう事実を知ったうえで丸まっているロックスパイダーを見れば、なるほどあちこち不自然な折れ曲がり方をしているなど、生物ではありえない構造をしているのが見えてきます。
「ロックスパイダーの体は全て岩で構成されており、胴体部の背中側中心にゴーレムが動くために必要な魔力結晶が埋まっています」
カメラを動かして丸まっているロックスパイダーの背中を見てみると、確かにその中央には紫色に光る直径10cmほどの魔力結晶を確認することができました。
魔力結晶の周りには幾何学模様が描かれており、これがロックスパイダーを動かすための魔法陣となっているのでしょう。
これこそ確かに、ロックスパイダーがゴーレムだという証なのです。
しかし、我々取材班はここでふとあることを疑問に思いました。
魔力球カメラは光源となる程度には明るく、これだけ近よっていれば十分に眩しいはずです。ロックスパイダーには、通常の蜘蛛と同じ八個の目を持っています。
足などを折り曲げて丸くなってはいますが、目はしっかりと露出したまま。
だというのに、ここまで近づいた魔力球カメラに一切反応を示さないのは、なぜなのでしょうか。
「その理由は簡単です。あのロックスパイダーは今、一部の感覚以外全てを休眠状態にしているからです。
つまり目も一切機能しておらず、明るさに関係なく見えていないんですよ」
体を小さく丸めて岩に擬態しているロックスパイダー。
そうして擬態している間、彼らはほぼ機能停止状態に近いのだそうです。機能しているのは、糸の振動や動きを感知する器官のある口の周辺だけ。
ですからこの時のロックスパイダーは、それこそ大地震が起きて生き埋めにされたとしても気づくことはありません。
ある意味では、バレにくい理想的な擬態と言えるでしょう。
では、ここでロックスパイダーの目について博士に説明をして貰いましょう。
「彼らの八個ある目は、一対ごとに果たしている役割が違っています。
暗視、体温感知、音波感知、そして通常の視界。これらを使い分けることで、洞窟内でも正確に獲物を捉えることができるんです」
四対の目がそれぞれ違う役割を持っているからこそ、どれかが使えなくなったとしても獲物を見失う心配がない。まさにゴーレムだからこそ、とも言えるその構造には驚かされるばかりです。
ちなみに彼らの八本ある足もまた、丸まっている状態の時にも言ったように、ゴーレムならではの構造をしています。
「そうですね。彼らの足は非常に可動域が広く、さらに関節部も多いため通常ではありえない軌道で動くことができるようになっています。地面からジャンプして、途中から足を180度回転させて天井に張り付く、なんてことも」
ゴーレムという非生物だからこそできる動き。
それもまた、洞窟という狭い場所で機敏に動き回るために必要な構造なのでしょう。ダンジョンという限られた場所に生息するために特化した肉体。
これこそロックスパイダーに限らず、ダンジョンに生息するモンスター全ての特徴と言えるかもしれません。
◇◇◇◇◇
そうしてロックスパイダーの体の構造について博士から説明を受けている最中。
不意にロックスパイダーから小さな機械音が聞こえ始めました。
「あ、いけない。すぐにカメラを遠ざけてください」
慌てる博士に言われるがまま、魔力球カメラをロックスパイダーのいる巣穴から脱出させます。
そのまま、博士の指示に従って魔力球カメラを暗視モード……つまり光源となる光を消した状態での撮影へと切り替えることに。
突然の指示に驚いた我々でしたが、博士は神妙な面持ちで言葉を続けます。
「先ほど説明した通り、ロックスパイダーが擬態をやめるのは獲物が糸に引っ掛かった時です。つまり……」
なるほど、つまりは獲物が引っ掛かったからこそロックスパイダーが動きだしたということ。
そこに魔力球カメラがあっては、彼らの狩猟の邪魔になるだけでなく、カメラを邪魔ものとして攻撃してくる可能性まであります。それでは観察にならないので、こうして慌てて移動させたというわけですね。
「ロックスパイダーが獲物の方へ動きだすまで、カメラはなるべく壁の近くに移動させて、動かさないようにしてください。
彼らはとても目がいいですが、実は止まっている物体はほとんど見えないんです」
四つの視界で獲物を見つけるロックスパイダー。
しかし、実は動いていない物体を視界に捉えることはほとんどできないのだそうです。
これは洞窟という動かない物体の方が多い場所に生息しているからこそ、余計な物を見て獲物を見逃さないように進化したのが原因だと言われています。
「さあ、体を擬態状態から戻したロックスパイダーが巣穴から出てきましたよ」
壁に空いた穴から、小さな駆動音を立てつつロックスパイダーがその姿を見せます。
丸まっている時は30㎝ほどの岩にしか見えなかったロックスパイダーですが、しっかりと足を開いたその体長は実に1mにも及びます。
それだけの大きさでありながら、洞窟内を縦横無尽に素早く移動して獲物を追い詰めます。
巣穴から這い出てきたロックスパイダーは、あたりを観察するように数秒ジッとしていましたが、何もいないことを確認したのか素早く糸を辿って動き出しました。
「追いかける時は、このままロックスパイダーの腹に隠れるよう、後ろから追いかけましょう」
ロックスパイダーの腹は、通常の蜘蛛と同じように大きく、カメラが隠れるのに適しています。
博士に言われた通り腹の後ろにカメラを隠し、我々はロックスパイダーを追跡し始めました。
狭い通路の中をゆっくりと足を動かして移動していくロックスパイダー。
逃げられる心配などないとでも言いたげに、ゆったりと糸を辿って移動していきます。
すると、穴からそれほど離れていない場所で獲物となる相手と見つけることができました。
糸に捕らわれていた獲物、それはこういった洞窟のダンジョンではロックスパイダーと同じくらい見かけることの多い、ゴブリンでした。
ゴブリンは身長1m前後の大きさをした、緑色の肌と額に生えた角が特徴的なモンスターです。
洞窟型のダンジョンの通路をよくうろついており、こん棒などの武器で攻撃してきます。
ゴブリンは右足で糸を踏んでしまったのでしょう、右足を振り上げたり地面にこすりつけたりして、必死に糸を剥がそうとしています。
「ロックスパイダーが糸を地面に置いておく理由は、こうして踏ませることで移動を封じるためなんです。
非常に粘着性の高い彼らの糸は、踏んでしまえば適切な処置をしない限り剥がれることはありません」
なるほど。薄暗い通路の中で地面に彼らの糸が置いてあれば、確かに踏んでしまう危険は高くなります。
下手に剥がそうとしても、手で触ればそちらも貼りついてしまうので手に負えません。
通路全体を塞ぐように巣を張るより、こうして相手の意識の穴をつく方法にしているのは、やはりダンジョンという危険地帯で生きるモンスターだからこそなのでしょうか。
さて、そんな話をしている間にも、ロックスパイダーは悠々と獲物に近づいていきます。
自分に近づいてくる敵に気付いたゴブリンは、慌てて武器となるこん棒を振るって応戦を始めました。
「当たり前ですが、ロックスパイダーの体はとても硬く、生半可な攻撃は通じません。
あの程度のこん棒なら、何発殴ったとしても体を欠けさせることすらできないでしょうね」
足が張り付いて動けないまま、半狂乱になって叫びながらこん棒を振るうゴブリン。
しかし、ロックスパイダーの体はおろか足に当たっても、鈍い音を立てて弾かれるだけでダメージを与えている様子はありません。
むしろ焦って攻撃をしたせいか、左足でも糸を踏んでしまい、バランスを崩して仰向けてに倒れてしまいました。
暗闇で逃げる選択肢がなく、ゆっくりとロックスパイダーが近寄ってくる様子を想像すると、ああして半狂乱になってしまうのも頷けます。
「暴れれば暴れるほど、糸を踏んだりして余計に身動きが取れなくなる。
足元に粘着性の高い糸があるという状況は、我々が思っている以上に厄介なものなんです」
攻撃をする時には足を踏ん張らなくてはいけません。
その足元が安心できないというのは、なるほど確かに厄介極まる状況です。
さて、仰向けに転んでしまったゴブリン。その際に背中もまた、糸にくっ付いてしまったのでしょう。叫び声をあげながら立ち上がろうとしていますが、もはやそれは不可能。
完全に無力となった獲物を前に、ロックスパイダーは不可思議な行動をとり始めます。
そのまま獲物に向かうのではなく、わざわざ獲物の上……天井に向かうように壁を登り始めたのです。
「もう少し様子を見てみましょう。彼らの捕食シーンを見ることができますよ」
博士に何が起きているのかを尋ねてみたところ、そんな返答が戻ってきました。
その言葉に従い、壁をよじ登る姿をカメラで見守ります。ほどなく天井までよじ登り、ゴブリンを正面から見ることができる位置に移動したロックスパイダー。
するとどうでしょう。
ロックスパイダーは顔を上げてゴブリンに口を向けると、そこから白い塊を何度も勢いよく吐き出したではないですか。
吐き出された白い塊は、ゴブリンの体のあちこちに貼りついていき、最終的には顔以外全てを覆いつくしてしまいました。
「今吐き出されたのは糸の塊です。ああやって敵の体を糸で完全に覆って動けなくするわけですね」
わざわざ天井まで移動したのも、正確に狙いを付けるためだったわけです。
しかし、なぜわざわざ正確に狙いを付ける必要があるのでしょうか。動けなくするだけなら、適当に糸の塊を吐き出せばいいようにも思えます。
「それは簡単です。獲物を殺さないように……つまり今回のゴブリンでいうなら呼吸する口や鼻を塞がないためですよ」
なるほど、獲物を殺さずに捕まえるために必要だったというわけですか。
さて、体の隅々まで糸に覆われてしまったゴブリン。こうなるともう、糸に覆われていない口で意味のない金切り声を上げることしかできません。
ロックスパイダーはゴブリンがもう抵抗できないことを確認したのか、悠々と天井から降りてきます。
そしてゴブリンの近くまで移動すると、なんと前足の一本をゴブリンの胸の上――ちょうど心臓があるあたりへと動かします。すると、急にゴブリンが苦しみだしました。
「ロックスパイダーたちゴーレムは、当然ですが生物のように肉などを食べることはありません。
そんな彼らの捕食というのは、魔力を吸収することを指しているんです。生物の心臓は魔力を作り出す器官でもありますから、ああして直接魔力を吸収しているんですよ」
カメラを魔力を見ることができる特殊なモードに切り替えて撮影してみると、確かにゴブリンの心臓部からロックスパイダーの足先に向かって、急激に魔力が流れているのが見えます。
ロックスパイダーの足先には、魔力を吸収する特殊な構造が備わっているのでしょうか。
「その通り。ロックスパイダーの二本の前足は、先端だけが吸魔鉱石という特殊な鉱石で造られています」
吸魔鉱石とはダンジョンでのみ採取できる鉱石で、名前の通り魔力を吸い取る効果を持っている鉱石です。そしてこの吸魔鉱石は、小さくなるとより強力に魔力を吸収するという特性があります。
細長い足の先端だけ――おおよそ3cmほど――がこの鉱石になっているのであれば、それこそゴースト並の勢いで魔力を吸収することができます。
「先端部分だけをどうやってあの鉱石に変えているのか、それはまだわかっていません。
なにせダンジョン内のモンスターは生態調査が難しいですからね」
ダンジョンに生息するモンスターは、生け捕りにすること自体が難しく、またダンジョンという特殊な環境を再現することも難しいため、なかなか生態調査が進んでいません。
ロックスパイダーがどうやって捕食をしているのかが判明したのも、実はつい最近なのです。
ゴーレムというモンスター自体、どのように生まれているのかが分かっていませんから、分からないことの方が多いのも仕方ないことなのでしょう。
「ロックスパイダーがああしてその場で捕食行動をするのは、巣穴まで持ち帰ろうとすると他の敵に横取りされる危険があるからと言われています」
確かにダンジョンという閉鎖された環境において、獲物を持ち歩くというのは危険が伴います。
そう考えれば、捕まえたその場で捕食してしまうというのは理に適っているように感じます。それに、糸で覆われた獲物を一度剥がしてから持ち歩けるようにするのも、無駄な時間がかかってしまいます。
獲物が引っかかるのを待つという狩りの形態である以上、捕まえた獲物は確実に自分のものにする必要がある。
だからこそ、ロックスパイダーはこうしてその場で獲物を捕食することに特化したのかもしれません。
◇◇◇◇◇
捕食をはじめてから約10分。
魔力を全て吸い尽くされたのか、ゴブリンはピクリとも動かなくなりました。
これ以上は魔力を吸収できないと分かったのか、ロックスパイダーはゴブリンの心臓の上に置いていた前足を戻し、そのままくるりと背を向けてさっき来た道を戻っていきます。
「彼らは巣穴から一定の距離を縄張りとし、機能停止するその日までそこから動きません。
ああして捕食をし終えたら、また巣穴に戻って岩に擬態して次の獲物を待ち続ける、そんなことを繰り返しています」
ここで、我々取材班は気になったことがありました。
捕食が終わったゴブリンの死体はそのまま放置されています。糸に覆われたその死体は、一目でロックスパイダーに襲われたとわかるでしょう。
これを放置していては、探索者はもちろん他のモンスターたちにも警戒されてしまいます。
罠を仕掛けて獲物がかかるのを待つ、というスタイルの彼らにとって、それはあまり好ましくないのではないでしょうか。
「いいえ、彼らにとって自分の糸があると警戒されたとしても、それは大きな問題にならないんです。
何故なら警戒されたとしても、こういった洞窟型のダンジョンでは、通路を進まなければいけないからです」
つまりロックスパイダーにしてみれば、通路を歩く以上いつかは自分の糸に引っ掛かる。
だからわざわざ死体を処理するような手間はかけない、ということですか?
「そういうことになりますね。自分の糸の粘着性を知っているからこそ、それをいちいち剥がして処理するよりも、そのまま放置してしまった方が時間の無駄がなく、合理的だと判断しているのでしょう」
ロックスパイダーの縄張りは、巣穴を中央にして全長がおおよそ1kmほどとかなりの長さを持っています。
それだけの距離、他のモンスターを警戒しつつ、同時に地面にある糸を気にしたまま歩き続けられるかと言われると、なかなか難しいでしょう。
そうしていつか必ず罠を踏む獲物を、ひたすら岩に擬態して待ち続ける……なんとも気の長い作戦に聞こえます。
ですが、それではずっと獲物がかからず魔力が枯渇し、死亡してしまう危険もあるのでは?
「その心配はほぼありません。先ほども言いましたが、擬態中のロックスパイダーは、ほぼすべての機能を停止しています。
ゴーレムが魔力を消耗するのは、移動や攻撃といった行動をする時なので、擬態している状態では全くと言っていい程に魔力を消耗しないんですよ」
博士によれば、擬態状態のままなら捕食ができなくても2年以上生きていくことが可能ということ。
それだけの時間があれば、死体も腐敗してそれと分かりにくくなりますし、獲物が糸を踏んでしまう確率も決して低くありません。
擬態して魔力の消耗を抑え、通路を歩く以上いつか必ず引っ掛かる獲物を気長に待つ。
大雑把に見えて、合理的な割り切りによる判断をしているわけですね。
「これはゴーレムという種族全体に言えることですが、彼らは基本的に必要な時以外は動かないんです。
機械に近い性質を持っているからこそ、合理的な行動をしているのかもしれませんね」
ゴーレムに分類されているモンスターの多くは、機械に近いとよく言われます。
ロックスパイダーのこれまでの行動を思い返してみると、確かに生物というよりはそういう命令をインプットされた機械を思い起こさせます。
一見すると穴があるように見える生態も、自分の性能を鑑みた結果の合理的な結論なのです。
「そういえば知っていますか?
ロックスパイダーの核になっている魔力結晶は、非常に高値で取引されているんですよ」
ゴーレム種の核は、どれも高純度の魔力結晶になる特徴があります。
ロックスパイダーもそうですが、基本的にゴーレム種は生物のような捕食ではなく、魔力だけを吸収するという捕食方法を取っています。
そして捕食によって溜まった魔力は、使わないでいると段々と混ざり合い純度が高まっていくのです。
特にロックスパイダーは魔力を使わず、擬態した状態でジッとしていることが多いモンスター。
そのため、使われなかった魔力が核の中でさらに濃縮され、とんでもない高純度の魔力結晶になることが多々あります。
「そんな彼らの核――なんと、高い物になると億を超える値段で取引されるんですよ」
億を超える価格での取引になるとは驚きです。
ダンジョン以外のモンスターでその価格で取引される素材を持つのは、恐らくドラゴンレベルのモンスターばかりとなるでしょう。ダンジョンでもっともよく見るモンスターでありながら、それだけの価格で取引される素材を持つ。
死亡率が極めて高いダンジョンという場所に、それでも挑戦する探索者が後を絶たない理由がこれです。
まさに一獲千金という夢を掴める宝の山……とでも言うべきでしょうか。
「しかもロックスパイダーは足と頭だけ破壊してしまえば、攻撃力は皆無となります。
ですからダンジョンに潜れるようになった探索者からすると、かなりおいしいモンスターと言えますね」
まあ、そう言いつつロックスパイダーに捕食される探索者の方が多いんですが、と博士は付け加えます。
宝の山が眠る場所でありながら、熟練の探索者であっても死亡する確率の方が高い、まさにハイリスクハイリターンを体現する場所。
それがダンジョンという場所なのです。
「と、脅かしてからなんですが。実はロックスパイダーは糸に獲物が引っ掛からない限りは起動することが無いので、糸にさえ引っ掛からなければ、起動しないまま持ち帰られてしまう……なんて個体も少なからずいたりします」
博士の言葉に緊張していた我々の気持ちをほぐすように、そんな言葉で締めくくる博士。
彼らの恐ろしさと、その合理的な生態を聞いた後だったのもあり、丸まったまま運ばれていくロックスパイダーの姿を想像して、我々取材班は思わず笑ってしまいました。
洞窟の暗闇で、ただジッと息を顰めて獲物が罠にかかるのを待つモンスター……ロックスパイダー。
ダンジョンという特異な環境、そしてゴーレムだからこそできる合理的な行動は、もはや狩猟というよりも機械による作業にさえ見えてきます。
そして、命の危険と引き換えにするだけの財貨を手に入れられる可能性があるというのもまた、彼らの大きな特長と言えるでしょう。
蜘蛛のような特徴を持ちながら、その生き方はインプットされた機械に近いロックスパイダー。
彼らは今日もまた、獲物が罠にかかるのを待ちながら、文字通り岩のようにジッと息を顰めているのです。
◇◇◇◇◇
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
作者のラモンです。
この世界モンスター紀行ですが、今回で最終回とさせていただこうと思います。
今回が第13回となり、通常の番組でいうところの1クールが終わったのでキリがいいかな、と思いまして。
また別の作品も書いてみようと思っており、並行して書くにはこの作品の作業量が多すぎて、私の技量では難しいということもあります。
また書きたいと思った時は、少し書き溜めをしてから、シーズン2という形でまた13話くらいの構成でやってみようかと思います。
そして最後になりますが、この作品にここまでお付き合いくださった皆様に、最大級の感謝を。
もし別作品や続編を投稿した際には、またお付き合いくだされば嬉しいです。
世界モンスター紀行 ラモン @hutu-zin
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