第12回『山岳地帯に潜む大蛇・多頭蛇』
この世界にはさまざまな生き物――モンスターが存在しています。山と見紛うほどに巨大なドラゴンをはじめとして、陸海空を問わず人間よりもはるかに広大な範囲に生息するモンスター達。
しかしその生態を知っている人は、意外と多くありません。私たちにとって身近な存在でありながら最も遠い存在。
そんなモンスター達の生態に、我々と共に迫っていきましょう。
第12回で紹介するモンスターは、山岳地帯の中腹で見かけることがあるモンスター……多頭蛇です。
山岳地帯ではモンスターが全体的に大型化する傾向にあり、この多頭蛇もまたその例に漏れず非常に大型化しており、とても危険なモンスターとして有名です。
山岳地帯では、標高によってモンスターの生息域が明確に分かれています。
多頭蛇は中腹でよく見かけるモンスターということですね。
見た目に大きな特徴があり、その大きさからみれば誰でもそれと分かる姿をしている多頭蛇。
一体このモンスターにはどのような危険があるのか、今回の取材で紹介していこうと思います。
山の中腹に生息している多頭蛇。
その生態は、一体どのようなものなのでしょうか。そして彼らはどのような生活をして、我々人類とはどのように関わってくるのでしょうか。
世界モンスター紀行、はじまりです。
●世界モンスター紀行
第12回『山岳地帯に潜む大蛇・多頭蛇』
トーキョーとオーサカの間を縦断する形で聳え立つ、キヴォール山脈。
キヴォール山脈は麓の時点で既に道が険しく、専門の業者や探索者たちしか立ち入りを許可されていません。
ですが中腹になると更に道の険しさは増していき、車が通れるギリギリの道幅がある、整備すらされていない道が続いているだけという状態になります。
この中腹に生息し、さまざまな被害をもたらしているモンスターこそ、今回の主役である多頭蛇です。
岩がむき出しになり、ちょっと足を踏み外せば崖底に真っ逆さまになってしまう道が続くこの場所。
そんな危険な道のど真ん中を、悠々と移動している体長20mはあろうかという巨大な蛇――多頭蛇が体をくねらせながら移動しています。
彼らの体の表面は、まるで隠れる必要が無いと言わんばかりに赤黒い鱗で覆われています。
普通ならば目立ってしまい、他のモンスターから襲われてしまうため、目立たない色になるはず。しかし、多頭蛇に限ってはそんな心配はいりません。
「恐らく、中腹にいるモンスターの中では多頭蛇が最大の大きさを持つモンスターです。
単純に大きさで優っているので、襲われても返り討ちにできますし、そもそも襲おうと思うモンスターもいないでしょう」
キヴォール山脈中腹において、恐らく最強のモンスターである多頭蛇。
それ故、彼らはわざわざ隠れる必要性を持たないのでしょう。
「ああして道の真ん中を移動しているあたりからも、彼らがいかに自分以外の相手を警戒していないかが分かりますね」
そして多頭蛇にはもう一つ、ああして周囲を気にしなくてもよい理由があります。
それは彼らの名前の由来でもあり、最大の特長でもある複数の頭です。多頭蛇は前後に一つずつ、そして20mある体には2mごとに一対、合計で12個の頭を持っています。
このうち体の前後にある2つの頭を『主頭』それ以外を『副頭』と呼びます。
「多数の頭が体中についているため、彼らの視界はそれこそ360°全てです。
ですからああして悠々と移動していても、常に周りを確認することが可能となっています」
巨大な体を持ち、襲われる心配そのものが少ないながら、警戒態勢も万全。
普通ならどんなモンスターでも死角となる場所があります。しかし多頭蛇においては、死角となりうる場所が全くない状態です。これもまた、彼らがキヴォール山脈中腹で最強と言われる所以でしょう。
さらに彼らは普通の蛇と同じように、熱を感知して赤外線で相手を捉える器官も持っています。
つまり常に視界で確認しつつ、さらに熱感知で探すこともできると、相手を先に見つけるのにこれ以上ないというほどの条件が整っているんですね。
そしてもう一つ、彼らが最強と呼ばれるにふさわしい理由があります。
それは、彼らの持つ圧倒的な生存能力の高さにあります。
「多頭蛇は、主頭と呼ばれる体の前後にある頭を両方潰されない限り、決して死ぬことはありません。
例えばですが、体を中央でちぎられたとしても、両方の頭が別々に逃げて生き残ることもあるんですよ」
20mもある体の両端にある主頭、それを両方潰さない限りは倒せない。
これは基本的に単独で狩りを行うモンスターの習性で考えれば、非常に難しい倒し方となるでしょう。何せ片方の頭を潰したとしても、その間に逃げられたり、逆に巻き付かれて自分が狩られる心配があるわけです。
探索者たちのように、チームで戦ったりでもしなければ2つの頭を短時間で両方とも潰せません。
そういった生存能力の高さもまた、彼らがこの中腹において最強と呼ばれる大きな理由となっています。
「気になったと思うので先に説明しますが、体の左右にある副頭はどれだけ潰されようと、多頭蛇の生死には一切関係していません。それこそ、ダメージが入ったとも言えないでしょう」
副頭――彼らの特徴でもある、体の左右に10個ほどもあるこの頭たち。
胴体と一緒に攻撃しやすく、普通の頭と同じ見た目をしているので急所と考えてしまう人も多くいます。しかし、実際にはさほど重要な器官でもないのです。
「敵を見つけるのに役立つ副頭ですが、ここに脳などがあるといざという時に体への命令が混線してしまいます。
ですから基本的に脳があるのは主頭だけで、副頭はあくまで目の役割しか持っていません」
このあたりのモンスターの体が持つ合理性には、時々驚かされます。
我々人間の考える機械のように作られたと感じてしまう体の構造、それはやはり、彼らがこの過酷な環境で生きていくために生まれたモンスターだからなのでしょうか。
既にいるモンスターではないモンスターたちと、似ているようでまったく違う存在。
そんな彼らの凄さを、我々取材班はまざまざと見せつけられました。
「まあ、副頭を潰すことがまったく意味のない行為というわけではありません。
言ってしまえば、それだけ多頭蛇の目を潰すことができますからね」
博士に言われて、取材班は今更確かにそうだと気付きました。
確かに致命傷にはならなくても、確実に視界を奪えるというのは戦いにおいて大きなアドバンテージとなります。とはいえ合計で10個もある頭を全て潰す時間をかけるメリットがあるかと言われれば、何とも言えないところです。
なにせ副頭は2mほどの間隔をあけて存在していますから、一度にまとめて何とかするということは極めて難しいです。
ひとつひとつ潰していくとなれば、相応の時間が必要となりますからね。
「そういえば、ちょっと面白いことをしてみましょう」
そう言うが早いか、博士が突然その場で思いきり手を叩きました。
山の中腹かつ、周りに木々なども生えてないため乾いた音が辺りに響き渡ります。
我々は博士に何をするのかと問う暇もなく、多頭蛇に見つかってしまうと慌てて逃げる準備を始めました。すると、博士は小さく笑いを噛み殺しながら、取材班の方を見てこう語ります。
「すみません。驚かせてしまいましたね、でも大丈夫。多頭蛇には聴覚がないので、こうして大きな音を出してもバレたりはしないんですよ」
逃げ出そうとしていた我々は、博士の言葉を疑いつつも、恐る恐る多頭蛇へとカメラを向け直します。
するとどうでしょう。多頭蛇は先ほど博士が手を叩いて大きな音を立てたというのに、まったくこちらに気付くようすもなく悠然と移動したままです。
確かに博士の言う通り、多頭蛇には聴覚がないようです。
それはそれとして、こんな悪戯はこれっきりにして欲しいと取材班は博士に強く抗議するのでした。
「いやぁ……多頭蛇に聴覚がないのは結構知られていることだと思っていたので、つい」
しかし、博士は反省した様子もなく苦笑いでそう零すばかりでした。
ちなみに多頭蛇の聴覚に関することは、あまり一般的には知られていません。彼らは非常に優れた視覚を持っているため、ちょっとした動きにも即座に反応するので、聴覚の有無について気にする人がいないからです。
そういった、まるで音が聞こえているように反応することができるのも、ひとえに主頭と副頭によってとてつもなく広い視界を持つからなのでしょう。
◇◇◇◇◇
我々が多頭蛇を観察し始めてから数時間。
それまで山道を悠々と移動していた多頭蛇が、急に動きを止めて全ての頭をせわしなく動かしています。
「あれは……多分、獲物を見つけたので確認しているところでしょう」
博士の言葉にカメラを動かして辺りを見てみれば、多頭蛇がいる場所から東の方角へ500mほど行った先にある大きな岩の横に、オーガがいるのが確認できました。
オーガは体長5mほどの人型モンスターであり、好戦的かつ知能のある攻撃をすることから、なかなかの危険度を誇るモンスターでもあります。
「オーガの方はまだ、多頭蛇に気付いていないようですね」
地面を這うように移動する多頭蛇、例え鱗の色が目立つとはいえ500mも離れてしまえば、見つけることは難しいのでしょう。確かにオーガの方は、多頭蛇を見つけた様子もなくキョロキョロとあたりを見回しています。
多頭蛇も最初はその影を見つけただけだったのでしょうが、すぐにその優れた視覚によってオーガを発見。
猛烈な速度でオーガのいる岩へと移動を始めます。
「多頭蛇の恐ろしいところは、この移動速度もあります。20m以上という巨体でありながら、なんと彼らは100mを10秒台で駆け抜けるほどのスピードを出すんですよ」
20mという巨体なら、当然それだけ体重も重いはずです。事実、多頭蛇の重さは500㎏以上はあるのですが、それだけの体で100mを10秒台で移動できる。
これだけで彼らの恐ろしさが伝わってくるのではないでしょうか。
そうして博士が解説してくれている間に、岩々の間をスルスルと上手くすり抜けながら多頭蛇はオーガへと迫ります。オーガの死角となる場所を通っているのか、すでにかなり近づいているというのに、オーガは気づく気配がありません。
「多頭蛇は常に副頭を使い、獲物と周囲の様子を観察しています。だからこそ、相手に気付かれにくいルートを使って接近することができるんです」
これもまた、合計24個にもなる目で周囲の状況を探れる多頭蛇ならではの強みでしょう。
それぞれの頭によって周囲の様子を確認し、獲物がどこにいるか見逃さない、こんなことができるモンスターは多頭蛇くらいのものです。
多頭蛇は中級以上の探索者がパーティーを組んで討伐することが推奨されています。
それは、この多頭蛇の恐ろしい潜伏能力が理由のひとつなのでしょう。パーティーを組んで周囲を警戒していたのに、襲われて命を落とした探索者の話は数多く聞きます。
「さあ、そろそろオーガを襲いますよ」
結局オーガが多頭蛇に気付いたのは、既に多頭蛇が飛び掛かる態勢に入った頃でした。
多頭蛇の姿を確認し、慌てて逃げようと踵を返したオーガでしたが、多頭蛇は一度体を大きく縮めたあと、まるでバネに弾かれたように大きく跳躍してオーガへと襲い掛かります。
その巨体の重さを感じさせない、高く遠くまで届く跳躍。
逃げ出したオーガが移動する先を読んでいたかのように、正確にその背中に多い被さる形で着地した多頭蛇。いきなり500㎏以上の重さがかかったオーガは、走り出そうとしていたこともあってその場に転倒。
転倒したその隙を見逃さず、20mもある長い多頭蛇の体がオーガの体へと巻き付きます。
「多頭蛇の口には牙こそありますが、毒は持っていません。
というのも、毒を使わなくてもあの体で巻き付くことで相手の動きを完全に封じることができるからです」
20mという巨体を動かす多頭蛇。
その体は、全身がとてつもない強靭な筋肉の塊となっています。そんな彼らが全力で締め上げる力は、ビルなどに使われる鉄筋コンクリートでさえ易々と折り曲げてしまいます。
オーガもかなりの膂力を持つモンスターとして有名ですが、それでも多頭蛇に全身を締め上げられている状態から逃げ出すことはできません。
「多頭蛇の狩りは、毒を持たない蛇と同じです。巻き付いて締め上げ、全身の骨を砕いて相手を殺す。
それからゆっくりと死体を食べる……という形式になりますね」
20mの体でオーガの体にまんべんなく巻き付き、決して抵抗を許さないまま力を強めていく多頭蛇。
すると、次第にオーガの体のあちこちから骨の折れる音が聞こえ、血を吐きながらオーガがもがきます。鉄筋コンクリートさえ易々と折り曲げる力で全身を締め上げられれば、いかに体が頑丈なオーガといえどひとたまりもないでしょう。
必死に逃げようともがくオーガですが、もはや逃げることは叶いません。
おおよそ10分ほど締め上げたでしょうか。
すでに苦痛の鳴き声すらあげなくなったオーガの体から、多頭蛇が拘束を解いて離れていきます。
その場に残されたのは、最初の大柄な体格が半分になってしまったかのように感じるほど、全身の骨を折られてぐにゃぐにゃになってしまったオーガの死体です。
「ああして多頭蛇が獲物の全身の骨を砕くのは、何も殺す手段だからというだけではないんです。
ちゃんと食べる時のことも考えて、ああして骨を砕くという攻撃手段を選んでいます」
食べる時のことを考えて全身の骨を砕く……それが一体どういう意味なのか。
それは、多頭蛇が動きだしたことですぐにわかりました。体の先端にある2つの主頭、多頭蛇はその主頭をオーガの頭と足先へと近づけます。ちょうど体がCの形になるように曲げて、大きく口を開きます。
そのまま頭と足先をそれぞれの主頭が食らいつくと、ボキボキと音を立てて顎が外れていくのがわかります。
なるほど、多頭蛇は普通の蛇と同じく獲物を丸呑みすることで捕食します。その際に飲み込みやすくなるように、全身の骨を砕いで柔らかくしたということなのでしょう。
「その通り、いくら彼らの体が大きく顎を外すことでかなりの大きさまで吞み込めるとはいっても、限界があります。
オーガは身長が5m、体の幅も同じく5mほどと広いですから、そのままでは呑み込むのは大変です」
多頭蛇の体は長さこそ20mと長いですが、体の幅は2mから3mほどとあまり太いとは言えません。
体長が自分よりも大きなオーガをそのまま呑み込むのは、確かに骨の折れる作業になるでしょう。しかし全身の骨を折ってグニャグニャになったオーガの体なら、簡単に呑み込むことができます。
多頭蛇が相手の全身の骨を折るのには、食べやすくするという意味があったわけですね。
「ちなみに、主頭両方で食べ始めるのにもしっかりと理由があるんですよ」
体の先端にある2つの主頭。
確かに食べるだけならどちらかだけで十分な気もします。わざわざ体を曲げて食べるのでは、その分視界も狭まってしまいますから、多頭蛇の有利さを消してしまいかねません。
そんなリスクを冒してまで、彼らが主頭両方で獲物を食べる意味とは何なのでしょう。
「実は、彼らは身体の丁度真ん中から鏡映しとなるように、まったく同じ臓器が存在しているんです」
……驚きの事実です。
多頭蛇は、その20mという巨体の中にまったく同じ臓器を二つずつ持っていたのです。
彼らの体の真ん中には薄い膜があり、そこを中心として鏡映しとなるように臓器が存在しています。心臓や胃も二つありますし、消化器系の内臓もまた二つ。
つまり主頭両方で獲物を食べるということは、それぞれの胃に食べ物を送るためだったわけです。
しかし何故、彼らは臓器を二つずつ持っているのでしょうか。
「まあ、単純にあれだけ体が大きいと、一つの臓器では賄いきれないのでしょう。
20mの体を動かす心臓ともなれば、相応の大きさが必要になってきます。そうなると必然的に体が太くなり、獲物に近づく際に邪魔になってしまいますからね」
多数の頭を使って広い視野を確保し、そのうえで岩陰を使って獲物に近づく。
そんな多頭蛇の狩猟スタイルを支えているのは、3mほどという体長比べて非常に細い体です。もしひとつの心臓で体を動かそうとすれば、体の太さは5m以上になってしまうでしょう。
なるほど、自分の狩猟スタイルに合うように体の構造を作っているわけなんですね。
ですが、そのためにわざわざああして隙を晒す食事スタイルになってしまっているのは、本末転倒に見えてしまいますね。
「そうですね。まあ、やはりモンスターといえども彼らも生物ですから。何事も完璧……というわけにはいかないでしょう」
博士の解説を聞いている間にも、多頭蛇はオーガの体を少しずつ丸呑みしていきます。
既に肩と膝の両方は呑み込まれて、じわじわと体の中心部へと2つ主頭の口が迫っていくのが見えます。しかし、ここで取材班はあることに気付きました。
頭とつま先の両方から吞み込んでいくと、結局体の中心まで呑み込んだところで止まってしまうのではないでしょうか。
体の口は呑み込むことに特化しており、噛みちぎることには向いていません。そうなると、まさに円を描く形で消化されるのを待つことになってしまいます。
「いいところに気付きましたね。実際、このままではそうなってしまいます。
ですが、そこは多頭蛇だって分かっています。ほら、見てください」
そう促されて多頭蛇へとカメラを戻すと、そこには驚きの光景が広がっていました。
なんと、多頭蛇の主頭がオーガの腰元と胸元に思いきり噛みつき、そのままオーガの体を思いきり捻じりはじめたのです。一度限界まで左右に捻じると、今度は左右を逆に限界まで捻じる。
そういった動作を繰り返していくうちに、だんだんとオーガの体がブチブチと音を立てて千切れていきます。
何度も何度も左右を変えて限界まで捻じることを繰り返し、ついにオーガの体はまっぷたつに捩じ切れてしまいました。
すると多頭蛇の主頭は、それぞれ自分が咥えていた部分を持ち、ゆっくりと呑み込んでいきます。
「多頭蛇の牙は噛みちぎることは難しいですが、小さな返しが無数についているため、噛みついて固定することは得意なんです。その牙で噛みつき、ああして獲物を体を捩じ切ることで主頭両方で呑み込めるようにするんです」
確かに捩じ切ってしまえば、主頭両方で獲物を呑み込むことができるようになります。
しかもこれは、多頭蛇の類稀なる筋力がなせる業でもあるでしょう。20mという巨体が密度の高い筋肉で造られている多頭蛇だからこそ、このような離れ業も可能となるのです。
そしてオーガの体を全て呑み込んでしまった多頭蛇。
その体は、今はちょうど呑み込んだばかりだからか主頭のすぐ下あたりが大きく膨れています。
「多頭蛇はああして獲物を呑み込んだ後、暫くはその場で待機して胃袋まで獲物が移動するのを待ちます。
ですからこのタイミングこそ、多頭蛇を討伐するには最高のタイミングだと言われています」
実際、我々が撮影している多頭蛇も、オーガを呑み込んだ態勢のままその場を動こうとしていません。
これは彼らの体が非常に長いため、胃袋に到達するまで時間がかかってしまうのがその理由です。途中で下手に動いてしまうと、せっかく呑み込んだ獲物を吐き出してしまう可能性があるので、動かずジッとしているわけですね。
「ちなみに、彼らの胃袋は身体の中心部に二つ並んで存在しています」
2つの主頭からちょうど10mの体の中心と言える場所、そこに多頭蛇の胃袋があります。なぜこの場所なのかというと、多少移動の邪魔にはなりますが、メインの攻撃手段である主頭による噛みつきや、体を巻き付ける際にそこまで邪魔にならないから、というのが通説です。
さらに言うなら、彼らはその長い体を鞭のようにしならせて複数の相手を薙ぎ払う、という攻撃手段も持っています。
今回のオーガのように一対一の場合は使いませんが、複数の獲物を相手取る時などに見られる行動です。そういった行動の際にも、胃が体の中心にあれば邪魔にはなりません。
「彼らは通常、食べた獲物を1週間ほどかけてゆっくり胃の中で溶かして吸収します。
その間に襲われた時、敵と戦うことになった時も考えて、体の構造ができているんですね」
食べる時だけでなく、食べた後のことも考えて作られている体の構造。
そこはやはり、戦うことが基本であるモンスターだからと言えるのかもしれません。また、彼らは体長20mという巨体から大食漢だと思われがちですが、実はオーガ1体を食べれば1ヶ月は食事をしなくていいほど少食だったりします。
これは、体長に比べて体が細いため体積が少なく、さらに激しく移動することもないので魔力消費が少ないからと言われています。
巨体に見合わず、合理的かつ燃費の良い多頭蛇。
こういった部分もまた、彼らが山岳部中腹で強いと言われる理由のひとつなのです。
◇◇◇◇◇
オーガを完全に胃袋へと収納し、再び動き始めた多頭蛇を見送り、我々は今回の観察を終えることにしました。
今回の取材では、博士に驚かされることもありましたが、今までじっくりと見ることが無かった、多頭蛇の新しい生態を知ることができました。
最後に我々は、レナード博士に多頭蛇から採れる素材について尋ねてみました。
山岳部の中腹では最強と呼ばれる多頭蛇、その素材は結構高値で取引されるものも多いのではないでしょうか?
「実は、多頭蛇から採れる素材で高値で取引されるものは、まったくないんです」
驚きです。
危険度が高く、生存能力の高さから討伐の難易度も高いとされる多頭蛇。
だというのに採れる素材で高値で取引されるものは一切ないとのこと。それはいったい何故なのでしょうか。
「まず一つは、単純に人気のある素材がないということですね。
彼らから採れる素材は、皮と副頭の目です。そのどちらも服飾関係で需要がありますが、人気がそんなにないんです」
赤黒い色をした多頭蛇の皮は、確かに服やバッグなどに使われるなそこまで見栄えが良いとは言えません。
しかし副頭の目が服飾関係で需要があるというのは以外です。あの目にどのような価値があるのか、我々は博士に聞いてみました。
「副頭の目は非常に透明度が高く、美しい黄色をしています。そのため宝石の代替品として需要があるんですよ。
ただあくまで代替品でしかないので、そこまで価値が高くないというわけですね」
多頭蛇の副頭の目は、博士の言う通り宝石の代替品としてよく使われています。
しかし、あくまで代替品でしかなくダンジョンで多くの宝石を入手できる現在では、そこまで需要そのものはありません。ですから当然、その価値も低くなってしまっているのです。
これは多頭蛇に限らず、危険度が高いモンスターにはよくあることだと博士はいいます。
危険度が高いモンスターはそのぶん討伐報酬が高いため、素材の値段が低いモンスターでもあまり気にされないのだとか。
「それと、皮の場合は一匹から過剰なほどに採取できるというのも、価格が安い理由になりますね」
体長20mという巨体。そんな多頭蛇一匹から採れる皮の量はかなりのものになります。
そして需要がないからこそ、一匹から採れる皮でかなりの需要を満たすことができてしまいます。それもまた、価値を下げる一因となってしまっているようです。
また副頭も合計で10個ありますから、そこから採れる瞳は20個になります。
需要が低いわけですから、採取できる量が多いほど価格が安くなるのは当然と言えるでしょう。
「肉も大量に採取できるのですが、単純に不味いんですよね。多頭蛇の肉って」
以前、試しに食べたことがあると語る博士の顔は、その時の味を思い出したのか非常に嫌そうな表情です。
ちなみに多頭蛇の肉は、泥の混じった焼肉などと表現されることもあるほど、不味い食材として有名です。20mという巨体から大量に採取することができるとしても、それこそくず肉として買い取って貰えるかどうか。
そんなものをわざわざ採取する探索者はいないでしょう。
「採取依頼がなければ、死体はそのまま放置される。それが多頭蛇というモンスターですね」
山岳部中腹で最強と呼ばれる多頭蛇。
しかし、採取できる素材まで最強とはいかないようです。
険しい山岳部中腹の蟲毒の中、最強と呼ばれるまで至ったモンスター……多頭蛇。
20mという巨体と、その巨体から想像もできない運動能力で獲物を襲うその姿は、まさに中腹最強と呼ばれるのにふさわしい威厳を持っています。
12個もの頭を持ち、広く鋭敏な視界で獲物を見つけて陰から襲い掛かる多頭蛇。下手をすればドラゴンよりも恐ろしいと語る人さえいます。
一方で、そんな彼らの素材はまったく求められていないという、悲しい一面も持っています。
強いモンスターの素材はそのまま高価になるという、我々一般人の思い込みを否定するかのような多頭蛇。
彼らは中腹の王者として、今日もまたその巨体を隠すことなく、悠然と過ごしているのです。
◇◇◇◇◇
宣伝です。
世界モンスター紀行、1話を5~6分割した分割版も投稿しはじめました。
こちら、ぜひ読んでみて読みやすくなったかどうかなど、感想を貰えると嬉しいです。
よろしくお願い致します。
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