第5回『駆け回る弾丸特急・ヘッドバード』
この世界にはさまざまな生き物――モンスターが存在しています。山と見紛うほどに巨大なドラゴンをはじめとして、陸海空を問わず人間よりもはるかに広大な範囲に生息するモンスター達。
しかしその生態を知っている人は、意外と多くありません。私たちにとって身近な存在でありながら最も遠い存在。
そんなモンスター達の生態に、我々と共に迫っていきましょう。
第5回で取り上げるのは、平原地帯における交通事故原因ナンバーワンとなっているモンスター、ヘッドバードです。
車以上のスピードで平原を所狭しと駆け回り、障害物となるモンスターや人間がいれば平気な顔で轢き逃げしていきます。それもあって、人身事故から交通事故まで起きる被害は枚挙に暇がありません。
しかし見た目の奇妙さから、意外と愛好家も多いモンスターでもあります。
ヘッドバード……鳥という名前を持ちながら、ほぼ飛ぶことはなく地上を駆け回るヘッドバードたち。
広い平原中を駆け回る彼らは、どんな生態を持ち、そしてどんな理由で駆け回っているのでしょうか。
平原の弾丸特急、轢き逃げの常習犯とまで呼ばれるヘッドバードたち。
その生態はどのようなものなのか、そこに迫っていきましょう。
それでは世界モンスター紀行、はじまりです。
●世界モンスター紀行
第5回『駆け回る弾丸特急・ヘッドバード』
平原地帯を観察している私たち取材班の前方、草も生えていない開けた場所。その平原を、大量の土埃を巻き上げながら通り過ぎていく一団があります。
1mほどの横になった楕円形をした巨大な頭部から、直接長い足が生えている奇妙な姿のモンスター……今回の主役であるヘッドバードです。その名前の由来は、もちろん奇妙な姿から。
胴体部分は存在せず、人間で言う両耳に相当する部分に翼が生えており、翼の付け根あたりに20cmほどの大きさをした目があります。嘴も大きく、50㎝ほどはあるでしょうか。
ヘッドバードの足は非常に長く、なんと足だけでも2mの長さがあります。足の上にある頭部もあわせると、おおよそ身長は2メートル半から、大きい個体になると3mにもなります。
大きさだけなら小型のシルバーベアに匹敵する大きさを持つヘッドバード。
しかも足の太さは成人男性の胴体ほどもある太いもので、その脚力はひと蹴りで地面がえぐれるほど強力です。
「ですが彼ら一番の特徴は、恐らくその知能の低さでしょうか。
彼らの知能は、低いと言われているディグラビット以下……スライムと同程度ではないかと言われています」
スライムと同程度……というと、ほぼ何も考えていないに等しいのですが、まさかそんなことはと我々取材班は驚きを隠せません。ヘッドバードといえば、常に複数体で移動しているのを目撃されており、モンスターにしては珍しく群れを構成する個体だというのが、我々一般人の間では共通認識となっているからです。
群れを構成できるほどの知能があるのに、スライムと同程度というのはどういうことなのでしょうか。
「そう、その間違った認識のせいで彼らは知能が高いと思われてしまいがちなんですよ。
実はああして複数体で走っているのは、群れを構成しているからではないんです」
なんと、ヘッドバードが必ず複数体でいるのは群れを構成しているからではないというのです。
「彼らは非常に知能が低く、反射的に行動を起こしてしまいます。ですから、例えば普通に歩いている自分の横を他の個体が駆け抜けていくと、思わず追いかけて走り始めてしまうんです。
それが連鎖することで、ああして複数体で走り回る姿をよく見かけることになっているんです」
博士が説明してくれた彼らの生態は、非常に驚くべきものでした。
つまり最初の一頭が何らかの理由で走り出すと、それに驚いた、それを見た個体も反射的に最初の一頭を追いかけて走り始め、最終的には複数体で疾走するヘッドバードの集団が発生しているのです。
私たちの目の前を駆け抜けていったあの集団もまた、先頭を走る一頭につられて走り出した集団なのでしょう。
ちなみに博士が言うには、走り出して数秒後には最初に走り出した一頭も走り出した目的を忘れているとのこと。
私たちが良く見かける集団で走り回っているヘッドバードたちは、つまるところ全員が衝動的に走り出し、そしてそのまま目的も忘れてひたすら走り続けているだけの集団というわけです。
「彼らが群れを作っているのかどうか、ある研究者が1年間付きっ切りで観察して突き止めようとしました。
ですがその結果わかったのは、彼らは何も考えずに走っていて、群れているのは偶然でしかないということでした」
苦笑と共にそんな事実を教えてくれる博士。
1年もヘッドバードの研究に費やした研究者には、思わず同情してしまいます。まさか1年間を費やして観察した結果が、ただ反射的に走っていただけという結果でしかなかったわけですからね。
「そして彼らはしばらく走り続けたあと、走ることに飽きた個体から集団を離れていきます。
ただ、走っている時間が長く1時間以上走り続けていることがほとんどですから、走っている姿を見た人たちに群れを作っていると勘違いされてしまっていたのでしょうね」
一度走り出したら、他の個体も引き連れて長く走り続けるヘッドバード。
だからこそ、彼らを長く観察することのない我々一般の人たちからは、モンスターにしては珍しく群れを作っているのだと思われてしまっていたのです。
取材班も今日はじめてその事実を知りました。
「実際、研究者の間でも彼らが群れと作っていると思っている人は多くいます。
私も先ほど述べた研究者から話を聞いて初めて知ったくらいで、ほとんど知られていない生態なんです」
恐らく、今まで多くの人の間で常識と思われていたことが、根底から覆るような事実。
研究者たちですら知られていなかったヘッドバードの生態。それは彼らがほとんど平原を走り回っているからこそ、常に同じ個体を観察し続けることが難しいということも理由なのでしょう。
「何故彼らの知能がそこまで低いのか。その原因はあの体にあります」
ヘッドバードの体は、上から見ると横長の楕円形をしています。その中に内蔵やそれらを守る10㎝以上の厚い骨格が収納されており、さらに20㎝以上はある大きな瞳も二つついているため、脳の容量がとても小さくなってしまっているのです。
特に目を引くのが、長時間高速で走り回るためにヘッドバードたちは4つの肺と2つの心臓を持っているという点です。
そうすることで一度に大量の酸素を体内へと取り込み、老廃物を素早く排出することができるようになっています。
「そういった体の機能を支える内臓を中心として構成されているせいか、彼らの脳は10㎝ほどしかありません。
1m前後の巨大な体でありながら、実際にはディグラビットと同程度かそれ以下の脳しか持っていないんです」
なるほど、ディグラビットと同じ程度の脳しか持っていないのに、体を動かすためには大量の内臓を機能させなくてはいけない。そういうことならば、確かにヘッドバードの知能は非常に低いというのも納得です。
恐らく10㎝しかない小さな脳では、体の内臓や感覚器官を機能させるだけで手いっぱいになってしまうのでしょう。
今までヘッドバードは、体の大きさと群れを作ることから、賢いモンスターだと思われていました。しかし、実際にはディグラビット程度の知能しか持ち合わせていない――驚きの生態が明らかになりました。
「ちなみに、彼らは鳥型のモンスターではありますが、空を飛ぶことはできません。
彼らはどちらかといえば、ダチョウなどに近いモンスターです。翼を持ってはいますが、飛ぶことはできないんです」
鳥という名前を持っていながら飛ぶことはできないヘッドバードたち。
実際、彼らは常にその走ることに特化した足を使って平原を駆け回っていますが、飛んでいる姿を見たことがある人は少ないでしょう。我々取材班の中にも、彼らが飛んでいるところを見た人間はいません。
「ただ、彼らはまったく飛べないというわけではありません。もちろん、普通の鳥のように飛ぶ……というよりは、高くジャンプしてから滑空しているというのが正しい表現になりますが」
ヘッドバードは時速100km以上になる速度で走りながら、大きくジャンプした後に翼を広げることで、短い時間ですが滑空することができます。
滑空できる距離は最大で300m前後と意外に長いですが、高度は3mほどなので少し浮いている程度です。
ほとんど浮かばずに行う滑空ですが、もちろん意味もなく滑空をするわけではありません。
「彼らが優れた心肺機能を持っていたとしても、長時間全力疾走を続けることは不可能です。
ですから走っている途中で滑空をして、移動をやめることなく心肺機能を休ませることができるんですね」
ヘッドバードたちにとっての滑空は、休憩時間を意味しています。
滑空中はほとんど体を動かさず、普段は使わない翼を使って滑空をするため、心肺機能を休めることができます。そうすることで、ヘッドバードたちは1時間以上も移動を続けることができるようになります。
ちなみに、滑空での休憩を挟まなかった場合、ヘッドバードの全力疾走は長くて10分くらいだそうです。
時速100km以上で10分以上も連続して走れるというのは、さすがモンスターというべきでしょうか。
「ちなみに、彼らの滑空する速度は平均して60kmほどです。
さすがに全力疾走よりは遅くなってしまいますが、それでも十分な速度で移動を続けることができます」
常に自動車と同じ速度で移動し続けることができるヘッドバードは、こうして移動しながらの休憩と全力疾走を繰り返すことで、1日に200km以上を移動すると言われています。
走り出す理由は何であれ、一度走り出したら止まらない彼ら。
そんな彼らの生態を支えているのは、強力な心肺機能と滑空による休憩だったのです。
◇◇◇◇◇
しばらく観察していると、博士はモニターに映るヘッドバードの目を指さしながらこう話し始めました。
「この大きな瞳は普通の鳥類とは違い、夜でも遠い場所まで見ることができます。
ですからヘッドバードたちは、昼夜問わず走り続けることができ、そのせいで長距離トラックなど夜通し移動をする必要がある車両などとの衝突事故が頻発することになります」
モンスターの中には昼夜を問わずに活動し続けるモンスターもいます。ヘッドバードもそのうちの一種で、大きな瞳により暗闇をしっかりと見渡すことができ、移動に支障はきたさないというのです。
まあ、もともと見えていてもいなくても障害物をよける気が無いのですから、意味があるのか疑問になってしまいますが。
さらに、ヘッドバードは走りながらでも眠ることができます。寝ながら走るわけですからまっすぐ走ることはできず、寝ている個体は蛇行して走ることになり、他の仲間とぶつかったりして大事故になることもままあります。
ちなみにこの際、ぶつかった個体同士はだいたい死亡するか、足を折って走れなくなり、そのまま餓死します。
昼も夜も構わず走れるというのに、結局は事故に繋がる要因ばかり持っているヘッドバード。
少しばかり、憐れみを覚えてしまいますね。
「もうひとつ、彼らの生態で目を引くのは食糧の確保方法です」
ヘッドバードは長い足の上に楕円形の体が乗っているという体型です。
他の動物やモンスターのように首が存在していないので、嘴のある位置から極端に上や下にある食べ物を食べることはできません。ですから彼らは、自分の嘴がある場所……おおよそ2m前後にあるものを主食としています。
もちろん、屈むことで多少低い位置にあるものを食べることはできますが、走ることに特化した彼らの足は、私たち人間のようにしっかりと膝を折ることができず、どれだけ頑張っても1m30㎝くらいの位置が限界です。
「嘴で食べることができる位置が極めて限られている彼らの主食は、草や木の葉ではなく、鳥なんです」
鳥というのは、当然ながら飛んでいる野鳥を指しています。
ですがもちろん滑空ができるからといって、せいぜい3mほどしか浮かぶことができないヘッドバードたちが、空を飛ぶ鳥を狩猟することができるとは思えません。
そんな彼らがどうやって鳥を狩り、食べることができるのでしょうか。
「もちろん、空を飛んでいる鳥を直接狩って食べるわけではないですよ。
ヘッドバードが狙うのは地上にいる鳥が飛び立つ瞬間……そこに突進して大きな嘴で捉えるわけです」
非常に高速で突進することができるヘッドバード。
だからこそできる彼らなりの狩猟方法、それは地面に降りて虫などを食べている鳥が、足音に驚いて飛び立った時に大きく嘴を開けながらそこに突進することで捉えるというものでした。
もちろん狙って食べるという器用なことはできませんから、嘴の中に鳥が入るかどうかは完全に運次第です。
運任せな方法ではありますが、ヘッドバードにとっては一番労力が少なく、走りながら狩猟することができるため、生態に沿った方法であるのも確かです。
「一応、飛び立つ時だけでなく餌を捉えるために低空飛行をしている鳥を食べる時や、ジャンプしたディグラビットを食べる場合もあります。まあ、いうなれば嘴を開いた時にその位置に獲物がいれば、すかさず食べるという感じですかね」
ヘッドバードの狩猟は、嘴の位置に獲物がいれば口を開けて捉えるというのが基本です。
1日のほとんどを走り回っているヘッドバードは、それに伴って必要となるカロリーや魔力も膨大となるでしょう。そんな運任せな狩猟方法で、果たして必要となるカロリーを賄うことができるのでしょうか。
「いいところに気付きましたね。実は、ヘッドバードの死因でもっとも多いのは餓死なんです」
運任せの狩猟しかできないヘッドバードは、当然ながら必要とする莫大なカロリーを賄うことはできません。
ですが彼らはとても知能が低いため、お腹が空いたから狩りをしようと走り出したものの、すぐに何で走り出したのかを忘れてしまうため狩猟をしないまま走るのをやめてしまう。
こういった行動を繰り返すことが多いので、そのまま餓死してしまう個体が非常に多いのだそうです。
どうやって生きているのか不思議になる生態をしていますが、それでも絶滅せずかなりの個体数が確認されているのは、やはりモンスターだということなのでしょう。
「普通の動物なら、餓死する前に必ず狩猟を開始します。なぜかヘッドバードたちにそういった兆候が見られないのは、モンスターだからなのか、それとも知能の低さが原因なのか、それはわかりません。
確かなのは、平原で見つかる彼らの死骸のほとんどに外傷がなく、餓死による衰弱死だということだけです」
ちなみにヘッドバードは、平原においてもっとも簡単に死体を手に入れることができるモンスターと言われています。
餓死による衰弱死が多いことにより、平原を昼間中歩いていれば、戦闘をすることなく2・3体は見つけることができるでしょう。そのため、駆け出しの探索者の中には彼らの死体だけを狙って持ち帰る者も少なくありません。
ただ、そういった探索者たちは仲間内から『死体漁り』と呼ばれ、毛嫌いされてしまいます。
「まあ、そういった探索者が出てきてしまうくらい、ヘッドバードは毎日平原のどこかで餓死しているということですね」
ここまでの生態を聞くと、ただの間抜けなモンスターに思えてしまうヘッドバード。
しかし、実は彼らの危険度はシルバーベアと並ぶ程高く設定されているのですその理由は一体何なのでしょうか。
一般にヘッドバードが危険視されている最大の理由として挙げられるのは、やはり平原中を常に複数体で100km以上の速度で走り回っているから……というものがあります。
当たり前ですが、体長が2m以上になるヘッドバードの体重は、大きな個体になれば120㎏以上になります。
そんな物体と高速でぶつかればどうなるか、想像するまでもないでしょう。
しかもヘッドバードたちは常に走り回っているため、生息域が絞られておらず平原中で出会う可能性があるのも厄介なポイントです。他の個体のように、一部地域だけ気を付けておけばいいという訳ではありませんからね。
取材班が持つデータによれば、ヘッドバードとの衝突事故は年間で1万件を超えるとされています。しかも、そのほとんどが死亡事故ばかりです。
これは衝突による衝撃だけが原因ではなく、ヘッドバードが持つ硬い嘴も原因です。
「ヘッドバードの嘴は非常に硬く、厚さ20㎝のコンクリートの壁でも全速力でぶつかれば簡単に壊してしまいます。
そんなものが人間の体に当たるわけですから、当然人間なんてひとたまりもありませんよね」
しかしヘッドバードの体長は2m以上で、嘴のある位置は最低でも2mよりは上になります。
ですから普通の人ならば、嘴による被害を受けるとは思えないのですが、一体どういうことでしょうか。
「彼らは走る時、少し前傾姿勢になって走ります。そのため嘴の位置は本来よりも低く、大体1m50㎝くらいの位置まで落ちているんです。ですから、ちょうど人間の腹から胸の位置に嘴が来てしまい、大きな被害をもたらすんです」
なるほど、当たり前ですがより速く走るためにヘッドバードは前傾姿勢になって走るため、本来なら当たらない位置にある嘴が人間に当たってしまうという訳ですね。
ちなみにトラックなどの場合も、ちょうどエンジンのある位置に嘴が来ることが多いので衝突すれば、イコール廃車になってしまうという場合が多く、もたらされる被害額も大きくなりがちで、輸送業者からは疫病神のように忌み嫌われています。
走り回って事故を起こし、一般人と探索者の区別なく多くの人の命を奪うヘッドバード。
しかも質が悪いのは、彼らは走っている最中に衝突によって仲間が命を落とすとパニックを起こしてしまい、そのまま手あたり次第に周囲を攻撃し始めてしまうのです。
これもまた、ヘッドバードとの衝突事故で死亡者が非常に多い原因となっています。
そのため交通事故の常習犯、というよりも悪質な当たり屋という印象の方がしっくりくるかもしれません。
「ただ、彼らの接近そのものには早い段階で気付くことができます。
というのも、非常に強い力で走るので足音が非常に大きく、土埃も凄まじく巻き上げるので見通しが良ければ1km先からでも見つけることができるんですよ」
博士の言う通り、彼らの足音は非常に大きいため、平原ならよほどうるさくしていない限り接近に気付くのは容易です。
早めに気付くことができれば、彼らは直線にしか走ってこないのでやり過ごすことができ、被害を受けずにすむでしょう。しかし、それでも毎年数多くの事故が起きているのには原因があります。
「例えばトラックなどの場合、エンジン音によって彼らの足音に気付くのが遅れてしまうことが多くあります。
気付いた時にはすでに回避できない距離まで近づいていて、そのまま衝突してしまう……ということがありますね」
さらに探索者ならば、他のモンスターと戦闘中で回避できない状況になってしまうということも少なくありません。何らかの原因によって足音を聞き逃してしまうと、それがそのまま死に繋がる可能性が極めて高い。
仮に足音や土埃に気付いたとしても、移動速度が遅い乗り物などに乗っていれば逃げることが難しい。
人間を直接的に襲うことはなくとも、遭遇する確率、そして遭遇がそのまま死亡になる確率の高さこそ、彼らがシルバーベアに並ぶほどに危険と言われている理由なのでしょう。
ただ、もちろん彼らに対して何の対策もされていないわけではありません。
近年では遠距離の輸送をする大型トラックなどには、2km四方を探知できるレーダーが標準で搭載されています。これによって、エンジン音などで足音を聞き逃したり、見えない位置から突進されるという危険を回避することができるのです。
「さらに夜間平原で狩りを行う探索者に向けて、手に持つことができる簡易型のレーダーも販売されています。
夜間は特に砂埃という分かりやすい目印を見落としてしまいがちなので、レーダーは重宝されているんですよ」
ゴーストなど夜間にしか見つからないモンスターを討伐するため、夜間に活動している探索者は結構います。さらに大型トラックなどによる長距離輸送は、昼夜問わずに移動をしなくてはいけませんから、このレーダーはとても重要です。
レーダーはそれなりに高価ですから、企業にとっても探索者にとっても頭の痛い問題です。
しかし、ヘッドバードによる被害を考えるを導入せざるをえない。ヘッドバードの厄介さには、誰もが頭を悩ませているのです。
「その一方で、彼らはスライム以上に狩りやすいモンスターとしても知られています」
ヘッドバードは目の前に武器を構えた探索者が来たとしても、警戒する素振りすら見せないことが知られています。研究者たちの間では、これは彼らの知能が低いため二本足の人間を仲間だと思っているのではないか、という説が有力です。
基本的に平原でヘッドバードの敵となるのは、スケイルウルフなど四本足のモンスターばかりです。
そのため、知能の低い彼らは四本足は敵、二本足は仲間と認識しているのではないでしょうか。
もちろん近場に他の個体がいれば、狩られた仲間を見てパニックを起こして暴れまわるため、周囲に他の個体がいないかどうかは確認する必要はあります。
ただ、近くに別の個体がいたとしても煙幕などを使用することで見えなくしてしまえば、問題なく狩ることができます。
なぜか彼らは大きな音には驚くのに、煙が自分の周りに充満していても驚くことはありません。これもまた彼らの知能の低さ――というよりも、危機意識の低さが原因だと言われています。
もし一撃で倒すことができない場合でも、先に足を傷つけておけば走れなくなりますから、逃げられる心配はありません。後は嘴の届かない位置から攻撃をすれば安全に狩ることができます。
「大きな嘴の内側には小さな鋸状の歯がびっしりと生えており、下手に噛まれれば大怪我をしてしまいます。
ですから攻撃をする際には、彼らの前からではなく後ろから攻撃をしなくてはいけません」
噛みつきと足による攻撃さえ何とかできれば簡単に狩ることができ、走っていなければ危険度そのものが低い。
平原を走る弾丸特急とまで呼ばれるヘッドバードは、そういったモンスターなのです。
「そんなヘッドバードですから、必要になれば簡単に素材を確保することができるため、買取価格は低くなっています」
ヘッドバードから採れる素材で取引されているのは、羽根と眼球です。
羽根は主に翼部分のものが取引され、羽毛布団などに使用されています。そして20㎝ほどもある大きな眼球は、含まれている特殊な成分がポーションの材料として使えるため、低級ポーションの材料として使われています。
低級とはいえポーションの材料であるため、眼球は高値で取引されているイメージを持つかもしれませんが、ヘッドバードの眼球1つあればポーション1000個分ほど賄うことができるため、需要がそこまで頻繁に出るものではありません。むしろ供給されやすいせいで余り気味となっており、最近では買取拒否されることもあります。
「一時期は彼らの肉を鶏肉の代替品として扱っていたこともありましたが、実際にはあの大きさに対して食用に適した肉がほとんど取れないため、コストに見合わないと近年では見向きもされていません」
ヘッドバードは身体の大きさに対して、内臓や骨の占める割合が非常に高く、食用に適した肉が取れる部分は思っている以上に少なくなっています。
いくら簡単に狩ることができるとしても、可食部の少なくては意味がありません。
そのため、今ではヘッドバードの素材はコストに見合うよう、低品質な物ばかりとなっているのです。
「さらに言うと、実はヘッドバードの眼球は、ポーション作成の材料として必須ではないんです。
ポーションの持つ独特の苦みを和らげるために、ヘッドバードの眼球に含まれる成分が使われています」
ヘッドバードの眼球を使わずに作られた低級ポーションは、それこそ二度と飲みたくないと言われるような苦みを持っていますが、効果そのものは多く販売されている低級ポーションと変わりません。ですからそれを和らげるために使われているヘッドバードの眼球は、厳密には作成で必須の素材ではありません。
とはいえ、苦いポーションをわざわざ飲みたいという人はほぼいませんから、売り上げの関係で使われているのです。
そんなヘッドバードの素材ですが、手に入れるには高い解体技術が必要となります。
翼部分は丁寧に解体しないと羽根に血がついてしまい価値が下がりますし、眼球部分も傷つきやすいので気を付けて解体しなくてはいけません。
ですから探索者の多くはヘッドバードの死体をそのままギルドへと持ち込み、ギルドが雇っている専門の解体職人に任せることがほとんどです。ただ、この方法では解体料金を取られてしまうので、あまり良い稼ぎにはなりません。
それでも、5体以上持ち込めば安宿で一泊するくらいの稼ぎにはなるので、死体漁りと呼ばれる探索者は後を絶ちません。
解体に技術が必要で、そのくせ買取価格は高くない。
素材が使用されている先も地味な彼らは、面倒という言葉をそのままモンスターにしたと揶揄されることもあります。
平原中を駆け巡る珍しい見た目が特徴的なモンスター……ヘッドバード。
走ることに特化しすぎたせいか、知能の低さにより我々だけでなく自分たちにまで多くの被害をもたらす彼らは、探索者や民間人を問わず多くの人間の嫌われて者として知られています。
走り出す理由すら曖昧で、食事すら忘れて餓死してしまうこともあるヘッドバードたち。
モンスターだからこそ絶滅しないのだろうこのモンスターたちは、今日も平原を仲間たちと走り回っています。その何も考えていない生き方は、さまざまなしがらみに囚われる私たちからすれば、羨ましく見えることもあるほどです。
走るからこそ脅威となり、走りに特化したからこそそれ以外の能力が低いヘッドバード。
それは、ある意味では彼らなりの生存戦略の一つなのかもしれません。
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