第4回『闇夜に忍び寄るモノ・ゴースト』

 この世界にはさまざまな生き物――モンスターが存在しています。山と見紛うほどに巨大なドラゴンをはじめとして、陸海空を問わず人間よりもはるかに広大な範囲に生息するモンスター達。

 しかしその生態を知っている人は、意外と多くありません。私たちにとって身近な存在でありながら最も遠い存在。

 そんなモンスター達の生態に、我々と共に迫っていきましょう。


 第4回で取り上げるのは、場所を選ばず出現することで知られているモンスターのゴーストです。

 半透明で接触することのできない体を持ち、日没後に活動を始めるこのモンスター。場所を選ばずに出現する特性上、私たちが暮らす都市部にも出現することがある、ある意味ではもっとも危険なモンスターでもあります。

 モンスターではなく、私たち人の死後の姿であると考える人も多いゴースト。


 しかし実際はそういったオカルト的な存在ではなく、れっきとした魔力具現化生物に分類されるモンスターなのです。

 街中に出現する危険なモンスターという認識以外には、あまりその生態は知られていません。


 探索者だけでなく、我々一般人にも被害を及ぼすことがあるゴースト。

 その危険な生態はどのようなものなのか、そこに迫っていきましょう。

 それでは世界モンスター紀行、はじまりです。




●世界モンスター紀行

 第4回『闇夜に忍び寄るモノ・ゴースト』




 日が沈み、あたりがすっかり暗くなり始める頃。

 森林の外縁部――平原との境目に属するその付近に、半透明の大きな白いシーツのようなものがポツポツと出現しはじめます。この白い大きなシーツのような物体こそ、今回の主役であるゴーストです。


 ゴーストの生態について語る前に、魔力具現化生物がどういったモンスターなのかを確認しておきましょう。

 魔力具現化生物は、必ずその全てが魔力で構成されているモンスターを指しています。そしてこの分類に属するモンスターの最大の特徴は、私たち人間の想像力を糧に生まれるという点です。

 ゴーストもまた、私たち人間が想像していた『幽霊』を基に生まれたモンスターだとされています。


 この魔力具現化生物は、体が全て魔力で構成されているため、倒された場合に死体は残らず完全に消滅します。

 ゴーストの他にも、デーモンやサキュバスなどもまた、魔力具現化生物に分類されます。



 さて、そんな魔力具現化生物のゴーストがもっともよく出現するのは、日没後の森林外縁部です。

 森林外縁部はマナの濃さが適切なものとなっており、ゴーストが具現化しやすい環境なのだそうです。森の内部では、マナが濃すぎるので体を構成するマナが濃くなり、体をちょうどよく構成することが難しくなります。

 逆に都市部など、マナが薄くなる場所では存在を保つだけのマナが確保でききない、出現しても短時間で消滅してしまうのです。


 マナで体を構成しているゴーストだからこそ、マナの濃さの影響を強く受けてしまう。

 だからこそ彼らは、本能的に適切な濃さでマナが存在する場所を選ぶのでしょう。



「なぜ彼らが出現する時間に夜を選んでいるのか、まだ結論は出されていません。

 他の生物が寝静まるのでマナを多く確保しやすいから、寝静まって動かなくなるので狩りがしやすくなるなど、日光に弱いという致命的な弱点を軸としてさまざまな推論は出ていますが、いかんせん生態そのものがまだ解明されきっていないので」



 レナード博士が言うように、ゴーストの生態についてはほぼ解明されていません。

 それはゴーストが物理的に干渉ができないという特徴があるせいで、捕獲して生態を研究するということができないからです。ですから、ゴーストには未解明の生態が多く残っています。



「ゴーストの見た目は、我々の想像する幽霊であることは有名です。

 ですが我々が想像しやすい人型ではなく、ああいった見た目な理由はマナが関係していると言われています」



 白いシーツを被ったような形状。それとマナが関わっているというのはどういうことでしょうか。



「魔力を具現化するにあたって、複雑な形状ならば形成するにも活動するにも多量の魔力を必要とします

 下手にマナを多く必要とする複雑な形状にするよりも、簡単な形状を優先したのかもしれません」



 たしかに人型でなくとも、ゴーストが主に活動する森の外縁部ならば問題はないでしょう。

 そういう意味では、マナを不必要に消耗する複雑な形状でなく、ああいった簡単な形にしたことはゴーストにとって英断と言えるのかもしれません。



「さて、ゴーストの最大の特徴といえば物理的な干渉ができないという点ですね」



 博士の言う通り、ゴーストには一切物理的な接触をすることができません。

 攻撃は言わずもがな、普通に触れることすら不可能です。ゴーストを討伐するには、魔法か魔力を付加した武器の使用が必須になってきます。

 しかし、言うならば全身が魔力によって形成されているため、シルバーベアの体毛と同じように高い魔力抵抗力も持っているのもゴーストという種族の特徴と言えるでしょう。



「そしてゴーストもまた、スライムと同じように常に魔力を求めています」



 博士の言う通り、ゴーストの主食――存在するために求めるものは魔力です。 

 そのため、ゴーストは常に魔力を求めて移動しています。これはスライムに近しい習性に思えますが、スライムが常に魔力飢餓状態だから魔力を求めるのとは違い、彼らは魔力飢餓状態になることはありません。


 それは彼ら自身が、小さな魔力炉のような構造になっているからなのです。

 マナを取り込み体を構成する魔力に変換し、行動することで魔力を消費してマナへと還元し、それを再び吸収する――それを繰り返しているため、スライムよりもはるかに効率的に魔力を得ています。



「では何故ゴーストが魔力を求めるのか。その理由は学会で多くの議論が交わされてきました。

 そして現在有力な仮説として、自分自身を強化するためだという説があります」



 これはゴーストというよりも、魔力具現化生物全体に見られる特徴にも繋がってくる仮説です。

 魔力具現化生物は、魔力を多く取り込むことで少しずつ自身を強化し、上位存在へと変異することができることが確認されています。

 ゴーストが実際に変異をするかどうかは確認されていませんが、魔力具現化生物の特徴と合わせて、上位種へ変異するために魔力を求めているのではないかという仮説が立てられているのです。



「ゴーストとスライムの大きな違いは、しっかりと魔力を持っている相手を選んで襲うという点です。

 しっかりと魔力の貯蔵量が多い相手を選んで襲撃するので、高い知性もあると言われています



 これがゴーストが厄介な存在であるもう一つの理由です。

 彼らは魔力を持った存在を複数感知した場合、少しでも身体の大きな獲物を狙います。魔力を求めるからこそ、少しでも多く魔力を持っている相手を選ぶ……そういった判断力も持ち合わせているモンスターなのです。


 夜間は当然見通しが悪くなり、ゴーストを発見することは困難です。

 そんな状況で襲われてしまえば、対抗手段を持っていたとしても撃退することは難しいでしょう。事実、ゴーストの襲撃による被害者は、探索者・一般人を問わず年間1000人近く報告されています。


 ですが、それでもゴーストの危険度は低級に分類されています。

 分類は3種類だけなので大雑把ではありますが、それでも低級はスライムと同レベル。討伐が難しく危険度も高いだろうゴーストが、それだけ低く分類されているのは何故なのでしょうか。



「討伐難易度こそ高いゴーストですが、被害に遭わないようにすることは容易だからです。

 これは彼らが日没後にしか活動できず、かつ森林外縁部の周辺しか行動しないことが理由のひとつになっています」



 ゴーストは太陽が昇る前に姿を消失させ、日中はその場所を通ったとしても襲われる心配はありません。ではなぜ日中ゴーストが姿を現さないのか。

 それは、太陽の光を浴びるとゴーストは存在が消失してしまうからなのです。



「彼らが太陽の光で消滅する理由もまた、我々人間の想像から生まれたからです。

 我々が想像する幽霊は、暗闇とセットで想像される場合が多いですからね」



 私たち人間の想像から生まれた魔力具現化生物のゴースト。だからこそ、弱点や生態もまた私たちの想像に大きく左右される場合があります。

 ゴーストにとっての太陽……というよりも光そのものが、自身の存在を否定する要素になってしまっているのでしょう。

 そのため、太陽の光を浴びたゴーストは存在に矛盾が起きてしまい消滅する。


 これは、生態に謎の多いゴーストの中でも数少ない明確になっている要素のひとつであり、彼らの危険度が低く分類されていることの理由でもあります。

 事実、太陽の光だけでなく魔法による光度の高い光でも、ゴーストが消滅することは確認されています。

 彼らにとっては、強い光を浴びるということは無条件で消滅と結びついてしまっているのでしょう。



「さらに、討伐するのではなく追い払うだけなら松明など弱い光であっても可能です。

 討伐難易度が高いからといって、追い払うことが難しいというわけではないのも、危険度を低くしています」



 明確な弱点が判明しており、活動時間と範囲も限られている。

 だからこそゴーストは、その危険性とは裏腹にスライムと同レベルの危険度とされているのです。




 ◇◇◇◇◇




 ゴーストが出現してから数時間が経ちました。

 ですが彼らはほとんど同じ場所でユラユラと浮かんでいるだけで、獲物を探して移動するなど、分かりやすい行動を起こすことはありません。

 これは、ゴーストに目や鼻といった感覚器官が存在せず、魔力を感知する能力も低いことが原因です。



「ゴーストにとって、魔力を奪うことは必須ではありません。

 存在するだけなら自分が永久機関となっているので、それこそ無理やり魔力を奪う必要性がないんですね」



 スライムのように存在するために必要だから魔力を奪うのではなく、あくまでゴーストが魔力を奪うのは上位種へ変異するためのもの。

 私たち人間で例えるなら、ケーキなどの嗜好品を食べなくても良いのと似ています。

 そのため、ゴーストは自分の近くに獲物が来た時だけ、活性化して襲撃を行うのです。



「ゴーストが自発的に獲物を探して襲うことがないのも、自分の陣地に入ってきた相手を呪うという、私たち人間のイメージが反映された結果かも知れませんね」



 こういった行動一つひとつにまで、私たちの想像の影響が見え隠れするゴースト。

 ある意味では、私たちに細かな生態まで支配されているとも言える彼ら。その生態を知るほどに、ゴーストというモンスターが魔力具現化生物であるということを、より強く認知させられます。


 ゴーストへのそんな感想を我々が抱いたその時。

 恐らく自分の巣を見失ってしまったのでしょう。ディグラビットが一匹、ゴーストの前へと飛び出してきました。

 その場で巣を掘らず、ある程度移動してからにしようとしたのでしょうか。それはわかりませんが、ともあれゴーストはそのディグラビットを感知し、にわかに動き出しました。



「ゴーストが魔力を感知する範囲は、おおよそ自分を中心とした半径2メートル程度とされています。

 その範囲内に自分以外の魔力を感知した場合、ああして獲物めがけて動き出すんです」



 音に敏感なディグラビットは、本来なら夜であっても2メートルという距離まで何かが自分に近づく前に、気づいて逃げることができるはず。しかしゴーストは全く音を立てずに移動するため、ディグラビットはその存在に気付けません。

 そしてあっという間に距離を詰めたゴーストが、シーツを被ったような体でディグラビットに覆いかぶさります。



「ゴーストの捕食方法は、ああして獲物に上から覆いかぶさり、直接魔力を吸収するというものです」



 当然ですが、物理的干渉ができないゴーストが獲物に直接触れることはできません。

 その状態でどうやって魔力を吸収しているのか、その構造はまだ判明しておらず、目下研究されています。



「一度ゴーストに捕食されてしまうと、ゴーストの移動速度以上の速さで移動しない限り逃げることは不可能です。

 車などに乗っていれば何とかなりますが、それ以外では逃げることは難しいでしょうね」



 ゴーストの移動する速度の最大は40kmほどと言われています。

 それ以上の速度を出さない限り、振り払うなどができないというのは非常に恐ろしい事実です。私たち人間が走るのはもちろん、一部のモンスターでさえ逃げることは不可能。

 もちろん、今捕食されようとしているディグラビットもまた、逃げられるだけの速度を出すことはできません。


 魔力を吸収されていることに気づいて逃げ出しますが、ゴーストは慌てる様子すらなく覆いかぶさったまま、でたらめに逃げ回るディグラビットの上をぴったりと並走していきます。



「もう一つ恐ろしい点は、魔力の吸収速度が異常なほどに早いという点です。

 恐らく、魔力吸収速度に関してならば、全てのモンスターの中でも5本の指に入ります」



 魔力は生物にとって無くてはならないもの、ということは皆さん知っているでしょう。

 体内の魔力が少なくなると、生物には3つ段階に分けて欠乏を示す症状が出ます。


 軽度の欠乏ならば、倦怠感と脱力をはじめ眩暈や吐き気などの軽度な症状が。

 そして中度の魔力欠乏になってくると、手足の感覚がなくなり立ったり移動することが困難になってしまいます。さらに症状進み重度の魔力欠乏が起きれば、意識の混濁……そして最終的には死に至ります。


 ゴーストに魔力を吸収され始めると、この第2段階の強い倦怠感と脱力の症状が出るまで、人間であっても2分もかかりません。

 つまり、人間よりもはるかに体が小さく、体内に貯蔵されている魔力も少ないディグラビットならば、それこそ1分もかからずに行動不能になってしまうのです。



「見てください。ディグラビットが動かなくなりましたよ」



 博士の言葉に視線をディグラビットに戻せば、確かについ先ほどまで必死に逃げ回っていたディグラビットは、今はもう動きを止めてぐったりと地面に倒れています。

 ピクピクと小さく痙攣するように動くだけになってしまったディグラビット。恐らく、すでに体内の魔力はほぼ残っておらず、意識も失ってしまっているのでしょう。



「ああして動けなくなってしまえば、あとは根こそぎ体内の魔力を吸収されてしまいます。

 人間であっても、死亡するまで長くて5分程度でしょうか」



 たった5分。それだけでいとも容易く人の命を奪うことができるゴースト。

 動かなくなっていく、我々取材班は危険度の分類がそのままモンスターの脅威に直結するものではないことを、改めて認識させられるのでした。



「ゴーストは捕食を終えると、そのまま出現した場所に戻る習性があります。

 恐らく自分の出現する場所に魔力でマーキングをしているのだろう、と言われていますね」



 その言葉通り、ディグラビットの魔力を吸い終えただろうゴーストは、最初に出現した場所に向けて動き出しました。

 一切迷う素振りも見せず、一直線に戻っていく姿からは、なるほど確かにマーキングをしていると思えてしまいます。



「もしかしたら、本当に私たちが想像する幽霊のように、出現する場所に誰かの遺骨が埋まっていたりするのかも知れませんけどね」



 そう言って笑う博士でしたが、我々取材班はもしかしたら――と冷や汗をかくのでした。




 ◇◇◇◇◇




 ゴーストの生態はほぼ出現した場所から、5メートル四方をウロウロとするばかりで、捕食以外で目立った行動は起こしません。

 先ほどディグラビットを捕食したゴーストも、あれからまた数時間経過した今でも出現した場所の周辺をうろつくだけで、積極的に何かをすることはありませんでした。

 そうしているうちに、朝日が昇り始める時間が近づいてきます。



「見てください、周辺にいるゴーストが少しずつ姿を消し始めましたよ」



 朝日が昇る時間が近づいていることが分かったのか、森林外縁部にいたゴーストたちが、空間に溶けていくように消滅し始めました。

 消滅していくタイミングに差があるのは、何か意味があるのでしょうか。



「明確な理由はわかっていませんが、個体差ではないかというのが大方の見解です。

 ゴーストは感覚器官を持っていないですから、個体ごとに出現してからこのくらいで消滅しようというタイミングを決めているのではないでしょうか」



 確かにゴーストが消滅していくタイミングには、非常に大きな開きがあります。

 朝日が昇る1時間以上前に消滅するゴーストもいれば、それこそ日が昇る直前まで消滅しないゴーストもいます。これは何か理由があるというよりも、個体差という言い方がしっくりきます。



「面白いのが、ゴーストの中には消滅するタイミングが遅すぎて朝日で消滅する個体もいるということですね。

 私もモンスターの研究をして長いですが、1年に数体ほど、そういった理由で消滅する個体がいるんです」



 私たち人間でいうところの寝坊のような形で消滅――つまり命を落とすことがあるゴースト。それだけ聞くと、恐ろしいモンスターだというのに、どこか親近感を感じてしまいます。



「そういえば、ゴーストも討伐すると素材を落とすということはご存じですか?」



 姿を消していくゴーストたちを見ながら、博士が不意に我々取材班にそう尋ねてきました。

 ゴーストは体全体が魔力で構成されているため、今まで紹介したモンスターのように何か物理的な素材を落とすということは考えにくいのではないでしょうか。



「やはりそう思いますよね。ですが、しっかりとゴーストも討伐されると素材を落とすんです」



 これがその素材ですよ、と博士はポケットの中から赤い球形の宝石を取り出しました。

 親指くらいの大きさしかない小さな宝石……これがゴーストの落とす素材と博士は言います。



「これはゴーストの宝玉と呼ばれる素材で、ゴーストの魔力が結晶化したものです。

 この小さな宝玉ひとつで、なんと普通の人間10人分の魔力を貯蔵しているんですよ」



 たったこれだけの大きさの宝石なのに、人間10人分の魔力を持っているというゴーストの宝玉。

 確かに体全てが魔力で構成されているということを考えると、その素材としては納得できるものでしょう。しかし、どうしてそのような素材が採取できるのでしょうか。



「簡単に説明すると、ゴーストの体を構成する魔力がより強い魔力……具体的に言うなら、彼らの魔力抵抗を上回る魔力と衝突した際、その部分が結晶化することで作られるんです」



 2つの高密度の魔力がぶつかり合うことで、超高密度の魔力結晶ができあがる。

 なるほど体の全てが魔力で構成されているゴーストだからこそ起きる現象、ということなのでしょう。



「魔力結晶は形成された瞬間、密度に見合うだけの魔力を周囲から吸収する特性があります。

 つまりこのゴーストの宝玉が形成された瞬間、ゴーストはその体を構成する魔力を一気に奪われてしまうんですね」



 体を構成するための魔力を一気に吸収されてしまえば、ゴーストは存在を保つことができないため消滅するしかありません。つまりこの素材は、討伐されたゴーストが落とすというよりも、討伐する過程で発生する素材ということになります。

 そういった経緯で形成されたものであれば、普通の人間10人分という多大な魔力を有しているのも納得です。



「この小ささで多くの魔力を持っているので、ゴーストの宝玉は魔力エンチャントの素材や、魔法付加した装備品の生成など幅広い場面で重宝されています。

 さらに手に入れるためには、そもそもゴーストを討伐できるだけの魔力攻撃をしなくてはいけないなど、生成される条件を満たす必要もあるので、危険度の低いモンスターとは思えない高値で取引されているんです」



 博士から聞いたゴーストの宝玉の取引価格は、最低でも100万円からと高額です。

 これはシルバーベアの体毛よりも高い価格ですから、どれだけ貴重なアイテムなのかが分かります。それもこれも全ては、この宝石が生成される条件の厳しさがあるからなのでしょう。



「ちなみに魔力による攻撃なら何でもいいというわけではありません。

 このゴーストの宝玉を生成するためには、かなり高密度な魔力攻撃をしなくてはいけません。それだけの魔力攻撃ができる探索者の数は、あまり多くはありません」



 ゴーストを討伐するだけなら、朝日が昇るまで引き付けて逃げ回るなどの手段もあります。

 しかしゴーストの宝玉を入手しようと思うなら、ゴーストの魔力抵抗を上回るだけの、強力な魔力攻撃をしなくてはいけないのですから、その難易度は推して知るべしです。


 ちなみに魔力の宿った装備による攻撃でも結晶を作り出すことはできますが、それだけの密度の魔力を込めた装備品を購入できる探索者の数もまた、非常に限られてきます。



「そのため、中級探索者でも依頼が達成できるよう、ギルドに依頼が出る場合は武器などの貸し出しも行われています。

 さすがに上級探索者に依頼すると、素材価格よりも依頼費用の方が上回ってしまいますからね」



 討伐そのものが難しいゴーストは、それと同じくらい素材を手に入れることも難しいモンスターです。

 ですがゴーストの宝玉という高密度の魔力結晶は、さまざまな場所で使用されている需要が多いアイテムでもあります。

 ちなみに、ゴーストに襲われた際にも、このアイテムを放り投げることでゴーストがそちらに吸い寄せられるため、行商を行う人間の間ではお守りとしても需要があります。



「自分たちの仲間が討伐されたアイテムでも、ゴーストには関係ないですからね」



 彼らにとってみれば、それが何であれより多くの魔力を吸収できるものでしかありません。

 目も耳もないゴーストにとって、ゴーストの宝玉は何よりも魅力的なごちそうに見えるのでしょう。



 夜の闇の中、魔力を求めて徘徊するモンスター……ゴースト。

 物理的に触れることができない特性から、討伐するのは困難を極め、なにより短時間で相手の命を奪えるなど危険極まりないモンスターでもあります。


 ですが、彼らはその厄介さとは裏腹に私たちの想像から生まれたモンスターならではの弱点も持っています。

 そして魔力で体を構成しているからこそ採れる素材は、非常に有用な魔力結晶として取引され、需要も多いモンスター。しかし彼らは今日もまた、そんなことは関係ないとばかりに森の外縁部を漂っているのでしょう。


 私たちの想像を基に生まれたゴースト。

 彼らの生態を紐解くことは、私たちが幽霊に対してどのような意識を持っているのか、それを紐解くことにも繋がっているのかもしれません。





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