第3話

「海だぁ〜!!」


ひたすらに寒いが、潮風は心地良い。

真夜中の海というのはこんなにも気持ち良いものだったのか。


「なんか先輩さっきより元気になってません?」

「えー、そう?酔ってきたかな」


そう言いながら靴を脱ぎ裸足になる。

そのまま海へと足をつける。

ひたすらに冷たい。少し痛いくらいだ。

だが嫌な感じはしない。むしろ心地良いくらいだ。

海が私を許容しているかのような、招かれているような。

このままもう少し深い所へ行こうか。


歩みを進めるとグッと腕を引っ張られる。


「え」

「あ、いや、これはその。先輩酔ってるし心配で。それになんか、先輩がこのままいなくなっちゃいそうで...」


そう言いながら沢城は俯き、私の腕を握っている手は小刻みに震えている。


「私がこのまま人魚になっちゃうって?まさか、そんなことあるわけないじゃん」


なんて笑い飛ばしても沢城は俯いたまま腕を離してはくれない。


「まぁ、裾も濡れちゃうし、とりあえずどっか座ろっか」


そう言いながら未だ掴まれたままの腕で沢城を引っ張りながら海辺にある階段へと向かった。


階段に座るとそっと沢城も隣に座る。

握られていた腕は解放してもらえたが沢城は依然黙ったままだ。


「沢城、なんか怒ってる?」

「...怒ってないですよ」


嘘だ、学生の頃から沢城は怒ると黙るタイプなのは嫌というくらい理解している。


ただ今回に関してはなぜ怒っているかがわからないのだ。


こんな終電もない真夜中に海に連れ出した事か、酔っ払ったまま海に入ろうとしたことか。

もしくは沢城を置いて海に入ったことか。


果たして沢城はそんなことで怒るような奴か?

確かに酔った状態で海に入ったのは心配させてしまったかもしれない。が、それはただの心配であって怒るほどのことではない。


深夜に振り回すなんて昔から何度も付き合ってくれているから違うだろう。


先に海に入ったのが失敗だったか...?

夜の海ってなんか怖いもんな、置いていかれるのが嫌だったのか。


きっとそうだ、と決めつけどうにか弁明しようと試みる。


「あの、沢城。置いていこうとして悪かったよ。でも、すぐ戻るつもりだったって言うか」

「先輩は多分気づいてないと思うんですけど」


弁明の途中で沢城の言葉が割り込んでくる。


気づいていない...?

なんの事だ。


「先輩が海に足を浸けたとき、先輩の足が鱗で覆われたんですよ」

「え」

「このまま沖までいったら多分戻ってこられないって思ったら身体が勝手に反応して。腕大丈夫ですか。結構強く握っちゃったので…」


腕を見ると確かに赤く痕が残っていた。

それにしても...


「腕は全然大丈夫なんだけどさ、私の足が鱗に覆われたってどういうこと...?」

「海に浸かったところから青白く光ってるなとは思ったんですけど、よく見たらそれが鱗だってわかって...」


水に触れると鱗になるのか...?

いや、そしたらシャワーしていた時に全身鱗だらけになっているはずだ。


そうなっていないということは、仮説ではあるが海水が関係しているのだろう。


「そうか、人魚って淡水魚じゃないのか...」

「え?」

「多分海水によって鱗が発生したのは家に帰ってから部屋着に着替える、みたいなそんな感じなのかなって」

「先輩の本当の家は海ってことですか?」

「いや、そうじゃないんだけど。え、そういうことになるのか...?」


もうワケわからなくなってきた。

もう一度確認してみたい。

自分の目で本当に海水に浸かると鱗が発現するのか。


「ごめん、沢城」


それだけ言ってひとりでにまた海へ駆け足で向かう。


そのまま片足を水に突っ込む。


すると


「先輩!」

「なんだ、沢城の見間違いじゃん。ただ水面に映った月の光で鱗に見えただけだよ。」


海水から足を引き上げ、後を追ってきた沢城に向かい茶化しながら告げた。


「え、僕の勘違い...?なんだ。...よかった。」


沢城は力が抜けたようにその場にへたりこんだ。


「もー、沢城はおっちょこちょいだな。」

「ははは、でも本当に見間違いで良かったです。」


2人で笑い合いながら汚れることなど気にせず砂浜に、沢城の隣に腰を下ろす。


「始発までどうしようね、何も考えず来ちゃったわ」

「先輩のそういうところ昔から変わんないですよね」


呆れ顔の沢城にそう言われるが正論過ぎて言い返すことも出来ない。


「まぁ、先輩らしいっちゃらしいんですけど」

「いつも付き合わせて悪いねぇ」

「悪いと思ってないでしょ」


ははは、なんて笑って誤魔化しながら立ち上がり砂を落とす。


「とりあえずどっか宿でも探すか」

「え」


え、何。

泊まりたく無いのか?

徒歩で帰りたいとか...?

5時間くらい歩けばそりゃ帰れるだろうけど...。


「あ、流石に部屋は別々だよ?」

「なっ!それくらいわかってますよ!?」


なんだ、襲われると思って嫌がったわけじゃ無いのか...。


「仕方ない、始発まで空いてる居酒屋でも探すか」

「まだ呑むんですか...」

「まぁまぁ、また暫く会えなくなるんだし今日くらいは付き合ってよ」

「え、暫く会えないんですか?」

「まぁ、今年はちゃんと実家に帰るからね」


実家が遠くてさ...なんて、上手くごまかせているだろうか。


先程から呼吸がしづらい気がする。


脚もピリピリと痛む。


今日いっぱいはお願いだから陸に居させて。


海水に入ると浮き出る鱗。

あれは沢城の見間違いなんかじゃなかった。


本当に水に触れた瞬間ぶわっと脚が鱗に覆われた。

それを隠すように海水から急いで上がってから沢城に声をかけたが何とかバレていないようだ。


とりあえず今日は始発まで呑んで始発が来たら解散しよう。

そのまま海に帰ろう。

海に帰る...というのも変な感じだが何故かしっくりくる。


「んじゃ、呑み行くかー!」

「はぁ」


呆れる沢城を引き連れ駅前の24時間の居酒屋に入るのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る