第5話 有能令嬢は、思いを告白される
(敵……わたしの敵は……)
考えてみるが、思考が鈍るだけだった。
「座ろうか」
「いえ……もう、昼休みも終わってしまいますわ、アリスラン様」
「そう……だね。明日、放課後また、ここに来てくれる?」
「もちろん」
わたしは、嬉しくなった。
「またね、アリス」
彼が、恭しい態度を寂しく思っているのを感じていたので、くだけてみた。
「うん、またね」
彼は、嬉しそうだった。
(かわいい)
そう思った。
◇◇
午後は、歴史学の授業だった。
「今日は、ゾーリュックのことを学ぶ。そろそろ、外交を兼ねたパーティーが行われる。君たち一年生にはまだ、関係は浅いが、来年、再来年は君たちの誰かが参加するかもしれない。参加者以外もダンスホールではなく、観覧席から、見学も許されている」
外交パーティーに一部の優秀な生徒は参加……
(わたしが、参加……は、ないわね)
自分のこれまでのテストの点数を考えてみる。
「今日は、課題を出すので、次の回で出すように。成績にも関係する」
(ああ、でも、今回から、わたし……)
いつもより、身を入れてノートをとれた。
わたしは、道場をやめて、フレデリク様に会ってから、出過ぎたことをすれば、怒られ、そのことをさらに、両親にも怒られた。
でも、本当は……
◇◇
(翌日)
「お待たせしました、アリスラン様」
「来てくれてありがとう。ティアさん」
「昔の名前でもいいのに」
「はは、そういうわけにはいかない」
アリスランは、ゆるく、笑顔を作った。
「……そのたくさんの本は?」
「……ああ、歴史学の課題で、ゾーリュックのことを調べているんですの」
「ふふ、目が輝いていてうれしいな。よかったら、何か聞かせてよ」
「ひけらかすみたいで恥ずかしいですが……聞いていただけるのは嬉しいですわ」
わたしは、荷物を降ろし、本を開く。
「コホン……まず、歴史学の基本としては比較することが、おもしろさにつながると思ったんですの」
「なるほど」
「オーリアンは、内陸国で、ゾーリュックは、海に接している国ですわ」
「そうだね」
「もう、この時点で、食や貿易の形が変わると思うんですの」
「ふむふむ」
・
・
・
「君の、他国への興味は目を見張るものがあるね。……テストも、対策はそんなにいらないのではないんじゃないか?」
アリスランは、信頼の目をわたしに向ける。
「そうかもしれませんわね……でも……」
私は、うつむく。
「でも……?」
アリスランは、その先を、とまどいながらも、求めるように復唱する。
「……テストは、フレデリク様より、点数が高くならないようにしているんですの」
わたしは、うつむいたまま言う。
「なんのために……?」
アリスランは当然のことを聞く。
「なんのため……だったのでしょうね。怒られたくないから……かもしれませんわ」
わたしは、あまり考えずに答えた。
「なんということを……これから、添い遂げる人に求めるんだ」
アリスランにとって、婚約者はそういう存在なんだろう、と思い、どこか、胸がしめつけられた。
「添い遂げる……そんな風に考えたこともなかったですわ。ただ、相手が言ってほしいことを、あとでお父様やお母様に叱られないように考えて……フレデリク様との未来は、考えたことがない……いえ、考えないようにしていたのかもしれませんわ」
少しずつ存在しないようにしてきた感情が実体化していく。
「婚約破棄に関して、ご両親はなんて……?」
彼は、とまどいを隠さない。自分と、見てきた世界が違うことを感じる。
「婚約破棄自体は、こちらとしては婚約した時に、お金を納めていただいておりますし……これから、次の相手を探しているのではないでしょうか。それだけです。責め立てても意味がないとしか思っていないのではないでしょうか」
私は事実を言う。
「……」
アリスランは、言葉が出ないようだった。
「公衆の面前で醜聞が生まれた私に次の旦那様をあてがうだけですわ」
最後の事実を言う。
「なんで……そんなに……」
途切れ途切れ彼は話す。
「え?」
彼が、わたしの手を取り、わたしの顔を見つめる。わたしは、彼が何を感じているか、分かりながらも、声が出た。
「なんで、そんなに、冷静なんだい?」
彼は切なそうに聞く。
「自分のことだから、かもしれませんわ」
わたしは、そうとしか思えなかった。人並みに、物語に感動したり、目の前の彼の目を見て胸を痛める自分がいる。
「僕は、胸が痛いよ……」
彼はしぼりだすように言う。
(胸が痛い……)
本当は、ずっとこういってほしかったのかもしれない。
「アリスラン様……あ……」
まばたきした時、瞳から涙があふれた。彼は、人差し指でわたしの涙をぬぐった。
「君の力を借りたいことがあるんだ」
彼は、やわらかく、しかし、なにかを決めた笑顔を浮かべている。
「そ、そんな……わたしなんかで……」
わたしは、醜聞まみれの何でもない存在だ。
「なんかじゃない。君ならきっとできる、大丈夫だ」
彼は、力強く言う。そして、続ける。
「迷いのない剣は、鍛錬で、実戦を通して身につけられると、教えてくれたのは君じゃないか」
その目に、あの時、お互いを研鑽していた時のあの力強い日々をみた。
「だから、僕は今日まで、立ってこられた」
彼が優しく手を包む。
「……あ……ありがとうございます。私にとっても、剣術道場での……いえ、アリスラン様との研鑽の日々は支えでした」
わたしはほほえむことができた。
「かつての同朋に、そこまで言われたら、挑戦しないわけにはいきませんね」
彼は、優しく微笑んでくれる。
「ありがとう」
そして、手を放して、彼は腕をくむ。
「ところで、ダンスの経験は?」
突然の質問に戸惑う。
「え?……いやというほど」
フレデリクは、ダンスをして目立つのが好きだった。
「すばらしい」
アリスランは、にこりと笑った。
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