第4話 有能令嬢は、不意に抱きしめられる
(やっと昼休みか……)
とても、食事をとる気にはならなかったが、教室にもいたくないので、ひとけのないところに行くことにした。廊下に出る。すると、むこうから、ものすごい存在感を放つ人物が、いや、自分が意識していたからかか、現れた。
「あら、ティア様」
「ごきげんよう、カロリーヌ様」
わたしは、愛想笑いと本気笑いの中間くらいの笑顔を作った。カロリーヌはとても楽しそうだ。3人ほど令嬢を引き連れている。
「わたくし、フレデリク様に、プロポーズされましたの、すぐ婚姻したいとも」
「そうなんですのね」
ここで、肯定以外につながらない言動はとってはいけない。
「なんだか、ごめんなさいね。わたくし、本当にそんなつもりなかったんですの、ただね……」
「はい」
「わたくし、どうしても、あなたにされたことが、悲しいんですの」
「……」
余計なことは……しては、いけない。
「謝ってほしいんですの」
「……失礼が、これまであったのですね。ただ、ここは、人が移動に使う場所ですわ。気持ちも伝わりませんわ。また、場所を改めて。失礼いたします」
わたしは、決まったお辞儀をして、その場を去った。そして、付き添いの3人の令嬢たちは、不満を騒ぎ、カロリーヌは、悲しいと主張しているのが遠ざかる耳に入ってきた。
◇◇
「はあ……」
疲れた。というのが、率直な感想だ。わたしは、昼休みに、中庭の東屋で、静かに腰掛け、遠くを見ていた。
「む」
誰か来たらしくわたしは、振り返った。声の主は、知らない青年だ。ネクタイの色からして上の学年だろう。金髪で碧眼で背はすらっと高い。……きれいな容姿だと思った。これまで、フレデリク様以外の男性をきちんと見ないようにしてきたので、誰と比べて、という、相対的な感想ではない。
「ここ、僕のお気に入りの場所なんですよ」
(出て行けという意味か?)
怪訝な表情になりそうになる。
「ああ、いてくださっていいです。あまりにも誰も来ないので、嬉しかったんですよ。ティアさん」
「え?」
醜聞が広まったとしても、顔が広まることなんてないのではないだろうか。
「ああ、すいません。こんなことを言うのも、あれなのですが……いえ、失礼になるので言いません。良い意味で、あなたが入学した時に、仲間とあなたのことで話題になったんですよ」
「そうなんですね」
きになるものいいではあったが、今は気にならなかった。一人でいたいはずなのに、懐かしい感じがして、わたしはこのまま、すごそうと思った。
(空気が、おいしいもの)
「僕は、アリスランといいます」
「まあ!」
わたしは、急いで立ち上がり、決まったお辞儀をした。
「アリスラン第一王子、わたくし、ティアと言います。よろしくお願いいたします」
この国では、名前を知らない人はいない、次期国王に、いや、そうでなくても、ゆるみ切った態度を人にとっていたことに気づき、急いで、礼儀正しい姿になった。しかし、王太子殿下はさみしそうな顔をした。その顔が、どこかで見たような気がしてならなかった。
「ティアさん、モンブロー剣術の道場、覚えていない?」
忘れるはずもない。わたしが男のふりをして、剣術に励んでいた場所だ。王太子殿下の金髪と碧眼……
「鍛錬は、迷いをなくすためにするものだ、迷いは剣にうつる!」
すこし、頬が熱くなる。わたしが、受け売りなのに、自分が考えていたかのように何度も言っていた言葉だ。
「もしかして、アリス?」
わたしは、おずおずと聞いてみる。
「そうだよ、ティー」
王太子殿下はいたずらっぽく笑う。
「えー!?」
声をあげてから、焦って口元を隠す。一緒に剣を学んだあの子が、実は、第一王子だったなんて!王族に連なる方に対して失礼が過ぎたことがたくさんあったのではないかと、体温が下がる。彼は、わたしが、家族にも言えない本音を聞いてくれる人だった。
思い出して、胸があたたかくなる。
「えっ、なんで、王太子殿下が、下町の道場に……?」
「下町と言えど、あそこは引退した剣聖が、気に入った人を育成するためにつくったところだからだよ」
「えっ……だからあんなに、人が少なかったんだ……」
(貧乏道場だと、ふざけていったことを思い出して、また頬が熱くなる)
「ティーが、剣聖に対して、おっちゃんだの師匠だの言ってたの思い出すな」
王太子殿下はくすくすと笑う。
「おやめください……」
わたしは、精いっぱいの抵抗をした。
(あれ……)
おやめください、などと、フレデリク様に言ったことなど、なかった。しかも、一国の王太子に言ってしまった。
「元気そうでよかった」
「元気……」
私は何も言えなくなった。
王太子殿下は、深刻な顔をした。空気が変わるのを感じる。
「君の話題が、別の学年の僕にも伝わってきた」
「そう……なんですのね」
はやすぎる。どんな醜聞が、かつての大事な仲間に入ってきたのか、あまり考えたくなかった。
「ああ、でも、僕は信じていないよ」
「王太子殿下……」
「王太子殿下……ね、……婚約破棄をうけたところまで、もう知っている」
「そうなんですのね……」
もう、学園を去るのが、正しい判断と思えてきたが、今度は、傷物として、家族にまた、婚約者をあてがわれるのだろうか。
(解放されれば、自由が手に入るわけではないのね……)
「ティー、目が、暗く曇っている」
「え……?」
王太子殿下は、わたしの腕をとって、引き寄せた。
「ティー……どうして、婚約破棄を受けたんだ……!」
「王太子殿下……っ!?」
王太子殿下の強引な抱擁に、わたしは体がこわばった。
「僕は……君の迷いのない剣に、惹かれていた。曇りない輝く目にこころ踊らせていた」
「アリスラン様……」
子供の頃、一番、研鑽しあっていた時の彼を思いだす。
男のふりをして、生き生きと話せたことを、静かに聞いてくれていた彼のほほえみを思い出す。
「君が、道場をやめてから、僕は、約束を守れるように努力してきた」
彼は、誠実な言葉なのに、どこか、苦しみをしぼりだすように話す。
「やっと、また会えたと思ったら……可憐な姿で、僕の知らない笑顔で笑って、そして、いつも隣に男子生徒がいた」
さらに、切なさが加わる。
「……!」
アリスが、ずっとこんなに自分のことを……?
「僕は……ずっと、君を見ていた、ずっと、君の目が輝いていればそれでいいと……」
わたしも、あの時の彼のことは大事だった。楽しいころを思い出せば、彼のほほえみが自然と思い出された。息ができていた時だった。
「なんで、どうして、僕の手の届くところにいるんだ……!瞳が陰っていることにつけこむような……一番、望んでこなかった……いや、望まないようにしてきた……」
再会した、かつての大事な仲間の告白は、やさしかった。
「僕は、君のあの目が守りたかったんだ」
「あ……」
これまで、人に合わせるような言い方の言葉しか考えてこなかった。だから、自分が本当にどう思っているのか分からない。言葉にできない。だけど……
「わたし、あなたの体温も、胸の中も、心地いいですわ」
分かっていることは、このことだけだった。
「それが、間違いなのかは、これからが決めることですわ」
わたしは、戦う相手を、もう、間違えない。
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