第3話 有能令嬢は、気が重い

「お嬢様?」

 ドアをノックする音とジョゼットの声で目が覚める。

「どうかした?」

「旦那様が、至急、お嬢様を、と」

「至急……」

 わたしは、見た目を整え、父の部屋へ向かった。


◇◇


「いったい、これはどういうことだ」

 父は、平静ではない。ここからなら、怒らせないで済みそうだ。自分の思考が嫌になる。

(結局、息ができることなんてないのね)

「……フレデリク様の件でしょうか?」

「そうだ」

「……わたしの振る舞いが至らないばかりに、フレデリク様は、わたしと婚姻することが不満になってしまったそうですの」

 父の目的は、わたしが不備を認めて、次どうするかを言わせることだろう。

「お父様とお母様が、家のために、栄誉ある婚約を取り付けてくださったのに、申し訳ございません」

 わたしは、深々と頭を下げる。

「お前は、本当に、「至らない振る舞い」をしていたのか?」

 父が意外なことを聞く。謝ることしか頭になかった。

「……わたしは、わたしのできる限りのことをして、過ごしていたつもりですわ」

 わたしは、頭をあげ、言う。

「そうか。なら、この話はこれ以上はしない。あとは、フレデリク様との件も、その先も、お前は何もしなくていい」

(なにもしなくていい……)

(お父様のことを、少し誤解していたけれど)

(手足があっての自由だもの)

「承知しましたわ、失礼いたします」

(結局、枷は付いたままだわ)

 わたしは、部屋を後にした。


◇◇


(学校、少し、いえ、かなり気が重いわ)

 勇気を出して、教室に入る。視線が一気に集まった後に、なにも見なかったかのようにみな、視線を戻す。

(ううん、わたしが入る前より、教室は、狭くなったのではないかしら)

 あらぬ想像をしてしまう。わたしは、友達という友達がいない。いつも、フレデリク様のお願い通りに過ごしてきた。自分がいるのに友達がいるのかと言われていたので、深くかかわらないようにしてきた。

(友達がいないのって、心細いのね)

「ティアさん、見かけと違って、けっこう、やることはすごいのねー」

 頭の中で想像していた言葉が、ひそひそと、実体化して耳に入ってきた。

「カロリーヌ様が、フレデリク様と仲が良いことに嫉妬して、陰湿な嫌がらせをしたとか……」

「人に声をかけられても、お高くとまっていましたものねー」

「容姿が良いからって、何もえらくないのに」

 悲しんだり、怒ったりする前に、想定したことが、想定通りに起きてくれて、むしろ安心している自分がいる。容姿が良いというのは……買い被りだと思うけど。元から、ひそひそ話をしている人はそういう話をいつもしている人たちだ。もうここまで広まっているということは、静観している人たちにも静かに波及して。

(少しずつ、わたしの学園の中での枷は重くなっていくのかしら)

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