ろくでなしの帝国

橋立

第1話 ろくでなし分隊

「あぁ、あぁ、見えるか、多分、これで・・出来てるよな」

 白黒の画面には手を振り、そう声を出す丸眼鏡の年配の男が立っていた。


「あぁ、まぁ、出来てるか。・・・・何て言えば良いかな」

 男は悩むようにそう呟き、数分の後、

「あぁあぁ、そうだな、これは俺の、・・・ろくでなしの俺が、必死に運命に抗い、戦い、地べたを這いつくばって生きて、その結果、持てる全てを失った話だ。良ければ聞いていって欲しい」

 と声を出すのだった。


「あぁ、まず、俺の名前を言うべきだったな。・・俺の名前は・・・グスタブ。グスタブ・ミュラー。これが、かつて戦争から逃げようとして、地獄にたたき落とされた、ろくでなしの俺の名前だ」

 男・・・グスタブは、そう言い、

「クハハ、少し恥ずかしいな」

 と豪快に笑った。


「はぁ、それじゃあ、話すか!」

 グスタブは、一通り笑った後に宣言するかのように呟き、

「まずは、俺の経歴を話そう。あぁと─────」

 ───────────────────────────────────

 194*年。俺は、死ぬのを恐れ、志願した軍隊から脱走した。


「嫌だ。嫌だ、嫌だ、死にたくない、嫌だ、嫌だ」

 冬将軍が到達した東部戦線のよく分らない、雪にまみれた針葉樹の森を走った。


「はっ、はぁ、はぁ、ハァ」

 肺が燃えるように痛い。

 だが、浅い息を何度も繰り返しながら走り続けた。


「もう無理だ、嫌だ、嫌だ!こんな戦争は間違いだ」

 焼き切れそうな肺から声を出した。

 今、自分がどこにいるのかはわからない。

 延々と続く針葉樹の森のせいだ。


 いつかどこかの国、北欧かどこかに着くだろう。

 こんな小さな、微かな叶うはずのない希望を持ち、走り続けた。


 数時間足を必死に動かし続けた。

 足は既に棒になっている。

 それでも走り続け、俺は倒れて気絶してしまった。


 死ぬことを覚悟したが、偶然、運悪く、次に起きたときには、薬の臭いが滞留した場所にいた。

 そう、野戦病院だ。


 俺は目覚めて直ぐ、また気絶しそうになっちまった。

 敵軍に掴まったのなら、捕虜。

 自軍に掴まったのなら、吊されるか、殺されるか・・・どちらにしても、屈辱的な死が待っているからだ。


 俺は殺されるのが怖くて、逃げようとした。

 だが、

「グスタブ・ミュラー一等兵」

 立ち上がろうとした俺にこの声が掛かった。


 この時は、俺の人生が終わると思ったよ。

 ・・・いや、この時点で、俺は終わってたのかもな。


 絶望を感じながら、呼びかけた人間を見返すと、

「貴様は、敵前逃亡を行い、軍法第47条を違反した」

 ただ冷淡に、言う声が聞こえた。


 あぁ、処刑される。終わった。

 頭の中で、そんな言葉を反芻させ続けた。


「貴様は、重罪を犯したのだ。直ちに処刑される」

 目の前の軍人は、そう言い、俺に拳銃を向けてきた。


 撃ち殺される─────

 このときは、覚悟を決めたね。


「本来は、だがな」

 拳銃を向けている軍人は、そう続けた。


「どういう意味で、・・・ありますか」

 緊張をしながら、問い返すと、

「貴様には、現在、二つの選択肢がある。此処で、私にその汚らしい頭を吹き飛ばされるか。もしくは、最前線で、貴様のような屑と共に戦い、愚かしいコミュニストどもを殺すことだ」

 軍人は選択肢を提示してきたんだ。


 小難しく言っているが、簡単に言うと、

『此処で死ぬか、前線で戦って死ぬかを選べ』

 こう言われちまったんだ。


「わっ、私は・・・・」

 このときは、迷ったよ。

 死ぬのが嫌で逃げた、って言うのに、2つ内2つが『死ね』と言っている選択肢だったからな。


 あぁ、それで、俺は、

「私は、前線で戦うことを選びます」

 結局、こっちの地獄を選ぶことにしたんだ。

 生き残れる可能性が少しでもある『死ね』の命令をな。


 すると、

「そうか、貴様は、懲罰部隊を選ぶか。貴様のような屑でも現状は、存在している価値がある。奮戦したまえ。次に、逃亡でもしよう物なら、私が貴様のクソが詰まったその頭を吹き飛ばしてやる」

 脅し文句のようなことを言われてしまった。


「わっ、わかりました」

 そう返事をしたのち、どうにかして逃げなければと思いながら、

「私は、何処に行けば宜しいのでありますか?」

 今まで所属していた部隊から、変わるであろうため、問いかけると、

「1分以内に支度をしろ、貴様の服はそこに掛けてある」

 軍人は、そう言うと、踵を返し、外に出て行った。


 1分以内だぜ、1分以内。間に合うわけが無いだろう。

 だけど、俺は急いで、置いてある軍服を着て、軍靴を履いた。

 まぁ、結局は、1分をオーバーしてしまったわけだが。


「申し訳ありません」

 俺は、野戦病院の外に出ると、待ってくれていた軍人に謝罪の言葉を漏らした。

「謝罪はしなくても構わない。付いてこい」

 軍人は、そう返答をし、歩みを始めた。


 この軍人とは、此処では一切何にも、話すことはなかった。

 空気感が、地獄だったんだ。

 相手はもう真実を確かめることは出来ないが、多分怒ってたんだ。


 数分程度歩き、目の前の軍人は立ち止まり、

「此処が、貴様の属する。第501執行猶予大隊所属、第5中隊所属、第3独立小隊所属、第2分隊だ」

 少しだけ、息を切らしながらも、言い切った。


 未だ、あの戦争が終わってからも疑問なんだよな。

 どうして、あいつはあれを詳細まで言い切ったのかが。


 息を整えた軍人は、

「そして、私が第2分隊、分隊長パウル・ウェストフース軍曹だ」

 と俺に対して、自己紹介をし、後ろを向き、少し遠くの場所を示して、

「・・・そして、あれらが、第2分隊に属する屑どもだ」

 こう言ったんだ。


「ウェストフース軍曹・・・誰も居ませんよ」

 そう、誰も居なかったんだ。


「・・・・付いてこい」

 ウェストフースは、そう声を出しながら、歩き出し、兵舎を通り過ぎ、トイレの中に入っていき、

「お前ら、何でだ!約束が違うではないか!」

 中に何もせずに居た、5人の人間に叫んだ。


「ハハハ、そうカリカリするなよ、軍曹殿」

 金髪の背の大きな男は、冗談めかして発言をし、それに合わせて、ガヤガヤと色々な冗談が飛び交った後に、

「早く出ろ!貴様らをこの新人に紹介するんだ」

 ウェストフースは俺を指しながら言った。


「おぉ、お前が、新人か。宜しくな、俺はルーカス・シュナイダー」

 少し低身長の栗毛の男は言い、

「それで、このデカブツは、アインハルト・シュミッドだ」

 最初に、冗談めかした発言をした男の名前も教えてくれた。


「おい、私が紹介する手筈だっただろ」

 ウェストフースが、怒ったように言うとその他の男達も自分の名前を名乗り始めた。


 まぁ、ガヤガヤと、沢山名乗りがあったから、既に名前を名乗った奴含め、分隊全員を纏めて紹介しよう。


 まず、分隊長『パウル・ウェストフース』軍曹

 背の高い、金髪男『アインハルト・シュミッド』伍長

 低身長、栗毛男『ルーカス・シュナイダー』一等兵

 女みたいな、金髪男『エウゲン・ウェバー』一等兵

 何故か、少し太っている赤毛男『ヴォイチェフ・メイヤー』上等兵

 老けて見える、白髪の寡黙男『ヴィルヘルム・シューネルト』軍曹

 そして、この俺『グスタブ・ミュラー』一等兵


 この7人が、俺の所属していた。

『第501執行猶予大隊に所属する、第5中隊に所属する、第3独立小隊に所属する、第2分隊』・・・いや、違うな、俺達が後々決めた呼び方で呼ぼう。


 ・・これが、俺が俺達が属し戦った『』の面々だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る