第31話 元首会議

「うふふっ、アハハハッ、おかしいっ。ねっ、カルナ様」


 ダルエルのみっともない姿に私は笑った。

 だってあの第二王子がだよ?

 身分を隠しているとはいえ、イズミのような小さい子に叱られて。

 私の肩を抱いたままのカルナ様も一緒に笑ってくれる。

 おかしくておかしくて、あの頃のように笑ってしまった。



 審問の直後のような硬い表情はその場の誰にも見られない。

 ダルエルでさえ、あれだけイズミに揶揄われたと言うのに満足そうに見えた。

 そしてすっかり好々爺の雰囲気を呈していたメレア公が言う。


「儂の愛しい娘よ、この若者を紹介してくれんかのう?」


 改めてメレア公にカルナ様を紹介すると、公は何故かカルナ様に謝っていた。

 メレア公に始まり、その場にいた皆にカルナ様を紹介していった。

 何故か皆、笑顔で私たちを迎えてくれる。

 そしてカルナ様もまた、私の傍を離れないでいてくれる。


 ロワニドは何故か婚約のことを話そうとすると口を開く前に止められてしまった。


 ジーンだけは不機嫌そうなままだった。



 ◇◇◇◇◇



 その日から、私はカルナ様との時間を過ごした。

 ロワニドには婚約のことはカルナ様に話さないよう、堅く口止めされた。

 そして元首会議までの間、カルナ様との時間を大切に過ごす様にと言われる。


 私はとても嬉しかった。

 けれど、皆が会議や外出で忙しそうにしている中、私だけがカルナ様との時間をゆっくり過ごすことはできず、ロワニドに何度も抗議した。


 結局、その甲斐あって役割を与えられた――のはいいのだけれど、任されたのは難しい講義の受講だった。大賢者様を始め、要職に就いた文官が時間を見ては私に手ほどきしてくれる。正直、学び舎での講義でさえ程々にしかこなしていなかったのもあって、私には生死にかかわる剣術よりもずっと大きな難題となった。


 難しい講義を受ける度、弱音を吐いてしまう。祝福に支えられて争い事は怖くなくなったけれど、それ以外は昔のままだ。それをカルナ様が支えてくれた。私は休憩の度、カルナ様に癒してもらい、気分を切り替えて次の講義に向かう。それの繰り返しで一日を終えると、カルナ様に甘えさせてもらう。


 夢のような半月が過ぎた。



 ◇◇◇◇◇



 元首会議には国王陛下を始め第一王子、第二王子、第一王女の王族。それから大賢者様。旧王族からは公爵家、辺境の諸侯、そして地方領地の伯爵が参じていた。また、半議決権を持つのが各地の城塞都市を納める子爵たちだが、その半分程度は大領地の意に沿うような立ち位置でしかないという。


 また、聖堂の枢機院の騎士と禁廷魔術師の姿もあった。枢機院は代表が六人の聖堂騎士で構成される。彼らは聖堂を統括し、主神の代理として国王陛下に助言を行う。禁廷魔術師は異世界からの召喚を行う専門の魔術師で、主神様の啓示の元に召喚を行う。どちらも元首会議での議決権は無い。


 イズミによると今は枢機院の力が強い上に聖堂騎士全員が同じ派閥に居るかなり異常な状態だとか。枢機院の騎士たちは各地から集められた神託を得意とした聖堂騎士で、本来であれば出身地の領主が後ろ盾となるはずが、情報を集めた限りでは枢機院自体がひとつの派閥を作っているという。そこに属するのが父、ルテル公やゴーエ伯、それから南部の伯爵たちだった。


 私も聖堂で教えを受けていたけれど、まさかその聖堂がそんなことになっているとは思いもよらなかった。聖堂では爵位を持ち貴族であることの責任と弱者の保護を謳うと言うのに、私も含めて実践している者は珍しいと言う。


 第二王子やロワニドの派閥は西のミリニール公爵領と周辺の小領地が主体となっている。ただ、第二王子のあのダルエルがかなりのやり手で臣下の信頼を一手に集めているとイズミが言っていた。



 ◇◇◇◇◇



 元首会議では国王陛下への挨拶は行われない。古より元首会議に使われていた専用の部屋で行われ、古く巨大な円卓に用意された席に全員が着く。私とジーンはメレア公の後ろに控えた。


 イズミは何故か大賢者様を後ろに控えさせ、メレア公の隣の椅子に座っていた!


 えっ、そんな所に座って大丈夫なの!?

 誰も咎めないからいいのかな!?


「さて、揃ったようだ。始めますかな」


 メレア公が言う。ミリニール公の傍に立つロワニドが頷く。


「皆さま、此度は元首会議への招集に応じ、遠方より王都までご足労いただきありがとうございます。招集を求めたのはこちらの大賢者様とメレア公爵様、ダルエル殿下、ミリニール公爵代理の私ロワニドとなります。ミリニール公に代わりまして議会を進めさせていただきますのでご無礼はご容赦ください」


「待った待った! 大賢者はいつの間にそのちっこいのに変わったのだ」


 そう口を挟んだのはあの東の辺境伯様、ノラン侯爵。


「大賢者様はまだ代替わりいたしておりません」――ロワニドが答える。


「では何故子供が座っておる」


 これには大賢者様が答えた。


「こちらは私めの師匠。言い換えるなら、大大賢者様パラ・パラソーマタージとでも申しましょうか」


「冗談で言っておるのか? その座を譲ると言うのなら譲ってしまえ。ややこしい」


「ノラン侯の提案ですが、他にご意見のある方は?」


 見渡すと、ゴーエ伯が歯痒そうにしていた。おそらく文句を言いたいのだろうが、今まで自分がしてきた事、つまりイズミを次期大賢者として守ろうとしてきた事への道理が通らないから言えないのだろう。ルテル公、久しぶりに見た父はというと、随分と痩せてしまっているように見える。目を瞑っていた。


「大賢者様が師匠とまで言うのであれば文句はない。しかし大賢者様の師匠は先代の大賢者様ではなかったのか?」――そう言ったのは背の高い北の女辺境伯。


「ええ、ですが先代の大賢者様の知識であれば、ほぼ把握しておられますので問題はございません」


「その年でか?」


「賢者の祝福というものは、正にそのようなものなのですよ」


「まあよかろう。主神あるじがみ様と地母神様の御心のままに」


 本当かな? イズミのあれは祝福だけではないような気もする。


「では、大賢者様はトメリルの賢者様にその座を譲ると言うことで構いませんね」


「はぁ、仕方なかろう」


 ――そう言ったのはイズミ本人。何故お前が言うのかみたいな顔をしている者も多い。



 ◇◇◇◇◇



「では、皆さまを招集した本題に参りましょう。事の始まりは――」


 そう言って、ロワニドはゴーエ伯が神殿を襲撃してから審問までの顛末を伝える。あくまで中立の立場として。


「交渉旗に弓引くなぞありえぬ」

「それで、その神殿長にかけられた魔法は実在したのか?」

「そもそもあの神殿に神殿長など居ったのか」


「皆さま、静粛に。落ち着いてください。――まずは神殿長殿をここにお呼びしましょう」


 ロワニドの指示でエイロンが連れてこられる。


「み、皆さま、お初にお目にかかります。神殿長のエイロンと申します。どうぞお見知りおきを」


「神殿はほぼ打ち捨てられておりましたが、管理上でも祝福の上でも前神殿長の孫の彼が神殿長となっております。メレア公のご子息であるエフゲニオ殿が彼の存在を突き止めてその職に就かせました」


「ちょっと待て。メレア公に子息だと? 後ろの若人か?」――北の辺境伯が問う。


「ああ、紛れもない儂の血の繋がった息子よ。それからこれは儂の娘のラヴィーリアだ。先日、養子縁組をしたので、陛下と枢機院には了承を願いたい」


 ざわ――と、メレア公の言葉に一同が動きを見せる。ゴーエ伯はルテル公に問いただし、そのルテル公は――。


「何だと!? そのような話、私は聞いておらん。無効だ!」


「ふむ。しかし、ぬしはリアの身分を奪い、侍女としてロスタルに差し出したと聞いたぞ。しかもゴーエ伯は娼婦として市井の者に売り渡したとか。ならばこの子は誰が拾おうと構わんだろう」


「チッ」――舌打ちしたのはゴーエ伯だった。

 

「な……ランデル、貴様どういうことだ! せめて貴様の息子の元に置いてくれると言うたではないか」


 そう言ってゴーエ伯に詰め寄ったルテル公はそれぞれの従者に止められる。

 あのようなことに手を貸していた父でも私への愛情は残っていたんだ……。

 父の消沈具合は私がこの件に関わったことによるものかもしれない。


「ご息女の件については後ほど。まずは神殿長の件について報告いたしましょう」


 ロワニドはエイロンに掛けられていた《支配ドミネート》の魔法と《隠蔽コンシール》の魔法について説明する。

 《支配》は王城にて禁忌とされている《魅了》よりもさらに高位の魔法で、相手を自在に操れる。しかも人だけでなく怪物や他の世界からの存在にも効果があるという。《隠蔽》は魔法の探知から隠蔽する魔法らしい。こちらも高位の魔法とか。


「それを掛けていたのは私、ユロールにございます。大賢者の座を辞し、その上で如何様な罰でも受ける所存でございました」


「しかし貴殿は大賢者であったのだろう。なぜそのような」――第一王子が問う。


「今思えば権威と欲に目がくらんだとしか申せません。師匠に叱責され、目が覚めました」


「こいつは若い頃からそういう部分が弱かった。鍛えなおしだ」


「はぁ」――とそれなりの年の元大賢者様がイズミの言葉に力なく返す。


「さてユロールよ、誰の指示か詳らかにしてもらおうか。ああ、そういえば何人か刺客を寄こしてくれた奴らが居たのう。知っておったか? 強力な契約で縛られた組織ギルドというものは鑑定で組織名まで見えるのじゃが?」


 そのイズミの言葉に動揺を見せたのはゴーエ伯だった。


「いや、私ではないぞ……」


 皆がゴーエ伯に注目する中、スラリと抜剣の音が部屋に響いた。

 剣を抜いたのは枢機院の聖堂騎士六人だった。


 あまりに突然のことに大多数の領主たちは動けずにいた。


 彼らの傍には会議を護る護衛が二人居たが、一人は抜きざまに斬り捨てられ、もう一人は剣で受けるも尋常ではない勢いで蹴り飛ばされ動かなくなった。聖堂騎士たちはいずれも老騎士ばかりだったが、その動きは現役の戦士を軽く凌駕していた。


「今後は枢機院が元首会議に成り代わる! 元首殿方にはご退場いただこう!」


 聖堂騎士の一人が大声で言い放った。

 同時に聖堂騎士の一人が主神あるじがみ様の祝詞を唱えると、彼らを淡い光が包み込む。

 あれは戦神いくさがみとしての祝福だ。


「気でも狂ったのか!?」


 そう言ったのは北の女辺境伯だった。彼女は立ち上がって既に剣を抜いていた。傍に控えていた息女らしき女戦士も抜剣していた。他の領主たちも帯剣はしていたが、抜いたのは主に傍に控える血族だった。


「メレア公、大賢者様と共にお下がりください。ジーンも」


 私は背中から長包丁を抜いた。上着の背中が切れて開く。

 メレア公は頷いてイズミを連れて下がる。


「元首会議で殴り合いができるとはのお! 鼻持ちならないこやつらは一度殴ってみたかったのだ!」


 そう言って躍り出たのは東の辺境伯だった。

 東の辺境伯は聖堂騎士の一人に、先端ほど幅が広くなっている鉈のような片刃の大刀で打ちかかった。


「《盾よスキア》!」――聖堂騎士が作り出した輝く《盾》は辺境伯の一撃を押し留める。


「《聖鎚よスカルス》!」


 別の聖堂騎士が辺境伯に打ちかかる。その剣にはまるで戦鎚ウォーハンマーのような輝く鎚頭、つまりは主神の象徴が纏わりついていた。


「ぐほっ!」――辺境伯は《聖鎚》によって薙ぎ倒された。


「辺境伯様!」――私は悲鳴のような声を上げてしまう。

「どういうことだ。枢機院の老騎士にあれほどの力があるとは」――北の辺境伯が言う。


「あれは魔女の聖秘術による祝福じゃよ。おかしいと思うた。聖堂の者が魔女の祝福なぞ纏っているなど」


「聖堂に……魔女?」


 私はイズミに問いかけた。


「おそらく、どこかに監禁しておるのじゃろう」


 なんて酷い――私はスカルデのあの牢を思い出してしまった。


「トメリルの賢者だけは必ず殺れ」――聖堂騎士の一人が言う。


 部屋を護っていた護衛たちが聖堂騎士に斬りかかるが、次々にやられていく。

 あの護衛とて円卓を護る有能な騎士のはず。

 祝福によってそれぞれの聖堂騎士が怪物のような力を得ているように見えた。

 領主たちは円卓の反対側に引き下がっていく。


 私はイズミとメレア公にその場を動かないように告げ、《聖域よ在れサンクチュアリ》を行使する。他に戦える者は少ない。領主本人が前線に出て戦うような領地は辺境伯領くらいだ。護衛として側に仕える血族も含め、大領地の領主たちはせいぜい身を護れる程度で、あのような力のある聖堂騎士と正面切って戦えるような者は居ない。


 ただ、北の女辺境伯だけは違った。


「かかってこい。聖堂の連中は好かん」


 そう言って大見得を切り、円卓の上に土足で上がった。


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