第32話 決着
「ぐあっ」
枢機院の特徴ともいえる白地のタバードに碧と明るい青が交互に交差する垂らし帯のついたケープが宙を舞う。
グシャァ――円卓に飛び上がろうとした聖堂騎士が円卓に両足をつける前に吹き飛び床に打ち付けられたのだ。
北の辺境伯は
「元首のみに許されるこの円卓、不届き者には触れさせまいぞ!」
そう豪語する本人は円卓の上を土足で走り回り、円卓に上がろうとする聖堂騎士を叩き落とし続ける。しかし倒れた聖堂騎士も祝福によるものなのか、胸に開いた大きな傷をものともせず、《治癒》の魔法によって通常ではありえないような回復力を見せていた。
「なんだこの女は!」
「聖秘術を持ってしてなぜ通用せん!」
老騎士たちが慌てふためく。
「北方の蛮族どもを退け続けたこの剣、
北の辺境伯はほくそ笑み、直剣をひと撫ですると刻まれた古文字が青く光る。
こちらにも聖堂騎士が二人近づいてくる。
武器はそれぞれの剣に宿した《聖鎚》。ただ、鎧はさすがに纏っていない。
私は体を低く構えた。
二人の聖堂騎士が同時に打ちかかる。
輝く剣の動きは稲妻のように速く石畳の床さえ砕く勢いだったが、二人同時にかかってきたため動きは単純だった。翻るように《聖鎚》を躱し、聖堂騎士の左腕に深く斬りつけた。一方は怯むがもう一方の聖堂騎士は続けざまに打ちかかってくる。単調な打撃を躱し続けていると、最初の一人も《治癒》により千切れかけていた腕がほとんど治っている。
あんなに早く――想像以上に魔女の聖秘術が強力なようだ。
もう一人を斬りつけるも再び《治癒》により深い傷が治っていく。《治癒》の隙は《盾》により阻まれる。首を狙うもさすが防戦に優れた聖堂騎士だけのことはあり、二人の連携もあって正面に構えた剣は容易には長包丁をその首まで届かせてもらえない。
加えて彼らの受けた魔女の祝福は、偶然を装うようにしてこちらの好機を次々と潰していく。時には金属製のカフスの上を斬りつけた刃が走り、時には足を滑らせ一撃を躱す。対して向こうは《聖鎚》のほんの一撃で小娘など骨まで砕いてしまうだろう。
――噛み合わない。
「ラヴィ!」
声をかけてきたのはイズミ。小さな薬瓶を投げ渡された。
「やつらの使ってた毒よ。即効性の」
目の前に居た聖堂騎士はその声に反応してイズミに殴りかかる。
ガガッ――しかし、輝く地母神様の紋様は剣を通さなかった。
「バカね。魔女の祝福が地母神様の聖域を傷つけるわけないじゃない。それよりも自分の心配したら?」――イズミが微笑む。
私は《
武器の穢れはそのまま傷つけた者へと深く及ぶ。かつては糞便や腐肉などで穢したと言うが、私はこの呪詛の力がどうしても好きになれなかった。
「残りはっ!?」
そう振り返ってみると、円卓の上には東の辺境伯様まで居た。
《聖鎚》の一撃にやられたかと思ったが、心配は無用なほど元気そうだった。
また、円卓の向こう側では北の辺境領の女戦士が護衛と共に聖堂騎士の行く手を阻んでいた。
「殴っても殴っても起き上がってくるとは、殴りがいがあるのお、北の!」
「よく言う! 東の、貴殿は先程やられていたではないか」
「あれはちぃと油断しただけじゃわい!」
二人は円卓に上がってくる三人の聖堂騎士を薙ぎ払っては再び上がってくるのを待っていた。
「いい加減にしてくださいお二人とも! 遊びではないのですよ!」
円卓の向こう側で北の辺境伯領の女戦士が叫んでいた。
私は円卓の下へ薙ぎ倒されてきた聖堂騎士をひと撫ですると、《
「あちらのお嬢様の言う通りです。いい加減片を付けましょう!」
二人の辺境伯に向かって叫んだ。二人はやれやれと言う様子で聖堂騎士の頑強な魔法の《盾》さえ削り切る猛攻を加えて止めを差し、女戦士と戦っていた最後の聖堂騎士も降伏した。
◇◇◇◇◇
私は護衛たちを斬りつけた武器に《
「聖堂騎士たちを縛ってください。蘇生させます」
部屋の外の護衛を呼び集め、彼らを縛らせて《
「ラヴィーリアと言ったな。やるではないか。こいつの嫁に欲しいくらいだ」
そう言ってあの女戦士を抱き寄せてきた。
「いえ、あの、お嬢様では?」
「そうだ。そこが良い所でもあるし、残念なところでもある」
「ゼラと申します。領主は女系ですので後継となります」
赤い長い髪を後ろで編んだ、背の高い、美しい女戦士だった。
「お二方には助けられました」
「侯は血の気が多いので困っているのですよ」
ふふと笑う彼女。
「よう使うておるではないか。エルフの刀はよかろう」
東の辺境伯、ノラン侯が声をかけてくる。私は片膝をついて
「閣下、ありがとうございます。閣下のおかげで私はこうして生き永らえることができました。全てこの刀剣に助けられた結果です」
「そうか。役に立ったならよかった。そしてよく成長した。辺境に迎え入れたいくらいだ」
東の辺境伯様は満足げな顔で私を見つめていた。
「お主にはリアはやらんぞ」――口を出してきたのはメレア公。
「お前は! いつの間にラヴィーリアを娘にしおった!」
「さっさと手を出さんお主が悪い。残念だがもううちの娘だ」
「なんだと! この色ボケ爺が!」
ノラン侯がメレア公に掴みかかり、侯の従者が止めにかかる。
「やめろ、お主臭うぞ、臭い!」
「お前こそ香水臭いわ!」
そこにロワニドが入ってくる。
「お二人とも、そろそろ会議を再開したいのですが?」
このような状況でも元首会議は続けるという。
イズミは当然だろうと言う。何故なら、初期の魔王対策の元首会議では負傷もそのままに戦場から直接赴くことも多かったのだからと。
◇◇◇◇◇
「国王陛下の許可の元、聖堂の指示でゴーエ伯が捕らえた神殿長に《支配》の魔法をかけました。審問にて神殿長に私が述べさせたことは全て偽りとなります」
一同からざわめきが起こる。
「何と言う愚かな……」
「国王陛下もご存じとは」
「ゴーエ伯よ、これはどういうことだ」
「ゴーエ伯、儂は聞いておらんぞ」
「伯爵殿、これはどういうことでしょう?」――ロワニドがゴーエ伯に問う。
「ぐ……ぐぐ、貴様ら……」
「ロワニド殿、よろしいか?」――手を上げたのはジーン。
「――実は重要な証人を一人、用意しております。この場に連れてきてもよろしいでしょうか?」
ロワニドに許可を取り連れてこられた栗色の髪の女性。
その顔を見て目を見開いたのは父、ルテル公だった。
そして私も驚いていた。
「わたくしはカイネ・リトアと申します。ルテル公の元で暗殺を行っておりました」
再びざわめきが起こる。
「貴様……、おい、その女こそ《支配》を掛けられているんじゃないのか!?」
「いや、誓って言おう。そのカイネ・リトアなる女は《支配》にもまして《魅了》にもかかっておらんぞ」――などと、また気軽に誓いを立てるのはイズミ。
「ええ、わたくし、寝返ることにしましたの。ごめんなさいね伯爵様」
「なるほど。では、カイネ・リトアとやら、君に託された暗殺の内容とやらを教えて貰おう。もちろん、証言の代わりに君の身の安全は私の立場で保障しよう」
彼女はロワニドに向かって目を瞑り頷く。
「ルテル公の命でトメリルの賢者の暗殺を指示されました。一度目は王都へ着く直前に、二度目は神殿に居るという情報をルテル公が得てから神殿に送られました」
私は開いた口が塞がらなかった。あのカイネをどうやって篭絡したの? ――そうジーンに聞きたくて仕方がなかった。
カイネに続いてそのジーンが発言する。
「我々が調べた内容はこれだけに留まりません。ゴーエ伯爵殿、それからルテル公爵殿、聖堂、国王陛下、元大賢者様は魔女の祝福を持つ者を排除していた疑いがありました。手口としては元大賢者様が魔女の祝福を見出した者の家族を追い詰め、主に娼館に売らせて管理させ、魔女の祝福を顕現させたものは殺していた。あるいは――」
「或いはおそらく聖堂で監禁されておる」――イズミが付け加えた。
「聖堂はわかりかねますが、魔女に祝福を与えなかったのはその通りです。ただ、排除まで行っていたとは存じませんでした……」――元大賢者様のユロールが証言する。
「伯爵よ、説明を求める」
そうゴーエ伯に言ったのはロワニドの父、ミリニール公だった。
「ぐぬ……」
しばしの沈黙ののち、ルテル公が立ちあがる。
「私から説明させてもらおう」
「――トメリルの賢者の暗殺を指示したのはその通りだ。目的は新たな魔女を誕生させないためだ。我々は魔女の力は脅威と考えていた。娼館についてはこちらの管轄ではない。そこまでのことが行われているとは知らなかった、すまない」
父の言葉はまるで私に対して掛けられたかのように聞こえた。
そしてルテル公とゴーエ伯に非難の声が飛ぶ。主に南部以外の領主たちだった。
「それでは今回の神殿での件、まずはゴーエ伯爵殿からメレア公爵殿へ賠償を行うと言う形でよろしいでしょうか?」
ロワニドの言葉に異を唱える者は無かった。
「――そして聖堂については枢機院を調べ尽くす必要があるでしょうね」
「こいつらは我々の虜囚だ。それで良いな? 何せ三人は既に死んでおったのだ。尋問も我々が行う」
北の辺境伯が言う。
「わかりました。任せましょう。――それではもう一件、皆様の判断を仰ぎたい事案がございます」
皆、今まで触れられなかった人物に目を向ける。
そしてその傍に座る第二王子が立ち上がる。
「元首方に国王陛下の解任を要求したい」
「馬鹿なっ、父王を自ら退かせようと言うのか!」
「その通りです、ゴーエ伯爵殿」
「それでは王位の継承権も手放すことになるぞ」
「そこで私の心配ですか? 構いませんよ。国が上手く立ち行くようになるなら私の権利など喜んで差し上げましょう。それにレメントの公爵領も兄が継ぐでしょう」
意外だった。あのダルエルが王位に興味がないとは。
「それで殿下、誰を代わりに据えるのだ」――北の辺境伯が聞く。
「ふふっ、それはもちろん王都の聖女、ラヴィーリア様ですよ」
「っ!?」
皆が私を注視する。
えっ、私!?
何故!? どうして???
親しい人たちを見ると皆、当然のような顔をしていた。
「ラヴィーリア様が聖堂で貧しい民衆を救っていたことは領主の方々はよくご存じでしょう。ですがそれだけでは無いのです」
私が声を上げようとするとロワニドが傍まで寄ってきていた。そして小声で――。
「(傀儡になる覚悟はあると言ったでしょう?)」
――確かに私は言った。言ったけれどそれはロワニドの妻の聖女と言う立場の私であって、国王などという立場の私ではない。
「彼女は大勢の魔女を救いました。幼い孤児から、娼館に売られてしまった大勢の女性まで。自らに危険が及ぼうと、先頭に立って幾度となく彼女らを救ったのです!」
「――最初はロスタル家が後ろ盾になっている平屋敷と呼ばれる大規模な娼館から未成年の娘を助けました。その娘の妹が別の娼館に居ると知るや、単身乗り込み、その妹と魔女の娘を地下牢から救出しました」
「――神殿を襲った五人の暗殺者たちからもたった一人でトメリルの賢者様と孤児たちを護りました。さらにまた、平屋敷に売られていた女性を一人残らず救い出したのです。そのほとんどが魔女でした」
「――そして先程も説明のあった神殿での争い。あの場でラヴィーリア様は再び賢者様と孤児たちを護るため、剣を取り先陣を切ったのです!」
あのダルエルとは思えないような興奮に満ちた演説は、かなりの脚色を経て元首会議の間に響き渡った。いや、彼はもともとこうやって人を魅了し、扇動するのが得意なのかもしれない。
「――こうした理由で私は次の国王に聖女ラヴィーリア様を推したいと思います」
ダルエルの演説は救出劇のみに留まらず、東と西の領地の蟠りの解消にも力を貸していると紹介した。しかしそれはまだこれから私がやらなければいけない事だ。
私はダルエルに文句を言いたかった。しかし――。
「良いではないか! エルフの刀をあれだけ使いこなす娘だ。見所はあるぞ」
東の辺境伯がからからと笑う。
「ああ、なかなかに腕が立つ。やはり国王は強く在らねばな!」
北の辺境伯がカカと笑う。
ロワニドとダルエルが頷き合ったのを目にした。
「では票決を取りましょう」
◇◇◇◇◇
元首会議の後、我々は再びミリニール公の屋敷に戻ってきていた。
「騙すような形になって申し訳ない」
ロワニドが謝ってくる。
「皆、知っていたのですか?」
「ああ、皆知っていた。ついでに言うと東の辺境伯には予め話してあった。北の辺境伯まで味方に付いてくれたのは予想外だったがな」
ジーンが言った。さらに続けてメレア公が――。
「こうしたものは予め勝てる人数まで根回ししておくものだ。そして裏切らないように意外な証言も用意しておくのだ」
「カイネ・リトアですか? 彼女は何故寝返ったのです!?」
「それはのう、そこの女たらしに渡して篭絡してもろうた」
そうして顎で指したのはマスクを付けたダルエルだった。
「殿下がですか!?」
なるほど、女の密偵でも扱えると言うのは虚言では無かったのだろう。
しかしそのやり口には嫌悪感しか抱かなかった。
「まあそう蛇蝎を見るように睨むな。仮にも夫となる相手なのだぞ」
「なっ…………今何と……」
私は思わぬ言葉に頭が真っ白になってしまっていた。
そこにロワニドが出てくる。
「そうだ。貴女が国王として国を動かしてゆくためには彼の後ろ盾が必須となる」
「この男とですか!? 他の者ではダメなのですか!?」
私は思わずカルナ様を見てしまった。
カルナ様は何も言わず俯いていた。
「ああ。私やエフゲニオ殿では全ての諸侯をまとめきれないだろう。ましてやカルナ殿では……」
「――もともと傀儡として祭り上げられるだけの存在だ。貴女が望むなら国王の話は無かったこととして会議に掛け合おう。だが、国を変えたいというのであればこの機会を失くしては他に無いぞ」
カルナ様は何も言ってくれなかった。
いつからかは分からない。でもきっと聞かされていたんだ……。
私は今更ながら彼との時間を大切にするようにと言われた意味を理解した。
「私は――」
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