第18話 コルニット卿

 その日、マスクの男は早々に館を去り、私は侍女とレコールに付き従われることになった。男爵は今日が珍しく朝の遅い時間まで館に居ただけで、明るいうちはずっと荘園の方に出ているようだ。ゴアマは手下の男たちと行動しているらしく、屋敷の中では見かけなかった。



 翌々日、その日もレコールは扉の前で見張りを続けてくれていた。


「あの……レコールさん?」


「レコールと! 呼び捨てでぜひ」


 どうにもやりにくい。

 ゴアマは最初から呼び捨てだったため気にならないけれど。


「レコール……少し話を聞かせて貰えませんか。その、あなたたちの事では無く、領地のことを」


 レコールは私の部屋で二人きりで話すわけには行かないというので、戸口で扉を挟んで話すことになった。先日までの彼の態度を想うとクスリと笑ってしまった。今は侍女も居ると言うのに。ジーンや私を襲ったドバル家のティモレのことを考えると本質は紳士的な男なのだと思った。



 西はどこも豊かな穀倉地とは聞くが、彼の知る古い話ではもともとはどこも深い森だったらしい。ミリニール公の領地もその例に漏れず、先祖代々が切り開いてきた土地なのだそうだ。ロシェナンの土地は比較的新しい荘園だが、それも彼の先祖が開墾して今のような豊かな土地になったという。


 森というと単純に木を切り倒し、開墾すればいいと言う話ではない。森には様々な種類の怪物が居ると聞く。それらを排除しながら切り開いていくのだ。並大抵の労力と年月では事を成し得ないだろう。


 森を切り開く際には単純にどこでも切り開いているのではない。森には魔物が育ちやすい土地があるらしい。地脈レイラインと呼ばれる道筋の上にあるその土地の周辺には神秘的な力が働き、不思議な力のある泉や高価な薬草などが生じる。そういった場所は神事には向くが生活の基盤には向かない。それらを避けて開墾するべき土地を伝えるのが神託に通じた魔女の役目だったそうだ。


「でも今は魔女自体が少ないのですよね」


「ええ、公もそれを危惧されています」


 レコールはと言った。この土地で公と呼ばれるのはミリニール公ただ一人。彼らを動かしているのはミリニール公の可能性が高い。


「――魔女の祝福を持った者が生まれない……。魔女の直系の子孫なら自ら魔女の力を顕現させる者も多いというのに、そういった者に限って国王が召し上げていくのです」


「国王陛下が?」


「ええ。魔女の力が必要だと言って有無を言わせず……」


 顔は見えないがレコールの怒りが伝わってくる。


「東のメレア公の所でも似たような話を聞きました。新しい世代の魔女が狙われると」


「東の? 奴らは信用なりません。東の魔女を抱える連中は魔王との闘いに魔女を狩りだします」


「それは聞いたことがございません。東でも魔女が足りなく民の生活に支障をきたしております。何かの間違いでは」


「いえ、国王が魔女を召し上げていくのもおそらく東に送るためです」


「東の領主の血族で魔女を保護しようと動いている者もいるのです」


「……」


「そうだ――。あなた方が連れ出した女性たち。彼女たちは魔女の可能性があります」


「それは、それはやはり本当なのですか!?」


「何かご存じなのでしょう? 西と言えば、カーレアという娘を知りませんか? 或いはゼレクという若者を」


「ん……いや、動いているのは我々だけではないので……」


 やはり彼らだけで略奪のような行為を行っているわけではないのだ。もっと規模が大きい。ミリニール公が領内の多くの郷士を動かしている可能性もある。乗用馬ラウンシーと言えど騎士が乗るような馬で戦争にも出せる。荷を引くこともあるが、荷馬サンプターとは足の速さが違う。あの数の軍馬をひとつの荘園で気軽に出せるはずがない。


「レコール、あなたは士爵なのでしょう」――つまりは騎士の位、準貴族の地位を得ている。


「なっ……」


「最初はとてもわかりませんでしたが、あなたの礼儀正しさを見てわかりました。最初の態度だって責務に忠実なだけなのですね」


「はあ……いや……」


「ゴアマや他の方もおそらくは。少なくとも軍馬を操ることはできるのですよね。乗用馬ラウンシー軍馬コーサーを見て思いました」


 あの乗用馬ラウンシーたちはもしもの場合の彼らの逃走手段、あるいは囮となるための手段だったのではないだろうか。彼らが乗り込んでいた四台目の馬車に繋がれていた馬やあの軍馬コーサーは彼ら自身の愛馬の可能性すらある。


「はあ、生まれついてのお姫様はそんなこともわかるのですか……。軍馬コーサーは私のですよ」


「早めにあなたの主君と会うべきですね」



 ◇◇◇◇◇



 外で馬の嘶きが聞こえた。

 ちょうど六の鐘で荘園の仕事も終わろうかと言う時間だった。


「知らせが届いたのでしょうか」


「どうでしょう」


 扉の外のレコールは難しい顔をして通路の窓から外を見る。


「――コルニットのとこの馬車じゃねえか。止めてくるから誰も入れるな!」


 レコールは階下へと走っていった。

 侍女は私に部屋へ入るように言うと、扉を閉めて鍵をかける。

 コルニットというと公爵領の西の外れの荘園だった記憶がある。


 レコールが去って部屋の窓から外の様子を伺っていると、馬車から降りてきた恰幅の良い男と供、それから馬に乗ってきた数名の護衛の騎士らしき鎧の男たちが屋敷に入ってきている所が見えた。



 しばらくすると、部屋の外が騒がしくなってきたのがわかる。やがて――。


「聖女様、お迎えに上がりました。どうか一緒にお越しください」


 私は侍女と目を合わせるが、侍女は首を横に振っている。


「お引き取りを。ロシェナン卿に話を通してください」


 そう答えると、扉の向こうで叩き破れという声が聞こえる。

 私は侍女に隠れていなさいと指示し、長櫃に隠す。


 しばらくドカドカと扉を叩きつける音が続き、扉が破られ――。


 鎧の男が三人、踏み入ってきた。

 やはり長包丁では対処しきれない相手と数だ。


「聖女様。どうか主の館へお越しください」


「私はここを一歩も動くつもりはありません!」


「よい、連れていけ!」


 後ろからそう声がかかると、三人の鎧の男は私に掴みかかってきた。こちらも避けたり抵抗を試みるが、多勢に無勢、やがて組み伏せられ、縛り上げられてしまう。


「ロシェナン卿の屋敷に踏み入って! 無礼が過ぎませんか!」


「黙らせろ!」


 轡を噛ませられると、縛られたまま肩に抱え上げられ、私は連れていかれた。

 屋敷の出口近くでレコールが倒れている。見たところ出血はないが……。


 その後、私は縛られたまま馬車に乗せられた。


「ソノフの娘が手に入るとはな。いくらでも利用できるというのに勿体ない」


 恰幅のいい男がそう言う。彼がコルニット男爵だろうか? ロシェナン男爵とはえらく印象が違う。どちらかというと王都の貴族を彷彿とさせる。そして私にはソノフの娘としての価値など無いと言うのに……。


「新興の郷士どもは王都の聖女などと呼んでおります故、禁忌を恐れているのでしょう」


「馬鹿馬鹿しい。夜にでも聖女の貞操を奪ってやるわ」


「しかし噂では第二王子と既に閨を共にしたとか」


「どちらでも良い。本物にしろ偽物にしろ、諦めもつこう。ソノフに辛酸を舐めさせられた者は多いのだ」


 私は再びあの恐怖に晒されるとは思ってもいなかった。ミリニール公が動かしている領主の数は多いのかもしれない。しかしそれらは一枚岩ではないように見えた。



 ◇◇◇◇◇



 馬車は夜遅くにどこかの高い壁のある町に入っていった。既に日が暮れていたというのに宿場をひとつ飛ばしていたので、南のダエガノの城塞都市あたりであろう。城塞都市であれば子爵位の貴族が統治している。稀に商人上がりの者も居るが、たいていは公爵や伯爵の血筋の者に任される。


 貴族が旅の途中で他領の貴族に一宿一飯を願い出ることは珍しくない。頼られる側もをみせることは吝かではないし、つてや貸しも作れる。そして子爵であれば郷士の横暴を止めることもできるかもしれない。ただ、私の期待を裏切るように、馬車は砦には向かわず、宿場街へと向かっていった。



 ◇◇◇◇◇



 宿の酒場では女たちが客を取っているようにも見えた。娼館を兼ねた宿屋なのだろうか。王都の娼館とは違うように見える。部屋に閉じ込められているようでもない。


 連れてこられた木造の部屋はかなり大きかった。貴族が泊まることを考えているのだろうか。しかし部屋を飾る物には上質なものは無いように見える。ベッドも大きいだけでロシェナンの館の方の物が造りはずっと凝っていた。ただそれでも、私を怯えさせるには十分だった。


 コルニットと思われた男が部屋に入ってくる。他の物は退出していった。


 男は私の足の縄を解く。


「お前、よく見たら首輪なぞ着けておるのか。どういう趣味だ」


 何も応えずに睨みつけていたら、男は私の首輪に縄を結わえ付け、轡を外してきた。


「カルナ様に頂いた首輪を侮辱しないでください」


 そう言い返すと、男は縛られたままの私の顔を殴ってきた。


「前の主人に貰ったのか? どこが聖女なのだ」


 男は鼻で笑う。ただ、都合の良いことに私の手首の縄も外してきた。

 すかさず立ち上がり、距離を取った。


 ――ここでこの男を斬り捨てるか?


 ただ、仮にコルニットだったとして、ミリニール公との関係に問題は起きないだろうか? コルニットにしてもソノフ家が憎いだけで領民のことを全く考えていないわけでもないだろう。私は躊躇していた。


「戸は開かんぞ。鍵は掛けておるし見張りもおる」


「……話し合いで解決されるつもりは無いのですよね」


「ゆっくり話し合おうではないか、夜は長い」


 男は余裕の表情で掴みかかってくるが私はそれを躱す。


「いいだろう。ひと晩中逃げまわるが良い。逃げられようが捕まえようが儂は楽しめる」


 ブフと鼻で笑った男は嗜虐心に満ちたいやらしい目つきで私を眺めながら上着を脱いでいき、だらしない上半身を見せつけてきた。


 男の裸などまともに見たことが無かった私は目を逸らしそうになったが、震える肺に空気を吸い込み、精一杯落ち着こうとした。


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