第16話 囚われの聖女

「こいつだな」

「ああ」


 男たちがそんな会話をする。上の階もホール、ただし長方形のホールになっていて、何人もが座れる大きなテーブルが並んでいる。登ってきた階段の入口は仕掛けによって閉じられ、さらに敷物で隠蔽される。ホールに男は五人居た。


「娼館の前に座り込んでいたやつだ。間違いない」


 なるほど。あの時声をかけてきた男のようだった。

 金髪を後ろでまとめている背のいくらか低い男だ。


「ソノフが送り込んだ女だ」

「なっ……」


 何故それを――思わずそう言ってしまいそうになった。しかし、わけではない。どういうことか私にはわからなかった。


「驚いたようだな。お前の名前も調べがついている」

「……」


 男はにやりとしてこちらを覗き込む。


「――カイネ・リトアだ」

「違いますよ」


「しらばっくれても無駄だ――」

「違います。カイネ・リトアは捕まえました」


「その髪の色――」

「栗色の髪は珍しくありません。彼女の髪色はもっと暗いです」


「ソノフの名に驚いていただろう」

「それは――」


 説明するか迷った。もしそうするなら私の本名や出自についても話さなくてはならない。どのような相手かもわからない状況で喋ってしまう訳にもいかない。


「――そもそもカイネ・リトアはソノフの関係者なのですか?」

「その調べは付いている。知らぬ風を装っても無駄だ」


 別の男――体格の良い、短い赤みがかった金髪の男がそう言う。


「忍び込んだにしてはずさんだったな。いろいろ吐いてもらうぞ」


 長い金髪の男は連れていって身ぐるみを剥げと言う。

 私は背中の長包丁を抜こうとした――しかし上げた右手首を短い金髪の男に捕まれてしまう。反射的に右腕に体重を掛け、体を浮かせて右足で相手の脛を踏み抜こうとするも、それも左足を合わされ、いなされてしまった。


「ブーツにナイフを仕込んでいるかもしれん、押さえろ」――短い金髪の男が言う。

「毒を使うぞ。体の隅々まで調べろ!」――長い金髪の男が言う。


 短い金髪の男は背中に何か仕込んでいると思ったのか、背中に手を突っ込んできた。


「ひっ……」


 他の男たちは私の両足を抑え、ブチブチとブーツの紐を切っていく。

 私は動きを封じられたことと、長い金髪の男の言葉にカイネ・リトアが死後に受けたあの辱めを思い出し、感情が溢れ――。




「ぅ、ふええぇぇぇぇん――」


 涙も溢れ、泣き出してしまった……。


「ええ……」

「武器かと思ったら何も無いぞ」

「ブーツも仕込まれてないようですが……」

「どうするよこれ……」



 私は泣きながら部屋に連れていかれ、ベッドの上に座り込んだ。つま先は隠して。


「ひぐっ……辱めを受けるくらいならひと思いに殺してください……ひっく……」


 嗚咽を漏らしながらそう言う。


「これ本当に密偵か?」

「ソノフの女ならカイネ・リトアしかない。演技かもしれん」

「とりあえずは閉じ込めておけ。面倒だ」


 辱めを受ける寸前だった私はすっかり弱気になってしまい、そのままベッドで横になり、寝てしまった。



 ◇◇◇◇◇



「……カルナ様」


 久しぶりにカルナ様の夢を見た。

 さっきまで笑い合っていたのに現実に帰ってくると、もう二度とは訪れないことを知る。


「ずっと夢の中で居たい……」


 しくしくとまた泣いてしまう。

 枕を濡らしていると、戸の鍵が開けられる音がした。

 私は慌てて体を起こし、涙を拭いて足のつま先を隠すように座った。


「よう」


 あの体格のいい短い髪の男がトレーを持って入ってきた。


「まだ泣いてたのか」


「これは、その……」


「食事だ。温かいスープもある。女どもがお前が無事か飯は食べたのかとうるさいから持ってきてやったぞ」


「あ、ありがとうございます……」


「本来ならカイネ・リトアに食わす飯は無いのだがな」


「賢者の子を殺害したからですか?」


「やはり……やはりお前だったのか」


「私ではありません。あの子も生きてます。神殿に行ってごらんなさい」


「神殿? あそこはダメだ。どこかの貴族の兵士が駐留している」


「あの子を守っているんですよ」


「そんな話は聞かない」


「秘密主義もこんな時、不便ですね……」


「――店の子たちをどうするつもりです?」


「……どうもしないさ」


「逃がしてくれるならそれでいいんです」


「――そうか」


 彼はブーツ用の紐を置いていった。


 長包丁を抜く余裕は十分にあった。しかし私はすっかり弱気になってしまっていた。ジーン相手にはあれだけ啖呵を切っていたというのに。あれはジーンが口では何と言おうと私を傷つけることはない事を知っていたからだ。


 そしてこの男は強い。強いだけでなく、おそらく店の子たちを助けようとしている。自分の身を護るためだけに彼らを傷つけることは本望ではなかった。斬り結んだとしても、あのカイネとの戦いのように冷静なまま戦い続けることはできないだろう。



 ◇◇◇◇◇



 結局、私は部屋に閉じ込められたまま何かされるわけでも無かった。確かにあの髪の長い金髪の男は一度私の部屋を訪れ、尋問のようなものをしてはいった。その際にまた、体の隅々まで調べるべきだと言い、私は体を強張らせはしたものの、周りの男たちが難色を示したため実行には移されなかった。その後はほぼ、放置されていた。


 五日後、彼らはようやく私を部屋から出してくれるようだった。その際に手首を後ろ手に縛られる。男たちは旅支度を整えており、最初の無法者めいた格好では無かった。地下への階段が閉じている様子を見る。


「店の子たちは? 置いていくのですか!?」


「もうそこには居ない。安心しろ」


 髪の短い金髪の男――ゴアマと名乗った彼がそう答えた。そして私が逃がしてくれるならいいと言ったことを覚えていたのか、安心しろと言った。


「どこへ連れて行ったのです!?」


「少なくとも王都にはもう居ない。俺たちもここを離れる」


「解放してくれるわけでは無いのですね」


「お前は俺が買ったことにする。そのつもりで居てくれれば殺しはしない」


「わかりました」


 ゴアマは私の言葉に何か言いたげではあったが、私に目隠しをすると、手首に結わえられた縄を持ち――おそらく外に馬車でもあるのだろう――そこまで誘導した。そして――。


「ちょっと! イヤっ!」


 彼は私を横向きに抱き上げる。突然のことに体を強張らせるが、彼は身じろぎひとつせずに馬車の荷台らしき不安定な場所に乗り込み、私を座らせた。


「いちいち生娘みたいな反応をするな。まったく、密偵の籠絡術なら大したもんだ」


 彼以外にも人の気配があったが、皆、黙っているようだった。



 ◇◇◇◇◇



「何だ?」

「中を検めさせろと言っています」

「連日だから目立ったか」

「かも……来ます」


 馬車に揺られてしばらく走った後、ゴアマたちが小さな声でしゃべり始めた。


「黙ってろよ」


 ゴアマが私の目隠しを取り、背中を硬い物で小突いた。


 幌を開けられ、眩しい外の光と共に衛士が覗き込む。


「荷物はこれだけか? 男が六人……いや、そこのお前、女か」


「ああ、美人だから高かったがな」


 私は後ろ手に縛られたままだった。疑われる前に自分から言ったのだろう。


「本当か? 少し前に略奪があってな。女が誘拐されたと――」


「買われたのは本当ですよ」――私がそう言う。


「あ、ああ、必要なら取引の証文も持ってる」


 ゴアマは荷物の筒から羊皮紙を一枚引っ張り出すと、衛士に見せた。


「そうか。わかった」


 衛士が引き上げていくと馬車が走りだす。


「お前、勝手に喋るな」


「そう焦るほどの会話はしていないでしょう。障りなく通れましたし」


「脅したのを理解してなかったのか」


「ああいうのは私には脅しになりません」


「どういう女だよまったく……」



 ◇◇◇◇◇



 私は再び目隠しをされた。

 その後、馬車で夜遅くまでかけて移動した先が目的地のようだった。


「降りるなら自分で降りますよ」


「目隠しして縛られたまま降りられるわけないだろ」


 ゴアマが再び私を横向きに抱きあげ、そのままで連れていかれた。


「どうした、花嫁でも攫ってきたのか?」 ――などと途中で誰かに声を掛けられ笑われるも、ゴアマは黙ったままだった。


 結局、私がさんざん悲鳴をあげながら暴れたためだろう。再び目隠しを外された屋内では、同席していた他の男たちが無言のまま目を逸らしていた。ゴアマ本人もばつの悪そうな顔をしていた。


「それで、店の子たちもここに居るのですか?」


「言うわけないだろう」


「目的は?」


「それもだ」


「わからないと私も安心して帰れないのですが」


「帰れるわけないだろう!」


 バン! ――部屋の戸を勢い良く開けて入ってくるのはあの少し背の低めの長い金髪の男。


「安心しろ。こいつの尋問を任せられるいいお方がちょうどここに来ておられるからその方に任せる。お前らみたいなヘタレと違って女の扱いは密偵相手でも得意だとよ」


 私は再び体を強張らせた。



 ◇◇◇◇◇



 ゴアマは私をベッドのある部屋へ連れて行った。監禁するような場所ではなく、それなりに広い部屋で貴族たちが寝泊まりするような部屋だった。ベッドも大きいことに不安を覚える。


「ゴアマ、後生です。辱められる前に私を斬ってください……」


「いやお前、命は大切にした方がいい」


「私には大事な人が居るのです。辱めを受けるくらいならどうか……」


「そうなのか……。――だがすまない」


 やがてノックが聞こえ、目の周りをマスクで隠した男がやってくる。

 戸口でゴアマと入れ替わると、ゴアマは入り口を出てすぐの場所で見張っているつもりのようだった。戸を開けたまま小声で何か言い交わしている。


 ――マスクはあのときのカルナ様を思い出す。彼がカルナ様であったらどれだけ嬉しかったことか。


 ほろりと涙が零れた。


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