第15話 襲撃

 私は再びジーンと共に王都へ戻ってきた。ジーンはあの時の会話など、そして養子の話など無かったかのように振舞った。ジーンに女になれなどと言われれば、こちらも斬り捨てますよなどと返すが、以前ほど殺気は込められなくなった。彼の意図がある程度わかったからだ。


 そのような様子を見ていたエイロンは、――やはりジーンさんと何か――などと悲しそうな顔をする。彼は神殿をしっかりと守っており、安心してキミリたちを任せられる代わり、こと私に関しての喜怒哀楽は子供を見るかのように感じられた。彼の気持ちは恋に未熟な私にでも薄々わかる。けれど私は彼の気持ちには答えられない。ただ、ジーンとは何もないよ。


 そしてもう一人、レテシアは何故かこの二人に対抗意識を燃やしている。彼女はスカルデ以下、子供たちを本当に大切にしているが、私の事となると距離が近くなり、夜はべったりくっ付いてくる。先日など、イズミが蘇生の際に私にキスされたと漏らしたのを嫉妬し、自分もすると言って収まらなかった。そもそもイズミは自分がそうやって起こされたのを何故知っているのか。ジーンたちには言わないようきつく言ってあった。それとも賢者だから?



 ◇◇◇◇◇



 ジーンはまた、彼の家に匿っていた女性たちを神殿に連れてきた。イズミが行くよりは安全と判断した。彼女たちを鑑定してもらったところ、六人とも魔女の祝福を得ていることがわかった。


「やはりか」

「間違いないですね」


 ジーンとエイロンが深刻な顔をする。


「ジーンさま、わたくしたち魔女ですの?」

「ジーンさま、捨てないでください……」


「何を言ってるんだ、手放すわけ無いだろう。それに魔女は貴重な祝福で国の繁栄も左右する。仮に俺の元を離れてもどこでも歓迎される」


「ジーンさまのお傍がよいです」

「傍に置いてくださいませ」


「わかってる。離さないから安心しろ」


 ジーンは六人全員を気遣っていた。彼の頭の中はどうなっているのかよくわからないが、全員に真剣なのは間違いないだろう。


「普通に羨ましいです……」

「エイロン、あれが理解できるの? 男ってそういうものなの?」


 エイロンまでおかしなことを言い始めた。


「理解できるわけないでしょ、頭沸いてんの? 相手なんて一人でいいわ」


 イズミが言う。まだ十歳の子供なのに。さらに続けて――。


「――とにかく、娼館に居る女の子は魔女が極めて多いことがわかった。六人引っこ抜いて全員魔女だったんだ。割合はかなり高い」

「潰すしかない……」


「おいおい待ってくれリア。完全に潰すと俺の楽しみがなくなる」

「別に完全に廃する必要はない。新しく作り直せばいい」


 イズミが妙なことを言い始めた。娼館を潰してまた作る? 難しい顔でそう言ったイズミは、喋り方もいつもの馴れ馴れしいおどけた少女からは程遠かった。



 ◇◇◇◇◇



 神殿はメレア公の近隣の小領地からの兵士で守られていた。理由としては孤児たちを守るため。何しろ先日は誘拐騒ぎ――表向きはそういう話になった――まであったのだ。


 私はというと、髪の色を栗色に染め、首輪に布を巻いて隠し、男装をしてフードを被り、いくつかある娼館の様子を伺ったりしていた。ジーンも相変わらず女遊びという名の調べものをしていたが、外に出ると言った私にそのままでは所作でバレると言い、俗っぽい身のこなしを教えてくれた。


 ジーンにはまた、女をいやらしい目つきでみたり、弱そうな相手を侮ってみせればそれっぽく見えると言われるが、私にはどうにも難しい。目を細めて髪を染めてくれるレンテラを見れば顔を赤くされた挙句、ジーンには――俺の女を盗るな――などと言われ、座っているジーンを腕を組んで見下せば侮りというより嗜虐心に満ち溢れていると言われる始末。


 結局、昼の間はどうやっても私の容姿では目立つから出歩くなと注意され、人が居なければ居ないで怪しいため、日が暮れ始めてから宵の口、或いは夜明けなど、通りに僅かに人が居るような時間にだけ調べに出させて貰えた。



 ◇◇◇◇◇



 そうやってときどき娼館の周りを見張って過ごしていたある日の夕方、通りに四台の馬車が止まっているのをちらと見た後、どうしてもそれらが気になった。考えてみると馬車と言っても幌のついた荷車のような簡易な物。にもかかわらず、繋げられた馬の種類は荷馬サンプターではなく、乗用馬ラウンシーであった。そして中には軍馬コーサーまで混じっていた気がする。


 ありえないわけではないがおかしい――そう感じた私は、通りをそのまま去る振りをして離れたところで路地に入った。近くには何があった? ――そう頭を巡らせながら路地を曲がりつつ進む。ずっと南に行ったところにはジーンの家があるが今は無人だ。娼館であれば平屋敷が比較的近いが目的は?


 目的は何でもいい。もし平屋敷に関わることなら調べておこう。私は平屋敷の入り口が見える通りにある建物の狭いポーチに腰を下ろしフードを深く被った。このようなときのためにジーンには酒瓶を持たせてもらっている。



 ◇◇◇◇◇



 夜も更け、平屋敷を出入りする客も捌けるくらいの時間、通りを平屋敷の方へ向かって進む十人を超える集団があった。私の目の前を通っていく集団はフードで直視はできないが、腰から下を見る限り、バラバラの装備、汚れたブーツ、篭手、短い刺突剣、臭いのする毛皮のクローク……無法者という印象が強い。


 通り過ぎていくまでそのままの姿勢で座っていたが、最後の一人が私に近寄り足を止める。


「こんな所で寝てると風邪をひくぞ。帰って寝ろよ」


 そう言って、私のブーツを足で小突いていった。


 思わぬ行動にビクリと反応してしまった私は、ごまかすべく猫背のままゆっくり立ち上がると、彼らとは反対の方向を向いてよたよたと歩き出した。声をかけてきた男もため息をひとつつくと、仲間の方へ歩いて行った。


 私は近くで脇道に入り、壁に背を付け彼らの様子を伺う。



 全員、平屋敷に入っていく。

 私はどう動くべきか逡巡していたが、通りに見張りのようなものが居ないため屋敷の入り口近くまで近づいた。覗き込むと門番の店員が殺され、引きずられていくのが見えた。


 襲撃!? 王都のこんな街中で?


 入り口近くには一人だけを残し、残り全員が屋敷に踏み入ったようだ。

 その一人も門番をカウンターの裏へ隠し終えると屋敷の奥へと入っていく。



 私は様子を伺いながら店に踏み入った。

 目的は何?


 カウンター裏に隠された店員は全員止めを差されていた。

 奥へと進むとやがて、静かに事を為されていたのが、徐々に騒ぎが大きくなっていくのがわかる。騒ぎになり、平屋敷のあちこちで悲鳴や大きな物音が聞こえる。


 私の足は、屋敷内の詳しい場所、かつて自分が手伝いをしていた場所に自然と向かっていた。彼らは奥へ奥へと進んでいる。私は厨房側を進んだ。厨房の奥は倉庫と井戸、それから私たちが閉じ込められていたような部屋しかない。


 念のため、閉じ込められていた部屋に向かい、誰か居ないかを確認した。

 そして返事が無いことに安堵する。


 厨房側には踏み入っていないということは、屋敷をある程度把握しているのか?

 厨房から引き返して行くと、二階への階段付近で人の気配を感じた。



「殺されたくなかったら従え!」


 そう言って二階から店の女を連れだしていた。武器を持った男が一人だけ。女を略奪している? そう見えた。しかしそれにしては店の女たちが従順すぎる。彼女たちは怯えている様子はあったが、相手は一人だけ。逃げ隠れするのはそれほど難しくはない。


 どうする?


 彼女たちが心配だった。

 私は上げている髪の留を外して解し、クロークを腰に巻いた。そしてこっそり彼女たちの後ろについた。男は脅している割には先導しているだけで、後ろの様子を気に留めている様子はない。


 店の前には夕方見たあの不審な四台の馬車が止まっていた。既に大勢の店の女が連れ出され、馬車に乗せられていた。私たちはそのうちの一台に乗せられる。こんなに大勢いたのかと思う程の女が乗り込んでくる。私以外のほとんどが薄着に肩掛けを羽織る程度の格好だった。馬車の後ろの方に陣取っていると、最後の馬車には襲撃者たちが乗っていた。ただ、店の抵抗にあって負傷した者が運び込まれてもいた。


 店の男たちは全員やられたのだろうか。平屋敷、なまじ女たちを逃がさないようにしていた構造だっただけに、襲撃された場合に逃げ出す出口が無い。悲鳴はあったが場所が場所だけに夜警が気付くこともなかったようだ。



 ◇◇◇◇◇



 襲撃者たちは追跡されることも無く南に向かい、複雑な街路を抜けると南門近くでいったん大通りに出て、再び西の街路に入り、右へ左へと抜け、最終的に街中の大きな建物へと連れてこられた。


 馬車を降りると、四台の馬車はすぐにどこかへ向けて走り出した。

 我々は男たちに脅されながら、建物の地下へと入っていった。


 建物の地下への階段は長く、女たちは怯えながら先導する武装した男についていった。

 階段を降り切ると、そこは広い円形のホールで天井も高い。壁のくぼみには灯りが入っており、ホールは明るかった。ホールにはまた、いくつも木箱が運び込まれていた。



「しばらくここで過ごしてもらう。こっちの箱は古着と毛布が入っている。好きに使ってくれていい」――男が空いた木箱を示す。


「こっちは食料だ。焼きしめたパン、干し肉と果物しかないが、温かいものはもう少し待ってくれ。酒と水はある」


 ありがとう――女の子の一人が小さい声で言う。


「いいか、お前らは攫われてきたんだ。感謝される筋合いはないからな!」


 そう言うと男は階段を上がっていった。姿が見えなくなると、みんな一斉にほっと一息をついたのがわかるほどだった。


「とりあえず服を着ましょうか」――誰かの声と共にみんなが木箱に押し寄せた。


「やっと普通の服が着られる」

「思ったよりちゃんとした服だね」

「よかった……」


 服を着て落ち着いたのか泣きだす子まで居る。

 駆け寄ってしばらくの間、慰めてやっていると、階段の方から声がかかる。


「おい、そこのお前、ちょっと来い」


 こっちを見ているが、明らかに私だろう。

 女性の一人が私を庇うようにしてくれるが、その女性に大丈夫だと頷いて男の指示に従い、私は上の階へと連れて行かれた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る