第14話 メレア公

 ジーンの頼みと言うのはある貴族に会って欲しいと言うものだった。私は馬車で所謂貴族街に久しぶりにやってきていたが、屋敷のひとつに入るといくつかのドレスを試着させられた。てっきり、この屋敷でその貴族に会うものとばかり思っていたが、そうではない様子。


 私は衣装と共に再び馬車に乗せられると、ジーンと共に乗り込んだ馬車は王都の南門を抜け、街道を東へと走っていった。


「私をからかうか、拉致しようと言うの?」


「違う違う。そんな面倒なことするかよ」


 結局、その日の内には目的地には到着せず、一泊してから目的地に向かった。

 その際、ジーンが部屋を同じにしようとしたものだから抗議してやめさせた。


 翌日の昼過ぎ、目的の城下町に入り、食事を取ってから城に入った。



 ◇◇◇◇◇



「ジーン」


「なんだ」


「あなたはメレア公の血族なの?」


 メレア公というのは、王都の東に隣接するメレア公爵領の領主の事。

 そして城の者がジーンに――お帰りなさいませ――などと挨拶していた。


「まあな。息子だ」


「メレア公には後継ぎが居ないと聞いたことがあるけど」


「表向きにはそうだな。情けないもんだ。妃共は謀略で潰し合って子共々自滅したよ」


「あなたは無事だったの?」


「妾の子だったからな。こんなでも旧王家の血は重要なんだと」


 旧王家。つまりは鉱国の歴史の中、王として君臨したことのある血筋は特別視されていた。主神様の祝福を得た血筋は簡略的にと呼ばれるが、実際にはそれぞれに独自の称号と地位がある。彼らは必ずしも貴族出身ではない。長い歴史の中では平民出の勇者、地方の郷士などが王と成ったこともある。


 彼の言う血というのはつまり、いくつかの例外を除いては領主の子にまでしか爵位が継承されないことを言っている。つまり、子の一人が爵位を継いだ時点でその子の兄弟とその兄弟の子孫は継承権を失うのだ。これは主神様の祝福の影響が理由だが、身内で潰し合うことも珍しくない。


 当然、継承者が絶えればその家は公爵位から外れる。空いた領地は直轄地となった後、多くの場合は新興の王家に与えられたり、小さな土地であれば王家の継承権のある者が公爵として土地を継ぐこともある。



 ◇◇◇◇◇



 私は与えられた部屋で前もって準備していたドレスに着替えさせられた。首輪とコルセットだけはそのままに。


 メレア公は恰幅の良い老公であった。刻み込まれた皺は公爵領の長い歴史を物語っているかのようであった。メレア領は西の領地のように豊かな穀倉地では無いが、周辺の小領地の信頼も厚く、民にも慕われていると聞く。私は挨拶の許可を得ると――。


「公爵閣下、お初にお目にかかります。ラヴィーリアと申します。以後、お見知りおきを」


 私は片膝をついての挨拶、つまりは女性としてはかなりぶっきらぼうな挨拶をした。傍らではジーンがえも言われぬ顔をしていた。


 公は私の頭の天辺から首輪、そして足の爪先までを舐めるように見渡すと――。


「ラヴィーリアか。姓は無いのか?」

「はい」


「エフゲニオよ……」


 酷く難しい顔をして公はジーンを見た。

 低い声は私に対してあまりいい印象を得ていないのが見て取れた。




「お前の妻では無く、儂の妻ではダメかの?」


 は?

 

「何言ってんだジジイ、おま――」

「どういうことですかジーン! 私はあなたの女では無いと言ったでしょう!」


「リア待て、これには事情が」

「お前の女では無いのか。なら好都合だ、儂の妻になれ」


「ジジイはもう子供なんて無理だろが」

「ロスルの領地の魔女が協力してくれれば儂にもチャンスはまだある!」


「ジーン! この親にしてこの子ありですね! 帰らせていただきます!」


 馬鹿馬鹿しくなった私はメレア公の前ということも構わず言い放った。


「「まあまあ待て待て」」



 ◇◇◇◇◇



 結局、公が頭まで下げてきたものだから私は夕食の席に居た。


「俺が結婚する気があるかわからんから誰か連れてこいと言われたんだ」

「それならレンテラでもアニーでも居るでしょう……」


「あいつらはダメだ。ジジイに盗られかねん」

「なんだまだ妻候補がおるのか。ならこの子はくれても構わんだろう」

「私は物ではありません」


「そうなるから嫌だったんだ。リアならちゃんと自分で断ってくれる」

「下心が無い分、貴族の女より良い」


「まあ、何にしろだ、連れてこないと金を出さんと言われたのだ」

「神殿のですか?」


「ああ、それ以外にもいろいろな」

「なるほど……」


 ジーンの資金力は公の後ろ盾があってのものだったのだろう。彼には自由にできる金が少ないのかもしれない。


「勿体ない。これだけ美しい女なのにのう。ロスタルの若造も狭量な」

「え……」


 不意にカルナ様の話が公の口から飛び出し、私は固まった。

 ジーンを見るも、知らぬ顔だ。


「ご存じだったのですか……」


「馬鹿馬鹿しい。貴族の男は女を選び放題、遊び放題なのに、女が許されぬというのがおかしいのだ」

「女は子を産みます。そういう訳にはまいりません」


「子を産むくらいなんだ。美しい女を傍に置けるならそれで良いではないか。他の男の子供くらい面倒を見てやれ。どうせそのままでは祝福は継承されんのだ」

「気持ちはよくわかるが、まだ若いんだ。ジジイと違って純粋なんだよ」


「――のう、妻がダメなら養子にならんか?」

「えっ」


 私はさらに混乱した。妻では無く養子?


「それはどういう?」

「儂の後継者のひとりにならんかということだ」


 領主の子、それ以外での例外的な継承。それはつまり他の公爵位以上の継承者を養子に取ることだ。身分をはく奪されようがそれは人の都合だ。祝福は残る。ただ、普通は行わない。なぜなら、わざわざ自分の血筋を途絶えさせてまで、他の王族の血を後継に据えたりはしないからだ。


「こやつは継ぐ気が全く無いのだ」

「まあな。娼館にも通えなくなる」


「儂はもう血族などと言うものには疲れた――」


「――だがせっかく作り上げた国を潰すのは惜しい」


「どうだ、貴族に戻る気は無いか?」

「私は……」


 以前であれば貴族としての地位などどうでもよかった。カルナ様の傍に居ることさえできれば例えそれが隷属だったとしても受け入れただろう。しかし今、キミリを始め、多くの少女達の現状をみて、貴族としての血が許せなかった。


 私はそのことを、己の恥として二人に打ち明けた。


「公爵位に返り咲けば叶えられるやもしれんぞ」

「しかし私などが……」


「いいや、リアは既に十人の若い魔女の命を助けている。これは大きいぞ」

「ほう」


「魔女十人といえば十の町や村の繁栄に関わる。若いなら周辺の町村でも活躍できるだろう。次の世代の魔女が足りていないんだ。ゆっくり滅ぶしかなかった土地が活気付く」

「ジーン、そうは言うけれど私はできることをしただけよ」


「ハッ! それだけじゃないだろ。未来の大賢者様の命まで救ったんだ。これから新しい魔女がどんどん生まれるんだ」

「なるほど、それでやれ金を出せ、兵を出せと騒いでおったのか」


「……ジジイに迷惑をかけるつもりはなかったんだよ」

「言うな。小領地の領主からの話でおおかた見当はついておったわい」


「そうか……私でもこの国の役に立てたんだ……」

「リア、まだまだだ。まだこれからだ。君は役に立てるさ。それに養子も悪くない」


「ええのう。儂もリアって呼んで良いか? 儂にも畏まった喋り方はせんでよい」

「ダメだ! ジジイは馴れ馴れしくすると手を出すからダメだ」


「娘にまで手は出さんわい。それより養子になったらお前も手を出せんぞ」

「それは良いやもしれません」

「それは困る! やっぱ無しだ!」


 私が冗談めかして言うと、公はカラカラと笑った。どこかの辺境伯のように。


「ノラン侯も信用ならん。生娘のようだと言っておったがどうしてどうして。いい女ではないか」

「辺境伯がそんなことを……」


「ああ。王子を誑かした女を娶れるとウッキウキで話しておったのに、実の娘を誑かしたかのように落ち込んでおったわ」

「辺境伯には助けて頂きました。私の心の支えにもなった刀剣も頂きました」


 私は断ってから背中から長包丁を抜いた。借り物のドレスであったため、背中の紐を侍女に解いて貰って傷つけないよう引き抜いた。


「刃こぼれもなく、よう使うておるわ。侯から聞いたか? この刀の事」

「いえ、面会の後に贈られたものでしたので」


「これは侯に娘ができたら贈るつもりだったエルフの刀だ。知っておるか? エルフだ」


 公は興奮気味にそう言った。


「古い伝説でなら」


「その昔、魔王領にエルフと呼ばれる美しい種族が実際に居ったのだ。東の辺境近くにはその末裔も多いと聞く。それらに伝わっておったひと振りを侯が手に入れたのだ。やつは娘ができたらこれをお守りにやるんだと意気込んでおった。実際には娘どころか妻にも逃げられる始末だったがの」


「そうだったのですか……確かにお守りと仰っておられました」


 私は胸が熱くなった。そんな風に辺境伯が思ってくれていたとは。



 ◇◇◇◇◇



 翌日、養子となるために必要な書類だけは作った。最悪、この書類だけでも公爵位の継承は可能だったが、正式には国王陛下と聖堂、そして本来なら父の承認が必要であった。父の承認については既に私を手放してロスタルに送っているため不要ではあった。ただ、いずれにせよ今は私の存在を国王陛下や聖堂に知られるのはまずいというジーンの判断で、最低限の手続きだけに留めた。


 こうして私はラヴィーリア・ユーメ・デル・ソノフからただのラヴィーリアへ、そしてラヴィーリア・ユーメ・ディス・エイワスへと名を変えた。祝い名はそのままついてくるのだそうだ。


「麗しのエイワスの当主が女に戻ることになって、これでようやく満足して逝けるわ」


 などと公は言う。


 貴族の家名の前には名前に対する祝い名と同様、家名に対する祝辞が付く。わざわざこれを家名の前に付けて呼ぶことは今ではまず無いが、どうしても意識はしてしまうものだ。デル・ソノフは美しきソノフで男女ともにおかしくない祝辞だが、ディス・エイワスは麗しのエイワス。女性的な祝辞だった。初代のエイワスの王が女性だったのかもしれない。そしてカルナ様のフォル・ロスタルは力強きロスタル。なんて彼にふさわしい祝辞だろう。




 まだ確定したわけではない。できることなら公も息子に継がせたいだろう。

 だが私はこうして、カルナ様と結ばれる道を閉ざすこととなった……。


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