第13話 残酷に

「ギャッ」


 悲鳴と共にドサリと身を崩し、地べたで身をよじる兵士。苦悶の声を上げながら、腋には赤い染みが広がっていく。振り返った三人、そして倒れた兵士のすぐ隣に居た兵士は驚きの表情を隠せないでいた。それもそうだろう、先程、毒の塗られた短剣をまともに受けて死にかけていた少女が事を為したのだから。


 引き抜いた刃は既に勢いをつけて隣の兵士に向かい――。


 二人目が喉を撫でられ、膝を着くとともに三人は私を取り囲むように別れる。護衛として欺くためか、顔を隠すような兜を被っていなかったのは幸運だった。全身鎧相手に私の体格と長包丁では相性が悪い。焼き入れした16ゲージの胸当てを貫ける機会は私には無いだろう。だが、相手は比較的軽装だ。無防備な平民を殺すのにそこまでの装備はむしろ邪魔になる――。


 ――そんな考えが私の意志とは別に働く。祝福はすぐに次の行動に導いた。完全に囲まれる前に兵士の一人に向かって駆けだす。彼らは盾を持っているが背嚢に結わえ付けられたままだ。最初から襲撃に使うつもりが無かったのだろう。虐殺に盾は要らない。


 私のひと振り、ふた振りを兵士が直剣で受ける。相手の直剣は刺突に向いた重心が手元にある持ち手の短い剣だったため、こちらの両手持ちの長包丁の勢いをいなす為には手元で受ける必要があった。そのため防戦に回っていた兵士だったが、視界の端でもう一人の兵士がような加速を見せる。


 加速はあの時の男ほどでは無い。私は振り返りながらリーチの差で腕を狙ったが、篭手に弾かれる。だが、十分な衝撃は与えた。


 そのまま二人目の兵士に踏み込むと見せかけ、空中で翻って長包丁を振りぬく。外れることも考えて位置取りにも注意したが、祝福の勘は当たった。背を取った兵士が追って振った剣に当たり、取り落としたのだ。


 すかさず長包丁を突きあげ、先の男の喉を突いた。

 しかしまただ。またやってしまった。目の前の獲物を狩ることに血が沸き、再び投擲を受けてしまった。これで二度目だ。毒の塗られた短剣を投げつけてきたのはあの女だった。


 私は数歩下がって短剣を引き抜く。

 相手はこちらを侮るだろうか?

 ――いいえ、あの様子を見る限り、こちらの出方を伺っている。

 スカルデに頼むか?

 ――いいえ、彼女を巻き込むのは危険だ。


共感治癒コンテイジャスヒール》――短剣による傷が消え失せる。


 女は私の様子を確認し終えると、立っている兵士の盾を結わえているハーネスを斬り落とした。さらに倒れ、もがき苦しんでいる兵士の盾を取る。二人が盾を構えた。



 盾は鎧に等しい。特にこちらの長包丁のような武器を相手にするには有利だ。二人はじわじわと迫り寄る。幸い、丘の上は開けている。私は二人に挟撃されないよう位置取りながら、長包丁を振り回すのではなく、絡めるように突いて使う。


 二人とも、積極的には攻めてこない。体力的に私が劣っているのを見越しているのだろう。これから虐殺を行おうとしていた輩が悠長なことだ。そんなことを思いながら私が笑みを浮かべると、兵士の方は侮られたと思ったのか、強引に押し始める。


 兵士は長包丁の刃を何度か受けるものの、女の方が冷静に援護してくるため、いずれも掠り傷で済んでいた。しかし――。


傷よ開けオープンウーンズ》――私が短く唱えた途端、兵士の負っていた掠り傷は全てが裂傷へと変わり、血が噴き出した。悲鳴と共に怯む兵士。私はすかさず身を屈めて盾の陰に入り、女と兵士の視線を切る。


 盾を躱した下からの突きは太腿から股間へと及び、兵士は蹲って倒れ、悲鳴を上げ続ける。


 倒れる際に兵士の盾を奪った私は、女と対峙する。



「意外だったわ。思ったより残酷なのね。祝福のおかげ?」


 女はすぐに攻めてこず、話し始めた。ただし抜け目なく間合いを読んで動きつつ。


「護るためにはやるしかないでしょう。追い詰めたあなた方が悪い」


「それは悪いと思ってるわ」


「思っていてもやめる気は無いのですね」


「世の中には必要な悪もあるのよ」


「――先ほど、私を知っているようなことを言いましたね」


「まさかあれで生きていられるとは思わなかったの」


「詳しく教えていただけますか――」


 その言葉が終わるが早いか女は踏み込んできた。逃げるつもりは無い様子で、盾で長包丁を押し返しながら形振り構わず突いてきた。鎧のない私は既の所で致命傷を躱しつつ傷つきながらも彼女を確実に斬り刻んでいった。


 彼女の悪あがきはついに蹴りにまで及んだが、受けた腿に激痛が走る。


 毒だ。


 さらに怯んだところに盾を押し当て、直剣で強引に突いてきたかと思ったら、盾を手放しつつ左手を短剣に持ち換えたのだろう、盾が落ちるとともに私の右腕を切り上げた。右腕にも激痛が走るが、守りがガラ空きとなったところを、こちらも盾を捨てて切り伏せた。


 女は最後の悪あがきか、短剣を遠くに投げ捨てる。


 私は右腕にも毒を受けるが苦痛に耐え、立ったまま女を見下ろす。即効性の毒のせいで立っていることもままならなかったが、ここで膝を折ってはいけない。屈してはいけない。


 女はにやりと笑っていたが、それが驚愕に変わる。


 私の右腕の傷が消えていったからだ。

 スカルデだろう。

 彼女はおそらく魔法で姿を隠している。


 やがて女の瞳は光を失った。



 ◇◇◇◇◇



 その日の夕方、ジーンがやってきた。三日後には護衛が王都入りするということを告げに。彼らの死体は、子供たちに立ち入らないように告げて、外の廃墟に隠してあった。興味本位で覗きに来る子供たちも居たが、スカルデに脅して追い返してもらっていた。


 イズミとジーンに相談した結果、女は蘇生させようと言う話になる。また、他の四人は別の武器で止めを差して埋葬した。私の長包丁は力のある武器では無いだろうけれど、万が一、他の者が蘇生することの無いようにするため。五人の捕虜を取る余裕はないし危険だった。


 女についてはジーンの意見で身ぐるみを剥いで体の隅々まで調べてから蘇生させると言うことになった。私は死んでまでそのような辱めを与えるべきではないと主張したが、毒を使うような暗殺者相手に甘いと言われる。イズミも同じ意見だったのには驚いたが、実際に毒の類を仕込んでいたので私は何も言えなかった。全て見届けるにはあまりにも惨い光景だった。



 ◇◇◇◇◇



「舌を噛んでも喋れるようにしてあげます。それからなるべく辱めは受けないようにしてあげます」


 神殿の地下の一室にて、薄着で縛り付けられた女に言う。


「お優しいことね」


「口の中とかあちこち隠し持ってた毒の類は全部抜いてあるからな。質問に答えろ」


「お嬢様は拷問を眺めるのがお好きなのかしら?」


 私には尋問は無理だったのでジーンに任せたけれど、先ほど逃げてしまったこともあり、責任を持てるようになるため同席していた。イズミは姿を見せないよう席を外しているが、隣の部屋で話だけは聴いている。


「見届ける覚悟はあります」


 ジーンは手っ取り早く首謀者か指示を出した人間を問い詰めるが、当然のように彼女は何も喋らない。


「――だろうな。ところでお前の名前だが――」


「喋るわけないでしょ」


「カイネ・リトア,祝福は盗賊,年は28歳か、十代でもぜんぜんいけるわ」


 ジーンはメモの書かれた木板を見て読み上げる。


「ジーン? 最後のは不要」


「妬くなって」


 私はジーンをねめつけた。


「わかったわかった」


「――どこからそんな情報を持ってきた? あいつら? いや、知ってるわけない」


 しばらく唖然としていたその女――カイネが堰を切ったように喋り出した。


「いんや、お前くらい頭が良いなら分かるだろ? 売られたんだよ、情報を」


「そんな、まさか……」


「まあ、内輪揉めは勝手にやってくれればいいさ。話したくなったら何時でも言ってくれ」


 ジーンはまた今度にしようと言って、カイネを部屋に閉じ込めていく。

 私が、灯りもなしで置いていくのは可哀そうだと言うと、ジーンは永続の光の照明を彼女の縛り付けられた椅子の背後に置いていった。



 イズミも合流して上に戻る。


「情報は誰かから買ったんだね。てっきりイズミが鑑定したのかと」

「私の鑑定だよ」


「えっ」

「リアは素直だな。素直過ぎて悪い男に騙されないか心配だ」


「心当たりがあり過ぎて言い返せない……」


「とにかく、逃げられることも考慮して偽の情報を与えておいた。拷問させてもらえない以上は、寝返らない限り有用な情報は無理そうだな」


「彼女が辱めを受けるくらいなら責任持って私がひと思いに止めを差します」


「お前はどうしてそんな極端なんだ。殺す以外に神殿式の罰とか無いのか」

「あるぞ」


「あるの?」

「ああ。賢母として子供を何人産んで育てろと言う罰がある。まあある意味罰だな」


「つまり、相手を選べないとかそういう……」

「いや、相手は選べる。期限はあるから選り好みはできないが」


「子供を産んで死ぬこともあるから……」

「それは前にも言ったが魔女さえいるならありえない」


「……どこが罰なの?」

「豊穣の女神に新たな子供の生を捧げる。まあ、他の事に時間を使いたい女には罰だな」


「確かに、女遊びしてないで一人の女に専念して子供を育てろと言われたら俺も困るな」


「ジーンはむしろその罰を受けた方がいい」


「何て残酷なこと言うんだよ……」



 ◇◇◇◇◇



 翌々日、ジーンは手下を連れてカイネを引き取りに来た。結局、カイネは逃げ出すことも喋ることもしなかった。ただ、スカルデとジーンという珍しい組み合わせの二人が何か人目を忍んで会話していたのを見かけたのと、引き取りの時にカイネが妙に大人しかったのだけは気にかかった。後でスカルデにも尋ねてみたが、何でもないと言うだけだった。


 その後、護衛の兵士たちも神殿にやってきて、何事もなく十日程を過ごしたが、ある日の食材の補充と共にジーンが訪ねてくると、彼は珍しく言い出しにくそうな様子で、協力して欲しいことがあると頼んできた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る