第12話 秘儀

「なんか堅いわよねえ」


 私は神殿でエイロンの手伝いをしつつ、賢者様の護衛を続けていた。食材はどこからかジーンが手配してくれているので助かっている。今は厨房を手伝っていたが、監督していた賢者様が不満気だった。


「まだ何か至らないでしょうか、賢者様」


 私は厨房の手伝いはしたことがあっても料理の経験はない。料理はエイロンに任せて、自分の出来ることをしていた。キミリの方が手伝いの手際がいい。


「ありがとキミリ。教えてくれて助かった」


「えへへ」


 キミリが照れて笑う。私が笑いかけるようになってからキミリの笑顔も増えた。


「スープ、あとはやっておきますから子供たちを見てきてあげてください」


「わかった。ありがと」


 そんなやり取りをしていると――。


「――う~ん、どうして子供たちとエイロンには柔らかい口調なのに私には堅いの?」


 私は賢者様の提案で堅苦しい口調をもっと砕けたものにするよう言われ、直している最中だった。その方が感情を出して人間としても成長できる――と賢者様は言っていた。ついでにエイロンの私に対する呼び方もに直してもらっていた。


「賢者様だけ? そうですか? あっ、いえ、――そう?」


「私だけぎこちないのよね」


「それは……」

「それはそうでしょう。ラヴィはと呼んでいるのですから」


「「ああ!」」


 なるほど、賢者様と呼んでいるから自然と言葉が堅くなるのか。


「ですがお名前を呼ばない以上、賢者様としか呼べませんし……」


「はあ、言われてみればそうね。いいわ、ラヴィには特別に私を『いずみ』と呼ばせてあげる」


「イズミですか?」


「ええ。イズミよ。よろしくね、ラヴィ」


「よろしく、イズミ」


 彼女は不思議な響きの名前を名乗った。



 ◇◇◇◇◇



 それからしばらくしてジーンがやってきた。護衛を手配してきたのかと思ったらそうでは無かった。


「お姉さまあぁぁぁあ!」

「……!」


 男の子の格好をしたレテシアとスカルデだった。私の姿を見つけた二人は走りだした


 二人を受け止めるとさすがに私の体格では転びそうになる。


「お姉さま、酷いです! 私たちを置き去りにして!」


 背なんて少ししか違わないのにレテシアは涙ながらに訴えてきた。

 スカルデに至ってはひしと抱きついて離れようとしない。


「ここは危険だってジーンから教わらなかったの?」


「言ったんだがなあ、聞かんのだこれが。自分たちだけで出て行くと言い始めて」


「はあ、わかった。その代わり、二人には小さい子たちの面倒を見てもらうからね。エイロンに話してくる」


「おまっ、いつからエイロン呼び捨てになったんだ。やっぱり誑し込まれたのか!?」


「エイロンはそんなことはしません! そもそもジーンだって呼び捨てだったでしょう!」


「俺はお前の男なんだからいいだろ」


「あなたは私の男ではありません! イズミの提案に従ってるだけよ」


 ともかく、ジーンに喋り方のことを説明した。


「どおりで何かおかしかったのか」

「お姉さま、どうせならもうちょっとかわいくしましょう!」

「ええ……」



 その後、レテシアとスカルデをみんなに紹介した。

 ここの子供たちはほとんどが十に満たない子ばかりだったため、レテシアとスカルデがお姉さんになる。スカルデはまたキミリがえらく気に入ったみたいで、傍目には姉妹のようにしか見えなかった。そしてスカルデ――。


「この子、もう魔女の祝福には目覚めてるわね。――で、そっちの子、レテシアはいい奥さんになるわね。羨ましい」


「はい! 良妻としての祝福を地母神様からいただきました」


 なので結婚しましょう! ――そうレテシアから言われるけれど、それはよくわからない。どうしてそうなるの。そして良妻は古くから地母神様からの寵愛を受ける祝福である。貴族の場合はそれほど重視されない。家事を卒なくこなし家を守るのは平民の妻だからだろうか。それにしたって……。


 そしてスカルデは既に魔女の祝福に目覚めていた。これにはジーンとエイロンにも思い当たる節があるだろう、眉をひそめる。スカルデは独りであんな地下の檻に閉じ込められていた。食事は与えて貰っていたようだが、それが何だ。おぞましいほどの魔女に対する憎しみを感じる。



 ◇◇◇◇◇



 結局、レテシアとスカルデまで同じ部屋に居たがるので私を含めた五人はもう少し大きな部屋に引っ越しすることにした。ただ、それでもレテシアは下の子の面倒をよく見てくれていた。夜も遅くに下の子たちを見回ってくれる。彼女は本当にカーレアによく似ている。


 スカルデはというと、彼女も彼女で一部の下の子たちと仲良くなった。魔女の祝福を得た女の子達と。スカルデたちはときどき、神殿周りの丘で何か集めていた。何を集めているのかと聞くと、薬草や毒草だという。あまり危険なことはして欲しくなかったけれど、彼女たちには彼女たちなりの考えがあるのだろう――そう、イズミは言った。


 そしてようやくジーンから良い知らせを貰えた。近いうちに信頼できる東の小領地からイズミの護衛を出してもらえることになったそうだ。小さい領地がいくつか協力して兵を派遣してくれるそうだけれど、どの領主も魔女の存在価値を知っていて、平民と距離の近い領主たちなのだそうだ。


「よかったね、ラヴィ」


 キミリが微笑む。最初の頃とは違ってすっかり元気になったキミリ。レテシアの荷物には以前、レンテラから貸してもらったような櫛や油、髪留めや髪鋏などが入っていた。ジーンに貰ったそうだ。キミリの髪の手入れをしてやると、一層美しい艶のある黒髪になった。真っ黒な黒髪はこの辺りでは珍しい。


「お姉さま、次は私! ――あ、やっぱりスカルデが先ね!」


 キミリの髪を整え終えると、スカルデが代わりに私の前に座ってくる。スカルデの濃い灰色、少し茶がかった髪を梳いてやると、後ろでレテシアが私の髪を梳く。イズミはというと、最初に梳いてやった髪を軽くまとめ、既にベッドでごろごろしている。


「井戸はあるけれどやっぱり水道橋がここまで来てないと不便ね。あいかわらず魔鉱が足りてないのかしら」


「魔鉱って足りてないの?」


 鉱国は東の辺境で採れる魔鉱によって強大な国を作り上げたと学んだ。外国にも輸出していると聞いていたから、まさかそれが足りていないとは思ってもみなかった。


「そうよ。ここ百年くらいはどんどん採れる量が減ってるわ。たぶんだけど今でも変わらない」


「そうなんだ……」


 私は自分が恥ずかしかった。イズミのような小さい子供でさえ国の情勢を知っている。本来なら自分の方が詳しくないといけないような情報だった。


「せめて結婚して住むならシャワーくらいは欲しかったんだけどなあ」


「前にも言ってたけど、今から結婚の心配なの?」


「そう、大事よ。だってここってみんな、十五ですぐ結婚して子供産むとか普通でしょ?」


 確かに貴族の女性は、相手の年齢はともかく、後継でもない限りは婚約後、十五の成人と共に結婚する。


「結婚してすぐ子供を産むかまではどうかな」


 貴族の間ではそういう話はあまり聞かない。


「地母神様の秘儀がちゃんと女性の間で広まってないんじゃない? 魔女も少ないし、出産で亡くなる人も多いんじゃないかな」


「地母神様の秘儀? 聞いたことない。ただ、私の母も出産が原因で亡くなったみたい……」


「やっぱりね。聖堂は教えてくれないだろうし。――魔女の居る村じゃ、十五で子供を作るのは普通よ。子供を産んで亡くなる人なんてまず居ないわ。豊穣の女神様がそんなこと許さないから」


 私には意外だった。地母神様の存在がそこまで人々の生活に影響しているとは。


「――のんびりしてるとすぐ行き遅れだから。ラヴィも気を付けなさいよ」


「私は……私なんかは……」


「それ! そういうの無し!」


 私は心配そうに見ているキミリに――ごめんね――と謝って笑顔を向けた。



「イズミはどうしてそんなに……何というか、達観? してるの? 賢者だから知見が広いの?」


「う~ん、この年になると色々あるのよ」


「この年……ってキミリと同じくらいよね?」


「見た目はね」


 その後、彼女ははぐらかすように言葉を返すだけで、言葉の意味を詳しくは教えてくれなかった。



 ◇◇◇◇◇



 翌々日、早々に護衛の一団が到着した。聞いていた人数よりも随分と少なかったけれど、急ぎで手配してくれたのだろう。先頭で階段を登ってくる栗色の髪の若い女性、その後を旅装束の兵士四人が続く。ジーンから聞いていた領地の紋も見え隠れする。


「ジーンはまだですが、ご一緒では無かったのですね」


 近くまで来て私の顔を見た女性は立ち止まってひと呼吸、返事をためらうが――。


「……ええ、あなたは?」


「リアです。ジーンから聞いていません?」


「ええ、着いたばかりで詳しくは」


「そうでしたか。どうぞ、歓迎します」


 彼女に握手を求めると、彼女も応えた。


 しかし次の瞬間――腋の下に身に覚えのある熱い痛みが走ったかと思うと、脇腹には刃を肋骨と平行に短剣が突き刺さっていた。そして以前なら祝福が消してくれた痛みが一向に引かない。私は思わず蹲る。


「まさかこんなところにいらっしゃるとは。でも残念、さようなら」


 そのまま地面に倒れ伏す私には一瞥もくれず、一団は神殿へと進んでいく。

 だめだ、そこへは行かせられない。

 待って――。


 脇腹に刺さった短剣を引き抜こうとするも、じわじわと体の自由が奪われていく。


 刺された場所も悪かったし、私の力では引き抜けない。多少鍛えたとはいえ、所詮は体格の貧しい少女に過ぎなかった。意識まで薄れてきたのか、陽炎のような人影まで見えた。周りの風景に溶け込んだ亡霊のようなそれ。陽炎は私の傍まで来ると――。


「ぐっ……」


 脇腹の激痛に耐えると、私の目の前には短剣を引き抜いたスカルデが座り込んでいた。


 スカルデは魔法の言葉を唱える――。


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