第11話 サリ

「毒の塗られた短剣を受けて瀕死だったのです」


 エイロンも同行していたが、王都へ入る直前に襲われたと言った。


「――同行された村の魔女様が丸薬で仮死状態にしてくださいましたが、彼女も襲撃で亡くなられて。短剣を手に入れて保管するように指示したのもその方です」


「それでこのような……」


「とても利発な子だったのです。リア様、どうか、宜しくお願いいたします」


 彼は両手で捧げるように私に短剣を寄越してきた。

 私は短剣を両手で受け取る。


「わかりました」


 私は《共感治癒コンテイジャスヒール》の魔法をかける。癒しの力が短剣に満ち、光を放つ。同時にサリの体が光に包まれる。神殿の中だからだろうか、地母神様の力が強く感じられる。


「おおお!」


 エイロンが感嘆の声を上げる。ただ、サリの体には変化がない。私では力が足りなかったのだろうか?


「刺された場所の傷は塞がってます。おそらく仮死の丸薬のせいでしょう」

「どうすれば?」


「そりゃあお前、魔女の仮死の特効薬は昔から王子様のキスと決まっている」

「「えっ」」


「えっ、いや私は無理です無理です」――と後退るエイロン。

「ジーンがするのですか……?」


「馬鹿、お前がやればいいだろ、リア」

「わ、私ですか!? 女ですよ!?」


「お前以外に誰が居る。助けるつもりなら最後まで責任持て」

「わ、わかりました――――向こうを向いててください」


 私は二人が後ろを向くのを確認すると、横たわる少女の前に腰を落とす。

 しばし考えあぐねるけれど、私は意を決し、ほつれ髪を耳にかけ、少女に軽く口づけた。

 女性に口づけなんて、カルナ様との初めて口づけと同じくらいピリピリと緊張した。


 そっと離れると、じわじわと少女の顔色が良くなる。

 突然、少女は上半身を起こし、ゴホゴホと咳き込んだかと思うと口から丸薬を吐き出した。

 吐き出された丸薬は、サラサラと砂のように崩れた。


「大丈夫ですか? 気分は?」


 私は少女の背中を擦ってやる。

 少女はふぅと一息つくと――。


「はぁ、やっと戻れた。ありがと。助かっちゃった。貴方が助けてくれたんでしょ? 名前、教えて貰ってもいい?」


 少女はまるで自分がこうして助けられるのを知っていたかのように平然と話しかけてきた。利発――確かにそうかもしれないけれど、何か得体のしれないものを感じさせた。


「リア……ラヴィーリアです」


 えっ――そういう声が後ろで聞こえたかもしれない。だけどあまり気にしなかった。


「ラヴィーリア、ありがとう。――エイロンも無事だったのね。ジャラ様は?」


「ジャラ様は襲撃でお亡くなりに。残念です」


「ジャラ様も最後の旅だと仰ってたもの。本望だったと思うわ。わ! 花がいっぱい。素敵ね、どうしたの?」


「神殿で預かってる身寄りのない子供たちが賢者様のためにと。後で見てやってください」


「わかったわ。じゃあ、行きましょうか」


 サリは傍にあった花の差してある瓶をひとつ持つと、先に立って歩き始めた。

 私たちもついて行こうとすると――。


「あ、ついでだし全部持ってきてよね。勿体ないじゃない」


「ああ、なるほど」


 私は花瓶をふたつ手に取ると彼女に従った。ジーンたちも見習う。


「立ってる者は、親でも使え――ってね。さっさと行きましょ」


 サリはおかしな事を言って私たちを先導した。



 ◇◇◇◇◇



 サリは迷うこともなく外に出た。そして子供たちの声が聞こえる方へ。


「皆、お花ありがとう!」


 子供たちは一瞬、ぽかんと口を開けたがその後――賢者様だ!――と言ってサリに集まっていった。


「はい、あなた、お名前は?」


 そう言って子供たちに名前を聞いているサリ。しかし名前を復唱した後――。


「あなたは魔女ね。地母神様の祝福のあらんことを」


 などと言って気軽に祝福を顕現させていくのだ! そして――。


「キミリね。あなたも魔女ね。地母神様の祝福のあらんことを」


「えっ!? キミリもなの?」


 そうして十三人ほど居た女の子の何と九人が魔女だった。あとの女の子と男の子たちのほとんどは生活や職業に適した祝福だった。


「こいつはすごいな」


「こいつじゃないわ。トメリル村の賢者よ。あなたは?」


「ジーンだ。自分で賢者って言っちゃうのか」


「ふ~ん? ジーンって言うの? へえ?」


「なんだよ。お前こそ、サリって名前じゃないのか?」


「私は名乗らないの。だって、魔法の標的にされたくないし」


「名前でどうにかする魔法なんて聞いたこともないぞ?」


「昔はそういうネタもあったから」


 サリ――トメリルの賢者はちょっと何かおかしい。

 おかしいのだけれど私にはよくわからない。



 ◇◇◇◇◇



「それでエイロン、誰が私たちを襲わせたかはわかったの?」

「えっ、いえっ、まだ把握しておりません」


「また襲われたら大変じゃない?」

「賢者様は亡くなられたものと思われてますから大丈夫でしょう」


「ふん。でも、このままだと私が祝福して周れないのよね? それが目的でしょ?」

「確かにそうですね……」


「ジーンは何か知らないの?」

「いきなり呼び捨てかよ。お前、ほんとに子供か?」


「中身は大人と思ってくれて構わないわ。で、知らないの?」

「可能性としては大賢者の手下だろうな」


「カイネ・リトアって女に心当たりは?」

「知っ……てる」


 私とエイロンは驚いてジーンを見た。

 ジーンは何故か私の顔をじっと見る。


「いや、名前に聞き覚えがあるだけで詳しくは知らない。調べておく」


 ジーンは不意に目を逸らして言った。


「まあいいわ。後の連中は苗字も無かったからたぶん分からないでしょ」


「えっ……と、話が見えないのですが何が……」――私は思わず聞いた。


「私の賢者の力ってね、相手の名前ものよ」


 私はハッとなった。私の選択はキミリが居たこともあって偶然だったが、本名を名乗っておいてよかった。そしてジーン。彼女のあの様子からすると彼も偽名なのだろう。



 ◇◇◇◇◇



「街の様子を見てきてもいい?」


 皆で食事をとった後、トメリルの賢者はそんなことを言い始める。


「だ、だめですよ賢者様。あなたは命を狙われてるんですよ?」


「街中でまで襲ってくるかしら?」


「襲われるかもな。子供たちのことにしろ、割と無茶をやってきている」


「はあ、仕方ないわね。ちょっとその辺までにする」


「いいわけないだろ! 何でこんな活発なんだ」


「賢者は自分の目で情報集めるしかないのよ。わかんないかな」


「にしても少しは自分の身を考えろ! だいたい、ここだって無防備なんだ。バレたらすぐ襲撃されるぞ」


「わかってるわよ、そんなことくらい」


「あ……あの、もしお邪魔じゃないなら私、神殿に住まわせてもらってもいいでしょうか?」


「食料はジーンさんに提供いただいたものがありますのでそこは構いませんが、宜しいのですか?」


「ええ、もちろん。私には剣を振るうくらいしかできませんし……」


「剣ですか?」


「この子、『神殿の護り手ワーデン』なのよ」


 自分より幼い子にこの子呼びされてしまう……。


「魔女様では無かったのですか……」


「ええ、ご期待から外れますが……」


「何言ってんの。『神殿の護り手ワーデン』の方が貴重だし助かるでしょ」


「ああ、聖騎士ほどでは無いが聖堂騎士より余程貴重だし、リアは剣の腕も立つ。護衛は何とかしてやるが、それまで守ってもらうには悪くない」


「エイロンさん、ご厄介になります。――ジーン、あの二人の事は頼んでもよろしいでしょうか?」


「ああ。あとエイロンには気を付けろよ。子供みたいな距離感だからすぐに女を誑かすぞ。こいつ童顔で女に好かれやすいからな」


「ジーンさん!!」

「ジーンと一緒にされたら彼が可哀そうです」


「リア様、ありがとうございます!」

「ほら、そうやってすぐ手を取ろうとするな。俺の女だぞ」

「あなたの女ではありません!」


「あんたたち、仲がいいわね。何か腹立ってきたわ。あたしも結婚相手が欲しいわ」

「お前はまだ子供だろうが。ほんとにマセたガキだな」


 はあ……、エイロンさんも悪い人じゃないのだけれど、確かに距離感は近い。私もこんなだったのだろうかと思うとカルナ様に申し訳なくなる。今は少しだけ人との距離感がわかるようになった。迂闊に拳の間合いに入らないようにすることは大事だ。



 ◇◇◇◇◇



 夜に久しぶりにキミリと髪を梳き合った。そして今は護衛対象の賢者様も居る。


「王都に入ればお湯のシャワーが使えるって思ってたけど、ままならないわね」


「お湯もシャワーも貴族の館にしかありませんよ。あとはおそらく豪商とか」


「ラヴィーリアは貴族だったの?」


「え? ああ、名前って全部わかるのですか?」


「そうだね」



「ラヴィ……」


 キミリが心配そうに私の手に触れる。気遣ってくれているのが分かる。幼いながらも、ロスタルの屋敷で聞いた私の話を理解しているのだろう。


「私、実は――」


 私はカルナ様にしてしまった自分の不義を二人に話して聞かせた。自分の愚かさと嘘を吐く醜さ、そして公爵家の三女として怠慢に生きてきた自分を恥じていることを。


「ラヴィ……って呼んでいい? ラヴィ、あなたすごいわよ。だってまだ十四歳だよ? この世界でも成人してない年齢なのに、たった十四でそこまで考えて、人生をやり直そうと頑張ってるんでしょ?」


「ええ……、はい……、今のままではカルナ様に顔向けできません。もっと強くならないと……」


 賢者様の言葉に私は涙がぽろぽろと溢れて止まらなかった。そんな風に言ってくれた人は今まで居なかった。キミリは私に抱きついてきた。赤い目が心配そうに私を見ている。


「それにラヴィは気にしすぎ。あなたの気にしてること、大したことないから。若い頃の過ちなんてよくあることよ。もっと自信をもって」


「それは……甘やかしすぎです」


「まだ十四の女の子なんだから。もっと笑わないとダメよ。じゃないと周りの人だって幸せになれない。あと、行き遅れになっちゃうよ、マジで」


 賢者様の言葉にハッとなった。

 心配そうなキミリ。キミリに心配をかけるのはよくない。

 自分だけ不幸な目にあってるような暗い顔はダメだ。もっと大人にならないと。


「大丈夫。もっと笑うね」


 キミリに笑いかけると彼女も笑顔で返した。

 賢者様は満足そうに微笑んだ。


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