第5話 決別

 私とキミリは部屋着のまま、おそらくは城下のどこかへ連れ去られました。男たちの話によると、伯爵様が使えない侍女を処分するために売ったのだと言います。私は何かの間違いではないかと言いましたが、男たちは聞き入れてくれません。


 馬車が着いたのはどこかの屋敷でした。屋敷は見たところ二階までしかありませんでしたが、奥行きが広く、中はいくつもの建物が組み合わさっていて複雑に入り組んでおりました。出口までの道筋を必死に覚えようとしましたが、覚えていられるかあまり自信がありません。奥の部屋の一室に着くと、私たち二人は放り込まれ、鍵を掛けられました。


 しかし幸い、汚くはありますがベッドがひとつあったのでキミリを抱いたまま横になり、ケープを掛けて眠ることができました。



 ◇◇◇◇◇



 翌日、早い時間に叩き起こされた私たちは古着を押し付けられ、厨房を手伝うように言われます。キミリはまだ病み上がりで働けないと申し入れましたが、彼らには聞き入れてもらえず、厨房の手伝いに回されました。さらに二人のうちどちらかが逃げればもう一方を殺すと脅されました……。


 屋敷自体は大きいようでしたが、働いているのは下男がほとんどで女性は少ないようでした。ロスタルのやソノフの屋敷の侍女のようにお仕着せも無く、下女といった方が正しいかもしれません。私は周囲の男性に怯えながら言いつけられた仕事をこなしました。


 食事は芋と豆ばかりであまりおいしくありませんでしたが、屋敷のように量を制限されることがなかったため、腹に詰め込めるだけ詰め込むことはできました。キミリも十分な量を食べられたため、屋敷で居るときよりもかえって元気そうでした。


 夜、寝るときには部屋に鍵を掛けられました。キミリを寝かしつけ、静かになると隣の部屋から気配がします。そういえば、隣の部屋にも錠がかかっていました。


「あの、もし? どなたかお隣にいらっしゃる?」


『ええ。小さい子は寝たの?』


「はい。キミリは寝たところです」


 壁は何枚もの木の板を立ててあるだけで簡素なもののようです。声がよく通りました。

 狭い部屋でしたのでもともとひとつの部屋を分けたのかもしれません。


『カーレアよ。来年で成人なの』


「ラヴィーリアです。私も来年で成人です」


『こんな場所じゃ成人のお祝いもできないわね』


 カーレアはくすくすと笑います。


「ここはどなたのお屋敷なのでしょう?」


『さあ? 知らないわ』


「そちらはおひとりなのですか?」


『少し前まではもう一人いたけどね』


「私たち、何かの手違いでここに売られてきたみたいなのです……」


『……』


「何とかロスタルかソノフの屋敷に連絡が取れれば……」


『そんなのできっこない!』


 カーレアは悲嘆にくれた声で言い放ちました。私は申し訳なくなり、その夜はもうカーレアに声をかけることはありませんでした。



 ◇◇◇◇◇



 翌日の朝、カーレアと実際に顔を合わせると、彼女は同い年にもかかわらず、私よりずっと背が高く、また豊満であることがわかりました。碧の瞳と栗色の長い髪をした、愛らしい印象の女の子でした。なんだか普通に喋っていたのが恥ずかしくなりましたが、カーレアは変わらず、最初のように優しく話しかけてくれました。


 キミリもカーレアと仲良くなり、お互いを励まし合って仕事ができるようになりました。ロスタルのお屋敷よりも雑然とした、不衛生な場所ではありましたが、働きやすくはありました。


 また、部屋には鏡とブラシもありました。


「キミリは素敵な黒髪ですね」


 彼女の黒髪を梳いてやると、塗り物のような艶が美しく見えました。


「赤茶の瞳にも似合ってます」


 茶色の瞳は少し赤っぽく見えました。

 梳き終えると、彼女は私の髪を梳いてくれると言います。


「ラヴィーリアもきれい」


 キミリが私の長い髪を裾から梳いていくと、懐かしい気分になりました。

 レアリスは元気にしているでしょうか……。


 どう? ――とキミリが鏡を見せてきますが、私は鏡があまり好きではありません。


 キミリは私の様子を訝しみます。


「あ、あのっ、そうではなくて、私はあまり自分の顔が好きではないのです。キミリが梳いてくれたことは嬉しいのですよ」


「私は好きだよ?」


「そ、そうですか。ありがとうございます」


 はにかむ少女に、私もできるだけの笑顔を向けました。


 お守りの長包丁はここにはありません。今思うと、毎夜、眺めていたあの長包丁にはずいぶんと救われた気もします。自分を見つめなおすことができた気もします。そして今、私はちゃんと笑えているでしょうか……。



 ◇◇◇◇◇



 私たちはさらに十日ほどを過ごしました。十分な食事を摂れたため、キミリは以前よりも元気になりました。鉱国の地の女の子は十を過ぎて成長期に入ると一度に体が大きくなります。そのためにも十分な栄養を取らないと不調を来してしまいます。食事が得られることは重要でした。


「こんなにご飯をたくさん食べられたの初めて!」


 そう言ったキミリは父親が兵士だったけれど命を落とし、母親と姉とで苦しい生活を送っていたようです。詳しい話は分かりませんでしたが、その後、売られて伯爵家までやってきたようでした。兵士ならば東の辺境で命を落としたのでしょうか。どうして国が助けてくれないのでしょう。


 私はといえば下男たちのいやらしい目線に晒されていましたが、彼らは私たちに手を出さないよう上からきつく言われているらしく、隙さえ見せなければ危険なことはありませんでした。私よりもカーレアの方が彼らの目線に晒されており、私も心配していました。


 そして私の懸念は現実となってしまったのです。



 ◇◇◇◇◇



 夜、髪を梳いた後、キミリを寝かしつけていると隣の部屋の錠前を開ける音がしました。キミリの耳もぴくりとし、私も耳をそばだてます。


 キャッ――隣からカーレアの短い悲鳴が聞こえたかと思うと、声は聞こえなくなりバタバタと暴れる音が。


「カーレア!? どうしたの? カーレア!?」


 私は隣に呼びかけます。キミリは部屋の戸を開けようとしますが当然鍵がかかっていて開きません。バタバタという暴れる音だけが聞こえます。


 私は周りを見渡し、部屋の中のガラクタから壊れかけの椅子を見つけます。私はそれを両手で持って振り回し、壁にぶつけますが、薄いように思われた木の板は私の力程度では弾かれるばかり。隣の部屋側は返事はなく、バンバンと壁を叩くような音も。


 私は焦りながらもあちこち椅子を叩きつけて、ようやくひと所、壁が朽ちて弱っている場所を見つけ、床に接した低い場所に穴を開けられます。


 穴が開くとキミリが飛び込んでいきます。


「待って! キミリ!」


 危険を感じて彼女を呼び止めますが、小柄なキミリは容易に穴を潜り抜けていきました。私も朽ち木の破片を躱しながらようやく穴を抜けます。





「やだ! やめて!!!」


 カーレアの悲鳴が響き、私が体を起こした時には既に、キミリは床の上で動かなくなって――――――。




 男は太腿から血を流しており、手には食事の時に使うような尖ったナイフが。


「こんなもん、どっから持ち込んでやがったんだクソガキが」


 私は男に走り寄り、ナイフを持つ手に飛び掛かり、噛みつく。ナイフは手放したが、私は振り払われ、倒れたところで背中を蹴られる。


「何してやがる!!」


 さらなる追撃が私を襲おうとしたその時、部屋の入り口から屋敷の男たちが姿を見せ、襲ってきた男を怒鳴りつける。


「馬鹿野郎が! 商品を潰しちまいやがって! この能無しを連れてけ!」


 襲ってきた男は言い訳をするが拘束されて連れて行かれる。

 私の背中を激痛が襲っていたけれど、ここで気を失うわけにはいかない。



「ダメだな、こりゃ」


 指示を出していた男はキミリを確認すると、彼女を前に腕を組んで見下ろす。

 幼い子が死んだと言うのに何という言葉、何という態度。

 カーレアがキミリに縋りつき、泣いている。

 私は泣き崩れそうになるのを堪え、男に話しかける。


「キミリは妹のようなものでした。お願いです。墓地に埋葬させてください」


 男はため息をつくと、ついてこいと。

 私は泣き縋るカーレアを抱きしめて落ち着かせる。


「ごめんね。すぐ戻るから待っていてください」


 彼女の背中を擦ってあげる。


「ここではカーレアも落ち着けないので私の部屋でもいいでしょうか」

「穴も開けちまったんだ。好きにしろ」


 男は隣の部屋の鍵を開けるように手下に言いつけ、カーレアを連れて行ってくれた。


 キミリに触れる。

 呼吸は止まっており、望みはないかのように見える。

 泣くな! ――私は涙が零れそうになるのを堪え、彼女を抱き上げた。


 キミリを抱き上げたまま、男についていく。


 ――外はまだ暗く、屋敷の前の狭い通りには人気はない。


 男はすぐ近くの路地裏に私たちを連れて行く。


「そこに捨てておけ」


「墓地に埋葬させてくれないのですか!?」


「大丈夫だ。この辺は治安が悪くて誰が死んでても気にしない」


 何が大丈夫なのか! 血が沸き上がるかのような感情に溢れた。

 だがこの場はこれ以上の条件はない。

 私は抱きしめていた彼女を冷たい路上に横たえると、すっと頬を撫で、急かされてその場を後にした。





--

やっぱり続きません。




復縁物スキーの皆様にお届けします。この話は復縁モノなのでご注意ください。


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