第2話

 セダカ君は小学二年生の終わりに、私の前から姿を消した。

 時たま、セダカ君の噂を耳にすることはあった。六年生のときには、市内中の六年生を集めて行われる体育大会で遠目からセダカ君を眺めた。だけど、声をかけようとは思わなかった。また、セダカ君の近況を知る人に会っても、話を聞き出そうとは思わなかった。

 セダカ君がいなくなってしまう日、私は別れの手紙すら書けずにいた。

 小さな子供にとって、たとえ市内であっても転校してしまうということは、ほとんど今生の別れに等しかったのだ。実際、一年前には、友人と離れ離れになったばかりで、その意味も理解しきれなかったこともあるいは関係しているだろう。ただ、どうしてという思いしかなかった。

 決着しなくたって、結果は変えられない。

 また、君のもとに戻ってくるからという言葉に、毎春、私は苦しめられることになる。いつまで経っても、セダカ君は私のもとへ帰ってはこなかった。やはり、生きていても会えないのなら、死んでしまって会えないのと同じであったのだ。

 それでも、髪型を変えてしまったら、次に会ったときに私だとわからなくなってしまうのではないかと危惧した。会えない日々が、私をセダカ君への愛へと駆り立てた。愛は育っていき、当然のように、セダカ君も私も成人を迎えてしまっていた。

 私の見た目は悪くないほうに違いないから、年頃になればナンパもされる。しかし、いつまでも理想の恋人像であるセダカ君の影が消えずにいた。

 頭のどこかで、私にはセダカ君という素敵な恋人がいるのだから、新たに恋する対象を探し出すわけにはいかないという情けない言い訳も自分にしてきた。セダカ君の名字は決して好きではないけれど、いつしか私はセダカ君のお嫁さんになる女の子なのだという一方的で盲目的な自負があった。

 ところで、この「私はセダカ君の嫁」信仰は、とてつもなくやっかいな代物である。

 突然、ムラムラと湧き上がってくる。今、私はセダカ君の端正な横顔を眺めて悦に浸っている。それでいて、今までさんざん私のことを放っておきやがって、せっかく再会できたのだからもっと可愛い私のことをかまったらどうなの? という理不尽極まりない怒りが湧いてくる。美術館という静寂の中で、叫びだしたくなる衝動を必死に堪える。ひとまず、呼吸を整える。

「他所の女なんか見ていないで、私を見てよ」と、ヒステリー全開で、未完成の油絵に嫉妬するかわりに、しおらしくセダカ君のシャツの袖口を引っ張ってみる。やった、セダカ君がこちらを向いてくれた。十年以上の空白を埋めようと、必死になってセダカ君のご尊顔を凝視する。ああ、セダカ君ってすごく格好良い。しばらく会わないうちに、なんて男前に成長してくれたのだろう。嫁として、こんなに嬉しいことはないわ。

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