乖離

神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ)

第1話

 セダカ君は、私の知り得る限り、身近に存在する最も綺麗な男の子のひとりである。

 背高のっぽだから、セダカ君。そう、本名は別にある。だけど、因果なことにセダカ君の名字はあまり美しいとは言い切れないお笑い芸人と一緒なのだ。私自身、彼の名字を聞く度に混乱してしまって仕方がない。

 セダカ君が小学六年生のとき、文字通り、同級生より頭ひとつ抜きん出ていた。

 私は四月生まれだから、セダカ君の気持ちが少しだけ理解できる。まるで妹のような女の子たちと話すときには、いつも下を向いていた。そんなことばかりしていたから、私は猫背になってしまったのだ。

 そして、今日もセダカ君は美しい。

 形の良い後頭部。セダカ君が男の子であるという事実を意識させるのどぼとけ。いつのまにか、セダカ君もすっかり大人になってしまった。

 そもそものきっかけはこうだ。小学校一年生の最後に、私のクラスから女の子が転校してしまった。そのために、二つあったクラスが一緒になった。ちょうどクラスが一つか二つに分かれる境目の人数だったのだ。

 ある日、女の子同士の会話で、どの男の子が好きかということで盛り上がった。そういう話題にはまだ疎かった私は、なんとなく良さそうだという理由でセダカ君が好きだと答えた。ところが、セダカ君のほうは実際に私のことが好きだったらしい。それで、いつのまにか私たちはクラス公認のカップルになってしまった。確かに当時の私はよくかわいいと言われたものだった。だけど、今にして思えば、セダカ君は私のどこを好いていてくれたのだろうと不思議でならない。皆目検討もつかないのだ。

 今日だって、セダカ君は私のわがままにつきあってくれている。私は常に一定の刺激を受けていないと生きていけない。嘘ではない。本当の話だ。あまりにも暇すぎると、それがストレスとなって発狂してしまいそうになるのだ。

 そういうときには、美術館に行くのが良い。精魂込められた作品からは、インスピレーションを得られる。しかし、根っからのアーティスト気質である私は、「すごいなあ」「きれいだなあ」と思うよりは、「私より上手で悔しい」と感じることのほうが圧倒的に多い。癒されるためというよりは、闘争心をあおられるために行くようなものだ。

 それは、セダカ君も同様のようで、直接、言ってきはしないが、ジェラシーに手に汗握っていることは私にはバレバレだ。それだから、大抵、次の日には美術館で観たばかりの作品を超越しようと試みる。

 まあ、それはそうと、その手に汗握るセダカ君の美しさときたら、筆舌に尽くしがたい。その佇まいを見たいがために、私はわざわざ美術館に行くのかもしれない。本当は、こちらのほうが隠れた本命なのだ。

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