07.ご褒美デートは突然に

 どうして私、胡桃とキスすることに!?

 とても健全で感動的な場面だったよね!?


「……待って……ほんとに待って」


 私は胡桃の肩を掴んで引き剥がす。

 なんでこんなに積極的なの? もしかして先を越されてた? 胡桃は経験済なの!?


「ルリ、もう一回」

「だから待っ……んんんッ」


 信じられない! 初キスが思念体になった後で、胡桃が相手で、しかもベロォ!?


「あらぁ~」


 あの金髪コラぁ! 覚えてろよ!?


「それじゃ、そろそろ次の段階に進むよ!」


 次!? 次って何!?

 まさか二人の大事なところを重ね──


「えい!」


 ぎにゃあ!? キモいの出た!

 何あれ何あれ触手!? こっち来んな!


「胡桃!」


 こっち来なかった!

 代わりに胡桃が手足を拘束されて……!?


「ななななななななな」


 なんて格好させられてるの!?

 足がM字で、私に見せつける位置で……!


「さあ、一番大事なところを舐めるんだ!」

「一番大事なところ!?」


 胡桃が近くなる。

 胡桃の大事なところが、近くなる。


 捲られたスカート。モロに見えてる純白の下着。そして「大事なところ」を強調するかのように蠢いている触手!


「……ルリ、お願い」

「無理だよぉ!」


 なんで胡桃は覚悟が決まってるの!?


「……ルリは、胡桃のこと、嫌い?」

「好きだけど! そそそういうことはもっと段階を踏んでからするものでしょ!?」

「たとえば?」

「それはほら、まずはお互いの気持ちを確かめるでしょ? それから手を繋ぐとかデートするとか、たくさんの思い出を重ねた後で、やっと普通のキスをするの! その後も普通は添い寝とか一緒にお風呂に入るとか、色々と段階を踏んで、その後でやっと、そういうことをするものなの!」


 ぜぇはぁと息を荒げる。

 なに言ってんだろ。恥ずかし過ぎる。


「ルリ」


 胡桃はきょとんとした様子で言う。


「全部、やったよ?」

「確かにぃ!」


 やってたわ!

 今言ったこと全部、胡桃とやってた!


「盛り上がってるとこ悪いんだけどさ」

「何よ!?」

「どこを舐めようとしているんだい?」

「どこって……」


 私は目の前にある胡桃のアレを見る。


「背中だよ」

「……え?」

「これはトラウマを乗り越える儀式。その子が最も気にしているのは、あのピエロに採取された遺伝子情報。そのせいで仲間が酷い目にあったわけだからね」


 ……。


「はぁ、ボクのこと散々スケベみたいな目で見てくれたけど、一番は君の方だったね」


 ……!


「じゃあ! このポーズは何よ!?」

「ボクの趣味だよ」

「だからおかしいでしょそれぇ!?」


 ああもう顔が熱い!

 でも誰でも勘違いするよこんなの!


「そろそろ本当に時間切れだよ。君が背中を舐めなければ胡桃は死ぬけど、どうするの?」

「舐めるわよ!」


 ああもう、こうなったらヤケクソだ!

 背中なんて、いくらでも舐めてやるわよ。


 ──ビリリィ!


 触手が背中の服を裂いた。

 もはやツッコミはしない。


「……」


 私は胡桃の背に回り、愕然とした。


 あまりにもエグい。

 彼女の背中には強い力で無理に引き裂かれたような傷痕があった。綺麗な肌はほとんど残っていない。


 そして傷痕からは禍々しい魔力を感じる。


「これ、痛くないの?」

「……分からない」


 分からない。

 意味を考えた時、涙が出そうになった。


(……ごめんね)


 そっと背中に触れる。

 

「これが心の傷。トラウマだよ」

「……そうなのね」


 いつの間にか金髪が隣に居た。

 とても真面目なことを言っている。


「さあ、文字通り舐め取ってあげるんだ」

「……分かったわよ」


 私は目を閉じて、そっと舌を伸ばす。


「……んぐっ!?」

「胡桃!?」


 苦しそうな声。

 もしかして、痛いの?

 

「平気。続けて」


 胡桃は明るい声で言った。

 私は一度、自分の頬を叩いた。


 色々あったけど。

 どうやら本当にシリアスな場面みたいだ。


「……行くよ」

「……うん」


 そっと、舌を伸ばす。

 胡桃は悶絶するような声をあげた。


 手足が暴れている。

 そのための触手なのだと理解した。


(……ごめんね。ごめんね)


 そして淀んだ魔力を舐め取る度、彼女の気持ちが流れ込んできた。


(……許せない)


 胡桃の両親を殺し、私を殺したピエロ。

 その後で、博士や他の仲間達、そして魔法少女の支援をする小動物、ティアベール達。みんな、みんな、胡桃に見せつけるようにして殺された。


 酷過ぎる。

 こんなの、耐えられない。


(……許せない)


 あのピエロが許せない。


(……許せない)


 私自身が……彼女の隣に居られなかったことが、許せない。



 ──そして



 その感情は全て、俺にも流れ込んでいた。


「……不愉快だな」


 こんな気持ちになったのは久々だ。

 かつて仲間の女騎士が洗脳された。


 彼女は拘束され、仲間達を一人あたり三日かけて殺害する一部始終を、二十日に渡って見せられた。その結果、理性が崩壊した。


 俺は彼女を救うため、感覚を共有した。

 その際に覚えた怒りを思う出す程に、山田胡桃から伝わってくる感覚は不愉快だった。


「……これさえ無ければ尊い百合なのに」


 許せない。

 女の子同士が友情を深め合う場面に水を刺す存在など、あってはならない。


「……ん……あれ?」


 胡桃が目を覚ました。

 その姿は、直前までとは少し違う。


 まるで「ルリ」という少女と混ざり合ったかのように、髪の一部が燃えるような赤色に変わっている。


「気分はどうだ?」


 胡桃に問い掛ける。

 彼女は触手に拘束されたまま言う。


「……とても良い」


 俺は笑みを溢し、彼女に言う。


「良くぞ乗り越えた! ズヴィーバなど、今のお前からすれば虫ケラも同然!」


 嘘である。俺はピエロの力を知らない。

 だが本当にする。俺が関わるのだ。不可能など存在するはずがない。


「今夜だ! 今夜中に殲滅する!」


 胡桃は情報を咀嚼するかのように何度か瞬きをした。そして数秒後、力強く頷いた。


「……奴らの居場所が分からない」

「呼び寄せる方法があると言ったら?」

「本当? なんでもする! 教えて!」


 ズヴィーバの悪行は胡桃を通して見た。

 奴らは胡桃から出る負の感情を集めるため、あえて彼女の大切な人を殺している。


 ならば、やることはひとつ。


「夜のデートをするぞ! 山田胡桃!」

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