06.魔法少女クルミの覚醒

 世界にヒビが入った。

 甲高い音。崩れ落ちる景色。


 私は、気が付いたら真っ白な場所に居た。


「久し振りだね」


 ……。


「あれ? おーい、聞こえてるよね?」


 ……ルリだ。

 ルリが、喋ってる。


「ちょっとちょっと、なんで泣くの!?」


 ルリは私の涙を拭いて……あれ?


「なんで触れるの?」

「ふふん、なんでだと思う?」


 今度こそ、知らない記憶。

 生きてるルリがそこに居るみたい。


 ありえない。

 どうして、こんな……。


「エーテルファクトだよ」


 私は首を傾ける。

 ルリも一緒に首を傾けた。


「歴代の魔法少女達と夢の中で会ったこと、あるよね?」


 私は首を横に振った。


「えー!?」


 ルリは大袈裟に仰け反って驚いた。


「まあいっか。細かいことは気にしない!」


 この雑な感じ、間違いない。

 彼女は……本物のルリなんだ!


「……」

「……」


 言いたいことがたくさんある。

 あり過ぎて、言葉が詰まっている。


 多分、ルリも同じ。

 だから二人とも、口を閉じている。


「「ごめん!」」


 やがて同時に頭を下げた。


「「……え?」」


 今度は同時に顔を上げて、同時に首を傾けた。

 それから少し間があって、私達は同時に笑った。


「なんか懐かしいね」

「……ん」


 私はルリの言葉に同意した。

 最後に声を聞いたのは、二年くらい前だったと思う。


「信じられない。本当に、ルリなんだよね」

「もっちろん! こーんな素敵な美少女、他に居る?」


 懐かしいやりとり。

 涙が出そうな程に心地よい。


「……胡桃、本当にごめんね」


 二度目の謝罪。


「違う。謝るのは、私の方」


 私は言う。


「ルリを守れなくてごめん」


 ずっと言いたかった。


「最期の言葉を忘れててごめん」


 ずっと、ずっと、話がしたかった。


「みんなの笑顔を守れなくて、ごめんなさい」


 ルリは俯いた。

 直ぐに鼻をすするような音がして、彼女は顔を上げる。


「バカ!」


 ルリは無理をしたような笑顔で言う。


「なんでもかんでも自分のせいにしない!」

「……でも」

「でもじゃない! 胡桃は悪くない! 社会が悪い!」


 ルリは声を震わせて、


「胡桃を独りにした……私が一番わるものだ」


 その乾いた笑顔を、涙で濡らした。


「ごめんね。約束したのに」

「違う! それは絶対に違う!」


 私は叫ぶ。


「ルリは、私を独りにしなかったんだよ!」


 ズヴィーバに両親を殺された。

 私はずっと膝を抱え俯いていた。


 ルリだけが、いつも笑顔を見せてくれた。

 面白いことひとつ言わない私の隣に居てくれた。


 ルリは私の太陽だった。

 類が傍に居るから私の世界は明るかった。


 ダメだ。泣くな。

 ルリを心配させちゃダメ。


(……思い出して。私のやるべきこと)


 涙を拭いて顔を上げる。


「約束、果たしてくるね」


 私はルリの綺麗な目を見て宣言した。


「ズヴィーバを倒して、みんなの笑顔を守るよ」


 言いたいことは沢山ある。

 でも……だからこそ、今の言葉だけを口にした。


 ルリの顔を見ていたら、決意が揺るぎそうだから。

 彼女の明るい声を聞いていたら、この場所から離れられなくなりそうだから。


(……これも精神攻撃なら、すごく趣味が悪い)


 私は深呼吸をする。

 それから、もう一度だけルリを見た。


「行ってきます」


 ルリは口を開き、何か言いかけた。

 

「……行ってらっしゃい」


 きっと彼女は沢山の言葉を飲み込んだ。

 私も同じだから、よく分かる。でも、それを話すのは今じゃない。


 ──パチパチ。

 突然、拍手みたいな音が聞こえた。


「素晴らしい友情だよ。感動しちゃった」

「あなた、誰?」


 ルリは私の前に立ち、低い声で言った。

 私は思わず嬉しい気持ちになってしまった。


 でも、これは違う。

 前に出るべきなのは、私の方だ。


「おっと、そんなに警戒しないでくれよ」


 背の高い女性。

 薄い金色の髪と、深い緑色をした瞳。


「ボクはキャサリン。マスター最古の召喚獣にして、大淫魔からドスケベアースを守り抜いた触手だよ」


 ……キャサリン? ……触手?


「えっ!?」


 私はあんぐりと口を開けた。

 ビックリした。心底おどろいた。


「はっはっは、ヒト族は揃って同じ反応をするね。上位の触手がヒトの姿になるのがそんなに珍しいのかな?」


 珍しいというか、もはや理解不能。

 ルリも困惑した様子。私とキャサリンを交互に見ている。


「時間が無い。端的に説明するよ。そのために……えいっ!」


 気の抜けた掛け声。

 何も無いはずの空間に板のような物が現れた。


 何か映る。


「今ここに居る君は、言わば精神だけの存在。本体は……ふふ、気持ちよさそう」


 ……うそ。これ、私なの?


「ふ、ふざ、ふざけないで!」


 ルリが顔を真っ赤にして言った。


「どういうこと!? なんで、胡桃がこんな、こんな……エッチ過ぎるよぉ!?」


 彼女はとても興奮した様子で言った。

 えっちすぎる……? どういう意味なのかな。


 ん-、体調が悪そうって意味かな?

 板に映る私、顔が真っ赤。目は虚ろで口は半開き。涎まで出てる。


「リンク」


 キャサリンが何か言った。


「プロパ・シェア」


 そして、聞き覚えのある呪文を唱えた。



【山田胡桃】

成長:31/99(+12)

魔力:928(A)(+154)

精神干渉力:93(J)(+58)

精神抵抗力:375(G)(+273)

淫力:89(J)(+70)

理性:18/99(心神喪失)



 これは、えっと……ステータス?

 精神抵抗力、いっぱい上がってる。


「……なに、これ」


 ルリが唖然とした様子で言った。

 そうだよね。私も最初はビックリした。


「マスターは胡桃を鍛えているのさ」


 キャサリンがルリに言った。


「……鍛える? どういうこと?」

「見ての通りだよ。君達の敵……ズヴィーバは洗脳を使うんでしょ? だから精神抵抗力を上げようとしているんだ」


 ルリは難しい表情をした。

 多分、何か考えているのだと思う。


「どうすればいいの?」

「エッチなことをすれば良いんだよ」

「んなっ!?」


 ルリは驚愕した様子で言った。


「絶対にダメ!」


 ルリはとても怒った様子。

 私は察した。多分「エッチなこと」は、私にとって辛いことなのだろう。


「大丈夫だよ」


 私はルリの手を摑む。


「でも!」

「大丈夫。信じて」


 思い出したんだ。ハッキリと。


 あのクソ陰キャ野郎……本名なんだっけ?

 とにかく、あの人の目がルリと似ていた。


「教えて」


 私は彼を信じる。

 だから、キャサリンに問いかけた。


「私、どうすればいいの?」

「まずは、その子とキスをしようか」

「分かった」

「んんん!?」


 私はルリの頬を掴んだ。


「待って待って、そんな急に、心の準備──んぐぅ!?」


 ……なんか、体がビクってした。

 ルリの唇、とても柔らかくて、変な感じがする。


「そのまま舌を入れてみて」


 舌を入れる?

 えっと……こうかな?


「やっぱり! ルリちゃんにはプロテクトが適用されないみたいだね! これなら大丈夫だよ!」


 私はルリから顔を離した。

 

「これで終わり?」

「まさか。ここからが本番だよ」


 キャサリンは言う。


「とりあえず、あと五分くらい続けてみよう」

「ちょっと待って!」


 ルリが声を上げた。


「意味が分からない! なによキスって!」

「必要なことだから仕方ないよ」

「ふざけないで! こんなの聞いたことないわよ!」


 私は再びルリの頬を掴んだ。

 見つめ合う。彼女は急に大人しくなった。


「ルリは、嫌なの?」

「……嫌じゃ、ないけど」


 そして──

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