05.私が魔法少女になった理由

 それは五歳の誕生日。


「あなた、だあれ?」


 今でも夢に見ることがある。

 私の人生で二番目に辛い記憶。


「おゃおゃ♧ 可愛らしいお嬢さんだ♡」


 ピエロがグラスを片手に座っていた。

 グラスの中には、見たことのない真っ赤な液体が入っていた。


「それ、なにのんでるの?」

「床を見てごらん♧」


 ピエロの人は床を指差した。

 紅い海の上にパパとママが倒れていた。


「この二人から作ったジュースだよ♤」


 私は悲鳴をあげた。

 ピエロの人は笑い声をあげた。


「アハハハハ! 素晴らしいぃぃ! 素晴らしい負の感情だ! 仮説は正しかった! 負の感情は総量が決まっている! 子供こそがベストな材料なんだ♡」


 ピエロの人は私の手首を摑んだ。


「ほぉら、もっと泣きなさい♢」

「いやだぁ! はなしてぇ!」


 私が悲鳴を上げた直後だった。


「そこまでよ!」


 私はルリに救われた。

 そして、魔法少女の存在を知った。



 *  *  *



 私は博士に保護された。

 どうやら「適正」があるようで、世界を救う手助けをしてくれないかと言われた。


「君のパパとママのような人を、ひとりでも減らさなければならない」


 博士は若い男性だった。

 とても綺麗な目をした人だった。


「……できません」


 私は心を閉ざしていた。

 部屋にこもって、いつも膝を抱えていた。


 だけど、ルリが居た。

 二歳年上の彼女が私を独りにしなかった。


 そこからは、よくある話。

 私は三年かけて心を開き、ルリと親友になった。



 *  *  *



「……胡桃、ごめんね」


 ああ、やっぱり、これか。

 忘れられるわけがない。最も辛い記憶。


 そうだよね。

 精神攻撃なら、これだよね。


 ルリが血を流している。

 ズヴィーバが高笑いしている。

 私は怒りに身を任せ、必殺技を連発している。


 気が付いた時、周囲は瓦礫の山だった。

 私は虚ろな目をした親友を膝に乗せ、泣いていた。


「……感情、豊かに、なったねぇ」

「喋らないで。もうすぐ助けが来る。ルリは助かる。絶対に。だから……っ!」


 ルリは首を左右に振った。

 そして最後の言葉を口にした。


 何か大切なことを言われた気がする。

 でも私は──その言葉を忘れてしまった。



 *  *  *



「──胡桃、ごめんね」


 ……あれ?


「……感情、豊かに、なったねぇ」


 なんで、また、同じ記憶。



 *  *  *



「──胡桃、ごめんね」


 嫌だ。やめてよ。

 何これ。どうして何回も。


 嫌だ嫌だ。

 もう見たくない。聞きたくない。


「……感情、豊かに、なったねぇ」


 そうだよ!

 ルリのおかげで、泣いたり、怒ったり……笑えるようになったんだよ!


「────────」


 何を言っているの!?

 私に何を伝えたの!?



 *  *  *



「──胡桃、ごめんね」

「もうやめてよ!!」


 私は叫んだ。

 声が出た感触はある。


 だけど聞こえない。

 目の前の悲劇は、何も変わらない。


「……感情、豊かに、なったねぇ」


 ビデオをループ再生するかのように、ルリの最期が繰り返される。



 *  *  *



「──胡桃、ごめんね」


 またルリが死ぬところを見せられた。

 記憶の中で私が泣き叫んでいる。私の心を映す鏡のように、周囲を破壊している。


 ……いつになったら、終わるの?


 これは精神攻撃。

 耐え続ければ、いつか終わる。


 終わるはずなんだ。


 

 *  *  *



「──胡桃、ごめんね」


 ……。


「……感情、豊かに、なったねぇ」


 ……。



 *  *  *



「──胡桃、ごめんね」


 ……あは、あははは。


「……感情、豊かに、なったねぇ」


 あははは! アハハハハハ!



 *  *  *



「──胡桃、ごめんね」


 ──あ、れ?

 私、何してたの?


「……感情、豊かに、なったねぇ」


 あぁ、嫌だ、待って! 

 行かないで! 私を独りにしないで!


「……に、──────な」


 

 *  *  *



「──胡桃、ごめんね」


 何度も何度も繰り返した。

 回数は知らない。百から先は数えてない。


 やっと気が付いた。

 これは、耐え続ける時間なんかじゃない。


「……感情、豊かに、なったねぇ」


 私は集中する。

 ルリの声にだけ意識を傾ける。


「……最期に、私のわがまま、聞いてくれたら、嬉しいな」


 鳥肌が立つのを感じた。

 こんな言葉、記憶に無い。


 過去の私は叫び続けている。

 しかしルリは何も聞こえていない様子で、ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。


「夜更かし、やめること」


 ……。


「友達、たくさん、作ること」


 ……うそ。


「野菜も、ちゃんと、食べること」


 ……なんで。


「いつも、笑顔で、生きること」


 ……なんで私、こんなに大切なこと。


「みんなの、笑顔を、守る……こと」


 ……ルリの最期の言葉、覚えてないの?


「胡桃なら大丈夫。胡桃は、強い子だから」


 ……。


「私、胡桃に会えて良かった。最高の親友。そして自慢の妹。ずっと見守ってるからね」


 ルリは手を伸ばして、私の頬に触れた。


「私のエーテルファクト、あなたに託す」


 最期の表情は、涙と、笑顔だった。


「みんなのこと、任せたよ」


 そして眠るように息を引き取った。

 私は彼女を抱き締め、泣き叫んでいた。


 今の私も涙が止まらない。

 どうして、こんなにも大事なことを忘れていたのだろう。


 私はルリが大好きだった。

 みんなを笑顔にする彼女は、私のヒーローだった。


 私はルリみたいになりたかった。

 誰かのヒーローになりたくて、魔法少女になったんだ。


「アハハハハ! 素晴らしい!」


 ──あれ? これは、なに?


「おっと、抵抗しても無駄だよ♣️」


 このピエロ、どうして、ここに?


「おじさん、君のことが忘れられなかった」


 待って待って。こんなの知らない。


「最高の材料だ。欲しい。たくさん欲しい。でも君は世界で一人しか存在しない。だから──おじさん、クローンの研究しちゃった」


 ……うそ。


「因みに、洗脳も覚えたんだよ♡」


 ……うそだ。うそだ。うそだ。


「安心して。背中の皮膚を貰って、ちょこっと記憶を弄るだけ♢」


 あああああああああああ!?

 なんで!? なんでなんでなんで!?


「君は絶対に殺さないけど、君の仲間は殺す。それが一番コスパが良い。君が出す負の感情は、極上の材料になるんだ♡」


 ……全部、私のせいだった。


「またね! 覚えてないだろうけど!」


 ルリだけじゃない。

 私のせいで、みんなは……。


『──それは違うよ』

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