幕間② 魚の餌

 車に揺られる事一時間。

 後部座席で俺の横に座る、小柄で短髪の女性は一定の笑顔を張り付けたまま座っている。

 運転席には明らかに武道をやっているガタイのいい女性。

 端的に言えば、これはもう拉致だ。


 いやまあ、一応合意の上ではあるけど……。


「着いたよ、立花君」

「あ……はい」


 車が止まったのは、どこかわからない港。

 時刻は午前二時。

 車から降りて、ライトに照らされながら海を見る。

 暗いし、なんか深そう……。

 ……え、殺される?


「緊張しているのかな? 無理もない、こんな美人とデートに行く機会なんてめったにないもんね」

「いや、よくあります……」


 未来の奥様や元カノ、偶に小柄な友人。

 これまでも、そしてきっとこれからも。

 俺は美人と出かける機会が結構ある。

 うれしい限りだ。

 ……もしかしたら今日で終わりかもだけど……。


「贅沢な男だね、君は」


 全体的に小さく華奢なその体に巨大な威圧感を持たせた少女は不満げに呟く。

 彼女の名前は一条葵。

 我が校の生徒会長にして、市長の一人娘。

 絶対的な権力を持つ学校の支配者だ。


「もちろん、会長も美しいですよ」

「久遠ちゃんと比べたら?」

「それはもちろん久遠ですけど」

「気に入らないなぁ……まあ、今はいいけど」


 一条会長はとても美人だ。

 小柄で、中学生と言われても疑わないような体だが、それに似つかないほど妖艶で色気がある。

 そして何より、ものすごく怖い。

 同い年らしいけど、全く信じられない。


「それで、なんで僕をこんなところに……?」


 今日の昼。学校でいきなり呼び出された俺は夜中に迎えに行くから学校まで来いといわれ、言われるがまま久遠の家を抜け出し会長と合流した。

 だって怖いし、何されるかわからんし……。

 まあ、今この状況も何されるか分らんのには代わりないんだけど……。


「君とデートしたくて」

「初デートが夜中の港ですか? ずいぶんと珍しいですね」


 たこさんウインナー工場といい勝負してる。


「魚は夜中じゃないと釣れないからね、仕方なかったってやつさ」


 一条会長は車のライトに照らされながら能面のような笑顔を崩さない。

 釣りって、なんで……?


「おや、準備ができたみたいだ。ほら、君の分の竿もあるよ」

「はぁ……」


 運転手だったガタイのいい女性が竿やらなんやら、道具を一式準備して車に戻っていった。


「釣りはしたことある?」

「まあ、何度か……何を釣るんですか?」

「ガヤだよ、餌をつけて垂らしておけば釣れるからね」

「へえ……」


 白身魚フライにすると中々美味いんだよな。

 釣れたら久遠にお土産で持って帰ってあげようかな。


 それから暫くテトラポットの合間に糸をたらし魚が釣れるのを待った。


「釣れないね」

「まあ、釣りなんてこんなもんですよ」

「ふーむ、撒き餌でも使ってみようか」


 そう言って、クーラーボックスからミンチになった何かをバケツに入れ海に撒き始める。


「ほら、君も使いな?」

「え……? ああ、はい」


 俺も会長に倣ってミンチになった餌をまく。

 ……これ、なんなんだろう? 

 良く見えないけど、オキアミとかじゃないな……。


「会長、この撒いてるのってなんなんですか?」

「知る必要はないよ、いいから撒いて。たくさんあるんだから」


 今までよりもさらに冷たい、なんの感情も籠っていない笑顔で俺が餌を撒いている姿をじっと見つめて来る。

 なんなんだよ……。


 時刻は午前二時三十分。

 いわゆる、丑三つ時だ。


「竜胆についてなんだが」

「え……?」


 なんでいきなりその名前が……?

 あの事件から一週間。

 学校では一度も姿を見かけていない。


「彼はね、転校することになったよ」

「どちらに……?」

「それは言えない、けど友達も一緒だから寂しくないはずだよ」


 転校……。

 いなくなってくれたならよかった。

 よかったんだけど、なんだ……?

 ものすごく、寒気がする。


「そ、そうですか……」

「うん……お? 竿、引いてるよ?」

「ホントだ」


 魚が食いつくタイミングを待ち、良きところで竿を引く。

 ごく簡単な合わせ釣りだ。


「中々上手いね」

「まあ、これ位なら」


 狙い通りガヤが釣れる。

 そこそこ大きいし、まあ食べられないことも無さそうだ。


「ふーん、あんな肉食べるんだ」

「はい?」

「ううん、何でもないよ。ほら、早く餌をつけて。どんどん釣ろう」

「……わかりました」


 なんだよ、あんな肉って……。

 餌をつけ、また糸を海に垂らす。

 無言で促してくるから、撒き餌も撒いた。

 よく見ると、ミンチになった“何かの肉“みたいだ。

 

 撒き餌って普通エビとかイカゴロとかじゃないのか?

 肉なんて使わないよな……?


「竜胆たちはどうやら、宗教関連の写真を捏造して脅していたみたいなんだ」

「はあ……」

「勧誘を受けている所を盗撮し、その映像と音声を加工してまるで入信したかのような映像を作る。その映像を被害者女性に見せることで脅迫していたらしい」


 悪質すぎるだろ……。

 脅しのネタすら嘘なのかよ。


「京香の兄だったから、被害女性にお金で示談してもらって見逃していたんだけどね。でもまさか、ここまで悪質とは思ってなかった。」

「そうなんですか……」


 示談って……。

 脅して転校させたわけでは……ないのか?

 いや、わからんか。

 真実を言ってるとも限らないし。


「ちなみに、京香は本当に何も知らなかったんだ。彼女の事は恨まないで欲しい」

「どっちでもいいですけどね」


 助けてもらったし、文句を言える立場ではない。


「不思議だと思わない?」

「何がですか?」

「竜胆はなぜ、タイミング良く宗教勧誘のタイミングを盗撮できたんだろうね」

「まあ、確かに」


 確かに、明らかに都合がよすぎる。

 ……協力者がいた?


「しかも映像には勧誘者は映っていなかった。校外の人間らしく、特定も難しいんだ」

「それが、どうかしたんですか?」


 会長がため息をつく。

 こわっ……。

 なんか怒らせたか?


「君には関係ないかもしれないけど、私としてはかなりムカつく事案でね……。目をかけてやったのに、裏切りまでしてたとは……」


 明らかに声に怒気が籠っている。

 

「だから、“転校”してもらったんだ」

「転校……」


 会長が撒き餌を投げ入れる。

 全然釣れなくて面倒くさくなったのか、バケツの中身全部投げ入れている。


「あの、どこら辺に転校したのかだけでも教えてもらえませんか? 知らずに再会したらどんな目に合うか……」

「その心配はないよ、君たちは絶対に会うことはない」


 その意味を頭の中で咀嚼して、身体が動かなくなる。

 まさか、まさかな……?


「撒き餌、まだまだあるから。なくなるまでいるからね」

「は、はい……」


 まさか、その撒き餌……。


「その撒き餌、なんかの肉……とかですか?」

「そうだよ」


 会長がこともなげに答える。

 その顔は、どれだけたっても変わらない。

 美しく、けれど、日本人形のような……。

 そんな不気味さがあった。


「なんの肉……?」

「知る必要はないってさっき言ったよね?」


 冷たい声。

 最後の忠告だろう。

 殺意すらこもっていそうなその声に逆らう事なんて出来るはずもない。


「……はい」


 俺はその後、無心で餌を撒いた。

 出来るだけその正体について考えないように無我夢中で時間を過ごした。


 終わるころには十数匹のガヤが釣れたけど、帰り道に全部捨てた。

 とても食べる気にはならなかった。




 ―――――


これで幕間は終わりです

次回から二章に入りますので、お楽しみに!!!

よかったら★とフォローと感想下さい!!!


……なんの肉かは想像にお任せします

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