幕間① 保健室にて

「なあ、愛衣。俺は今でもお前が好きだ」


 うれしい、うれしい、うれしいよ……!

 この言葉が聞きたくて、私は一週間我慢して、竜胆君たちに襲われる恐怖も乗り越えたんだ……!

 本当に報われて良かった……。


「……! うん、うんっ! 私も、私も大好きだよ……!」


 ゆー君が私を許してくれた。

 その事実だけで、私の心は天にも昇るような気持ちになる。


「だから、俺たち……別れよう」





「……え?」


 別れよう……って、言った?

 私と別れるって、え?

 え???


「私のこと好きだって、今……」

「ああ、俺は今でも愛衣が好きだよ。何度でも言うし、この気持ちは一生変わらないと思う」

「なら、どうして?? い、意味がわかんないよぉ!!」


 どうして?

 なんで?

 今でも私の事が好きなら、なんで???

 全然わかんない。

 頭の中がぐちゃぐちゃだ。


「好きだからこそ、お前といると辛いんだよ……! どうしたって、あの時の事を忘れることができないんだよ」


 ゆー君が悲痛な声で叫ぶ。

 

「私、なんだってするよ……? ゆー君が許してくれるまで、なんだって……!」

「許せない、好きだから、大好きだからもう無理なんだ」

「そんな、そんなのって……!」


 いやだ、いやだいやだいやだ!!

 だったら、だったらどうして……!


「どうして助けたのっ!? 許せないなら、見捨ててくれれば……そうしたら、全部諦められたのにっ!!!」

「好きだからだよ! お前の事を……愛衣の事をどれだけ憎んでも、お前が犯されるなんて耐えられなかったんだよ……」

「じゃあ、別れないでよぉ……。もっと一緒に、ゆー君と幸せに暮らしたいよ……」


 涙が止まらない。

 視界がぼやけて、ゆー君の顔すらまともに見えない。

 

「久遠さんの方が、好きなの……?」


 この一週間、ゆー君の隣を独占していた女の名前を出す。

 たった一週間で、私は負けてしまったの……?


「わからない……」

「もう私の事、彼女としてはどうしても見れない……? 久遠さんがいいの……? もう、私の事好きじゃないの……? 好きってのはっ……!」


 私は必死にすがりつく。 

 どれだけみっともないって思われても、無様な姿をみせてもいい。

 ゆー君が、私に振り向いてくれるなら、なんだって……!


「俺は今でも愛衣の事が好きだよ」

「だったら……!」

「でも、俺はもう君を愛せない」


 ああ、そっか。

 そうなんだ、本当にもう……取返しがつかないんだ。

 ゆー君の好意は残ってても、“愛”はどうやっても取り返せないんだ。

 私は、もう……。


「私はもう……ゆー君の特別には、なれないんだね」

「ごめん」


 ゆー君が深く頭を下げる。

 謝らないといけないのは私なのに、君は最後までやさしいね。


「私は取り返しのつかないことをしちゃったんだね」

「……そう、だね」

「ごめん……なさい……」

 

 謝罪以外、言葉が出ない。

 もう、無様にすがりつくことすらできない。


「あなたを裏切って、傷つけて、自分に甘えて、ごめんなさい……。それなのに、そんなに怪我をしてまで私を助けてくれて……ありがとうっ」

「これは、俺が招いたことだから」

「わかってる、でも、嬉しかったよ……」


 助けに来てくれなかった時点で、これがゆー君がしかけた報いなのは気づいてた。

 それでも、ボロボロになりながらも最後には助けに来てくれたゆー君のことが、私は好き。

 好きで好きで、たまらない。

 いまでも、そしてこれからも。


「私はゆー君を愛してる」

「ありがとう、でもごめん。俺が愛してるのは、久遠だけなんだ」


 本当に、これで終わり。

 私の全てだったゆー君との生活はもうどうやっても取り返せない。

 ぜんぶ、ぜーんぶ……私が悪いんだけどね。


「ゆー君……! ありがとねっ。私、あなたと過ごした時間が本当に楽しかった」

「俺もだよ」

「遊園地も、カフェも、カラオケも、映画館も、夏祭りも、海水浴も……! 何もかも全部、最高に輝いて……」

「俺だって、楽しかった……楽しかったよ……!」


 ゆー君まで涙を流してる。

 ホント、やさしいな。

 こんなにも優しい人を傷つけた私が報いを受けるのは当然だよね……。


「悠斗さん!? そこにいたんですね……! よかった、これならまだ……」

「渚……?」


 保健室に慌てた様子の女の子が入って来る。

 誰だろ、知り合い……?


「久遠さんが屋上で……! と、とにかく早く!!」

「な……!? わかった、今行く!!」


 ゆー君が血相を変える。

 久遠さん、まさか誤解して……?


「じゃあ、愛衣。俺は行くよ」

「うん……じゃあね、――立花君」


 一瞬だけ、ゆー君が顔を歪ませてそのまま屋上へと向かっていった。

 でも、私たちはもう何でもないから。

 だから、これはけじめ。


 じゃあね、ゆー君。

 愛してたよ……。


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