第19話 Execute you
「悠斗さんの予想通り、部員たちが入っていきました。残念ながら間に合いませんでしたね」
「そうだな……」
愛衣が襲われているボクシング部の部室。
俺たちはその隣にある野球部の部室で、盗聴器を使い奴らの様子を監視していた。
当初の作戦は残念ながら間に合わず、事態は加速度的に深刻になっていく。
『やめて! 放して!!』
パソコンと繋がったスピーカーから愛衣の叫び声が聞こえる。
俺たち三人はパソコンの前に座りじっと聞き耳を立てる。
バレないように音量を小さくしているはずなのに、俺にはまるで耳元で叫んでいるかのような大声に聞こえる。
「このままでいいんですか?」
「このまま奴らが愛衣を犯せば、証拠が揃って万事解決だろ」
「……それで、いいんですか?」
「いいんだよ」
これでいい。
これで全て解決する。
これしかないんだ。
『助けて!!! 助けて……ゆー君!!!!』
思い出すな、考えるな。
愛衣の声を聞くたびに愛衣の笑顔が頭をよぎる。
楽しかった日々は確かに俺の心に刻まれていて、どうしようもなく俺の心で疼いている。
『いや……いやぁ!!!』
くそっ、これ以上聞いていたら頭がおかしくなる!
なんでだ、自分で仕向けたくせに……。
なんで俺は、聞いてることすらできないんだ。
「もう止めてくれ」
「……わかりました」
渚がスピーカーの電源をオフにしようと手を伸ばす。
「駄目よ」
「久遠……?」
久遠がその手を止め、隣に座る俺の方に顔を向ける。
「逃げるなんて許さない」
「でも、久遠……俺、もう無理だよ」
「どうして?」
「どうしてって……」
……俺は、どうして聞けないんだ?
あんなにも憎んで、恨んで、憎悪してきたはずなのに。
「あなたは何がしたいの?」
「それは……」
「復讐? 懲罰? ただ証拠を集めたいだけ?」
「……」
……わからない。
俺は何がしたいんだ?
でもこうなってしまった以上、続けないと……。
そう、仕方ない。仕方ないんだ。
もう、助けようがない。
「逃げないで、考えて。自分で決めて」
久遠が黒く染まった綺麗な瞳でじっと俺の目を見つめる。
吸い込まれそうになる。
何もかも投げ出して、ただ久遠と一緒に……。
『愛衣ちゃん意外と胸でかいよね』
『う、うるさい!』
スピーカーから聞こえる声が俺を現実へ引き戻す。
いよいよ愛衣の服が脱がされ始めたみたいだ。
もう、迷ってる時間はない。
「俺は、久遠を選んだんだ。だから、ここで自分の罪を受け入れて……」
そう、そうだ。
一週間前の屋上で死ぬはずだった命を救ってくれたのは久遠じゃないか。
だったら、この命は久遠のために使うべきだ。
久遠を不安にさせるわけにはいかない。
真っ直ぐ久遠を見つめると、久遠の目に涙が浮かぶ。
喜んでくれたのか……?
なら、これでいい。
これでいいんだ。
「ふざけないで!!!」
「……久遠?」
「いつ私が頼んだの? あなたがそんなにも辛い顔するようなこと、私が望むはずないでしょう!?」
「それは……けど、俺は久遠を選んだから」
ここで、愛衣の“ヒーロー”になるなんて。
そんなの、許されるはずがない。
「悠斗!!」
久遠が俺の名前を叫ぶ。
「あんまり私を舐めないでくれる? ……私の愛は重いのよ?」
立ち上がり、俺を見下ろす。
「例えあなたが愛衣さんを選んだって、私はあきらめない。あなたが今愛衣さんの所にいったって……私があなたから離れるわけがないでしょう?」
初めてのデートで言われたことを思い出す。
確かに久遠はそう言っていた。
そうか、じゃあ……助けない理由を久遠に求めちゃ駄目だな。
『ごめんなさい……』
スピーカーから謝罪の声が聞こえる。
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!! ゆー君、裏切ってごめんなさい!!!!』
愛衣が必死に叫んでいる。
こんなにも必死に謝る女の子を許さないなんて、そんなの許されないよな。
俺は立ち上がり久遠と目を合わせる。
「ごめん、久遠」
「早く行かないと手遅れになるわ」
「……ああ」
―
――
―――
――――
ボクシング部の部室前。
目の前にある鉄の扉の先では、今まさに愛衣が犯されようとしている。
中には屈強なボクサーが五人もいる。
これ、下手しなくても殺されるよな……。
兎に角初動が大事だ。
入った瞬間に愛衣を確保して、時間を稼ぐしかない。
ためらってる時間はない、行こう……!
勢いよく扉を開け部室内に入る。
それなりに広い室内に男が五人、愛衣に群がっている。
どうやら服を脱がしてる途中みたいだ。
よかった、本当にギリギリ間に合った。
「誰だ……!?」
振り向いた竜胆の顔を蹴りつけ、愛衣の上からどかす。
まだ状況を掴めないまま愛衣を押さえつけてる二人の顔も蹴り飛ばし、なんとか愛衣を確保する。
「……ゆー君!」
「ごめん、本当にごめん……」
泣きはらした顔の愛衣を無理矢理立たせ背中で庇う。
あとは、時が来るのを待つだけだ。
それが一番大変なんだけど……。
「おいおい、“ゆー君”じゃねえかよ! 何? 助けに来たの?」
顔面を蹴り飛ばしてやったのにすぐに復活した竜胆が顔の血を拭いながら立ち上がる。
デカい、威圧感が半端じゃない。
俺よりも十センチはでかくて、体も厚い。
……殺されるかもしれん。
「だまれ、レイプ魔。勝負に負けそうになったからって無理矢理やるとは本当に最悪の人間だな、おい」
「あ“ぁ“!?」
「ゆー君、だめ……! 刺激しないで、殺されちゃうよ……!」
「本当にそうなるかも……」
頼む、早く……早く……!
「おい、鍵閉めろ! こいつは俺がぐちゃぐちゃにする」
「う、うっす」
手下どもが急いで部室の鍵を閉める。
あー、これは本格的にまずいですね、はい。
「覚悟はできてんだろ?」
「出来てるわけねーだろ! 勢いで来たからな!」
目標、大けがせずにここを出る。
打撲位でどうにかならんかな?
「ゆ、ゆー君……ど、どうするの?」
「俺の後ろで黙ってればきっとどうにかなるから、心配すんな」
「そんな……! ごめん、ごめんね……」
「散々聞いたよ」
「えっ?」
俺はまっすぐ竜胆を見つめ、拳を握り構える。
喧嘩とかしたことないからこれが正しい構え方なのかは知らん、勘だ。
「お、お前ら素人相手に五人がかりとか言わねえよな?」
「声、震えてるぞ」
そりゃ震える、怖いし……。
せめてバット位持ってくればよかった……!
「でもまあそうだな、俺が一人でお前を壊してやるよ」
「そ、そうかよ!……かかってこいや!」
精一杯の虚勢を張り前に出る。
勝てるなんて微塵も思ってないが、ここは耐えるしかない。
その刹那、目の前に竜胆の拳が来る。
いや、早すぎだろ……!
なんとか避けないと、って、え……!?
「ぐえ“っ”」
「ゆー君……!?」
顔に当たる拳を避けたと思ったら、腹に大きな衝撃が走る。
顔はフェイントかよ……!
駆け寄ってこようとする愛衣を必死に手で制止して、なんとか立ち続ける。
「おいおい、こんなのもよけられなかったらお前、死ぬぞ?」
「う、うるせぇ」
直後、今度は腹を目がけて左の拳が飛んでくる。
馬鹿め、引っかかるかよ!
最低限の動作でよけながら竜胆の右腕を見る。
あれ?
動いてない?
と、思った瞬間頭に信じられないほど強烈な衝撃が来て、視界が揺れる。
一瞬で立っていられなくなり、床に倒れこみうずくまる。
「がはっ」
「何倒れてんだよ」
こいつ、頭を蹴りやがった……!
駄目だ、気持ち悪い……。
「やめて……!!!」
愛衣の叫び声が聞こえる。
目を開くと、竜胆の足が見えた。
「お前に! 休んでる暇なんて! ねーんだよ!!!」
「う“ぐっ“……!」
竜胆が俺の腹を何度も蹴りつける。
やばい、怪我しないとかそんな次元じゃない。
このままだと、本当に死ぬ……!
「もう、もうやめて……! わかったから、私の事好きに犯していいから!! 竜胆君の物になるから……だから!!!」
愛衣が必死に懇願する。
だめだ、それじゃあここにきた意味が……!
「そんなもんもう決定事項なんだよ、そこで大人しく準備してろ」
愛衣が懇願している間も、ずっと腹を蹴り続けられていた。
でも、仕方ない。
俺は復讐のために愛衣を騙して、恐怖のどん底に叩き落して、竜胆に犯させようとしたんだ。
そりゃ、これ位の報いを受けて当然だ。
罪には罰を……それが自然の摂理だ。
……でも、それなら。
「お前まだへばってないだろ? おら、立てよ」
竜胆に無理矢理体を持ち上げられる。
俺は必死に目を開け、拳を握る。
「おお、まだやれるんじゃねえか」
「まだ、まだ……!」
「ゆー君……! ごめんなさい、私が、私が……!」
愛衣のすすり泣く声が聞こえる。
「愛衣、俺はな、俺は……! お前が裏切ったって知ったその時から、お前の事を憎んで、恨んで、憎悪してた……!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!!!」
ああ、くそっ。
やっぱり愛衣の声はムカつく。
こうして助けにきた今でも腸が煮えくり返るほどの怒りを感じる。
だけど……。
「でもな! どんなに憎くても、俺はやっぱりお前が好きなんだよ!!」
憎しみよりも、恨みよりも、憎悪よりも。
今でも、俺の心の中は、愛衣への好意が勝っている。
「俺は愛衣に未練たらたらなんだよ!!!」
「ゆー君、何言って……」
ずっとわかってた事だ。
俺は多分、一生この感情を捨てられない。
最低で最悪な、優柔不断なくそ男なんだ。
腕時計が震える。
遂に、待ち望んだ合図が来た。
「それはよかった、最高だ」
竜胆が不敵に笑う。
おぞましい顔でこちらを見る。
「何がだ?」
「お前がまだ愛衣に気があるほうが、目の前で愛衣を犯してやってる時の表情を楽しめるだろ?」
「ああ、それはつまり何か?」
ふらつきながら、それでも必死に立ち、煽るように精一杯の虚勢を張る。
「俺をぶん殴って、愛衣をレイプするって、そういう事か?」
「ああ、そうだよ! 今から楽しみだなぁ!?」
「そうか、そうか……、そいつは怖いな、恐ろしい」
そういって、ニヤリと笑い前を向く。
「なんだ、お前? 気でも狂ったか?」
「怖いから、助けを呼ばないとな」
「助けなんて来るわけないだろ」
「いいや、来るさ。この街で一番怖い“忠犬”がな!」
「は……?」
バンッ!!!
瞬間、部室のドアにとてつもない衝撃が走る音がする。
「おい、お前、まさか……!?」
ドアが軋み、三度音がしたころには部室のドアが拉げ今にもその役割を終えようとする。
「お前らドア抑えろ!!!」
「で、でも!」
「いいから早く!!!」
竜胆が手下共に命令する。
が、それはもう手遅れだった。
「……史郎」
「嘘だろ、おい……」
“鉄の扉“がその役割を終え、外から忠犬が入って来る。
そう、荻原京香が約束を果たしにやってきた。
「……話は、聞いてた、一部だけど……」
「待ってくれ、これには……!」
「駄目。史郎、あなたを……」
鉄の扉を破った忠犬は全身に怒りを纏わせながら、それでもいつもと変わらぬ静かに拙い口調で宣告する。
「……あなたを、魚の餌にする」
―――――
ここまで読んでくださり大変ありがとうございます
主人公の行動に賛否あるのは十分理解しているつもりです
その不満はぜひコメント欄にお願いします!
まだ物語は続きます
僕を信じて、後一話だけ見てください……!
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