第18話 裏切りと謝罪と束の間の魔女

「竜胆君、話があるの」


 放課後、ボクシング部の部室。

 私は最後の試練にやってきた。


 目の前には竜胆君が不機嫌そうに座っている。

 怖い、すごく怖い。

 今すぐにでも逃げ出してしまいたい。

 けど、それはできない。

 ゆー君に許してもらうために。


「なんだ? ようやく我慢できなくなったか?」

「ち、ちがう……」

「じゃあ、何?」


 竜胆君の声が低くなる。

 表情もより一層険しくなって、私は体の震えを抑えるのに精一杯で声も出ない。

 

「ほら、とりあえず座れよ」

「い、いやだ……!」

「あ“ぁ“?」

「今日は、用件を伝えるためだけにきたの……! 何もしないから……!」


 怖い、怖い怖い怖い怖い。

 どうしよう、ゆー君助けて……!


「じゃあその用件とやらを早く言えよ」


 深呼吸をして、なんとか息を整える。

 言う、言うの……!

 大丈夫、いざとなったら助けてくれるって言ってた、だから大丈夫……!


「私たちの関係を……今日で終わりにしたいの」


 つ、遂に言ってやった……!

 これで、ゆー君の所に……!


「お前、舐めてんの?」

「ひっ……」

「お前がどういう立場かわかってんの?」


 どうせ前みたいにでっち上げの嘘で脅そうとしてくるんだろう。

 わかってる、けどもう、屈しない。


「あんな噓、バラまくならそれでいい……!」

「嘘……? あー、あれな、あんなのどうでもいいんだよ」

「じゃあ、何を……?」

「お前、自分が俺の前で何してたのか忘れたのか?」

「どういうこと……?」

「お前が散々シてたあれやこれや、殆ど録画してるぞ? 忘れたのか?」


 行為中、周りにいた男たちを思い出す。

 確かに手は出してこなかったけど、考えてみたらスマホ持って何かしてる人が何人もいた……。

 気づいてなかったわけじゃない。

 ただ、考えないようにしてただけ。


 でも……。


「バラまくなら、バラまけば……? 私は、ゆー君さえ居ればそれでいい!」


 ゆー君ならきっとわかってくれる。

 許してくれる。

 ゆー君さえ私を見ていてくれれば、私にはもう何もいらない。

 この一週間でそれがわかった……!


「ああ、そう……。そうか、じゃあこのままだと俺の負けか」

「……?」


 負けって、何が……?


「それは困るな……なら仕方ない、これはもう仕方ない事だ」


 竜胆君が立ち上がり私を抱きしめる。


「え!? え……!?」

「お前が悪いんだぞ?」


 痛っ……!

 え、押し倒された……?


「や、やめて!」

「折角やさしくしてやってたのに、なあ?」


 だめ……制服脱がされる!

 た、たすけを呼ばないと……!


「ゆー君!! 助けて!! 助けて!!!」


 目一杯声を出す。

 確か、隣の部室にいるんだよね?

 きっと、すぐに……!


「静かにしないと顔殴るぞ?」

「助けて!!! 早く!!! ゆー君!!!!」


 精一杯暴れて、なんとか時間を稼がないと……!

 犯されるのなんて、絶対嫌だ……!!!


「黙れって言ってんのが聞こえねえのかよっ!!!」

「うぐっ“」


 い、息が吸えない……!

 首、首が苦しい……!!

 竜胆君が私の首を絞めてる。

 引きはがしたいけど……絶対無理……!


「はぁ……はぁ……」


 手、放してくれた……?

 ホントに死ぬかと思った……。

 目の前がチカチカする。


「次声を出したら今度こそ殺す、本気なのはわかるな?」

「は、はい……」


 竜胆君の顔が目の前に迫る。

 目が本気だ。

 多分、本当に殺される……!


 ゆー君、早く来て……!


「おら、舌出せ」

「や、やだ……!」

「早くしろ!!」


 逆らったら本当に……!

 ゆー君……!

 いやだよ、早く来て……!!!

 どうして!? 

 どうして、来てくれないの……!?

 

「三秒以内に出さなかったらもう一度首を絞める」


 竜胆君が目を見開いて低い声を出す。

 私は、観念して舌を出した。


 ガチャッ。


 来て、くれた……!?

 部室の扉が開いて、竜胆君が後ろを向く。

 よかった……!

 これで助かる……!!


「先輩、何してんすか?」

「ちっ、お前ら来るんじゃねーよ」

「いや、部室だし……」


 部室にぞろぞろと男たちが入って来る。

 ……全員、ボクシング部の部員だ。

 私が竜胆君とシてる時、ずっと周りで見てた男たち。


 なんで、ゆー君じゃないの……?


「で、何してんすか?」

「こいつが言うこと聞かないから教育してやってんだよ」

「ふーん……じゃあ出て行った方がいいですかね?」

「……いや、お前らにもおこぼれやるよ」


 ……は? 

 うそ、うそでしょ……!?


「マジすか!?」

「ただし、最初は俺な? 手伝え」

「もちろんっす! 流石竜胆さん!!」


 男達のテンションが一気に上がる。

 部室にいる男たちが私の事を異様の目で見てるのがすぐにわかる……。

  

 抵抗、しないと……。

 わたし、本当に壊される……。


「とりあえずお前ら二人は押さえてろ。で、もう二人で服脱がせ」

「ういー」


 竜胆君が私の上から立ち上がる。

 今なら……!

 必死に立ち上がって窓に向かって走る。

 窓を割って外に出れば……!


「おっと、動くなって」

「やめて!! 放して!!!」


 駄目だった。

 すぐにつかまって、引き倒される。

 やだ、いやだよぉ……!!!


 助けて、ゆー君……!!!


「ほら、早く大人しくしないと何されるかわかんないよ?」

「うるさい!! ゆー君!!! ゆー君!!!!」

「ちっ、うるせーな……。お前ら早く脱がせて口塞げ」

「あいよー」


 口を塞がれたらいよいよ助けを呼べなくなる……!

 どうして、どうしてゆー君はこないの……?

 声、聞こえてないの!?


「愛衣ちゃん意外と胸でかいよね」

「う、うるさい!!」


 制服のシャツを破かれてブラジャー越しに胸があらわになる。

 足も無理矢理開かれてるから、パンツも丸見えなんだと思う。

 

 あー、もうダメだ……。

 ここで私はボロボロになるまで犯されて、ゆー君にも捨てられるんだろう。

 いや、違う。

 多分もう捨てられてる。

 だから、助けに来てくれないんだ。

 きっとゆー君は今頃あの女と、柳葉久遠と二人で仲良く家に帰っているんだろう。


「ごめんなさい……」

「謝ったってお前が犯されるのは変わんねーよ?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!! ゆー君、裏切ってごめんなさい!!!!」


 口を塞がれる前に、全力で謝る。

 捨てられたと分かった瞬間、初めて本気で自分の間違いに気づけた。

 私の事を、私だけを好きだったゆー君に見捨てられるくらい、私の行いは最低だったんだ。

 多分、ゆー君は聞いてない。

 私はゆー君に捨てられたから。

 当然だよね、だって私は彼を裏切ったんだから。


 たくさん嘘をついて、たくさん傷つけて、たくさん裏ぎった。

 だからこれは、ゆー君からの報いだ。

 さよなら、ゆー君。

 本当にごめんなさい……。

 

「んー!!!」

「うるせえ、黙ってろ!!」


 口を塞がれ、お腹を殴られる。

 それでも、私は力いっぱい謝り続けた。

 聞こえなくてもいい。

 ただ、謝りたかった。


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